近年の不安定な国際情勢のもと、経済安全保障(経済安保)および地政学に関連するリスクは複雑化し、変化も目まぐるしくなっています。

そんななかにあって企業が向き合うべき課題は、たとえば事業継続計画(BCP)の見直し、情報セキュリティ対策、AIなどの先端技術に用いる半導体技術の輸出規制、重要鉱物のサプライチェーンの見直しなど、事業内容によって多岐にわたります。もし経済安保や地政学にかかわるリスク分析が不十分であった場合、それによって引き起こされる悪影響や損害は、ケタ違いに大きくなる可能性があります。

そうした背景から今、経営判断の前提となる情報を正確・適時に収集して分析する「インテリジェンス機能」を強化する重要性が増しています。今や事業にかかわるインテリジェンスの収集は、取締役の善管注意義務の一要素とも言えるでしょう。

本稿では、長島・大野・常松法律事務所のパートナー 弁護士である濱口耕輔氏、弁護士の大澤大氏、KPMGコンサルティングの執行役員 パートナーである足立桂輔、シニアマネジャーの新堀光城が、経済安保・地政学リスクに対応するインテリジェンス機能のあり方について、2回にわたって掘り下げます。

前編では、インテリジェンス機能が特にどのような企業に必要なのか、変化を機会と捉える姿勢の重要性、取締役会への情報共有の仕方について、リーガルと事業戦略の観点から議論しました。

【インタビュイー】

長島・大野・常松法律事務所 弁護士 濱口 耕輔
長島・大野・常松法律事務所 弁護士 大澤 大
KPMGコンサルティング 
執行役員 パートナー 足立 桂輔
シニアマネジャー 新堀 光城

写真_全員

左から 長島・大野・常松法律事務所 大澤氏、濱口氏、KPMG 足立、新堀

インテリジェンス機能が特に求められる企業とは

足立:近年、当社では、不安定な国際情勢やメガトレンド(時代の大きな流れ)を踏まえた経営判断を行える体制を作りたい、といったご依頼をいただくことが増えています。

濱口氏:リーガル的な観点からも、そうしたインテリジェンス機能を見直す必要性が高まっていると感じます。世界情勢や経済安保をとりまく環境を踏まえた経営判断が求められる事業の場合、判断を行うにあたって十分に情報収集したことや、内部で議論・検討をしたプロセスを経ていることが重要です。インテリジェンス機能は、そのプロセスの合理性を担保する一要素となり得ます。

足立:インテリジェンス機能は、経営者が一定の善管注意義務を果たしていることを裏付ける1つの材料になるということですね。

写真_長島・大野・常松法律事務所 濱口氏

長島・大野・常松法律事務所 濱口氏

濱口氏:そうですね。ただしインテリジェンス機能を持つにしても、どのような情報をいかに活用していくかは、事業活動や企業の置かれた環境に応じてきちんと検討する必要があります。

善管注意義務といっても、地引き網のようにあらゆる情報を収集するというのは現実的ではなく、そのような対応が求められるわけでもありませんので、必要に応じてメリハリをつけて運用していくことが肝要です。

大澤氏:最近、インテリジェンス機能に関するご相談をいただく機会が増えていると感じます。今やインテリジェンス機能は、基本的にどの企業も必要である一方で、やはりどのような情報をどれくらいの密度で収集すべきかは企業によって大きく変わります。

それこそ自ら恒常的に情報を集めておくことが必要な企業もあれば、重要な意思決定が必要な時に外部リソースも活用して一時的にインテリジェンス機能を高めればよいと考える企業もありますが、そこはまさに経営判断の範疇であると言えます。前述の「判断プロセスの合理性」にしても、企業によって求められる水準はかなり変わってきます。

一方で、国際的なビジネスを展開する企業であっても、昨今の情勢を踏まえ、ビジネスのポートフォリオを多様化させ、反対にリスクの高い地域でのビジネスを縮小するといった対応をとることで国際情勢に影響されにくい方向に舵を切る企業もあります。

写真_長島・大野・常松法律事務所 大澤氏

長島・大野・常松法律事務所 大澤氏

濱口氏:それこそインフラ事業にかかわる企業や、重要サプライチェーンを抱える企業などは、 おそらく平時からこうした情報収集体制を構築するのが望ましいでしょう。KPMGでは、インテリジェンス機能の強化を望む企業の傾向などを把握されていますか。

写真_KPMG 新堀

KPMG 新堀

新堀:やはり、1つは経済安保推進法の対象となる重要物資を原材料・部品としたり、販売したりするような企業が挙げられます。たとえば規制やサプライチェーン寸断のリスクが高いとされる半導体や、蓄電池EV関連、あるいは重要鉱物、エネルギーなどに深くかかわるビジネスは、国際情勢や各国の政策動向からダイレクトに影響を受けますので、情報収集体制の見直し・改善を行いたいといったご相談が多いです。

その意味で自動車関連事業は、AI、グリーン技術、半導体、蓄電池といった多くの重要技術・物資にかかわるため、まさに国際情勢や政策動向の影響を受けやすく、これまで以上にインテリジェンス機能への意識は高まっているのではないでしょうか。

足立:とりわけ自動車業界のなかでもニーズが高いのが、Tier1・Tier2(1次請け・2次請け)の企業です。これまでは、戦略立案や外部環境のキャッチアップの重要性がそれほど高くなかったのに対し、変化の著しい昨今の状況を踏まえてインテリジェンス機能を強化する必要性が高まっています。

変化を機会と捉える「攻め」の観点を持つ

濱口氏:そもそも国際情勢や各国の政策動向は、自社事業にとってネガティブなものもあれば、ポジティブなものもあるでしょう。ポジティブな情報の方をしっかり入手し、うまく活用していくという攻めのマインドも、非常に重要だと感じます。

大澤氏:インテリジェンス機能というと、いかにリスクをコントロールするかといった守りの観点になりがちですが、逆に「機会」にもなり得るわけですよね。助成金を受け取るにも、共同技術研究を行うにも、あるいは国から情報を得るにも、関連する情報を入手して初めて「機会を取りにいく」判断が下せます。逆に言えば、そういった情報が不足した場合、他社の後塵を拝しかねないとも言えます。

足立:当社は長年、リスク管理体制の構築を支援してきましたが、ここ数年はまさに守りだけでなく攻めの観点も盛り込んだリスク管理をしたいとのニーズが高まっています。従来はどちらかというと、不正や災害にどう対処していくかといった守りのテーマが多かったのですが、攻めと守りの両面で進めていくと、インテリジェンス機能の強化に繋がります。今後は、インテリジェンス機能におけるリスク管理と機会創出の流れが、いっそうマージされていくのでしょう。

新堀:あまりリスクの話ばかりをしても、経営者が聞く耳を持ってくれないといった話もよく聞きます。

濱口氏:先ほどの助成金の話で言えば、まさに米国や欧州などで事業を展開する場合、その地域でどのようなベネフィットを得られるかにより、既存事業も新規事業も大きく左右されます。そういった点でも、インテリジェンス機能は、多方面からの情報収集がカギになります。

機微な情報を取締役会にどう上げればよいのか

足立:インテリジェンス機能の強化は、取締役会での議論のあり方とセットで進められることがほとんどです。取締役会における情報の取扱い方については、どのように考えればよいでしょうか。

濱口氏:やはり取締役が職責を果たせる体制とするには、必要な情報をしっかり取締役に上げていくことが基本となります。それは業務の執行に携わる社内取締役に対しても、モニタリングを行う社外取締役に対しても、基本的には変わりません。とはいえ、すべての情報を上げるだけでは受け取る側は消化しきれないでしょうから、具体的な状況に即して取捨選択することも求められます。

もちろん、なかには、たとえば外為法(外国為替及び外国貿易法)で指定する技術情報を外国人取締役に共有してはならないといった法律上の制約もあって、それらは遵守しなければなりません。

足立:取締役会は半ば開けた場でもあるので、機微な情報を取り扱う際には、配慮が必要になるということですね。経済安保におけるセキュリティ・クリアランス制度※1が今後どうなるか見えないところもありますが、現状で情報の上げ方や牽制の効かせ方などで、念頭に入れておくべきことは何でしょうか。

写真_KPMG 足立

KPMG 足立

濱口氏:たとえば経営をモニタリングする側の社外取締役の方々がクリアランスを持っていない場合、業務を執行する側の取締役や執行役員にはスモールな場で機微な情報を上げつつ、社外取締役には情報を適切に丸めて伝える。あるいは、こういった情報はクリアランス制度の関係で共有できませんと社外取締役にはきちんと伝えたうえで、インテリジェンス機能を推進していく。

そのように、できるだけ「そんな話は聞いてない」とならない体制を整えることが、肝になるかと思います。もちろん法律に違反しない形でうまく情報を上げるには、機微で専門的な判断も求められ、その都度検討することにならざるを得ないかもしれません。そうしたご相談も、今後増えていくだろうと思います。

新堀:重要経済安保情報を取り扱う事業の担当者は、役員も含めてクリアランスを持たないと実務判断が行いにくくなるということでもありますよね。また、事業を推進する担当者にしか情報が共有されないことで、ブラックボックス化によるコンプライアンスやリスクの懸念もあります。現実的に難しい部分はありつつも、事業側だけでなく、事業の近くでモニタリングする担当者にもクリアランスがあれば、そのような問題への牽制も効かせられるのではないでしょうか。

※1 セキュリティ・クリアランス制度:政府が持つ安全保障上重要な情報にアクセスする人について、情報漏えいのおそれがないという信頼性の確認を行う制度。

ご参考:セキュリティ・クリアランス制度 -新たな経済安保政策による機会とリスク

後編では、インテリジェンス機能の構築・運用について掘り下げます。

<話者紹介>

長島・大野・常松法律事務所 弁護士 濱口 耕輔
2001年東京大学法学部卒業。2003年東京大学大学院法学政治学研究科修了。2006年長島・大野・常松法律事務所入所。主要な取扱い分野はM&A、企業再編、コーポレートガバナンス、敵対的買収対応、経済安全保障等。クロスボーダー案件における国内外の投資規制への対応について数多くの経験を有している。

長島・大野・常松法律事務所 弁護士 大澤 大
2013年東京大学理学部物理学科卒業。2015年長島・大野・常松法律事務所入所。主要な取扱分野はM&A・企業再編、コーポレート案件、経済安全保障等。2022年まで経産省にて経済安保政策・投資審査・執行等に関与した経験を活かし、外為法等の経済安保法令に関する豊富な知識、当局の思考に関する理解、経済安保の知見等を踏まえた助言を提供。

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 
足立 桂輔
2008年よりKPMG中国に勤務。中国各地の日系クライアントに対し、さまざまな中国事業支援を提供。
2012年8月よりKPMG(東京)にて勤務。製造業を中心としたガバナンス、サステナビリティ、リスク管理、海外事業支援等の案件をリード。

シニアマネジャー 新堀 光城
弁護士。経済安全保障・地政学サービスチームリーダー。
国内外のリスク管理・規制対応・サステナビリティ施策のほか、中長期戦略策定に向けたビジネス環境分析支援等に従事。

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