ここ数年、日本の自動車メーカーにおいて、不祥事が相次いで発覚しました。過去幾度となく繰り返されてきた不祥事について、企業は同じ過ちを繰り返さないために内部統制の見直しを迫られています。内部統制は、規則や確認・承認体制などの「ハードコントロール」と、企業理念、組織の風土や経営者の意識などの「ソフトコントロール」に大別することができます。

これまで厳格なハードコントロールを整備してきた自動車メーカーにおいては、やみくもに確認・承認体制などをさらに強化するのではなく、現状を正しく認識したうえで、組織の状況に応じたソフトコントロールの調整からはじめることが必要だと考えます。

本稿は、日本の自動車業界を取り巻く環境を踏まえ、企業としての競争力を維持しながら不祥事発生のリスクを低下させる内部統制の見直し方法について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT

厳しい法令やルールを遵守してきたとされる日本の自動車メーカーは、ソフトコントロールから内部統制を見直すべきである。

POINT2

ソフトコントロールを見直すためには、組織の特徴や現状を把握するために、現場の各階層の声を聞くことが重要である。

POINT3

適切なソフトコントロールは、経営層の態度や会社の状況に合わせて変化させるものであるため、定点観測を行い、適宜調整することが必要である。

I 見直すべきはソフトコントロール

1.型式認証に関する不祥事の考察

(1)自動車業界が直面している内外の環境変化

自動車メーカーは今、100年に一度の変革期にあると言われています。中国メーカーの躍進、厳しい環境規制、電気自動車(BEV)シフトや自動運転技術の開発競争など、さまざまな外部環境のプレッシャーにより、継続的な変革を求められています。さらに、激しい開発競争に立ち向かいながら、従業員の働き方も見直す必要を迫られています。自動車メーカー各社においては、業務の大きな改変やそれに伴う人的リソースへの負荷増大、管理コストの増加など、さまざまな負の影響が生じていると考えられます(図表1参照)。

【図表1:日本の自動車メーカーが晒される外部環境】

自動車業界を揺るがす不祥事_図表1

出所:KPMG作成

(2)想定される不祥事の背景

このような環境の下、さまざまな不祥事が明るみに出ました。これらの不祥事の直接的な原因は何でしょうか。厳格に定められていたはずの試験手続きや判断基準について、データを改ざんしたり誤まって記録するなど、担当者の法規の理解不足や遵法意識、責任感の欠如が原因の1つと考えられます。つまり、標準作業や確認手続きの未整備ではなく、不正および誤謬を引き起こす組織上の問題があったと考えられます。

それらは、上司の管理不徹底かもしれませんし、部署内・職場内での率直なコミュニケーションの取りにくさかもしれません。もしくは、十分なリソースが充当されないなか、業務を完遂することを諦めてしまったのかもしれませんし、不適切な業務を正当化してしまうような長期にわたり醸成された組織の文化かもしれません(図表2参照)。

【図表2:不祥事の表面的な要因で見えづらい背景】

自動車業界を揺るがす不祥事_図表2

出所:KPMG作成

このような気づきにくい問題に対して対策を検討する際には、内部統制において明文化されない統制である、「ソフトコントロール」について考える必要があります。

2.ソフトコントロール調整の勘所

(1)ハードコントロールを機能させるための内部統制

内部統制におけるソフトコントロールとは、組織の目標達成やステークホルダーの期待充足のために、組織内の人々の行動に影響を与える潜在的な要因を言い、それらによって組織の行動が左右されることから、内部統制の根幹を成す要素となります。

一方、内部統制上の取組みとして一般に組織内で整備される規程やルール、マニュアル、アクセス制限や上長の承認といった統制活動をハードコントロールと呼びます。ハードコントロールに対し具体的な形がないソフトコントロールはイメージが湧きづらい概念ですが、ハードコントロールを真に機能させるための基礎となるのがソフトコントロールです。

(2)ソフトコントロールのフレームワーク

KPMGではソフトコントロールをイメージし易いように、「明瞭性」「規範」「コミットメント」「達成可能性」「透明性」「議論容易性」「報告可能性」「賞罰」の8つの要素で整理しています(図表3参照)。

【図表3:ソフトコントロールモデル】

自動車業界を揺るがす不祥事_図表3

出所:KPMG作成

たとえば、「コミットメント」は、組織のカルチャーとして「上司から言われたから仕事をする」という性格が強ければ、自ら積極的に企業の利益になることを考える姿勢が弱くなり、責任感をもって業務を推進する力が低下することが考えられます。また、経営者からは、時にあいまいな指示しか出されないこともあるでしょう。従業員がそれを具体的なアクションに落とし込むためには、組織にとって望ましい行動が明確になっており(明瞭性)、それを実行するために必要なリソースが与えられている必要もあります(達成可能性)。

そして、計画どおりにならなかった時や、何か間違いを犯してしまった時にすぐに報告できるカルチャーがあるかどうかも(報告可能性)、経営者が適時適切な経営の舵取りを行ううえでは重要なものです。その他、現場だけでなくマネジメントまでバランスの取れた信賞必罰の仕組みが整備・運用されていると、責任感と緊張感を維持しつつ高いパフォーマンスを発揮できる組織になります(賞罰)。これらの要素ごとに統制の強弱をつけることで、組織に適したソフトコントロールを調整することに活用できます。

(3)自動車製造のバリューチェーンで留意すべきソフトコントロール

このソフトコントロールは、業界や部門によっても特色があります。自動車メーカーのバリューチェーンは多くのプロセスで構成されており、それぞれのプロセスで関係する部門や役割、機能が複雑に交差しています。それに伴い、業務上の重点が置かれるソフトコントロールも部門や役割により異なります。

図表4にバリューチェーンのなかでかかわりの強いソフトコントロールの要素と、よくあるソフトコントロール上の課題例を示しています。たとえば、バリューチェーン上の設計開発プロセスにおいては「達成可能性」の要素が課題としてイメージし易いでしょう。厳しさを増す開発スケジュールのなかで、無理なコスト低減目標を求められる一方で、そのために必要なリソースが十分に手当てされない状況はよく耳にします。また、評価段階において、日程遅延を懸念し、不安要素や問題事象を報告・相談することを躊躇してしまうような、「議論容易性」・「報告可能性」の問題も想像に難くありません。

次に、このような業務実態をどうやって把握すべきかについて見ていきます。

【図表4:自動車メーカーの各部門におけるソフトコントロール注目ポイント】

自動車業界を揺るがす不祥事_図表4

出所:KPMG作成

II ソフトコントロール実態調査

1.調査のアプローチ・ポイント

(1)Step1:現場の声を集める

まずは業務への不満や関係部署との関係性など、書面には表れない実情を把握するべく、各現場へのインタビューやアンケート調査を実施します。ここで留意すべきは、大規模に形式ばったインタビューやアンケート調査を実施すると、回答者が構えてしまい、本心を聴き取れなかったり、特定の個人に対する恨みつらみのはけ口になってしまいかねません。定期的に行っている内部監査やモニタリング、社内調査の仕組みに相乗りするなど工夫するとより実態に近い回答が得られるでしょう。

回答者は多い方が意見の偏りも少なく、回答の信憑性も高まります。また、担当レベルから管理職まで幅広く回答を集めると、職位の上下間でコミュニケーションが正しく伝わらない層、いわゆる「組織の粘土層」がどこにあるかが見えてきます。この「粘土層」は「コミットメント」「議論容易性」「報告可能性」など、複数の要素にまたがるソフトコントロール上の重要な問題になります。

質問項目も直接的になり過ぎず、ソフトコントロールの実態を把握できるようなものを検討する必要があります。たとえば、「あなたのキャリアで実現したいことはなんですか。それを実現するために会社に求めることは何ですか」(規範、達成可能性)といった内容を、人事部門が実施する従業員満足度(ES)調査や、法務部門などが実施するコンプライアンス調査などに織り交ぜるのは一案です。

また、「業務上判断に迷った時や、わからないことがあった時に相談できる相手はいますか」といった「はい、いいえ」で回答するクローズド・クエスチョンではなく、「誰に相談しますか」のように回答者が自由に回答できるオープン・クエスチョンにするだけで、得られる情報は質的にも量的にも大きく変わります。

(2)Step2:現場のソフトコントロールのタイプを認識する

ソフトコントロール実態調査は、その良し悪しを判断するためのものではなく、要はそのタイプを認識するものです。その前提で、アンケートやインタビューの結果を分析します。その結果をソフトコントロールの要素ごとに取りまとめ、その要素に対して「過剰か」「過少か」で認識します。

たとえば、調査の結果「規範」が過剰であれば、部下に任せることなくマイクロマネジメントがされていると判断できます。逆に過少に寄っていれば、無規範で各人が好き勝手に行動する組織と見ることができます。一見するとどちらもネガティブに見えますが、捉え方次第では、過剰であれば上司が責任を取る組織、過少であれば部下に一定の裁量を与える組織といった判断をすることもできます。

繰り返しますが、組織の属する業界や部門の特徴など、それぞれの組織において適切なタイプや捉え方ができることを認識しておくことが肝要です。

(3)Step3:ソフトコントロールの調整を検討する

ソフトコントロールの立ち位置を認識できたら、企業のパーパス(企業の存在意義)や経営方針、事業計画などに照らし、現在のソフトコントロールが適切かどうかを評価します。組織が目指すべき方向に対してハードコントロールをより厳格に効かせる必要があれば、ソフトコントロールを意識的に過剰にすることを検討すると良いでしょう。

自動車メーカーにあっては、リスクを考慮するあまり、過度に統制を強くすると、組織内の発想の自由度を奪い、ものづくり企業としての競争力を奪う恐れがあります。自由な発想を阻害せず、締めるところは締める適度な統制が今の日本の自動車メーカーに求められるのではないでしょうか。現場とマネジメントの思いが合致したソフトコントロールを維持できれば、従業員のエンゲージメントも高まることにつながり、人的資本の強化、企業価値向上にも資するものと言えます(図表5参照)。

【図表5:ソフトコントロール改善施策(例)】

要素 改善施策(例)
明瞭性 経営層による定期的な現状説明、朝礼・昼礼等での上長による継続的なメッセージ発信、ニューズレター/ブログ、上長による誠実な態度の率先垂範、プロジェクト管理の強化(進捗のみえる化)
規範 役職者向け倫理教育、朝晩のあいさつ励行や感謝の言葉、安全動作の率先垂範、4S/5S活動、指差呼称、メンター制度、社内コンテスト(カイゼン、工夫、新規事業など)、好事例の横展、社員間の報奨活動、業務プロセスの標準化、信賞必罰
コミットメント 経営方針の安定化、経営層による定期的な現場訪問、労働時間管理、技術交流会、不満の解消、スポーツ等のクラブ活動、社外への寄付プログラム、運動会、社員旅行、全社ミーティング、ファミリーデー
達成可能性 権限移譲、業務負荷の調整、設備やツールの更新、業務品質の向上、多能工化、プロジェクト管理/リスク管理の強化、労働環境の改善、メンター制度、社内図書館/事例データベース、社外セミナー/勉強会参加の励行、アイデアソン、社外知見の活用・外部委託
透明性 定期的な全社ミーティング、経営者によるメッセージ発信、不正行為の取り締まり、権限の分散、定期的な異動、業務引継ぎ資料の作成、意思決定プロセスの共有、内部通報/スピークアップ制度/各種相談窓口の整備
議論容易性 チームビルディング活動、部門間の交流促進プロジェクト、社内ネットワーキングの強化のためのイベント実施、会議の効率化、社内SNSの活用、リーダーシップトレーニング
報告可能性 オープンドアポリシー、報告プロセスの標準化と監査の実施、定期報告、内容によらず報告への感謝、メンター制度、サポートチームによる支援
賞罰 人事異動/昇進/報酬の透明性確保、多面的な人事評価システム、社内表彰制度、名誉称号、月間優秀社員選出

出所:KPMG作成

(4)Step4:適時に変化を捉える定点観測を仕組み化する

ここまでの対応は一度やって終わりではありません。適当なソフトコントロールは、組織の統廃合やマネジメント層の変更によっても変化します。組織の成熟度や業界を取りまく外部環境の変化によって適切に調節する必要があります。タイムリーに見直しを実施するためにも、定点観測する仕組みの整備も推奨されます。

III さいごに

戦後の日本の産業をけん引してきた自動車業界の長い歴史や、自動車メーカーを頂点とする長大なサプライチェーン、1年以上におよぶ新車開発プロジェクトなど、自動車業界の持つ特徴は、それがうまく回らなくなった瞬間に、現場の従業員に対して過大なプレッシャーとなって襲い掛かります。

工場火災やサイバー攻撃による部品供給の中断、燃費や環境性能が不足したときのプロジェクトの中断、内部通報による問題の指摘などがあれば自動車メーカーを頂点とするピラミッドの全体を揺るがすこととなります。そういった状況にいかに対応するのか、それが日本の基幹産業を支えるノウハウであったかもしれません。

しかし、環境の変化がその現場の工夫の限界を超えつつあると言えます。ラインオフ直前の設計変更で作りためた在庫を破棄せざるをえなくなり、上位層や親会社の鶴の一声でプロジェクトの優先順位が入れ替わり、論功行賞人事が積み重なることで、ピラミッド全体が弱くなったのではないでしょうか。

しかし、その状況は経営者の努力で変えられます。アリバイ的な屋上屋を架す内部統制整備から、なぜ効かないのか、どうしたら効くのかを考えた内部統制の見直しが必要なのではないでしょうか。

執筆者

KPMGコンサルティング
ディレクター 北島 雄
シニアコンサルタント 前田 康貴

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