「アクション・プログラム2024」が示すコーポレートガバナンス改革の実践(第1回 総論編)

2024年6月7日にスチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議より「コーポレートガバナンス改革の実践に向けたアクション・プログラム2024」が公表されました。

2024年6月7日に「コーポレートガバナンス改革の実践に向けたアクション・プログラム2024」が公表されました。

ポイント

  • 2024年6月7日に金融庁のスチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議より、「コーポレートガバナンス改革の実践に向けたアクション・プログラム2024」が公表され、コーポレートガバナンス改革の「実質化」から「実践」へ、より踏み込んだ具体的な方向性が示されている。
  • アクション・プログラム2024の公表に伴い、サステナビリティ経営実現や取締役会の実効性向上に向けた取組みに関する具体的な事例等が金融庁等から示されることが想定される。日本企業においては、これらの事例等を参考にしつつ、自社の規模や置かれた状況に応じたオリジナルなガバナンスを自律的に検討していくべきである。
  • アクション・プログラム2024では、サステナビリティとレジリエンスを意識した経営が重要である点も指摘されており、日本企業はこれを機にバリュー・チェーン全体での「全社的なレジリエンス」への取組みを進めるべきである。

I.はじめに

2024年6月7日にスチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(以下、フォローアップ会議)より「コーポレートガバナンス改革の実践に向けたアクション・プログラム2024」(以下、アクション・プログラム2024)が公表されました。

アクション・プログラム2024は、2023年4月に策定された「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」で示された各施策の取組み状況をフォローアップするとともに、今後の方向性をとりまとめたものとなります。

2023年と2024年の2つの「アクション・プログラム」のタイトルを比較するとわかるように、2023年の「実質化」からアクション・プログラム2024は「実践」へと、具体的な行動に踏み込んだ中身となっています。

II.アクション・プログラム2024の背景・考え方

「対話」と「実践」の重要性

2023年のアクション・プログラムで掲げた施策への取組みを通じ、企業及び投資家の双方において意識改革が進められているという意見がある一方で、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードへの対応が形式的なコンプライ(遵守)にとどまっているという指摘があること、各企業・各投資家間での取組みの質に大きな差が生じていることなどが課題として認識されました。

今後に向けては、すべての企業・投資家に共通して必要な対応に加え、各企業・投資家の規模や置かれた状況に応じ、きめ細かく必要な取組みを検討することが必要であるとされました。そのためには、各コードへの形式的なコンプライ(遵守)にとどまらず、むしろ丁寧にエクスプレイン(説明)をすること、また企業と投資家の双方向の対話により相互理解を深めることが重要とされました。

また、コーポレートガバナンス改革の実質化に向けては、検討・開示に留まらず、中長期的な企業価値の向上という目的に応じた成果の追求、着実な実践が重要とされました。

III.アクション・プログラム2024の主な内容と企業に求められる対応

1.取締役会等の実効性向上(独立社外取締役の機能発揮)について

アクション・プログラム2024では、未だ取締役会が実効的には機能していない点が指摘されており、その要因として社外取締役や取締役会議長、各委員会委員長が果たすべき役割の認識が共有されていない点や、社外取締役等の質の評価が実質的には行われていない点が挙げられています。各人・機関が果たすべき役割を定義したうえで、取締役会や各委員会における実質的な議論を促すための取組みの実践の必要性が取り上げられています。


課題及び企業に求められる対応

取締役会の実効性が向上しないのは、経営者及び取締役会が自社のあるべきガバナンスについて、明確な意思をもって設計していないことが要因の1つです。企業に求められているのは、自社の企業価値向上を実現するためのガバナンスを、取締役会と経営者が意思をもって設計することです。将来の事業環境の変化、ビジネスモデルや成長ステージ、中長期的な戦略、経営人材の育成状況等は各社異なっていることから、ガバナンスについても当然オリジナルなものが必要となります。コード等に沿った形式的で横並びのガバナンスでは、自社の企業価値向上に資するものとはなりません。

オリジナルなガバナンスを設計する前提として、取締役会・委員会の役割・機能に関し、「現在求められている姿」と「将来ありたい姿」について取締役会でコンセンサスを醸成する必要があります。例えば、取締役会は中長期戦略のどの部分を重点的に監督すべきか、そのために社外取締役にはどのような役割を期待すべきか、将来の社長を含む経営陣・取締役候補の育成・選任を誰が・どのような観点で進めていくべきか等について、取締役会・委員会で議論することが考えられます。

その上で、取締役会・委員会の「将来ありたい姿」に向けて、中期的な取組みのロードマップを作成します。特に社外取締役も含めた取締役の選任については、数年先を見通して計画的に行う必要がありますので、社外取締役に期待される役割や機関設計のあり方など、取締役選任の考え方に影響する要素について方向性を定めた上で、ロードマップ等で可視化することが重要です。計画的な取組みが進んでいるか、またそれぞれに期待される役割が果たされているか、年1回の取締役会実効性評価で客観的に評価することも有用です。

2.収益性と成長性を意識した経営について

アクション・プログラム2024では、2023年3月の東証のプライム市場・スタンダード市場上場企業に向けた要請に対する対応を、経営の重要課題と位置付ける企業と、形式的な対応に終始する企業とで二極化している点を指摘しています。各企業の開示・取組みについて、投資家や金融庁・東証等の関係者によるフォローアップを行い、実質的な対応を促進することが謳われています。


課題及び企業に求められる対応

東証の要請に対し、一部の企業においてはPBR1倍割れの状態を脱することが目的化し、短期的な取組み、開示に焦点を当てた表層的・形式的な取組みに終始している状況が見られます。

企業価値の持続的な向上のためには、事業ポートフォリオ、財務戦略・資本政策、キャッシュフローアロケーションの3点について、経営陣が明確な方針を打ち出すとともに、取締役会が強力なガバナンスを効かせることが重要です。これら3つの方針に基づき、取締役会において企業価値向上のための議論を尽くし、必要なリスクテイクを行って果断な判断を行うこと、重要な判断を先送りしないことであり、社外取締役が株主や投資家に対してアカウンタビリティを果たせる水準のガバナンスを目指すことが求められていると考えるべきです。これは前述の社外取締役の役割や取締役会の実効性に通じる論点でもあります。

(東証要請に対する企業価値向上についての詳細は末尾の参考文献をご覧ください。)

3.情報開示の充実及びグローバル投資家との対話促進について

アクション・プログラム2024では、企業の情報開示は充実してきている一方、開示内容と実際の取組み内容が乖離していることが指摘されました。有価証券報告書の株主総会前開示を含め、投資家が必要とする情報を効果的・効率的に提供する必要性があること、またグローバル投資家の期待に自律的、積極的に応える企業群の「見える化」(コーポレートガバナンスの状況を示す具体的なリストの作成・公表)について提言されています。
 

課題及び企業に求められる対応

サステナビリティ情報開示の制度化をはじめとし、企業情報開示は今後もますます充実する方向にあります。

サステナビリティ情報については、従来は統合報告書やサステナビリティ報告書といった任意媒体での開示がIR部門やサステナビリティ部門を中心に行われていました。制度開示導入後は有価証券報告書において開示することとなるため、経理部門の巻き込みも含めて、改めて開示体制の構築を検討する必要があります。制度開示対応にあたっては、海外拠点を含む事業部門の最前線からさまざまな非財務情報を収集し、その信頼性を担保する必要があります。経営者のリーダーシップと取締役会による監督の下、開示内容の適切性を確保するための責任の明確化、グループ全体での情報収集のプロセス・内部統制の確立、組織体制整備等が必要です。

4.市場環境上の課題(政策保有株式に関する課題)の解決について

アクション・プログラム2024では、各社において政策保有株式の縮減の取組みが進む一方、議決権行使の状況を含む実態を踏まえた開示は十分ではないと指摘されています。

保有の合理性について実態を踏まえた検証・開示が重要であるとし、金融庁においても実際の開示に対し、より深度ある検証を実施し、必要に応じて開示の拡充等の措置を講じることが提言されています。


課題及び企業に求められる対応

政策保有株式については、「縮減するか、保有継続するなら実態を踏まえて検証・開示せよ」という株主からの要請がさらに強くなると予想されます。これは取締役会として、政策保有株式を保有する妥当性や合理性について、より一層高い説明責任が求められることを意味します。特に政策保有株式を保有することの便益をどう定義するのか、その便益は資本コストを上回っているのか、下回る場合、それでも保有し続ける理由は何か、それぞれについて、より高い解像度をもって取締役会としての意見を形成する必要があります。

また縮減を選択した場合も、その売却資金をどこに再投資するかという問題があります。上述の「収益性と成長性を意識した経営」の通り、企業価値を向上させるためのキャッシュフローアロケーション等について経営陣が明確な方針を打ち出すとともに、取締役会において監督することが重要です。

5.サステナビリティを意識した経営について

2023年のアクション・プログラムと比較し、アクション・プログラム2024では、サステナビリティを意識した経営に関する課題認識の水準が格段に上がりました。

2023年のアクション・プログラムでも取り上げられた多様性の確保・人的資本に関する取組みに加え、例えば、サステナビリティ情報の開示のあり方、取締役会におけるサステナビリティに対する監督のあり方、コーポレート・カルチャー等を意識した経営等、より具体的な課題が提示されています。

今後、サステナビリティを意識した経営に関する事例が関係者間で共有されることが想定されています。例えば以下のような観点での事例共有が想定されます。

  • 財務情報と非財務情報のつながりや企業価値向上に対する共通認識
  • コーポレート・カルチャーの意識
  • 多様性確保・人材育成等、人的資本への投資等への意識
  • レジリエンス(危機に直面した時の復元力)の意識


課題及び企業に求められる対応

各企業では、今後共有される事例を参考にしつつ、自社にとって最適なサステナビリティ経営のあり方を具体的に検討する必要があります。

またサステナビリティ経営の推進状況については、取締役会の監督の対象とすべきであり、サステナビリティ関連リスクとその対応の状況、サステナビリティ委員会等のあり方等について取締役会にて議論すべきです。

IV.まとめ:日本企業に求められる取組み

1.オリジナルなガバナンスの継続的検討

2023年のアクション・プログラム以降、コーポレートガバナンス改革は、コーポレートガバナンス・コードの改訂による「外圧的」なアプローチから、各社の「内発的・自律的」な取組みを促すアプローチに変化しています。

アクション・プログラム2024ではこの路線をさらに進め、各社の実態に応じたオリジナルなガバナンスを設計し、取締役会及び投資家等の関係者と認識を共有することが求められています。

そのために各企業では、建設的な対話を活用して継続的に検討・実践することが重要となります。自社の規模・特性、置かれた状況に応じ、自社にとって最適な取組みとしていくことが重要です。

2.サステナビリティ、レジリエンスに関するバリュー・チェーン全体での取組み

上述の通り、足下ではサステナビリティ情報開示の取組みが日本企業にとっての重要な課題となっています。一方で、より本質的な問題として、サステナビリティリスク(環境リスクや人権リスク)への対応を、グループ全体、バリュー・チェーン全体で取り組むことが求められており、規制当局、顧客、消費者等からの要求水準・関心が高まる中、不十分な取組みは事業遂行上の障害ともなりえます。

経営者と取締役会は、サステナビリティ情報開示制度への対応を、グループ全体、バリュー・チェーン全体のサステナビリティリスクの総点検のチャンスと捉えるべきです。

また、レジリエンス(危機に直面した時の復元力)については、フォローアップ会議の場でもその重要性が数多く指摘されました。企業においては、主にサプライチェーンのレジリエンスが注目されていますが、企業にとっては本来、サプライチェーンだけでなく、経営戦略、オペレーション全体、財務、組織、知見・テクノロジー、レピュテーションなど、さまざまな観点からの「全社的なレジリエンス」が求められます。真にサステナブルな経営を目指す上で、これらの観点でのデューデリジェンスを行いレジリエントな組織づくりを進めることが重要です。

執筆者

KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン

あずさ監査法人 サステナブルバリュー統轄事業部
マネージング・ディレクター 林 拓矢

あずさ監査法人 サステナブルバリュー本部
テクニカル・ディレクター 橋本 純佳

あずさ監査法人 サステナブルバリュー統轄事業部
シニアマネジャー 後藤 一平 

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