資本コスト等を意識した経営の実現コーポレートガバナンス報告書開示実態調査

本稿は、東京証券取引所から要請された「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のコーポレートガバナンス報告書における開示状況をとりまとめました。

本稿は、東京証券取引所から要請された「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のコーポレートガバナンス報告書における開示状況をとりまとめました。

Ⅰ.はじめに

2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入されてから8年以上が経過しました。同コードは上場企業に対して「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」を求めています。多くの企業が同コードにコンプライしているものの、この8年の間、日本企業の株価パフォーマンスは諸外国と比べて低位に推移し、PBRが1倍を割れている企業が依然として多数存在しています。

かかる状況を踏まえ、東京証券取引所(以下、東証という)は2023年3月に、プライム市場およびスタンダード市場の全上場企業を対象に、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(以下、資本コスト経営への対応という)を要請しました。

東証は、この要請の趣旨について以下のポイントを提示しています。

  • 単に損益計算書上の売上や利益水準を意識するだけでなく、バランスシートをベースとする資本コストや資本収益性を意識した経営を実践すること
  • 資本コストや資本収益性を十分に意識したうえで、持続的な成長の実現に向けた知財・無形資産創出につながる研究開発投資・人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの見直し等の取組みを推進することで、経営資源の適切な配分を実現すること

つまり、単純に売上や利益の絶対額を増やすのではなく、資本収益性を意識した経営資源の適切な配分を通じて、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を実現することを上場企業に対して求めていると解されます。

また、東証は以下の点についても言及することで、短期的な株価対策に対して警鐘を鳴らしています。

  • 自社株買いや増配が有効な手段と考えられる場合もあるが、自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではない
  • 継続して資本コストを上回る資本収益性を達成し、持続的な成長を果たすための抜本的な取組みを期待する

あずさ監査法人は、2023年11月末時点でコーポレートガバナンス報告書のXBRLデータからテキストマイニングし、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応に関する開示を分析しました。なお、集計にあたってはコーポレートガバナンス報告書のみを対象とし、コーポレートガバナンス報告書から参照されている他のIR文書は集計の対象としておりません。

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Ⅱ.開示有無に着目した分析

資本コスト経営への対応を要請された、プライム・スタンダード市場に上場する企業のうち、2023年11月末時点で実際に対応を開示した会社数は571社でした。この内訳は、プライム市場:448社(開示比率:27.0%)、スタンダード市場:123社(開示比率:7.6%)となっています。ここでは、これら571社の属性を、企業の所有構造・企業内の機関構造・取締役会の構造の観点から分析しています。なお、資本コスト経営への対応を開示している企業の方が、株主目線で経営の規律を働かせている企業である、という前提で議論を進めます。

1.企業の所有構造に着目した開示有無の調査

まず企業の所有構造として、親会社の有無(存在する場合、上場非上場の別)に分けて、開示比率を分析しています。親会社が存在しない場合の開示比率は18.0%、上場親会社が存在する場合の開示比率は12.4%となりました。一方、非上場の親会社が存在する場合の開示比率は5.5%に留まっています。

親会社区分別開示比率

さらに親会社は存在しないものの、創業者などの個人が企業を支配している場合を想定し、筆頭株主の持ち株比率別に開示比率を分析しています。筆頭株主の持ち株比率が10%未満の場合の開示比率は20.4%でした。また、同比率が10%以上25%未満の場合の開示比率は21.3%となり、共に20%を超えています。一方で、持ち株比率が25%以上50%未満になると開示比率は10.0%に低下し、持ち株比率が50%以上となると開示比率は2桁を切って9.5%となっています。

筆頭株主持ち株比率別開示比率

これらの結果から、企業が特定の法人・個人に支配されているまたは影響を受けていることと、資本コスト経営への対応の開示が行われていないことに一定の関係性があるとみてとれます。

2.企業の機関構造に着目した開示有無の調査

一般に、取締役会の監督機能は、監査役会設置会社→監査等委員会設置会社→指名委員会等設置会社の順で強まるといわれています。ここでは、この機関構造に着目して開示比率を分析しています。実際の開示比率もこの順で高まることが確認できました。(監査役設置会社:15.4%、監査等委員会設置会社:18.5%、指名委員会設置会社:42.7%)。取締役会の監督機能に重きを置いている企業ほど、開示に前向きであるといえます。

機関構造別開示比率

3.取締役会の構造に着目した開示有無の調査

取締役会の構成員のうち、独立社外取締役の比率に着目し開示比率を分析しました。独立社外取締役が一定数存在することは取締役会の監督機能を高めるうえで不可欠であると言われています。この趣旨からは、独立社外取締役の比率が高いほうが、開示比率が高まるという仮説が成り立ちます。

実際の開示比率は、独立社外取締役比率が20%未満の場合3.3%と低く、20%以上40%未満の場合16.3%、40%以上60%未満の場合21.3%、60%以上の場合19.5%となりました。独立社外取締役比率が低い企業では開示が行われない傾向は見て取れたものの、20%以上の企業における開示比率に大きな差異は確認できませんでした。

独立社外取締役比率別開示比率

Ⅲ.開示内容に着目した分析

次に、資本コスト経営への対応の記載内容に着目した分析を行っています。対応策を開示している571社のうち、資本コストの算定に言及した企業は130社に留まり、それ以外は、検討中である旨や他の開示書類への参照先を記すものが多くみられました。

この資本コスト算定に言及した130社のうち、資本コストの値を開示した企業は38社でした。これらの企業の株主資本コストの平均は6.9%で、WACCの平均は6.0%でした。(値をレンジで開示している場合は中間の値を使って計算しています)

また、資本コストを事業ポートフォリオの再編等意思決定に活用しているとした企業は37社となりました。

Ⅳ.開示内容とPBRの比較

続いて、資本コスト経営への対応の開示内容とPBRとの比較分析を行いました。なお、本分析はプライム上場企業のみを対象としています。

 

1.資本コストの算定に言及している企業のPBR

資本コストの算定に言及した企業は130社で、PBRの中央値は1.1倍でした。一方、資本コスト経営への対応の開示はあるものの、資本コストに言及していない企業のPBRの中央値は0.8倍となりました。

2.資本コストの値を開示している企業のPBR

資本コストの値を開示している企業は38社で、PBRの中央値は1.1倍でした。一方、資本コスト経営への対応の開示はあるものの資本コストの値を開示していない企業のPBRの中央値は0.9倍となりました。

3.資本コストを事業ポートフォリオの再編に活用しているとする企業のPBR

資本コストを事業ポートフォリオの再編に活用しているとする企業は37社で、PBRの中央値は1.5倍でした。一方、それ以外の企業のPBRの中央値は0.9倍に留まりました。

開示内容とPBRの比較(中央値)

総合して、資本コストの算定に言及している企業のPBRはそうでない企業のPBRより高い傾向が見られました。さらに、資本コストを単に算定していると言及している企業より、値を開示している企業の方がPBRは高く、さらに、資本コストを事業ポートフォリオの再編に活用しているとする企業のPBRはより一層高水準であることがわかりました。

さいごに、資本コストを事業ポートフォリオの再編に活用しているとする企業の平均PBRを平均ROEと平均PERに分解して、PBRが相対的に高くなっている要因をブレイクダウンして分析しています。資本コストを事業ポートフォリオの再編に活用しているとする企業の平均PBRは1.9倍で平均ROEは10.8%、平均PERは18.7倍となりました。一方、そうでない企業の平均PBRは1.3倍で平均ROEは7.8%、平均PERは16.8倍となっています。平均PERは双方ともに20倍弱でその差は11%程度なのに対し、平均ROEの差は約40%となっています。平均PBRの差の要因として平均ROEの差の貢献が相対的に高いことがわかります。

このことから、資本コストを用いて事業ポートフォリオの再編に着手している企業ほど、稼げる事業に経営資源を配分した結果として高いROEを計上しており、それが高PBRにつながっていると推察されます。

  活用に関する言及がない場合 活用に関する言及がある場合 差の割合
平均ROE 7.8% 10.8% 40%
平均PER 16.8倍 18.7倍 11%
平均PBR 1.3倍 1.9倍  

Ⅴ.まとめ

株価対策・投資家対策を自社株買いや増配のみに頼ることなく、持続的な成長と中長期的な企業価値向上の実現に向けて事業ポートフォリオの見直しなどの取組みを推進し、経営資源の適切な配分を実現するうえで、資本コストを意識した経営の実践がますます重要になると考えられます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
SV統轄事業部 アドバイザリー事業部
マネージング・ディレクター 土屋 大輔

Digital Innovation & Assurance統轄事業部
Digital Innovation事業部
マネジャー 近藤 聡