“実行力”を伴う気候移行計画が求められる背景とその策定方法

本稿では、気候移行計画が求められる背景、構成要素および策定方法の全体像を解説するとともに、限られた経営リソースの中で、何を優先して取組むべきかについて解説します。

本稿では、気候移行計画が求められる背景、構成要素および策定方法の全体像を解説するとともに、限られた経営リソースの中で、何を優先して取組むべきかについて解説します。

IFRS S2号などの国際的な情報開示要請やグリーンウォッシュのリスク回避から、ますます気候移行計画の重要性が増しています。2010年代後半にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言への対応のため、シナリオ分析や気候関連のリスクおよび機会についての検討が進んだ企業は多いものの、国際的に求められる水準の気候移行計画と比較すると、不十分なケースも多く見られます。

また、気候移行計画は、ネットゼロ目標が絵に描いた餅とならないよう、中期経営計画や事業戦略などの経営管理プロセスのなかに組み込まれ、"実行力"を伴う必要があります。

本稿では、気候移行計画が求められる背景、構成要素および策定方法の全体像を解説するとともに、限られた経営リソースのなかで、何を優先して取り組むべきかについて解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者らの私見であることをあらかじめお断りいたします。

Point

  • 気候移行計画策定は必須

IFRS S2号などの国際的な情報開示要請やグリーンウォッシュのリスク回避から、気候移行計画策定は必須である。

  • 気候移行計画は8つの要素で構成される

気候移行計画とは、単なるGHG排出量削減計画ではなく、8つの要素で構成される包括的な計画である。

  • 実行力を伴う気候移行計画

実行力を伴う気候移行計画とは、目標とする排出量削減および期待されるリターン獲得に向けて、8つの構成要素があるべき姿で実装され、経営管理プロセスに組み込まれた状態を指す。

  • 長期の財務計画策定が優先的取組み

まずは、気候関連のリスクおよび機会やその対応のための投資を織り込んだ長期の財務計画策定に取り組み、事業ポートフォリオや企業価値への影響を可視化する。

Ⅰなぜ気候移行計画を策定 すべきか

近年、企業に気候移行計画の策定・開示を求める要請が世界的に高まっています。TCFD提言を始め、IFRS S2 号やESRS (欧州サステナビリティ報告基準)、GFANZ (Glasgow Financial Alliance for Net Zero) など、多くの国際的枠組み・基準において、気候移行計画の策定が求められています。気候移行計画は、投資家に対し投融資判断のためのきわめて重要な情報を提供するという意義がある一方で、企業自身にとっても、気候変動戦略やリスク対応等の実効性を高め、自社の情報開示の信頼性を高めるツールとなり得ます。

1. 気候移行計画に関する国際的な開示 要請の流れ

2021年10月、TCFD提言の一部改訂に伴い、気候移行計画を求める新しいガイダンスが追加されました。従来から4つの中核要素として開示が求められていた「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標・目標」の内、戦略部分のファクターとして気候移行計画を追加した形です。

これまで投資家は、TCFD提言に沿った情報開示を参照していましたが、一部企業においては4 要素に沿って開示を行うこと自体に重きが置かれ、なかには表面的で形骸化した内容に留まるケースも見られます。これは、脱炭素化の流れにおいて企業が直面する気候関連のリスクおよび機会への対応の実効性、レジリエンス等を判断する材料としては必ずしも十分とは言えない状況でした。その証左は、サステナビリティ推進部門等が単独でシナリオ分析等の検討を行い、開示対応を行っているケースが多いということです。その弊害として、検討結果が本当の意味で全社に共有され、企業戦略や財務計画に組み込まれることが少ないという現実が少なからずありました。

一方、気候移行計画では、排出削減目標の達成やリスクへの対応をどのように実施していくかの「How 」の部分を重視しています。そのため、サステナビリティ推進部門だけで完結させることは難しく、経営企画部門や財務部門等の他部門に加えて、経営層の関与も欠かせません。重要なリスク・機会への対応や温室効果ガス(GHG )の排出削減目標の達成など、気候移行計画の実現に係る事項は、必然的に企業戦略や財務計画に落とし込まれることとなり、それこそが投資家が求める本質的な中身を具現化したものと言えます。

財務報告の主要な利用者に有用な、気候関連のリスクおよび機会に関する情報を識別し、測定し、開示するための要求事項を定めることを目的に2023年6月26日付で最終化されたIFRS S2号では、気候移行計画を以下のように定義しており、明示的にその策定を求めています。

⸺温室効果ガス排出の削減などの活動を含む、低炭素経済に向けた移行のための企業の目標(targets)、活動又は資源を示した企業の全体的な戦略の一側面

「資源」とありますが、この資源にはヒト・モノ・カネが包含されています。たとえば、排出削減目標の達成に要する設備投資額(CAPEX)や操業費用(OPEX)は、当然ながら気候移行計画のなかで確保され、財務諸表とも紐づけられるため、対外的にも目標達成の信頼性が高まります。

2. ネットゼロ目標がグリーンウォッシュとみなされるリスク

2019年頃より、気候変動分野の国際会議(COP等)における議論や交渉のベースが2℃目標から1.5℃目標へとシフトした動きに伴い、自社の排出量を2050年頃までにネットゼロにするという目標を公表する企業が世界的に増加しました。ところが、そうしたネットゼロ目標のなかには、グリーンウォッシュにあたる宣言も含まれることが徐々に問題視されるようになりました。グリーンウォッシュとは、実効性を伴わない見せかけの環境配慮を指す言葉 です。

その典型例としては、2050年までのネットゼロ目標を打ち出しているものの、2030年およびそれ以前の中間目標を定めておらず、脱炭素化に向けた取組みの実態が乏しい企業が挙げられます。また、排出削減に取り組んではいても、自社の事業範囲内( スコープ1、2)に限られ、バリューチェーン全体( スコープ3を含む)を対象とはしていない企業も散見されます。ポートフォリオのリスクマネジメントの観点から、バリューチェーン全体での脱炭素化を重視する投資家から見ると、そのような企業のネットゼロ宣言は信頼性のある目標とは言えません。

そうしたなか、同じくグリーンウォッシュにあたる宣言の増加を問題視した国連が、企業等の非国家主体によるネットゼロ目標の在り方に関する基準策定に乗り出しました。2022年11月、COP27( エジプト)において、グテーレス国連事務総長が招集したハイレベル専門家グループは10 項目の基準から成る提言を発表しました。提言書でネットゼロ目標を実行に移すための重要なツールとして提示されたのが、ネットゼロに向けた気候移行計画の策定です。短期・中期・長期の削減目標を達成し、ガバナンスや報酬制度、資本的支出、R&D、技能・人材開発、アドボカシー活動等を脱炭素化と整合させるために必要となる行動を示した気候移行計画を開示し、その進捗状況を毎年開示することを求めたのです。

翌2023年のCOP28(UAE)では、このネットゼロ提言書の基準をさらに推進していくためのタスクフォースが新たに発足しました。今後、企業等によるネットゼロ宣言に関して、信頼性と説明責任がより重視されていくものと考えられます。グリーンウォッシュとみなされないためにも、気候移行計画の策定はきわめて重要となります。

3. 気候移行計画に対する機関投資家の 着眼点と企業価値向上

投資家のなかでも年金資金等の運用を行う機関投資家は、企業の脱炭素に向けた取組みが、リターンを犠牲にしてよいとは考えていません1。このため、機関投資家は、気候移行計画に対して、ネットゼロ目標に向けた脱炭素投資の規模や当該投資のリターンへの影響、また、その結果、気候変動への対応が企業価値を向上させるのか、それとも毀損させるのか、という点に注目しています。ここで求められるリターンとは、中長期的にROICがWACCを上回る水準であることを指します。

機関投資家が、脱炭素化とリターンの創出の両立を求めていることを踏まえると、気候移行計画は脱炭素化への取組みを示すだけではなく、投資やリターンへの影響を可視化できるような計画である必要があると言えます。

Ⅱ 気候移行計画のあるべき姿 と策定方法

2021年のCOP26(英国)の決定により、パリ協定下の1.5℃目標が努力目標から格上げされ、世界各国が目指す共通ゴールとなりました。現状は1.5℃排出経路と乖離がある脱炭素の取組みを、徐々に軌道修正し整合させていくことによって、気候関連のリスクを最小化するとともに機会を最大化し、その道筋と整合させていくための移行方法を示したものが気候移行計画です。

1. 気候移行計画を構成する8つの要素

KPMGはさまざまな気候変動に関する枠組みやガイダンス等を踏まえ、気候移行計画は図表1で示すとおり、主に8 つの要素から成り立つと整理しています。必ずしも、8 つの要素を統合した単一のドキュメントとして開示する必要はありませんが、それぞれの要素が企業の主要な文書や事業戦略、財務諸表等に組み込まれていることが重要です。いつまでに何をどうするのか、時間軸とともに期限を定めた計画とし、定量的なKPIを基に進捗状況を評価できるようにしておくことが重要です。以下では、図表1右上のガバナンスから順に各構成要素の解説をとおして気候移行計画のあるべき姿について述べます。

図表1 気候移行計画の構成要素

出所:KPMG作成

【ガバナンス】

ガバナンスの観点では、経営者や取締役会が気候移行計画の実現に責任を持っているか否かが問われます。ガバナンス機能として、気候移行計画の策定や実行、リスク・機会の評価・管理、目標の設定・管理、バリューチェーン・エンゲージメント、年間予算(CAPEX、OPEX )、研究開発(R&D)等々に係る進捗を実際に監督していることが求められます。たとえガバナンスの体制図を開示していても、実態として機能していなければ何の意味もありません。必要に応じ、監督するために必要となるスキルやコンピテンシーを維持・向上するための能力開発も考慮すべきです。そして、ガバナンスの帰結として、それぞれの監督事項の進捗や達成状況を役員報酬へと適切に組み込んでいることも重視されています。

【シナリオ分析】

気候移行計画のもとで取り組む重要な気候関連のリスクおよび機会の特定にあたっては、シナリオ分析による裏付けが重要です。

移行リスクへの対応としては、1.5℃シナリオで分析を行うことが不可欠と言えます。2010 年代後半頃にシナリオ分析を行った多くの企業は、移行リスクと物理的リスクに対し、それぞれ2℃と4℃のシナリオで分析を実施しているケースが多いですが、前述のように、現在の世界の共通ゴールは1.5℃目標であるため、2℃シナリオでは不十分とみなされます。また直近3 ~4年の間に、各国・地域が自国の削減目標(NDC)を引き上げたことに伴い、2030 年の各国・地域のNDCがすべて達成された場合の気温上昇予測は、従来予測よりも低い3度未満( 2.1~2.8℃)2と試算されています。したがって、物理的リスクに対するシナリオ分析も、4℃ではなく3℃で実施するという選択肢も現実的と言えます。

【リスクおよび機会】

気候移行計画のもとでは、組織の見通しに影響を与えると合理的に見込まれる重要なリスクおよび機会を把握したうえで、それらが戦略や意思決定に与える影響や財務影響を明らかにしつつ、1.5℃排出経路への整合が着実に進んでいることを示していく必要があります。そのためには、取締役会が責任を持ち、全社的かつ分野横断でのリスク管理プロセスに統合された形で、重要な気候関連のリスクおよび機会を把握し、対応策を講じていく体制・プロセスが不可欠となります。サステナビリティ推進部門等が事業計画との整合性を取ることなく、単独でリスクと機会を特定するのは得策とは言えません。

【財務計画】

気候移行計画は、組織の経営戦略に組み込まれ、財務計画と紐づいていることが前提となります。排出削減目標の達成に必要なCAPEXやOPEXの金額や時期を明確にし、トランジッション・ファイナンスの活用も含めた資金調達の計画を立てておく必要があります。

気候関連のリスクに脆弱な資産を保有している場合は、その金額や割合等を把握するとともに、処分計画の検討が必要となる可能性もあります。一方、脱炭素化がもたらす機会の面では、気候移行計画と整合する製品・サービス等の売上を把握し、他の売上と区別して目標管理を行っていくことも重要です。

【目標】

重要なリスクおよび機会に対応するために必要な気候関連目標を設定します。GHGの排出削減目標が未設定もしくは不十分な企業の場合、まずは科学的根拠に基づき、パリ協定と整合した1.5℃ 目標を短期、中期および長期の時間軸で設定する必要があります。そのような目標がなければ、そもそも行き先が定まらない無意味な移行計画となってしまいます。目標設定にあたっては、国際スタンダードとなっているSBT( Science Based Targets )を活用することが効果的です。仮に自社の目標がSBTでない場合、企業自身が「科学的根拠」や「1.5℃との整合」を説明する必要があります。

【検証を受けた排出量報告】

排出削減の進捗状況を開示する際は、スコープ1、2 およびスコープ3 の排出インベントリに対し第三者による検証を受けることで、完全性、正確性、透明性、一貫性、そして関連性を担保し、信頼性の高いデータ開示に努めることが期待されます。第三者検証を通じて、GHG算定に関する組織内のキャパシティビルディングやサステナビリティ報告に関する内部統制の強化にも貢献します。

【ポリシー・エンゲージメント】

気候移行計画を実現する観点から、組織の気候変動に対する戦略や目標と整合する形で、公共政策への働きかけが必要となる場合もあります。仮に、気候・エネルギー政策がパリ協定に整合しておらず、自社の計画どおりに再生可能エネルギー活用等を進めることが困難であると危惧される場合は、政策提言を通じてエネルギー政策の改善を促していくことも重要であり、投資家も企業によるそうしたポリシー・エンゲージメントを重視しています。業界団体を通じて公共政策に働きかけるケースも想定されますが、その場合、業界団体が自社の気候変動の戦略や目標と整合的な活動を行っているのかをモニタリングする必要があります。

【低炭素化の取組みとバリューチェーン・エンゲージメント】

削減目標を達成するためには、低炭素化の取組みとしてさまざまな対策を講じていくことになります。エネルギー効率の向上や再生可能エネルギーの活用等を通じた自社の事業活動における排出( スコープ1、2)の削減に加えて、その上流および下流における排出( スコープ3)の削減を推進するうえで、サプライヤーや顧客を始め、バリューチェーン内のステークホルダーに対するエンゲージメントも重要となります。また、インターナル・カーボンプライシングを導入し、1.5℃ 排出経路に沿った炭素価格を設定することで、スコープ1、2およびスコープ3の排出削減を後押しすることも可能です。

以上、8つの構成要素について述べてきましたが、これらの要素をすべてカバーしていれば、気候移行計画を求めるあらゆる国際的枠組み・基準などに対応できると考えられます。加えて、期限付きで定量化された目標やKPIを適宜定めて、気候移行計画に関する進捗状況を毎年開示することが重要です。

ガバナンスの観点から言えば、正確な情報を開示するために必要な内部統制の構築も不可欠となります。さらに、投資家等のステークホルダーからフィードバックを収集し、最新の技術動向等も反映するなど、気候移行計画そのものを適宜アップデートしていくプロセスを構築することも重要です。

2. 気候移行計画の策定方法

(ⅰ) 構成要素ごとの優先順位に基づいた検討

気候移行計画の策定は、互いに関連性のある各構成要素間のつながりを意識しながら検討を進めていく必要があります。ただし、経営リソース上の制約もあり、すべての構成要素に関する取組みレベルを一度に完全なものとすることは現実的ではありません。以下のように、現状把握と優先順位付けを行いながら、要素ごとにステップ・バイ・ステップで対応し、気候移行計画全体の精度の向上を目指していくことが得策です。

【現状把握】

8 つの構成要素それぞれについて、現状の取組み状況や目標設定状況について棚卸しを実施します。

【優先順位付け】

気候移行計画策定にあたり、重要度や緊急度、経営リソースの状況を踏まえ、取組みの優先順位を決定します。

【優先順位に応じた構成要素ごとの計画策定】

優先順位に応じて、各要素の計画・取組みを策定し、8 つの要素をカバーします。過去にTCFD提言への対応において、シナリオ分析によるリスクおよび機会の特定を実施済みの企業であれば、優先順位として、まずは過去のシナリオ分析のプロセスおよび結果の更新から着手するのではないかと想定されます。ただし、気候移行計画の策定にあたっては、シナリオ分析を従来の延長線上で更新するだけでは不十分です。最終的には財務計画に落とし込む必要があり、シナリオ分析それ自体を財務計画に落とし込めるように実施する必要があります。

(ⅱ) シナリオ分析、リスクおよび機会を踏まえた財務計画の策定

多くの日本企業は、TCFD提言への対応の一環としてシナリオ分析を行っていますが、長期的な財務計画のみならず、中期経営計画等を含めた事業・財務計画へ反映するまでには至っていない企業が多いようです。考えられる要因は複数ありますが、TCFD提言への対応は中期経営計画等のプロセスとは別物として扱われる傾向があること、また、そもそもどのようにリスクおよび機会の財務インパクトを反映した財務計画を策定するのか、という策定の実務が定着していないことなどが挙げられます。

財務計画を策定するうえでは、計画の時間軸、策定単位、財務三表の策定という3つの考慮事項があります。

1 つ目の計画の時間軸は、たとえば、2050年までなど、企業のネットゼロ目標に合わせた長期の時間軸で計画を検討する必要があります。TCFD提言への対応に見られがちな将来の特定の一時点だけではなく、計画に落とし込むためには経年での分析が必要となります。

2つ目の策定単位は、気候変動に関するシナリオ、リスクおよび機会や投資の多寡が事業部門ごとに異なることが想定されるため、事業部門ごとに財務計画を策定したうえで、連結ベースで合算し、取りまとめます。

3 つ目の財務三表の策定は、損益計算書のみならず、貸借対照表およびキャッシュ・フロー計算書を含めた財務三表の策定が求められています。たとえば、IFRS S2号は、15項において、リスクおよび機会の財務三表への影響が理解できる情報の開示を要求しています。

図表2 財務計画策定プロセス

図表2 財務計画策定プロセス

出所:KPMG作成

上記3点を念頭に置きながら、TCFD提言への対応によるシナリオ分析、リスクおよび機会の分析結果を踏まえ、図表2で示すプロセスにより財務計画を策定します。

図表2 で示したAからEのプロセスは事業部門ごとに実施し、Fで各事業部門の長期財務計画を取りまとめ、連結ベースの長期財務計画を策定します。

A) 成行きベースの長期財務計画策定

既存の中期経営計画等をベースとし、ネットゼロ目標を達成する年度( たとえば2050年)までの気候変動を加味しない成行きベースの長期の財務三表、およびGHG排出量の計画を策定します。策定にあたっては、一定の成長率での売上成長や既存の利益率の据え置き利用など、仮定を置きます。また、長期経営計画を別途策定している場合には、その計画を活用します。GHG排出量は実績数値や既存計画により排出原単位を作成し、シミュレーションします。

B) リスクおよび機会の定量化方法・定量化可否の検討

気候関連のリスクおよび機会について、定量化に必要な計算要素や計算式を検討し、定量化に必要な情報を収集します。TCFD提言への対応時には、2030年や2050年といった特定の一時点のみのデータを基に、一時点の財務インパクトを算定する例が多く見られました。しかし、気候移行計画におけるリスクおよび機会の定量化は、計画に落とし込むという観点から、2050年までなどの経年での試算が必要となります。このため、外部の情報源等を基に、定量化に必要なデータを経年で集める必要があります。経年データは、外部の情報源からは将来の特定の一時点のデータのみしか取得できない場合でも、取得可能な時点のデータの背景にある考え方を基に、一定の合理的な仮定を置いて作成します。たとえば、炭素価格であれば、World Energy Outlook 2023(WEO 2023)には、2030年、2040年、2050年の3 時点について予測されています3。WEO 2023の分析を基に、炭素価格は線形で推移するなどの一定の合理的な仮定を置き、計画策定時から2050年まで経年で炭素価格を推定し、財務インパクト算定にあたり必要なデータを収集します。

なお、リスクおよび機会のなかには、現時点では定量化が困難な項目も想定されます。その場合、当該項目は定量化対象外とします。

C) リスクおよび機会の財務インパクト考慮後の長期財務計画策定

成行きベースの長期財務計画(A )に、リスクおよび機会の財務インパクト(B )を発現の時間軸を考慮しながら反映し、リスクおよび機会の財務インパクト考慮後の長期財務計画を策定します。当該財務計画は、リスクおよび機会の定量化方法の検討過程で収集した、各計算要素の経年データを基に、各年度の財務計画にリスクおよび機会の財務インパクトを反映し ます。

D) 脱炭素に向けた投資計画の検討

リスクおよび機会への対応策を立案し、脱炭素に向けた投資計画を検討します。投資計画は、CAPEX、OPEX、償却費、対応するリターンの情報を含みます。脱炭素に向けた投資は、事業部門等がすでに検討を開始している状況が想定されるため、最新の検討状況を踏まえ、全社的な視点で投資に関する情報を収集する必要があります。そのため、たとえば以下のような点を考慮します。

  • 各事業部門や本社部門において、すでに計画済みの脱炭素に向けた投資に関する情報を関連部門より収集する
  • SBT認証済みの企業は、SBT認証取得過程で立案した脱炭素に向けた投資に関する情報を収集する
  • 必要に応じて設備サプライヤーから設備更新の見積もり情報を取得する
  • 明らかに炭素負荷が低い事業に関しては損益中立の原則( 減価償却範囲内の投資)を仮定する
  • 他社の先進的事例を調査し、当該事例を踏まえた投資情報を収集する

上記の検討を通じて、全社レベルで脱炭素に向けて必要な投資情報を収集し ます。

また、投資計画の検討と並行して、資金調達計画についても検討し、投資の実行を裏付ける必要があります。資金調達計画は、脱炭素に向けた投資に対する資金調達として、単独で切り出して検討するのではなく、全社的なキャッシュフローアロケーション、すなわち、全社的なキャッシュインフローとキャッシュアウトフローのバランスを考慮し、検討します(図表3 参照)。なお、財務計画は事業部門ごとに策定し、連結ベースで取りまとめるものの、キャッシュフローアロケーションを検討する際は、各事業部門(子会社等)が独自でグループ外部から資金調達を検討するオペレーションではない限り、全社的な観点で検討を行います。

キャッシュアウトフローは、投資と株主還元の2 つに区分ができ、脱炭素に向けた投資は、投資のなかの1つの項目として位置付けられます。投資と株主還元を合わせたキャッシュアウトフロー合計は、キャッシュインフローの枠内、すなわち営業キャッシュフロー、Debt Capacity( 有利子負債の最大調達額)、ノンコアアセットの売却の合計金額の枠内である必要があります。

図表3 キャッシュフローアロケーション

図表3 キャッシュフローアロケーション

出所:KPMG作成

キャッシュアウトフローについては、上記の検討過程で収集した脱炭素に向けた投資計画、成行きベースの長期財務計画( A )で検討した投資計画および株主還元方針を考慮して算定します。

キャッシュインフローについては、同じく、成行きベースの長期財務計画( A )で検討した営業キャッシュフロー、脱炭素に向けた投資計画における対応リターンの影響の反映、また計画されているノンコアアセットの売却を考慮します。加えて、Debt Capacityを考慮する必要がありますが、Debt Capacityは最適資本構成の方針により導出します。最適資本構成は、事業リスクに見合うD( 有利子負債)/E( 自己資本)の構成比であり、最適資本構成の方針は格付の観点、事業リスクの観点、投資家の期待収益率等の観点を踏まえて総合的に判断する必要があります( 詳細な説明はKPMG Insight Vol.39 /2019年11月号4 を参照)。

上記検討を通じてキャッシュフローアロケーションを検討しますが、企業によっては、脱炭素に向けた投資が多額となる結果、キャッシュアウトフローがキャッシュインフローの枠内に収まらない場合が想定されます。その場合、キャッシュアウトフローを削減するか、キャッシュインフローを増加させる必要があります。

キャッシュアウトフローを削減する場合は、必須の維持更新投資以外の戦略投資枠(M&A枠等)等の削減が考えられます。その場合、戦略投資が実行できず、リターンを犠牲にする可能性があるため、投資の厳選が必要となります。投資の厳選は、事業部門の投資計画削減を意味する場合もあることから、全社的な観点で投資を厳選する方針を定め、事業部門の理解を得たうえで検討を進める必要があります。

一方、キャッシュインフローを増加させる場合は、最適資本構成の見直しを通じたDebt Capacityの追加確保が考えられます。しかし、Debt Capacityの追加確保は財務格付を悪化させる可能性があるため、全社的な財務戦略の見直しを踏まえた検討が必要となります。

併せて、資金調達において、金利負担等の調達コスト最小化のためにサステナブルファイナンス等の資金調達スキームを検討します。ただし、サステナブルファイナンスであったとしても、資金調達額はDebt Capacityの範囲内に収める必要があるため、まずはDebt Capacityを検討することが重要です。

E) 脱炭素に向けた投資計画考慮後の長期財務計画策定

リスクおよび機会の財務インパクト考慮後の長期財務計画(C)に脱炭素に向けた投資計画(D)を反映し、脱炭素に向けた投資計画考慮後の長期財務計画を事業部門ごとに策定します。

F) 連結ベースの長期財務計画策定

事業部門ごとの長期財務計画(E)を取りまとめ、連結ベースの長期財務計画を策定します。

財務計画は、事業ポートフォリオ評価と連動させる必要があります。脱炭素に向けた投資計画を考慮した財務計画を用いて事業ポートフォリオ評価を実施し、各事業

のROICの長期的変化などを踏まえ、気候変動が企業価値へ与える影響を精査します。特に、鉄鋼や化学、セメントなどの多排出セクターは、本格的な脱炭素投資が発生するのは2020年代後半以降となることが想定されることから、長期財務計画を基にした事業ポートフォリオ評価を実施することは、中長期的な事業ポートフォリオの入替えの検討の観点からも有効であると考えられます(図表4参照)。

(ⅲ) 気候移行計画の年次の見直し

気候移行計画は、策定した後、毎年、それぞれの構成要素の見直しを行います。脱炭素の取組みは将来の技術革新に負っている側面もあり、必ずしもすべての構成要素を現時点で計画に反映できるわけではありません。毎年見直すことによって、気候移行計画の精度向上と実現確度を高めていくことが重要です。

見直しの結果によっては、更新が不要と結論付けられる構成要素が出てくることも考えられますが、年次の見直しをプロセス化することは重要です。特に財務計画は、通常の経営プロセスにおける各年度計画の見直しや中期経営計画の更新時に合わせて更新する必要があります。このため、気候移行計画の年次の見直しをどのように経営管理プロセスに組み込むかを検討する必要があります。

図表4 財務計画と事業ポートフォリオ評価の連動イメージ

図表4 財務計画と事業ポートフォリオ評価の連動イメージ

出所:KPMG作成

Ⅲ さいごに

本稿では気候移行計画が求められている背景や8つの構成要素について考察しました。重要なことは、気候移行計画を単なる開示に終わらせることなく、実行力を伴う計画とすることで脱炭素と企業価値向上を着実に進める、ということです。実行力の伴う気候移行計画とは、目標とする排出量削減および期待されるリターンの獲得に向けて、気候移行計画を構成する8 つの構成要素があるべき姿で実装され、サステナビリティ推進部門などの特定の部門のなかに留まることなく、企業の中期経営計画等を含めた経営管理プロセスに組み込まれている状態を指します。

このために、経営層のリーダーシップのもと、サステナビリティ推進部門、経営企画部門、財務部門と事業部門が連携し、いつまでに何をどうするのか、定量的な気候関連のKPIを展開し、進捗状況を評価できるような仕組みづくりが望ましいと言えます。

また、本稿で考察したとおり、気候移行計画を企業価値向上につなげていくためには、気候移行計画の内容を事業ポートフォリオマネジメントに連動させ、脱炭素に向けた取組みが及ぼす影響を事業ごとに可視化し、投資の厳選や中長期の時間軸での事業ポートフォリオの入替えを促していくことが求められます。

実行力の伴う気候移行計画の策定、また、計画の実行を通じて、企業がネットゼロ目標を達成し、企業価値向上を実現していくことが期待されます。

1 「 ROIC経営におけるサステナビリティ 投資の評価方法」KPMG Insight Vol.60 /2023年5月号

2 2023 NDC Synthesis Report(UNFCCC / 2023年11月)

3 World Energy Outlook 2023(International Energy Agency/2023年10月)におけるCO2 Pricesを参考

4 「 キャッシュリターンを意識した財務 フレームワーク」KPMG Insight Vol.3 9 /2019年11月号

執筆者

KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
あずさ監査法人
サステナブルバリュー統轄事業部
サステナビリティ・トランスフォーメーション
土屋 大輔/マネージング・ディレクター
池原 庸介/シニアマネジャー
藤後 友弘/シニアマネジャー 

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