2024-25年度インド国家予算案
本稿では、2024-25年度インド国家予算案、そのなかでも特に税制改正案について解説します。
本稿では、2024-25年度インド国家予算案、そのなかでも特に税制改正案について解説します。
グローバルサウス代表としての存在感をますます増しているインド。昨今の地政学的見地からのデリスキング、人口世界一の達成など、将来のポテンシャルを期待され、引続きそのプレゼンスが世界的にも注目されています。
2024年は、世界最大の選挙と言われるインドの総選挙が行われました。モディ首相率いるインド人民党が政権を維持する結果となるなか、インド新政権による国家予算案が2024年7月23日に公表されました。国家予算案では、新政府の予算編成や税制策への取組みを通した企業投資の さらなる促進や社会的な開発に対する意向が示されました。本稿では、2024-25年度インド国家予算案、そのなかでも特に税制改正案について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。さらに、本執筆時点では、インド国家予算案は国会審議中であり、2024年7月23日に発表された国家予算案に基づいた記載であることもあらかじめお断りいたします。― 2024-25年度インド国家予算案では、9つの優先事項が示されている。
― 2024-25年度インド国家予算案では、9つの優先事項が示されている。 ― 9つの優先事項には雇用・スキリングの促進施策等、全体的なバランスを重視した施策が提案されている。 ― 税制改正案では、今後6ヵ月以内に所得税法の包括的な見直しと、関税率のさらなる見直しが提案されている。 ― 個人所得税の減税、外国法人の法人税率の引き下げ、直接税紛争解決スキームおよびGST恩赦スキームの導入など、日系企業に影響を与える項目が多数提案されているため、今後の法案化の動向に留意が必要である。 |
Ⅰ.インド国家予算案
1. 直近の経済動向
サプライチェーンの混乱やインフレ圧力といったグローバルな課題に直面したにもかかわらず、堅調な消費需要と政府主導のインフラへの多額の投資などにより、インドの2023-24年度経済成長率は8.2%と大幅な成長を記録しました。2024-25年度も、好調な民間消費、政府支出の増加および世界的な逆風にもかかわらず、活発な輸出に支えられて6.5~7%の間で経済成長すると見込まれています。
また、好調な経済を背景とした直接税・間接税の大幅な増加に伴い、財政赤字が縮小するとともに、外貨準備金が増加、インドの株式市場の時価総額も5 兆ドルに到達しました。さらに、政府主導の戦略的な政策と行政対応を通じて国内インフレを効果的に管理したことで、2023-24年度のコアインフレ率は4.3%まで低下し、4年ぶりの低水準となっています。
上記のとおり、2023~24年度は主要な経済指標において良好な結果を残しており、今後の経済成長が期待されています。
2. 2024-25年度インド国家予算案
総選挙によりモディ首相率いるインド人民党が政権を維持する結果となるなか、新政権による最初の予算案が2024年7月23日に発表されました。独立100年となる2047年までに、インドが先進国入りするための新政権による経済政策の方向性が反映されるとして、この予算案には注目が集まっていました。
政府はすべての人に十分な機会を生み出すため、予算の中心テーマとして、「農業の生産性とレジリエンス」、「雇用とスキリング」、「包摂的な人材開発と社会正義」、「エネルギー安全保障」、「都市開発」、「製造業とサービス業」、「技術革新と研究開発」、「インフラ」、「次世代の改革」の9つを優先事項とし、継続的な努力を行うことを表明しました。
特に、「雇用とスキリング」のために、今後5年間でインドの若年層に多様な機会を提供する5つのスキームが発表されたことで、インドの日系企業においても雇用拡大および人材の高度化が進むことが期待されます。
また、外国直接投資/海外投資規則の簡素化や破産・倒産手続きの迅速化に関するインド破産倒産法( IBC:Insolvency and bankruptcy Code)の改正など、規定の簡素化およびコンプライアンス負担軽減の施策についても公表されました。
さらに、後述するとおり、国家予算案では、1961年所得税法の包括的な見直しを含む税制改正案も提案されています。
直近の好調な経済状況をさらに推し進めるため、今回の国家予算案では、今後のインドの注力する優先事項を示すとともに、大規模な雇用・スキリングの促進施策やいくつかの規定の簡素化を示し、全体的なバランスを重視したものとなっています。これらの施策により、インドの経済拡大ペースがどう推移するかは引き続き注視する必要があります。
Ⅱ.税制改正案
1. 所得税法の包括的な見直し
19 61年所得税法( 法人所得税および個人所得税)の簡素化や訴訟の削減、納税者への税の安定性・確実性の提供を目的として、今後6ヵ月以内に所得税法の包括的な見直しを行うことが提案されてい ます。
インドでは、これまで複雑な税制や税務訴訟の多さが日系企業のインド進出の妨げとなっていました。所得税法の包括的な見直しにより、税制面でのこうした阻害要因が解消・軽減され、日系企業のインド進出が進むことが期待されます。
2. 法人所得税
(1) 外国法人の法人税率の引き下げ
2024-25年度以降のインドに進出する外国法人( 支店やプロジェクト・オフィス等)の法人税率を40%から35%に引き下げることが提案されています。
インドでは、これまでインド内国法人( 日系企業のインド子会社含む)については積極的に法人税率を引き下げてきましたが、外国法人については高い税率のままでした。今回の外国法人の法人税率の引き下げにより、日系企業のインド進出が進むことが期待されます。
(2) 直接税紛争解決スキームの導入
2024年7月22日以前の直接税に関する係争中の案件を解決するための新スキームとして、紛争解決スキーム( Vivad se Vishwas Scheme 2 0 24)の導入が提案されています。
税務訴訟が多いインドでは、未解決の係争案件が毎年増え続けています。その解消を図るべく、新スキームでは税務当局内の紛争解決パネル(DRP:Dispute Resolution Panel )や裁判所への嘆願(Writ:Written Petition)を含む直接税の係争案件について、係争税額の一定割合(提訴時期や支払時期により異なる)を支払うことで税務訴訟を結了させることができます。
2 0 2 0 年にも類似の紛争解決スキーム(Vivad se Vishwas scheme 2020)が導入され、係争案件の大幅な削減が進みました。新スキームの導入により、日系企業の長期化した係争案件の解消が進むことが期待されます。
(3) 平衡税の廃止
2 0 2 4 年8 月1日以降のインド非居住者の電子商取引事業者( E-Commerce operator )に対する2%の平衡税( EL: Equalization Levy )の廃止が提案されています( デジタル広告等に対する平衡税は継続)。
インドでは2016 年以降、デジタル課税の一環として平衡税が導入され、2020年以降は非居住者の電子商取引事業者も課税対象となりました。しかし、課税対象となる取引の範囲が不明確であることから、インドで電子商取引を行う非居住者の税の安定性・確実性の妨げとなっていました。平衡税の廃止により、日系企業の電子商取引の事業展開が進むことが期待されます。
(4) 源泉税の合理化
2024年10月1日以降の特定の項目に対する源泉税率の軽減が、2025年4月1日以降の源泉税申告の修正期限の提示が提案されています。
源泉税の対象となる取引が多いインドでは、これまで高い源泉税率が一時的なキャッシュフローの悪化を招いていましたが、源泉税率の軽減により、日系企業のキャッシュフローの改善が期待されます。
また、インドではこれまで源泉税申告の修正期限が明示されておらず、源泉税調査の長期化を招いていました。今回の税制改正案で修正期限が6 年と明示されることで、日系企業の源泉税調査の早期完了や対応コストの削減が進むことが期待されます。
(5) 再調査手続の期限短縮
2024年9月1日以降の税務調査官による再調査手続開始期限の短縮が提案されました。
インドでは、納税者が税務調査を回避していたと信ずるに足る理由がある場合、過去の税務調査を再度調査する権限を税務調査官に付与しています( 所得税法第14 8 条)。しかしながら、これまでは5 0 0万ルピー以上の課税所得がある場合の再調査開始期限が評価年度末( AY: Assessment Year )から10年と長期であったため、税務調査の長期化を招いていました。それが5 年3ヵ月に短縮されることで、日系企業の税務調査の早期完了や対応コストの削減が進むことが期待され ます。
3. M&A税制
(1) キャピタルゲイン税制の変更
2024年7月23日以降のキャピタルゲインの長短区分基準となる保有期間の変更およびキャピタルゲイン税率の変更が提案されています。
インドでは、これまでインド非居住者の長期キャピタルゲインの税率は10%(上場・非上場株式とも)でした。これが12.5%( 同上)に引き上げられることで、日系企業のインドにおけるM&A戦略に影響を与えると考えられます。この点について留意が必要です。
(2) エンジェル税制の廃止
2024-25年度以降のエンジェル税制の廃止が提案されています。
インドでは、これまでインド法人が公正市場価格(FMV:Fair Market Value)を超える価格で株式を発行する場合、その超過額が課税されるエンジェル税制がありました。一方、株式の発行価格は税務上の要請だけでなく、外国為替管理法やその他のビジネス上の要請も踏まえて決まることが多いことから、エンジェル税制の廃止により、日系企業の資金調達の簡素化が進むことが期待されます。
(3) 株式買戻税の廃止
2024年10月1日以降の株式買戻税(BBT:Buy Back Tax )の廃止が提案されています。
インドでは、これまでインド法人が株式の発行価格を超える価格で株式を買い戻す場合、その超過額が課税される株式買戻税がありました。国際的には株主側でみなし配当課税( 源泉徴収)されることが一般的であるため、株式買戻税の廃止および株主側へのみなし配当課税への変更により、国際的に遜色のない税制となり、日系企業の資金回収の多様化が進むことが期待されます。
4. 個人所得税
(1) 個人所得税の減税
2024~25 年度以降の累進課税の課税所得帯の変更および基礎控除の増加による減税が提案されています。
インドは、これまでも積極的に個人所得税の減税を行ってきましたが、今回の減税により、日系企業のインド駐在員の税コストの削減がさらに進むことが期待され ます。
5. 間接税
(1) GST恩赦スキームの導入
GSTの恩赦スキーム( GST Amnesty scheme)として、GST法第73条( 不正等以外のケース)に基づき発出された2 017-18 年度から2019-20年度の納税通知につき、所定の日付( 今後通知予定※ ) より前に納税すれば、対応する利息およびペナルティの支払いを免除することが提案されています(CGST法第128A条)。
※ 2024年6月22日開催の第53回GST評議会では2025年3月31日とされています。また、既に納税した利息およびペナルティの返納はしないともされています( 同条ただし書き)。
インドは、2022年以降GST当局が外国法人からインド内国法人に出向している出向者の給与についてGSTを課税するという納税通知を多発しており、多くの日系企業を悩ませています。恩赦スキームの導入は、日系企業の解決策の1つとなることが期待されています。ただし、これまでのGST当局との協議状況や自社の税務ポジションは個社によって異なることから、恩赦スキームの受入可否については、個社ごとに慎重な検討が必要です。この点について留意が必要です。
( 2) 関税率の軽減・免除
2024年7月24日以降の携帯電話、部品用プリント基板(PCBA)、太陽電池・パネル製造用の資本財、重要鉱物、皮革・織物、貴金属などの関税率が軽減・免除されています。
インドは、これまでも重点産業の物品について積極的に関税率の軽減・免除を行ってきました。今回の軽減・免税や今後6ヵ月で関税率のさらなる合理化を促進することが提案されていることから、日系企業の貿易活性化がさらに進むことが期待されます。
(3) 多様な原産地証明の受入れ
自由貿易協定( F TA:F r e e T r a d e Agreement )の恩恵を受けやすくするために、多様な原産地証明(Proof of origin)を受け入れることが提案されています。
インドでは、これまで原産地規則の厳格適用がFTA締結国との貿易促進の妨げとなっていました。多様な原産地証明( 自己宣誓も可)を受け入れることにより、日系企業のFTAの活用が進むことが期待されます。
6. その他
(1) 雇用連動型インセンティブ
インド国内の雇用創出、スキル獲得、その他の機会を促進するためのスキームとして、3 種類の雇用連動型インセンティブの導入が提案されています。
インドでは、これまでもさまざまな雇用創出施策を行ってきましたが、今回の初回就業者、製造業、雇用者サポートに係るインセンティブの導入により、日系企業のインド人の雇用拡大が進むことが期待されます。
(2) 生産連動型インセンティブ
生産連動型インセンティブ( PLI: Production Linked Incentive )の追加発表が期待されていましたが、今回の国家予算案では発表されませんでした。今後が期待されます。
執筆者
KPMGインド GJP
空谷 泰典/アソシエイト・パートナー
髙木 航介/アソシエイト・ディレクター
久米田 明宏/マネジャー