本連載は、2024年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
EV推進トレンドの変化
ドイツ・イギリス・中国などが財政負担の高まりを理由に電気自動車(EV)の購入に対する補助金制度の終了を相次いで発表しました。これまで、EVの普及促進に向けて各種インセンティブが投入された結果、2023年のEVの新車販売台数は世界全体の13%に達したものの、補助金制度の終了により販売台数の伸びに鈍化が生じています。
たとえば、ドイツのEV販売台数を制度終了前後の2023年と2024年1~3月で比較すると、14%減少しています。昨今は、EVの普及に対して逆風が吹き始めているとの風潮が目立つますが、消費者はどのように受け止めているのでしょうか。
日本の消費者のEV購入意欲
KPMGジャパンが2023年に実施した日本における消費者調査において、EV購入意欲を調査した結果、今後5年以内に購入する車両としてEVを選択した割合は9%に留まりました(図表1参照)。
【図表1:日本の消費者のEV購入意欲】
この結果からは、日本の消費者のEV選好はさほど高まっていない様子がうかがえます。一方、現在所有する車両のパワートレインごとにEV選好を分析すると、異なる傾向が見えてきます。
今後、5年以内に購入する車両としてEVを選択した割合は、エンジン(ICE)車の保有者が10%、ハイブリッド車(HV)の保有者が15%、プラグインハイブリッド車(PHV)の保有者が16%、EVの保有者が33%、燃料電池車(FCV)の保有者が13%でした。電動車(HV・PHV・EV・FCV)の保有者は比較的EVの選好が高いことがうかがえることから、今後、政策要因のみならず市場要因でシェアが伸びる可能性は否定できません。
一方、ICE車の保有者のEV選好は依然低く、シェア拡大に向けては、ICE車の保有者に対するEVの魅力訴求が必要だと思われます。
顧客嗜好に応じたEVの新技術
近年EVの技術が進化し、提供価値の1つとしてICE車と同様の運転体験を提供するアプローチが登場しています(図表2参照)。
【図表2:顧客嗜好に応じたEVの新技術】
従来、EVは高い静粛性が特徴でしたが、一部のEVではエンジンが発する音を再現した合成音を車内外に流す機能を採用しています。この技術は運転の楽しさや没入感の向上に貢献し、EVの静粛性に物足りなさを感じるユーザー層に対してEVへのシフトを促す一助となると見られています。
また、車両のドライブトレインのパラメータをリアルタイムで調整・制御する機能を実装することで、安全・安心で快適な走りが実現します。さらに先進的な事例として、シフトレバーとクラッチペダルを模擬し、ギアチェンジの応答を再現するマニュアルトランスミッションのシミュレーション機能実装に向けた開発も進められています。この機能により、ドライバーはEVでありながらもマニュアル車のような操作感を楽しむことができるようになります。こうした顧客嗜好に応じた新技術を体験することも、EVの醍醐味の1つと言えるでしょう。
パーソナル空間としてのEV
技術革新により、EVはICE車のスポーツカーと同等あるいはそれ以上の運転体験を提供できる日が近づいており、顧客個人の嗜好に合わせたカスタマイズ性が商品の訴求点となりつつあります。EVの解釈を拡張し、電力供給、空調と音響設備を兼ね備えたパーソナル空間と定義すると、レクリエーショナル・ビークル(RV)と差別化され、その用途の可能性はさらに広がります。
たとえば、学習部屋や音響室などの“現代版離れ”とも言うべき、ライフスタイルに合わせたカスタマイズ可能な生活空間としての用途です。これはエンジンレスで大容量の電池を搭載しているEVにしか実現できない魅力であり、たとえば販売場所が住宅展示場にもなり得るなど、ビジネスそのものが大きく変わる可能性があります。
このEVが持つカスタマイズ性は、自動車メーカーや部品メーカーの商品戦略においても重要な要素になると考えられます。EVの魅力をさらに伝えるためには、クルマが持つ運転体験をブランドの個性として強調するとともに、従来のクルマに捉われない利用方法の可能性も訴求する必要があるのではないでしょうか。
日刊自動車新聞 2024年8月5日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社 の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
スペシャリスト 伊藤 登史政
シニアコンサルタント 大工原 秀吾