経済安全保障(経済安保)と地政学のリスクに対応するインテリジェンス機能の重要性は、ますます高まっています。

インテリジェンス機能を攻めと守りの両面から活用する必要性について提言した前編に引き続き、後編では、実際にインテリジェンス機能を構築・運用するにあたって肝となる事項について議論しました。

【インタビュイー】

長島・大野・常松法律事務所 弁護士 濱口 耕輔
長島・大野・常松法律事務所 弁護士 大澤 大
KPMGコンサルティング 
執行役員 パートナー 足立 桂輔
シニアマネジャー 新堀 光城

写真_全員

左から 長島・大野・常松法律事務所 大澤氏、濱口氏、KPMG 新堀、足立

インテリジェンス機能を運用するための体制づくり

新堀:いざインテリジェンス機能を構築・運用するにあたって大切になるのが、自社にとってのインテリジェンス機能とは何かを社内で「目線合わせ」することです。

法務サイドから見れば、取引先のチェックやコンプライアンスにかかわるものがインテリジェンス機能かもしれません。一方で、経営企画サイドから見れば、中長期の戦略のベースとなるメガトレンドや、ビジネスの機会とリスクにかかわることを指すかもしれません。

そうした齟齬や情報の目的をしっかり議論して整理することが、インテリジェンス機能の構築実務の第一歩として重要になると思います。

足立:あわせて、実際に仕入れたデータや情報をどう使いこなすかもポイントになります。

たとえば中国の政治の将来的な見通しに関するヒューミント的※1な情報を得たり、あるいはユーラシアに関する分厚いレポートを仕入れたりしたとしても、結局はそれらの情報と自社のビジネスをブリッジさせる機能がどこかで必要になります。そのためには、自社のビジネスと、対象となるインテリジェンスの、両方のリテラシーを持つ人材が必要になる。そうした人材を自社でまかなうことが、意外と大変だったりします。

濱口氏:もし自社ですべてをまかなうことが難しい場合は、外部リソースを活用するという選択肢もあります。

※1 ヒューミント:その地域で直接行う観察や人との接触で得られる情報。

大澤氏:企業によって、外部リソースに求めるインテリジェンスのレベルや方向性はさまざまです。ただ単に情報がほしい場合もあれば、情報はある程度自社で集められるのでそれを戦略に昇華させたい、あるいは法律面も含めてのロジカルな整理がほしい等々ですね。

従来は経営企画部門であればコンサルティング会社、法務・コンプライアンス部門であれば法律事務所といった選択が多かったかもしれません。ただ、今後は、より専門的かつ俯瞰的な視点が求められるであろうことから、目的や機能によって外部リソースを使い分ける、あるいは複数の外部アドバイザーを並行して使うといった形も選択肢になるでしょう。

一方でそうした機能を自社でまかないたい場合、顧問や社外取締役の形で人材を社内に迎え入れる方法もあります。

写真_長島・大野・常松法律事務所 大澤氏

長島・大野・常松法律事務所 大澤氏

事前にシナリオを設け、運用、改善のサイクルを回す

新堀:インテリジェンス機能をどう運用するかにについては、KPMGとトムソン・ロイター株式会社が共同で実施した「地政学・経済安全保障 リスクサーベイ2024」というレポートで、課題が浮き彫りになりました。

インテリジェンス機能で目指すべきは、使い手のニーズを把握したうえで情報を収集し、実際に情報を使ってみたフィードバックを吸い上げ、それをもとに情報収集の方法を改善するといったPDCAサイクルが回る運用体制です。ところが現実は、そうしたサイクルをきちんと回せている企業は少なく、インテリジェンス機能が非効率になってしまっているケースが多く見られました。

写真_KPMG 新堀

KPMG 新堀

【リスク情報の共有・活用に関する取組み状況】

地政学・経済安全保障 リスクサーベイ2024_図表1

出典:「地政学・経済安全保障 リスクサーベイ2024」(KPMGコンサルティング/トムソン・ロイター)

足立:その点で言えば、中期経営計画の中間報告などにおいて、達成状況の数字よりも、市場環境や制度状況といった前提条件の変化に関する情報を重視している企業もあります。そのベースにあるのが、事業計画を実現するシナリオを事前に設け、そのうえで押さえるべき情報のポイントを把握して事業を進めるべきという思想です。インテリジェンス機能においても、まさにそれが重要なポイントとなります。

新堀:もし、設定しておいたポイントで実際に変化が起こったら、それまでの事業シナリオや見立てをその都度修正する。あわせて情報収集の対象そのものも見直しをかける。そうやってサイクルを回していくわけですね。

濱口氏:その事業を左右する「変曲点」を社内で整理しておいて、アンテナを立てておく。すなわち、日常的にさまざまな情報を仕入れるなかで、そのアンテナに触れそうなものがあれば、改めて重点的に情報を取りにいって分析する。経営側が必要とする情報をあらかじめ明確にしておくあるいはマッピングしておくことで、情報収集のメリハリを効かせられるということでもありますね。

新堀:おっしゃるとおりです。変曲点となり得る典型的なものが、各国大統領選挙をはじめとする政治スケジュールや、自社に大きな影響を与え得る規制の整備、あるいは新たに市場投入される革新的な技術や製品です。そうした事象のなかで、自社事業の変曲点になり得るものを整理しておくことが大切です。

足立:さらにもう1つ、インテリジェンス機能の派生系として挙げられるのが、市場や環境づくりにコミットすることです。日本企業はいわゆるルール形成に対する働きかけが弱いと言われてきましたが、情報を得るだけでなくルール形成にコミットすることで、事業環境を望ましいものに近づけられる可能性があります。

写真_KPMG 足立

KPMG 足立

大澤氏:たとえばインテリジェンス機能によって得た欧米の情報を活かし、政府や業界団体に働きかける、といったかかわり方ですね。まさに一歩進めたインテリジェンス機能の活用方法だと感じます。

足立:実際、長島・大野・常松法律事務所にも、そういった相談はありますか。

濱口氏:ロビイング自体に関するご相談は多くはないですが、当局に働きかけることを前提にした法制度の運用や解釈に関するご相談はありますね。やはり、国や自治体の制度について言えば、補助金・税制といったところが、事業活動に与える影響は大きいです。一方で当局などに働きかけるにあたっては、その前提として、法解釈や法制度の目的・趣旨をしっかり整理しておく必要があることが多いです。

社内のアセットを活かしながらの「スモールスタート」

足立:最後に、インテリジェンス機能の構築にあたって念頭に入れておくべきことについて話したいと思います。

新堀:まずはスモールスタートでやってみて、取り組みながら発展させていくスタンスがよいかと思います。それこそ、運用のなかで得られるフィードバックをもとに、攻め(=ビジネス機会の拡大)と守り(=リスク管理)のバランスを図りながら改善していく。そこがポイントになるのではないでしょうか。

大澤氏:スモールスタートという意味では、たとえば現状のコンプライアンスや内部監査の体制をうまく活用するのもよいかもしれません。多くの会社は、これまで内部監査を行い、内部通報の仕組みも整備しています。それらのスコープを少し拡大し、ビジネス的なリスクや機会創出に関する情報の取得と分析も、新たにスコープに加える。グループ企業があれば、グループ管理規定等を調整することで、そこからもこれらの情報を吸い上げられるよう制度を若干拡張する。

人材についても、それまでは自社やグループ企業でコンプライアンス・内部監査を管理していたのであれば、そこに外部リソースの活用も検討しながら、少し機能を拡充する。そのようなイメージです。

足立:おっしゃるとおり、小さく始めるのは、賢いやり方だと感じます。インテリジェンス機能の構築は、業務やマネジメントの思考法を変えていくことでもあるので、大きく始めると途中で挫折しかねません。だからこそテーマを絞って調達部門からとか、サステナビリティ部門から、あるいは経済安保だけに輸出管理や貿易の領域からといった形で、いったん型をつくって徐々に広げていくのが実践的であると感じます。

写真_長島・大野・常松法律事務所 濱口氏

長島・大野・常松法律事務所 濱口氏

濱口氏:経済安保は、すごく広がりのあるテーマですよね。たとえば国家の安全保障や経済基盤にかかわる重要情報を扱うためのセキュリティ・クリアランス制度1つを見ても、それを遵守するには自社のガバナンス整備が必要になるだろうし、クリアランスを持つ人材を新たに採るとなると雇用領域にもかかわってきます。

そのように経済安保情報を扱う部署だけでなく、企業活動の広い範囲に関連してくるだけに、結局は企業としてはさまざまな部門・部署が連携して他面的に向き合わざるを得ません。そんな包括的なテーマだからこそ、外部アドバイザーのサポートも適宜活用しながら、取り組んでいただくのが望ましいと思います。

<話者紹介>

長島・大野・常松法律事務所 弁護士 濱口 耕輔
2001年東京大学法学部卒業。2003年東京大学大学院法学政治学研究科修了。2006年長島・大野・常松法律事務所入所。主要な取扱い分野はM&A、企業再編、コーポレートガバナンス、敵対的買収対応、経済安全保障等。クロスボーダー案件における国内外の投資規制への対応について数多くの経験を有している。

長島・大野・常松法律事務所 弁護士 大澤 大
2013年東京大学理学部物理学科卒業。2015年長島・大野・常松法律事務所入所。主要な取扱分野はM&A・企業再編、コーポレート案件、経済安全保障等。2022年まで経産省にて経済安保政策・投資審査・執行等に関与した経験を活かし、外為法等の経済安保法令に関する豊富な知識、当局の思考に関する理解、経済安保の知見等を踏まえた助言を提供。

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 
足立 桂輔
2008年よりKPMG中国に勤務。中国各地の日系クライアントに対し、さまざまな中国事業支援を提供。
2012年8月よりKPMG(東京)にて勤務。製造業を中心としたガバナンス、サステナビリティ、リスク管理、海外事業支援等の案件をリード。

シニアマネジャー 新堀 光城
弁護士。経済安全保障・地政学サービスチームリーダー。
国内外のリスク管理・規制対応・サステナビリティ施策のほか、中長期戦略策定に向けたビジネス環境分析支援等に従事。

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