自然豊かな海と山に囲まれた、沖縄県の中核都市である名護市。この名護市では、さまざまな人や企業が“響鳴”するまちづくり「響鳴都市・名護」をビジョンに掲げ、スマートシティ実現に向けた多岐にわたるプロジェクトを展開している。
KPMGコンサルティング(以下、KPMG)は、2022年8月に名護市と包括連携協定を締結して以来、同市のスマートシティプロジェクトのパートナーとして伴走を続けてきた。
本稿では、名護市のスマートシティ構想の狙いと、それを実現するための方法論、そして構想の先にある理想像について紹介する。
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1年で県内外から約80の企業・団体がまちづくりのメンバーに
スマートシティというとデジタル技術の活用や住みやすいまちづくりなどが注目されがちだが、とりわけ名護市では、地域内外の人や企業、自治体、アカデミアをつなぎ、自然、歴史、文化などが有機的につながり合うことで、新たな価値を創造するまちづくりに重点を置いている。「まちの未来像」や「地域課題の解決」などについて行政だけが考えるのではなく、市民や地元の企業、大学はもちろん、県外の企業なども巻き込みながら、主体的にまちづくりに携わる関係者を増やしている。
2023年1月には、県内外の企業からなる「一般社団法人名護スマートシティ推進協議会」が発足した。同年7月には協議会が運営する「名護スマートシティコンソーシアム」が設立され、医療や交通、観光などさまざまな地域課題に応じて設置されたワーキンググループによる複数のプロジェクトが本格的に始動した。2024年6月には、コンソーシアムの参加企業・団体は約80にのぼり、名護市の地域課題解決を目指した各種ワーキンググループ活動を展開している。
こうして名護スマートシティプロジェクトでは、2023年度までに企業誘致とワーキンググループ活動の体制を確立し、続く2024年度に企業誘致とワーキンググループ活動をさらに拡大する。そして2025~2026年度に、一部事業の実装を開始しながら、「スマートシティ名護モデル」確立を目指す。
KPMGは2022年8月、「スマートシティ名護モデル」実現に向けて名護市と包括連携協定を締結した。プロジェクトのパートナーとしてKPMGを選んだ理由について、名護市の渡具知武豊市長はこう語る。
「KPMGは、スマートシティに関する豊富な知見と経験があるうえ、日本全体の活性化のためには真の地方創生が必要というビジョンが、我々が思い描くものと一致していました。それが、スマートシティのパートナーとして選定させていただいた理由です」
名護スマートシティ推進協議会の社員企業でもあるKPMGは、名護市に専門のチームを立ち上げ、スマートシティ構想策定や人や企業をつなぐための仕組みづくりなどを包括的に支援している。
プロジェクトをリードするKPMGのディレクター 三村雄介は「名護市の強みである豊かな自然や文化に加え、新テーマパーク『JUNGLIA(ジャングリア)』の開園や市街地の再開発が予定されているなど、名護市には新しいまちづくりへの期待やポテンシャルを感じずにはいられません。1年の間に約80の企業がコンソーシアムに集っていただいたのも、『名護への期待感』の表れだと感じています。私たちKPMGコンサルティングは、名護市のまちづくりへの想いに文字通り『響鳴』するパートナーとして、従来のコンサルティング会社としての領域を超えて本プロジェクトに取り組んでいます」と話す。
意識しているのは、「地域の方々と目線を合わせること」だという。
「2名の社員が名護市に移住し、市民として実際に生活しながらプロジェクトに取り組んでいます。現在、現地雇用と合わせて5名のスタッフが名護市および周辺市町村に在住しており、実際の暮らしのなかで得られる課題や市民の声などをプロジェクトに活かしています」(三村)
アジアのマーケットを視野に、名護らしい付加価値のある産業創出
そもそも、なぜ名護市でスマートシティを進めるのか。スマートシティ構想にいきついた経緯について、渡具知市長はこう話す。
「名護市は『やんばる』といわれる地域にあり、美しい海と山々など、豊かで多様な自然に恵まれています。2021年には、名護市を含む県北部地域が、国連教育科学文化機構(ユネスコ)の世界自然遺産に登録されました。一方、名護市は2002年に国の『金融特区』と『情報特区』に指定され、これまで50社(2024年6月末時点)の企業誘致も実現しています。
ただ、地域経済の停滞や、公共交通など生活利便性に関する満足度の低下、将来の担い手不足など、地域課題も山積しています。こうした状況から脱却し、私のスローガンである『もっと輝く名護市』を実現するために、国内外の自治体の取組みを調査・研究するなかでスマートシティに可能性を見出しました」
スマートシティ化を通して名護市が目指すのは以下の3点である。
1. 観光地や中心市街地、周辺地域の賑わいの創出 2. 産業クラスターの実現(企業誘致、事業創発) 3. 人・文化の発展(人財循環、郷土愛醸成、文化の再認識・継承) |
「スマートシティの取組みを通じて、暮らしのなかで『不便なものを少し便利に、便利なものはさらに便利に』なったと市民に実感いただけるよう着実に進めていきたいと考えております」(渡具知市長)
このスマートシティ構想を実現するにあたり、重要な後押しとなりうるのが、名護市ならではの地域特性や強みだ。KPMGのビジネスイノベーションを統括するパートナー 佐渡誠はこう明かす。
「名護市には人を惹きつける自然や温かさがあります。同時に市長をはじめ市民や地元企業の多くが、スマートシティ推進への強い関心意欲を持っていただけています。加えて地理的に、すぐ隣にアジアの広大なマーケットが広がっています。こうした“名護ならでは”の特性を活かしながら、付加価値のある産業モデルを、日本はもちろんアジアや世界へ展開することで、これからの新しい“名護らしさ”を確立できると考えています」
プロジェクトの“熱源”としてのオープンイノベーションセンター
「響鳴都市・名護」の実現に向けて、産官学連携によるスマートシティプロジェクトの拠点となっているのが、KPMGが2023年5月に中心市街地に開設したオープンイノベーションセンター「Nago Acceleration Garage(NAG)」だ。
「スマートシティの実現にはイノベーションの創出が欠かせません。しかし、たとえ人や企業が集まり瞬間的に花火が打ち上がったとしても、その勢いを維持する事は簡単ではありません。だからこそ、スマートシティには、地域の方々および関係者とじっくり対話を重ねながら、共通ゴールを描き出し、そこから逆算して各関係者の短期・長期両観点からのベネフィットを示すことが肝要です。
決して誰かが独占的に利益を上げられるビジネスモデルではないかもしれませんが、当社がそうした循環型・持続型の社会の実現を理念としており、だからこそ会社としてブレることなく、スマートシティプロジェクトに注力できる。それこそが、名護市のスマートシティ実現における当社の最大の強みであり、NAGはその拠点として活用していきたいと思っています」(佐渡)
「名護モデル」を日本に発信する
すでに実証実験やワーキンググループの活動も動き出している。名護スマートシティ推進協議会では2023年度に、「インタラクティブサイネージ」、「スマートライティング」、「地域通貨」の3つのテーマで実証事業が始まった。またコンソーシアムでは、同年7月に「交通」、「観光」、「農業」、「まちなか再開発」、「スマートシティ基盤」という5つのテーマのワーキンググループ活動が本格始動した。2024年度は「ヘルスケア」、「教育」、「市民サービス高度化」のワーキンググループも立ち上がる。
たとえば農業ワーキンググループでは、名護市における農業の課題について現地農家とディスカッションを行い、それを解決する方策について実証を行っている。2024年5月にはインターネット上で映像を配信しながら商品を売る「ライブコマース(フーブ)」実証実験を名護市の「なごアグリパーク」で実施した。これは名護市の課題である名護産農産物のブランド力向上のため、知名度向上や販路拡大を狙った取組みで約40分の配信のなかで10セットの販売を達成する等の成果を上げている。
また車社会の沖縄では交通渋滞が大きな課題となっているが、交通ワーキンググループでは人流データの活用などにより渋滞を改善する仕組みを探っているほか、キックボードや自動運転など新しいモビリティの導入に向けた検討や実証などを行っていく予定となっている。
あわせてコンソーシアムではワーキンググループ活動以外にも、スマートシティ関連のイベント開催、情報配信、最新技術やノウハウを有する多様な主体とのリレーション構築なども行っている。
スマートシティ実現の先に、どんな未来を見るのか。名護市とKPMGは、スマートシティ構想の先に、同じ理想を見つめている。
「やはり地方経済をしっかり循環するものにしたいという思いがあります。地域ごとにさまざまな課題解決の形があると思いますが、抽象化すれば『住民の生活の不便さを減らす』、『同じ思いを共有できる人とのつながり・コミュニティを作る』、『地域が自走し続けるための産業をつくる』の3つに集約されるでしょう。そのための方法論を名護市で実証・確立し、それを日本全国、そして世界に発信するサポートをさせていただきたいです」(三村)。
「名護スマートシティの実現、そして名護モデルを携えて日本を元気にするという私たちの共通ゴールに向け、KPMGには今後も伴走し続けていただくことを期待しています」(渡具知市長)