サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)の公開草案の概要 ~押さえるべき勘所~
本稿では、SSBJ基準案の概要について概説します。
本稿では、SSBJ基準案の概要について概説します。
2024年3月29日に、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)からサステナビリティ開示基準の公開草案(以下、「SSBJ基準案」という)が公表されています。
今後、SSBJ基準に基づくサステナビリティ関連財務情報を有価証券報告書で開示することがプライム上場企業に対して義務付けられることが見込まれています。具体的な適用対象企業や時期については、金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」で議論中ですが、時価総額の規模に応じて段階的に義務化していく方向性が示されており、上場企業による情報開示に大きな影響を与えることが想定されています。
本稿では、SSBJ基準案の概要について概説します。なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
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I.経緯
SSBJは、わが国におけるサステナビリティ開示基準を開発すること等を目的として、2022年7月に設立されました。SSBJは、グローバル・ベースラインとされるISSB基準と整合的な基準を開発することが市場関係者にとって有用であるとの認識のもと、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」および IFRS S2号「気候関連開示」に相当する基準の開発に取り組み、今般、SSBJ基準案を公表するに至りました。
II.基準案の特徴
1.適用対象企業
SSBJ基準案は、プライム上場企業に適用することを想定して開発されています。これは、金融庁より「SSBJ基準の適用対象は、グローバル投資家との建設的な対話を中心に据えた企業(東京証券取引所のプライム上場企業またはその一部)から始めることが考えられる」との方向性が示されたことを踏まえたものです。
2.国際基準との整合性
基準の開発にあたっては、国際的な比較可能性を大きく損なわせないものとするため、相応の理由がある場合を除き、ISSB基準の定めを取り入れる方針で開発されています。
3.基準の構成
SSBJ基準案は、以下の3つの基準案で構成されています。
- サステナビリティ開示ユニバーサル基準公開草案「サステナビリティ開示基準の適用(案)」(以下、「適用基準案」という)
- サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第1号「一般開示基準(案)」(以下、「一般基準案」という)
- サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第2号「気候関連開示基準(案)」(以下、「気候基準案」という)
一方、IFRSサステナビリティ開示基準はIFRS S1号とIFRS S2号の2つの基準から構成されており、基準の構成に差異が生じています。SSBJ基準案では、わかりやすさの観点から、IFRS S1号の以下の構成要素を別個の基準として開発されています(図表1参照)。
①サステナビリティ関連財務開示を作成する際の基本的な事項を定めた部分
②コア・コンテンツを定めた部分
図表1 ISSB基準とSSBJ基準案の比較
III.適用基準案の概要
1.何を開示するのか
SSBJ基準案では、投資家等の意思決定に役立てるため、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報」を開示することが求められています。これを「サステナビリティ関連財務開示」といいます。
2.なぜ開示するのか
企業(バリュー・チェーン含む)は、キャッシュ・フローを創出するために資源(例:自然資本など)や関係(例:従業員やサプライヤーとの関係など)に「依存」するとともに、企業活動等を通じて、資源や関係に「影響」を及ぼしています。このような依存や影響は、サステナビリティ関連のリスクと機会の発生につながります。
たとえば、企業のビジネスモデルが水資源に依存している場合、水資源の劣化や枯渇は企業のビジネスモデルや戦略に影響を与え、さらには、財務業績や財政状態に不利な影響を与える可能性があります。一方、水資源の再生や維持は、企業に有利な影響を与える可能性もあります。
こうした情報は、投資の意思決定に不可欠なものと考えられることから、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報」を投資家等に提供することが求められています。
3.サステナビリティ報告の流れ
SSBJ基準案に基づくと、サステナビリティ報告を行うフローはおおむね以下のように区分することができます(図表2参照)。
図表2 サステナビリティ報告の流れ
(1)報告企業の決定(STEP1)
SSBJ基準案では、報告の対象とする企業の範囲を「報告企業」と表現しています。サステナビリティ関連財務開示の「報告企業」は、関連する財務諸表と同一となります。つまり、連結財務諸表を作成している場合は、連結財務諸表に含まれる企業集団が「報告企業」にあたります。
(2)開示すべきリスクと機会の識別(STEP2)
報告企業に影響を与えるサステナビリティ関連のリスクと機会のうち、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスクと機会」を識別し、開示対象とします。
(3)開示すべき情報の識別(STEP3)
この開示対象となるリスクと機会について、「重要性のある(material)情報」を識別して、サステナビリティ関連財務開示として報告します。
(4)一般目的財務報告の一部として開示(STEP4)
サステナビリティ関連財務開示は、財務諸表を補完するものとなります。このため、サステナビリティ関連財務開示が一般目的財務報告の一部として、財務諸表や経営者による説明(例:MD&Aなど)と一体的に開示されることにより、投資家等の意思決定に役立つ情報を提供することができます。
4.4つのコア・コンテンツ
サステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報として、4つのコア・コンテンツ(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標)の開示が求められています。これは、TCFD提言1を基礎としたものですが、SSBJ基準案では、より詳細な開示要求事項が一般基準案と気候基準案において定められています。
5.財務諸表とのコネクティビティ
サステナビリティ関連財務開示は、関連する財務諸表を補足し、補完するものとされています。このため、SSBJ基準案では、財務諸表とのコネクティビティ(つながり)を促進させるために、原則として、サステナビリティ関連財務開示を以下のように報告することが求められています。
- 財務諸表と同時に報告
- 財務諸表と同じ報告期間
- 一般目的財務報告の一部として報告
6.バリュー・チェーン情報
上述のとおり、SSBJ基準案により開示が要求されるサステナビリティ関連のリスクと機会は、企業のバリュー・チェーン全体にわたる企業とそのステークホルダー、社会、経済および自然環境との相互作用から生じるとされています。このため、バリュー・チェーンの上流や下流の情報も含めてサステナビリティ関連財務情報の開示を行うことが求められています。
7.比較情報の開示
当期に開示されるすべての数値情報について前期の比較情報を開示することが求められています。加えて、有用な場合は説明的および記述的情報についても比較情報を開示することが必要となります。
IV.一般基準案の概要
一般基準案では、いまだテーマ別基準が開発されていないテーマに関するサステナビリティ関連のリスクと機会の開示について定めています。つまり、現時点においては、気候関連以外のテーマ別基準は開発されていないものの、気候関連以外のサステナビリティ関連のリスクと機会についても、一般基準案に基づき開示を検討する必要があるということになります。
一般基準案では、サステナビリティ関連のリスクと機会に関してガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標に関する開示を提供することを求めています。
V.気候基準案の概要
気候基準案は、一般基準案と同様に、気候関連のリスクと機会に関して、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標に関する開示を提供することを求めています。以下では、気候基準案特有の開示に焦点をあてて解説します。
1.移行計画
移行計画とは、企業が低炭素経済への移行に取り組むための目標と行動を定めたものです。企業が識別されたリスクと機会にこれまでどのように対応してきたか、また、これから対応する予定であるかを開示するにあたって、移行計画がある場合には、移行計画を開示することが求められています。
2.シナリオ分析
企業が気候リスクへのレジリエンス(強靭性)に関する評価を説明するにあたっては、シナリオ分析を使用することが求められています。企業がシナリオ分析の実施において採用するアプローチは、報告日時点において、過大なコストや労力をかけずに利用可能な合理的で裏付け可能なすべての情報に基づいて実施することが要求されています。その分析手法には定量的なものだけでなく、定性的なものも含まれるとされています。
3.産業横断的指標等
気候関連のリスクと機会に関しては、7つの産業横断的指標等が定められています(①GHG排出、②移行リスク、③物理的リスク、④気候関連の機会、⑤資本の投下、⑥内部炭素価格、⑦報酬)。これらは、業種やビジネスモデルにかかわらず、すべての企業が開示すべき指標として定められています。
4.GHG排出
産業横断的指標等の1つであるGHG排出については、スコープ1・2・3のGHG排出の絶対総量を開示することが求められています。その測定にあたっては、原則としてGHGプロトコル(2004年)2に基づき測定しますが、法域の法令等で異なる測定方法が要求される場合は、当該方法で測定可能です。この点、わが国においては、「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づく「温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度」(以下、「温対法等」という)が該当すると考えられ、温対法等の適用対象企業に限っては、温対法等に基づき測定することが可能とされています。
5.産業別指標
SSBJ基準案では、産業別指標のうち、主なものを開示することが求められています。気候基準案では、開示する指標の決定にあたって、ISSBが公表する「産業別ガイダンス」の適用は要求されないものの、これを参照し、その適用可能性を考慮することが要求されています。
VI.ISSB基準との差異
SSBJ基準案には、ISSB基準と異なる独自の取扱いを定めるものがあり、「IFRS サステナビリティ開示基準とSSBJ基準案の差異等の一覧」がSSBJ事務局から公表されています。
その1つに、法令による指標(GHG排出以外)の算定期間がサステナビリティ関連財務開示の報告期間と相違する場合について、一定の要件を満たす場合には、当局に報告するために用いた算定期間で開示することを容認する独自の定めがあります。
また、任意でSSBJ基準を適用した場合の独自の取扱いとして、同時報告・比較情報・情報の記載場所に関して、例外的に免除規定が設けられています。
その他にも、ISSB基準にはない追加的な開示を要求するものや、ISSB基準による開示要求事項に追加的な選択肢を与える独自の取扱いが設けられています。
VII.適用時期
1.強制適用時期
SSBJ基準案には、強制適用時期の定めはありません。SSBJ基準の適用対象企業および強制適用時期については、2024年3月に金融庁に設置された金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」において議論されています。
2.早期適用時期
確定基準公表日以後終了する報告期間から適用可能としています。仮に、2025年3月末までに確定基準が公表された場合、2025年3月期から早期適用が可能となります。
3.経過措置
SSBJ基準案では、実務の負担を考慮し、図表3に示した経過措置が設けられています。なお、ISSB基準と異なり、同時報告に関する経過措置の定めがありませんが、金商法において別途整備されることが想定されています。
図表3 経過措置
適用初年度における措置 | |
---|---|
①比較情報 | 比較情報を開示しないことができる |
②気候以外のサステナビリティ情報 | 「気候基準」に準拠して気候関連のリスク・機会のみについての情報を開示することができる(※1) |
③GHG排出量の測定方法 | 適用初年度の直前年度においてGHG排出の測定に下記以外の測定方法を用いていた場合、当該測定方法を用いることができる(※2) ・「 GHGプロトコル(2004年)」 または法域の法令等が要求している方法 |
④スコープ3GHG排出 | スコープ3GHG排出を開示しないことができる(※1) |
※1:経過措置の適用により免除された情報については、適用2年目において比較情報の開示が免除される。
※2:適用2年目の比較情報の開示にあたり、上記3の方法を引続き使用できる。
出典:SSBJ基準案に基づきKPMG作成
1 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言に基づくフレームワーク
2 温室効果ガスプロトコルの企業算定および報告基準(2004年)
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
山田 桂子/シニアマネジャー