本連載は、2024年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
「対話の仕組みづくり」重要
ものづくりの代表格である自動車産業が変革期に突入したと叫ばれ数年が経過しました。この変革への対応は自助努力だけでは難しく、事実、KPMGが30の国と地域1,000人以上の自動車業界のエグゼクティブに対して行った「KPMGグローバル自動車業界調査2023」の結果からも、技術パートナーの選定といった自社リソースに拘らない成長が重要であることが示されています。また、筆者の私見ですが、M&A(合併・買収)に関する報道が、昨年と比べて世間を賑わす機会が増えている印象があります。再び成長機会としてのM&Aに、注目が集まり始めているのかもしれません。
このような状況から、自動車産業内の統合・再編に留まらず異業種との融合(買収、JV(合弁企業)設立)を目指す動きは、今後さらに加速化することが予想されます。本稿では、他社との統合・再編で目的となる「相乗効果の果実」を採るための勘所について解説します。
組織再編の1つであるM&Aでは、買収側(自社)・被買収側(対象会社)というパワーバランスが発生します。もちろん、買収側は親会社となり被買収側を管理・掌握することから、ガバナンス観点においてこのバランスは重要です。一方、この関係性に拘り過ぎたM&Aは、相乗効果の果実を採るという点において危うさを残しています。
筆者のこれまでの経験から「相乗効果の果実」を確実に採るためには、「対話の仕組みづくり」が重要であると捉えています。パワーバランスに基づいた一方通行の対話をしても物事はうまく進まないことが多く、なぜなら、結局やりきるのは人であり、異文化を尊重した上で対話がしっかりなされなければ、実現することは難しいと考えるからです。
一般に対話の開始はDAY1(対象会社の子会社化初日)からでは間に合わない事項があり、M&Aでは買収契約書の締結前後から、対象会社と買収側それぞれの現業部門も対話を開始することが多くあります。しかし秘匿性の観点からM&Aは両社内でも周知されておらず、その結果、対話の開始時点では特に混乱が発生します。それらの原因を分析してみると、3つに類別することができます。
(1)買収側の複数部門から、五月雨式かつ重複感ある依頼が対象会社に集中、(2)対象会社から買収側に判断を仰ぐ内容につき、買収側の意思決定プロセスが不明確、(3)買収側でしか通用しない、企業文化を背景としたワーディング、および不明瞭な依頼の仕方(諸元/仕様など異句同義の多様、および阿吽の呼吸を前提とした依頼の記載)、これら事象が積み重なると対象会社が買収側に対して不信感を抱くようになり、対象会社の現業部門が情報を出してくれない、対応してくれないといったことが発生します。
これらを避けるため「対話の仕組みづくり」の一例として以下の施策が挙げられます。
- 対話チャネルの一本化(事務局を設置して対話の流れを整理)
- 意思決定プロセスの見える化(検討体制の提示)
- 依頼前の自社レビュー(依頼事項がわかりやすいかという観点でのチェック)
それぞれの施策は些細な事ではありますが、初期的な対話という観点からはどれも外せない要素であり、このひと手間をかけることにより、相乗効果の果実を採ることに成功した企業を、筆者は多く見ています(図表1)。
【図表1:相乗効果実現に向けた素地確立の3ステップとチェックポイント】
海外の同業を買収した自動車部品メーカーでは相乗効果として、対象会社の生産ノウハウを自社工程に取り込み、歩留まり率、および工程管理レベルの向上を実現しています。一般に、相乗効果では、被買収側で認識される効果、買収側・被買収側共同で認識される効果が主であり、買収側のみで認識される効果を発現させる例はあまり多くありません。
この事例では、早期に「対話の仕組みづくり」を構築・実行したことに加え、パワーバランスに拘らない双方向の対話が積み重ねられた結果、対象会社の納得感が得られ、自社の変革にまでこぎ着けました。
勘所としての「対話の仕組みづくり」は些細なことかもしれません。しかしながら、その仕組みを着実に行うことが、相乗効果の果実を採るための第一歩であると考えます。
日刊自動車新聞 2024年6月3日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社 の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
あずさ監査法人
ディールアドバイザリー事業部
パートナー 三浦 孝之