まちづくりに欠かせないのが、「防災」の視点です。防災という言葉は時に深刻なイメージも伴いますが、街並みや日常生活に溶け込むように、かかわる人が親しめるよう設計することも重要です。

KPMGコンサルティングでは、さまざまな自治体のスマートシティ化やまちづくりの支援を行っています。

今回は、長く河川行政に携わり、水辺の利活用や防災に関する知見が豊富な、一般財団法人河川情報センター理事長・東京大学名誉教授の池内 幸司氏を迎え、KPMGコンサルティング アソシエイトパートナーの新間 寛太郎とともに、日本の水辺を中心としたまちづくりと防災の可能性について探ります。

【インタビュイー】

池内 幸司氏:一般財団法人河川情報センター理事長、東京大学名誉教授

1982年、東京大学大学院工学系研究科土木工学専攻修士課程修了。同年建設省(当時)入省。国土交通省近畿地方整備局長、水管理・国土保全局長、技監、顧問などを経て、2016年東京大学大学院工学系研究科教授(社会基盤学専攻)、2023年より現職。博士(工学)、技術士(総合技術監理部門・建設部門)。

新間 寛太郎:KPMGコンサルティング ガバメント・パブリックセクター アソシエイトパートナー

対談写真_左から、河川情報センター・東京大学 池内氏、KPMG 新間

左から 河川情報センター・東京大学 池内氏、KPMG 新間

水辺と人々の生活を調和させる仕事とは?

新間:初めに、簡単にご紹介させていただければと思います。私は、主にGovernment & Public部門で地方自治体領域全般のプロジェクトを担当しています。たとえば、国内の湾岸エリアにおいて、デジタルを活用したまちのにぎわい創出に関する取組みのサポートや、水辺を活用したまちの活性化支援などに携わっています。

池内さんは河川の領域におけるスペシャリストですが、治水対策など自然災害へのリスクにも対応しながら、水辺をまちづくりに活かした取組みをされてきました。

池内氏:人と自然のかかわりのなかでも「水」の問題は大変奥が深く、これまでずっとのめり込んできました。なかでも、川や水の流れは、やはり見ていて楽しいものです。都市部において一番身近なところで感じる自然の1つですよね。

山形県長井市で街中の水路の水の流れを復活させるというプロジェクトを立ち上げたことがあります。水の流れが復活すると街の景観は一変しました。その後、水路沿いにはフットパス(歩くことを楽しむための道)も整備されて、多くの観光客が訪れるようになりました。

新間:まさに水辺と人々の生活との調和ですね。

池内氏:現場では、地元の方たちと地道に対話を重ねながらプロジェクトを進めていくことを大事にしました。お互いの好きな川の話で盛り上がったりして、ずいぶん打ち解けることができましたね。各地で地元の方々と話し合いながら、より良い水辺づくりに取り組んだ経験が何度かあります。

対談写真_河川情報センター・東京大学 池内氏

河川情報センター・東京大学 池内氏

まちづくりで重要な「ファシリテーション」の視点

新間:我々もコンサルタントとして、さまざまなステークホルダーが集まる検討会や協議会を運営させていただくことがありますが、そこでは、それぞれの立場の方の言葉を翻訳して「つなぐ」立場になることを意識しています。異なる分野の知見や意見を融合し、より良いかたちで具現化させていくことは、我々の使命でもあると感じています。

池内氏:今後、そういったファシリテーターの役割がますます重要になってくると思います。まちづくりの分野に限らず、今は社会のあらゆる分野で「ファシリテーション」の能力が求められています。単なる調整役というだけでは駄目で、そのテーマの本質に対する深い理解が求められるでしょう。そのうえで、多角的にさまざまな視点から代替案を比較検討しながら有力案を絞り込んでいくのです。その際、ファクトチェックを厳格に行うことが非常に重要です。

対談写真_KPMG 新間

KPMG 新間

新間:大変勉強になります。また、最近課題だと思っているのは、自動運転の実証やAIの活用など、それが何のために行われるのかというよりは、デジタル化自体が「目的化」してしまっているケースが見受けられることです。

池内氏:私も、「手段の目的化」にはずいぶん抵抗してきました。また、今の住民にとっての幸せだけでなく、将来の住民の幸せにつながるのか、という視点も重要です。正しいと思える手段でも、違う切り口で見るとマイナスの側面はあります。何のためにその手段を選ぶのか、その先にどんな未来が実現されるのか、といった視点を見失ったらいけないですよね。

新間:まちづくりのように多種多様なステークホルダーがいるプロジェクトでは、綺麗事に流されずに負の側面も伝えつつ、ファクトチェックを万全にして選択肢を提示したうえで、住民の方々との丁寧な合意形成が必要だと思っています。

池内氏:国土交通省在籍時にも、B/C(ビーバイシー:費用便益比。Cost Benefit Ratioの略)一辺倒だった事業評価のやり方に一石を投じたことがありました。私は、事業評価の際の観点として、B/Cの評価が大半を占めていることに対してとても抵抗感があったので、自然環境や社会環境などに与える影響や便益などの多面的な評価軸についても事業評価のなかで重視していただくようにしました。そうした多面的な視点で物事を見ていくことが大事だと思います。

防災に必要なデータ連携、実現するうえでの課題

池内氏:私が建設省(現在の国土交通省)に入省した約40年前は、防災に対して多くの人々の意識は低かったと思います。気候変動により世界各国で激甚な水関連災害が頻発しているなかで、自然災害が多い日本においても、防災は「実施したほうが良いもの」から、「実施すべきもの」に変わってきたと思います。

新間:まさにそうですね。現代の私たちは、「防災」についてもっと考えていかなければならないと思います。我々が支援させていただいたあるまちづくり関連のプロジェクトでは、そのエリアでは頻繁に大規模イベントが開催されることを踏まえ、デジタルを活用した避難訓練という実証を行いました。来場者には、事前にイベント関連のアプリをスマートフォンにダウンロードしていただき、そこで同意を取ったうえで個人の位置情報を把握できるようにしました。その利点は、万が一イベント開催中に災害が発生した時に、きちんと同意が取れている個人の位置情報を基に、被災状況をリアルタイムで把握できることです。また、被災時には携帯電話のネットワークが機能しなくなるケースも想定されますが、そのような事態に備えて物理的なQRコードをスマートフォンで読み取ることによるデジタル的な点呼の実証を行ったことも特徴的でした。

対談写真_河川情報センター・東京大学 池内氏

河川情報センター・東京大学 池内氏

池内氏:あの取組みは非常に良かったですね。災害対策で大きなボトルネックになっているのが個人情報保護の問題です。災害時の状況把握のためのデータ活用の重要性が叫ばれていても、なかなか進まない大きな要因の1つとなっています。

新間:データの有用性はわかっていても、その利活用には積極的ではなく、「とりあえず情報として持っておきたい」という意識の自治体が多いように感じます。個人情報だから、と防衛的になってしまっている面もあるのではないでしょうか。

「都市OS(自治体サービスの提供や地域連携を行うためのシステム基盤)」の実装や運用に向けた取組みも全国各地で活発に行われていますが、それが1つの行政エリアだけでしか機能しなければ災害時には意味がないので、エリア間での連携も視野に入れなければならない、と常々思っているところです。

池内氏:個人情報保護はとても大切な観点ですが、災害時には平時と異なるルールを設ける必要があります。そうしないと、助けられる命も助けられない、という事態になりかねません。

防災とまちづくりの両立に必要な「エンタメ」要素

新間:先ほど触れたデジタルを活用した避難訓練の実証では、エンターテインメントの要素のなかに防災を盛り込むことができたのもポイントだったと思っています。楽しみながら避難訓練をすることで、防災への敷居を下げることができたのではないかと感じています。

池内氏:防災対策は生き延びるために必要不可欠ですが、真剣なトーンでばかり対応していると疲れてしまいます。楽しみながら、という要素はとても重要です。いかに防災を日常生活のなかに組み込んでいくか、ということで、地域のイベントなどに取り入れていくことも有効な取組みだと思います。

都市計画の考え方も大きく変わってきています。大規模水害時の避難場所や避難通路として活用することも想定して、駅前広場にビルとビルをつなぐペデストリアンデッキをつくったり、高速道路に登れる階段を付けたり、という取組みもあります。

また、海外には多くの魅力的な事例があります。たとえば、ニューヨークの「Big U」は、マンハッタンのU字型の沿岸の高潮対策です。ところが、その役割を担っている高台には公園や商店街、レクリエーション施設などの建設が計画されており、外観はまったく堤防に見えません。堤防の設計とまちづくりを一緒にやっていて、防災対策を行うとともに街が楽しく変わっていく点が魅力的です。

新間:なるほど、防災と水辺でのにぎわいの創出が両立するいい事例ですね。

池内氏:ドイツのミュンヘンにはイザール川という有名な川があり、街から河畔林を経てスムーズに川に近づくことができます。多くの人々がその水辺や河畔で散策やサイクリング、水浴、日光浴などをして楽しんでいました。川が街の公園になっているようなイメージです。

また、オランダでは、フローティングハウスという水面に浮かぶ家もあります。親水と防災という2つのコンセプトを融合したアイデアです。

【ドイツのイザール川】

対談写真_ドイツ・イザール川イメージ

提供:Getty Images社

【オランダのフローティングハウス】

対談写真_オランダ・フローティングハウスイメージ

提供:Getty Images社

池内氏:日本ではどうしても、水辺と人々の生活空間が切り離されたまちづくりになりがちですが、好事例もあります。島根県の宍道湖畔は夕日の景観が美しい観光スポットとして有名でしたが、以前は湖岸のコンクリートの壁際の歩道上に一列に並んで見るという寂しい状態になっていました。そこでコンクリートの切り立った護岸を取り壊し、人々が水辺に近づけるような設計にし、水際部には遊歩道も設けました。通常ならば遊歩道の水際部にフェンスを設けるのですが、フェンスの設置は水際部の景観を台無しにしてしまう可能性がありました。そこで、フェンスを設置する代わりに、既存の護岸の根固めに使用されていた捨て石を再利用して敷き並べ、人が転落しても安全な水深となるようにしました。湖畔にたたずむと湖岸が水面に溶け込んでいくような美しい湖畔の風景を見ることができ、非常に人気のある景観スポットになっています。

まちづくりを第一に、縦割りの事業を横でつなぐ

新間:日本で水辺との距離が遠かったのは、自然災害の多さも影響しているのかもしれません。しかし、最近では都会のなかでも水辺活用の機運が高まっているように思います。東京都でも、水辺のにぎわい創出を目的に、新たな通勤手段の1つとして「舟旅通勤」が始まりましたね。またお台場などの臨海副都心エリアは海と街の距離が近く、水辺活用の可能性が大いにありそうです。

対談写真_左から、河川情報センター・東京大学 池内氏、KPMG 新間

左から 河川情報センター・東京大学 池内氏、KPMG 新間

池内氏:そうですね。それから、やはり大事なのは歩いていて楽しい歩行動線を作ることだと思います。先ほど挙げたミュンヘンのイザール川も、川沿いを歩いていたら微妙な起伏があって、見えてくる景色も変わって、楽しいです。臨海副都心エリアも、海辺を長く歩きたくなるような景観の変化の工夫や木陰をつくるなどの整備が行われると良いと思います。堤防をコンクリートの壁で作るのではなく、堤防と公園、レクリエーション施設などを兼ねるなど、「防災」を魅力のあるまちづくりのための要素の1つとして考えられると良いですね。

新間:日本では「防災」と「エンターテインメント」が切り離されていることが多いと感じるので、海外の事例は非常に参考になりました。我々がまちづくりの支援をしているエリアの検討会や協議会では、どうしても「防災防犯対策の部門」と「エンターテインメントの部門」が縦割りになってしまいがちです。両方とも「まちづくり」の要素として同時に大切にしていく視点を持ちながら、今後、私たちがそこをうまく連携できるかが鍵になってきそうだと感じました。

池内氏:そうですね。「まちづくり」が最初に来るべきだと思います。どういうまちを作りたいか、住民の方々と一緒になって、楽しみながら考えていくのが一番です。そうやって住民の方々に参加意識を持っていただくと、実際に計画したものが完成した時に、喜んで使っていただくことができ、そして、参加した住民の方々が地域インフラの大切なファンになっていただけると思います。

新間:改めて、ファシリテーションの大切さや、事業支援における重要なポイントを再発見することができました。本日はありがとうございました。

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