日本のまちづくりは、果たして成功していると言えるのでしょうか。
コロナ禍を経て人の動きが盛んになったいま、大規模な開発も各地で進行していますが、シンボリックな建物をつくるだけでは「まち」の活性化は果たせません。持続可能な発展を目指すためには、地域の課題にどのように向き合うべきで、官民連携やデジタル活用といった方法をどのように駆使すべきでしょうか。
一橋大学名誉教授・武蔵野大学経営学部特任教授 山内 弘隆氏と、KPMGコンサルティングのアソシエイトパートナーである新間 寛太郎が対談を行いました。
【インタビュイー】
山内 弘隆氏:一橋大学名誉教授・武蔵野大学経営学部特任教授
新間 寛太郎:KPMGコンサルティング ガバメント・パブリックセクター アソシエイトパートナー
真に活性化するまちづくりの要件とは
新間:本日は「真に活性化を実現するまちづくりとは何か」というテーマで、山内先生のご意見をいただきたいと思います。
コロナ禍が終息し、「まち」に人が戻ってきました。それと並行して、全国各地でも大規模な開発・再開発が進められています。しかし、シンボリックな建物をつくることがまちづくりではありません。イベントがあるときは人が来るけれども、閉幕したら一斉に帰ってしまい、街への回遊が機能しないというケースが多く見受けられます。もっと人と「まち」とをつなげていくためにはどうすべきか。そんな課題感を持っています。
山内氏:「交流人口(通勤・通学・買い物・観光などで地域を訪れる人の数)」という言葉がありますが、人が動いて地域が活性化していく、というイメージでの「まちづくり」ですね。
新間:まちづくりの施策においても、商業施設などのハコモノ建設を指す「ハード」からイベントなどのコミュニティを形成する「ソフト」への移行が叫ばれて久しいですが、いまだにハコモノ主体だと感じます。なぜソフトベースのまちづくりは、なかなか上手くいかないのでしょうか?
山内氏:まず、「産業構造」という視点で地域を見ることが重要です。産業構造が変われば、街の動きも変わっていくからです。
日本では、2004年に小泉内閣によって「観光立国」に向けた取組みが始まりました。人々が動き、サービスを提供することを経済の原動力にするということです。しかし、製造業と比べると、観光・交通といったサービス業は需要の変動に影響されやすいという性質があり、脆弱な産業として見られがちです。
繁忙期はよいけれど閑散期には施設が遊休するのでは、せっかく整備した施設も十分に生かされません。戦略としては「箱」の利用率を上げる、需要を平準化するという総合的な視点が大事だと思います。
山内氏:私は千葉県成田市の出身で、成田山新勝寺という大集客施設を見て育ちました。成田山は正月に300万人が訪れ、大変な経済効果を享受します。そして成田山は賢く、毎月28日をお不動様の日と定めて、古くから「需要の平準化」を実践してきました。さらに最近では、成田市が毎月何らかの「祭り」を実施しています。一方で行政は、景観中心のまちづくりに欠かせない電柱の地中化なども促進し、まさに総合的な策を組み合わせています。
集客施設があり、回遊も起きることで需要が平準化し、成長戦略を描いていける「まち」。それが、まちづくりにおける理想型です。
官民連携とデジタル化
山内氏:日本では1999年にPFI(Private Finance Initiative)法が成立し、公共施設の建設や運営における官民連携が推進されるようになりました。さらに、都市再開発・公共交通システムの運営・観光振興プロジェクトといった、より広範囲なまちづくりにおいても、行政機関と民間企業の相互連携によるPPP(Public-Private Partnership)が進められています。
私は法律の策定から具体的なまちづくりの施策まで、数多くのプロジェクトに関わってきましたが、最近はIT企業の存在が目立つようになったと感じています。たとえば、従来から進められてきたPFI事業では、公共の体育館は建設会社がつくり、施設運営会社が管理するものでした。しかし近年は、体育館の整備・運営にIT企業が参画するようになっています。単位施設にネットワークインフラを敷くだけでなく、情報をコンテンツ化し、このコンテンツが外に届けられれば、まちづくりにも貢献できるという意図が感じられます。
「イベントがあるときにしか人が来ない。エリア全体の開発をどう進めていくべきか」という新間さんの課題認識に対して、こうした事例は、定常的に人が動くような新たな試みと言えるでしょう。
新間:おっしゃるとおり、建物単体で考えるのではなく、建物と「まち」とをつなぐために、デジタル技術が応用され始めていると思います。
デジタルとまちづくりとが結びつかない方もいるようですが、交通だけを見ても、自動運転やライドシェアといったさまざまな動きがあります。都市OS(自治体サービスの提供や地域連携を行うためのシステム基盤)の導入や、XR(現実世界と仮想世界を融合し、新しい体験を創造する技術。「VR」や「AR」などの総称)によるコンテンツ創出なども全国で取り組まれています。
ただ、個人的に気になるのは、そうしたデジタルによるまちづくりの取組みが実証実験で終わってしまい、実装にまで至るケースは多くないことです。こうした現状についてはどのようにお考えでしょうか?
山内氏:そうした課題は、自動運転において顕著です。全国さまざまなところで実証実験が個別に行われているものの、実装となるとなかなかうまくいっていません。
デジタルの世界では、ネットワークの「外部性」をいかにうまく使うかがポイントです。経済学の言葉では「間接的ネットワーク外部効果」と言い、ユーザーが多いほど価値が高まり、しかもさまざまな主体が参画するメリットがあります。自治体のケースでは、特定の自治体が単独で何か施策を実行しても難しく、複数の自治体や関係主体の参画によって効果が倍増します。
だからといって、国がプラットフォームを用意してもうまくいきません。最初からこれと決めるより、各民間業者に任せて、デファクトスタンダード(企業間競争によって業界の標準として認められた規格)を活用することが効率的です。それを進めるための施策が、国や行政に求められると思います。
新間:横展開を前提にしたプラットフォームが大事、ということですね。
また一方で、デジタル化自体が目的となることも避けるべきだと思っています。プロジェクトにおいて、最先端の技術や日本発の技術などがフォーカスされがちですが、地域課題に対処するのに、史上初のテクノロジーは必須ではありません。自動運転バスを走らせることが目的ではなく、地域の公共交通が整備されることが目的のはずだからです。
山内氏:自動運転でもっとも普及しているのは「ゴルフ用のカート」だ、という話があるのですが、あれは道に電磁誘導線を敷いているだけの単純な仕組みです。ときにはローテクのほうが優れた解決策になります。要求が高すぎることによる弊害は、デジタルでも土木建築の世界でも、発生するかもしれませんね。
地域のハブ、翻訳者、ノウハウ継承者としてのコンサルタント
新間:まちづくりのコンサルティングに携わっていて毎回痛感するのが、地域の「ハブ」となる存在の重要性です。自治体と事業者、住民の思惑はそれぞれ異なりますし、目指しているものも微妙にずれています。それぞれを緩やかにつなげていくには、協議会を開いて意見をぶつけるだけではあまりうまくいきません。そこには、「エリアマネジメント団体や事業者の語っている言葉がそれぞれ違う」という原因があるように思います。共通のKPIを設定して意志を伝えられる「翻訳者」が、三方良しには必要なのではないでしょうか。
山内氏:まさにそうだと思います。そして新間さんのように、行政側が思っていることと民間側が思っていることのそれぞれを、いかに翻訳してあげるかが、コンサルタントの腕の見せどころでしょう。
新間:私の経験で言えば、たとえば「街に賑わいを生みたい」というやや漠然とした目的に対して、具体的に「それはどういうことなのか?」という点を突き詰めて、「来街人数」「滞在時間」「リピート率」「地域に落ちたお金」といった誰もが共通認識を持つことができるKPIに要素分解してあげると、非常に議論が具体化します。
山内氏:今おっしゃったことはとても重要です。評価指標をどう設定するかが、まさに全体の計画に関わってきます。あるべき姿を定義するのが「戦略」で、リソース、人、技術を使って何をするかが「戦術」ですが、戦略なしに議論が進められているケースも多そうですね。
新間:さらにデジタル技術を活用すれば、KPIをリアルタイムでモニタリングできるようになります。必要なデータを自動的に収集することで、施策によりどのような効果が現れているのか可視化できたり、今後は何を重点的に取り組むべきか分析できるようになったりします。こうしたことは、デジタルをまちづくりに上手く生かせている例だと思います。デジタルの活用というと、自動運転やXRなどエンドユーザーとの接点の部分ばかりに着目しがちです。注目されづらい観点ではあるものの、エンドユーザーの目には見えない土台の部分での活用も真剣に考えるべきです。
山内氏:データの重要性は誰でも認めるところでしょうが、民間企業が情報を集約することは、安全性において個人情報についても懸念があるでしょう。行政のメリットは、このような懸念をある程度軽減する力を有することです。バスや地下鉄の乗客数といったまちづくりに必要な情報を集めて適切に管理することについて、民間利用に比して理解を得られる確率が高いと考えます。
しかし、もちろんデータを蓄積するだけでは意味がありません。集めたデータをどのように見て、どう活用するか、そのノウハウが必要です。
新間:官民連携のまちづくりでは、行政の担当者が数年おきに変わってしまい、ノウハウの継承が難しい点も課題だと感じます。我々コンサルタントは組織力も活かして中長期的に伴走し支援することが可能であるため、「ノウハウ継承者」としての役割も意識しています。
山内氏:「ノウハウを継承する役割としてのコンサルタント」という、まちづくりの伴走者はたしかに重要ですね。
官民連携で生まれる持続可能な発展
新間:行政と民間の役割についてお伺いしたいのですが、たとえば国や地方自治体が持っている土地と、デベロッパーが所有している土地の場合、やはり後者の方が開発はうまくいくのでしょうか。
山内氏:推進力の違いはありますね。行政機関と民間企業の経済力の関係を分析したとき、それらが必ずしも均等に発展していくとは限らないという、「不均衡発展論」があります。もう50年以上も前にアルバート・ハーシュマンという経済学者が提唱した考え方です。ハーシュマンは、実際途上国の経済発展に大きな貢献をした研究者です。
行政が先行して取り組み、そこに民間がついていくケースもあれば、まず民間が事業を進めていって、行政による公共インフラの整備が後になるケースもあります。いずれにせよ、推進力の不均衡そのものが、発展の原動力になるというのが「不均衡発展論」の本質です。ある意味、戦後の日本の経済復興は、まさに民間が主導したことでマクロ経済が発展し、その後に公共インフラが整備された例だと考えられます。
新間:民間が先行するのか、行政が先行するのか。その地域のフェーズによっても異なりますね。
山内氏:「企業城下町」という言葉があるように、日本では大きな企業が立地することでその周辺の「まち」が発展するという事象が各地で起きていました。しかしグローバル化が進むなかで工場が移転して空洞化し、サービス産業・観光業にシフトするというマクロ的な産業構造政策が進められてきたのです。
現在は、たとえば再生可能エネルギーが産業として振興され、洋上風力発電の導入が全国各地で進められています。それに伴って基礎や部品の新たなサプライチェーンが構築されつつあるのです。また、ソーラーパネルを成田空港に敷き詰めて、世界最大規模の太陽光発電所にする事業も始まりました。空港が地域に電力を供給する「利便施設」になるという、新しい民間と公共の融和事例が生まれそうです。
山内氏:このように、地域に新しい産業が生まれれば、新たなサプライチェーン、新たなエネルギーインフラが生まれ、それに伴って人々の動きが変わっていきます。まちづくりを考えるならば、こうした産業構造の変化を先取りしていかなければなりません。
新間:これまで仕事をするなかで、「さまざまな利害関係者をつなぐハブとなる、異なる業界の用語やKPIを翻訳する、定期的な人事異動がある行政職員を支えるノウハウ継承者であるべきだ」という意識は持っていましたが、産業構造の変化やエネルギーの変化といった世の中の潮流まで捉まえてまちづくりの伴走・先導をしていくことが求められていると、改めて認識しました。これからより一層クライアントのお役に立てるよう努めて参ります。本日はありがとうございました。
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