変わる監査役等の役割と求められる進化 「監査委員会に関する調査2023」から見えてきた日本企業の監査のあり方
今回は、東京都立大学大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子氏をお招きし、調査結果について、コーポレートガバナンス、監査役等の業務負荷、経営人材育成、ESG、テクノロジーなどをテーマに監査役等のあり方を深掘りします。
今回は、東京都立大学大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子氏をお招きし、調査結果について、コーポレートガバナンス、監査役等の業務負荷、経営人材育成、ESG、テクノロジーなどをテー
企業を取り巻く環境が変化し、直面するリスクの複雑化・多様化が加速しています。スピーディな対応が求められるなか、監査役等による監査の実効性の向上への期待が高まっています。そこでKPMG米国は、2023年2~3月、世界19カ国・地域の監査委員会およびそれに準じる組織のメンバーを対象にオンラインアンケート調査「Audit Committee Survey 2023」を実施しました。この調査結果を受けて、KPMGジャパンは日本企業の監査委員会およびそれに準ずる組織の回答内容を英国と米国と比較する形で分析した「監査委員会に関する調査2023 - 日本と英国および米国との比較分析」1を公開しました。
今回は、東京都立大学大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子氏をお招きし、調査結果について、コーポレートガバナンス、監査役等の業務負荷、経営人材育成、ESG、テクノロジーなどをテーマに監査役等のあり方を深掘りします。
東京都立大学大学院 経営学研究科 教授 東京外国語大学外国語学部卒業。仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士。筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)。日本長期信用銀行、ムーディーズジャパン格付けアナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーなどを経て現職。豊田通商株式会社など複数社の社外取締役も務める。 |
コーポレートガバナンスの現在地
田中:
今回は、2024年4月に公開した「監査委員会に関する調査2023 - 日本と英国および米国との比較分析」(以下、「本調査」という) をベースにお話を伺います。最初のテーマはコーポレートガバナンスです。最近、企業での不祥事が発生していることから、守りのガバナンスの重要性がより認識されるようになりました。その観点から、今の監査役もしくは監査役会、監査等委員会又は監査委員会(以下、「監査役等」という)の役割や課題感についてどう思われますか。
松田:
2023年3月のいわゆるPBR ショックから、明らかにトレンドが変わってきたと感じています。やはり「実質化」が企業にも非常に意識されています。今まではコーポレートガバナンス・コードを「まずは順守」しようとしていました。しかし実質化となると、ガバナンスへの対応ではなく、自分たちのマネジメントの実質化のための改革にまで及んできます。そうしたことを意識し始めて動く企業と、まだそこまで意識が高まっていない企業の二極化が進んでいるように思えます。
田中:
われわれも、そのように感じることはあります。取締役会や監査役等の機能で言えば、どういう形で何を主体的にモニタリングすればいいのか対応に苦慮している企業もあるようです。
松田:
私が社外取締役を務めている企業はかなり力を入れているので、それほど対応に苦慮しているようには感じていません。ただ、セミナーや勉強会で社内外の取締役や監査役等の方にお話を伺うと、そのあたりに問題意識をお持ちの企業は多いようです。
田中:
松田先生は、社外取締役とそこでの監査役等の方々との関係をどのように感じられていますか。
松田:
私が関係している企業では、取締役と監査役の間にあまり差をつけず、取締役会では監査役も積極的に発言してほしいというところが大半です。今まで執行のトップに近いポジションだった方が常勤監査役に就いている会社もあります。そういう方に主導頂いて、「今こういうところが問題です」とか、「監査役会でこういう話をしました」などといった内容を、定期的に、かつ経営の視点から意見交換できるのは非常に助かっています。また、執行側のトップマネジメントチームの経験者であれば、経営の目線で監査ができますし、けん制も効きやすい。これはいいことだと思います。
2007年 有限責任 あずさ監査法人に加入、パートナーに就任。2019年常務執行理事就任。ライフサイエンス部門の統轄責任者(現職)に就任し、2023年7月より、デジタルトランスフォーメーションならびにサステナビリティ領域を統轄する専務理事(現職)、およびKPMGジャパンのサステナビリティ・ESG に関するサービスを統轄するKPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン代表(現職)に就任。 |
「業務負荷は適正」と考える 監査役等の背景
田中:
本調査を見ると、企業を取り巻くリスクが多様化・複雑化しており、リスクに対してスピーディな対応が求められていることがわかります。そうすると、日本企業の監査役等の業務負担が非常に高まったのではないかと思っていたのですが、実際には「懸念はない(業務負担は適切である)」という回答が多くなりました(本調査P13)。これについてはどう思われますか。
松田:
私はこの結果から、3つのことを思いました。まず日本の監査のあり方について、欧米の投資家の方々からはやや懸念があると言われていますが、日米英で大きなギャップはありませんでした。これには安心しました。
しかしながら、「懸念はない」と言い切れるはずがないとも思っています。これはもしかすると、「懸念はない(業務負荷は適切である)」が多義的に捉えられたのではないでしょうか。つまり、業務負荷はあるものの、社会からの期待をふまえてやるべきことはやれている、あるいはやるべきであると思っている方、社会からの期待に気が付いていないために業務負荷がさほどではないという方、そのいずれも「懸念はない」と回答したのではないかということです。
最後は、さきほどの二極化のお話と重なりますが、意識や取組みが進んでいる企業とそうではない企業に分けると、また違った結果が出てくるのではないかということです。いわゆる合成の誤謬のようなものがあるかもしれません。
田中:
実体が2パターンに分かれている可能性は十分にあると思います。1つは、社会的な期待に応え、自分たちのバックボーンも含めて取締役会できちんと議論をしているから業務量も懸念はないという企業。もう1つは今の業務範囲においては懸念がないという企業。この2パターンですね。
松田:
はい。たとえば、妥当性監査は今や会社法の解釈上も監査役等の業務であることが有力となっていますが、いまだに「適法性監査だけが私の仕事です」という方もいらっしゃいます。そういう方にしてみると、適法性さえチェックをしていればきちんとやっていることになるので、「懸念はない」となる。でも、適法性監査だけでなく、妥当性監査における責務を認識していれば、忙しくて業務負荷が大きいと感じるかもしれません。監査に関する認識の差が背景にあるように思います。
田中:
それは、「日本の監査委員会は、CFOより内部監査部門長とより多くの時間を共有している」という調査結果にも現れていると思います。「誰とより多くの時間を共有していますか?」という問いに対し、最高財務責任者のCFO がカウンターパートだと回答している割合が、英米に比べると日本はきわめて低くなりました。この結果は想定してはいましたが、松田先生としてはいかがでしょうか。
松田:
そもそも監査役監査は経営レベルの監査を担いますが、もしかしたらオペレーションやコンプライアンスのほうに意識が向いているのかもしれません。これを見る限りは、非常にあり得そうです。
もう1つ、これは監査役等の方からよくお聞きしますが、監査役等の手足となるスタッフがほとんどいないのも課題です。本来なら、監査役室の室員という存在がいてしかるべきですが、そういうスタッフがいないのです。ですからその代替として、内部監査部門に実務を依頼している。でも、内部監査部門にもリソースが潤沢にないということもあります。そうすると、監査役等が実査の出張手配を自ら行うケースすらあると聞きます。それでいいはずがありませんよね。
田中:
取締役会は、通常、経営企画部に事務局があります。彼らは全社レベルで活動していますから、事務局の運営もしっかりしている。一方で、監査役等の事務局は利害が一致しない可能性があるため、経営企画部とは別の部門が担うことになります。しかし、そうなると該当する部門がない。これでは、進んでいる会社と適法性の面にフォーカスし過ぎている会社とのギャップはなかなか埋まらないと思います。
監査役等に適した経営人材の育成
田中:
日本では、経理部出身の方がCFOになり、監査役等になっているケースがまだ多い状況です。諸外国のCFOのように、財務面を含めCEOの右腕であり、全体に目が行き届くような方は多くはないように思います。
松田:
さすがに最近は経理担当役員と揶揄する人は少なくなってきましたが、本来のCFO の仕事をしているかといえば、必ずしもそうではないように思えます。ただ、最近ではCFOから社長に就く方もいて、トレンドの変化を感じています。
経営を理解している人ならば、事業ポートフォリオや経営の諸課題を踏まえると日本企業に欠けているのはビジネスファイナンスの機能、つまりCFO の機能だということがわかるので、そこに適切な人材を充てようとします。そして、CFO 機能が従来とは違うものだと気づき始めた企業の多くは、経営企画部門の方を育成してCFO にしています。ところが、とりあえずCFOという役職を設けましたという企業では、多くが経理財務の方を充てています。その方の視野が広ければ問題ありませんが、経理一筋、財務一筋という方の肩書だけCFOと名前を変えても、何も変わりません。
そのCFO がどちらであるかは、社外役員には一目でわかります。取締役会の業務実績報告の際、本来のCFO は未来志向で語りますが、そうでないCFO は見ればわかる数字しか説明しないからです。私は後者がCFO のままでは、その企業の将来はないとすら思います。CFO の質の底上げというのは、本当に大事な課題です。
田中:
私は、CFO の育成は、ひいては監査人材の育成でもあると思っています。CFO には財務、会計、経営の知識が広く求められますから、きちんとしたサクセッションプランが必要です。そのうえで経理も含めいろいろな部署を回り、全体のバランスを保ちながら経験を積んでいく。そうすれば監査役等の方もCFOと話そうという気になると思いますし、CFOとのコミュニケーションも活性化します。
松田:
本当にそうだと思います。図表1で興味深く感じたのが、「監査委員会のスキル/専門性および構成の再評価」を選択した割合に日米英でばらつきがあったことです。これは、今おっしゃられたことの結果とも思えます。なぜなら欧米では、監査はエリートコースだからです。経営者と1対1で話すことができ、経営の全体像をつかめるという意味で非常に高度なポジションです。それがわかっている国や地域では、もっとそこに若い人材を投入します。経営人材を育成する意図があるからでしょう。ところが、日本では監査役等のスキル評価も期待もそこまで高いとはいえません。
また、監査役等も執行面のCFO と監査(オーディット)がうまくつながっていないという意識があると思います。そこがつながり、会社のなかでインベストメントチェーンならぬオーディットチェーンのようなものが形成できていないというのは、日本の大きな課題だと思います。
図表1 監査委員会の構成やスキルセットに関連してどのような懸念がありますか?
田中:
ただ、そういう意識の高い企業も現れ始めていますし、日本の企業が変わっていっているという実感もあります。少し時間はかかるかもしれませんが、より良いサイクルが回り始めてくるのではないでしょうか。
松田:
経営人材の育成が進んでくると、その人たちをどういうポジションで育成したら経営の感覚をよりうまく掴めるようになるかがわかってきます。そのポジションには、おそらく監査も入ってくるでしょう。これから先に期待しています。
社内外での経営人材の確保と維持を最優先する
田中:
本調査で、日本企業が最も「監督が十分でない懸念がある」としたのは「人的資本管理(HCM)リスク」でした(図表2参照)。これについては、企業が人的資本管理に関してどのようなプランを立て、それに対して監査委員会がどのようにモニターしていくのかが重要なテーマになると思います。
図表2 取締役会に設置された複数の委員会が管轄しているさまざまな企業リスクのうち、 監督が十分でない可能性があるとして、あなたが最も懸念しているリスクはどれですか?
松田:
そうですね。この調査の趣旨とは必ずしも一致しないかもしれませんが、昨今「人的資本」と呼ばれる領域については、コーポレートガバナンスの観点からは、経営人材をどうやって育成するかにフォーカスしてしまっていいと思います。多くの企業で人的資本経営の重要性はわかっていながら、あまりに分野が広いので、何をすべきかがわからなくなっているのだと感じます。でも、最優先すべきは経営人材の育成です。
そうするとまずやるべきことは、取締役会で指名委員会での議論の仕組みを構築することです。経営人材が内部にいなければ外部から連れてくることも考えなければなりませんが、日本では未だ外部人材プールが乏しいですし、内部登用が主流です。ですから、内部登用を前提とした経営人材育成は、指名委員会の大きなテーマになります。私はここが一番、急務だと思っています。なぜならば、今までの日本企業は、それをやってこなかったからです。そして監査役等には、そのプロセスが適切に機能していることの監査が求められます。
田中:
その流れができている会社はまだ少ないですね。
松田:
「財務部門が直面している最も大きな課題はどれだと思いますか?」という問いでも、日本では「人材の確保と維持」という回答が77%と際立っています(図表3参照)。ここにも経営人材育成の遅れが見て取れます。
これに対してIT で置き換えよう、DX推進だと皆さんおっしゃいますが、どのようなシステムデザインを作ったら良いのかという企画面、実際にオペレーションを動かす現場面など、やはり人は必要なわけです。本当にDXで代替できるのか、何がDX では代替できないのかを経営陣に知らせることは、現状を知っている監査役等の重要な役割だと思います。
田中:
おっしゃるとおりですね。これまでDX は、生産性向上ばかりフォーカスされていました。でも私は、将来的にDXとはリソースマネジメントになるのではないかと思っています。リソースマネジメントの一環として、人的資本の観点からもDXで何を代替していくかという議論は非常に重要です。将来のマネジメント層をどう育成するかもまさに同じで、従来のように内部登用だけでなく、外部採用を含めた全体としての人材プールをどうするかを議論する必要があります。
図表3 財務部門が直面している最も大きな課題はどれだと思いますか?
松田:
外部採用に関して言えば、最近、ようやくCFO を外部から採用する企業が出始めました。外資系企業のCFO 分野で鍛えられた方々が日本企業に参画すると、「なぜこんなことをやっているのか」と大きなフラストレーションを感じるそうです。一方、受け入れる側の日本企業は何がフラストレーションなのかが理解できない。それくらいの違いがあるのです。
ですが、その変化は大きな刺激になります。CxO が変わると、その部署の仕組みも丸ごと変革しないといけないという意識が高まるので、その効果は相当大きいと思います。
ESGをすべて経営課題に関する テーマとして当たり前に検討する
田中:
本調査P10を見ると、企業が検討すべき課題としてのESG への関心度が、日本は英米に比べてきわめて高くなっています。ESG は、欧米ではすでに、あらゆる経営課題に関連するテーマと位置付けられていますが、日本はまだそうではないことの現れでもあるような気がしています。
松田:
本調査P10の2つ目「どのESG 課題がビジネスに重大な影響を及ぼすかについての経営者の判断プロセスの監督」と回答した割合が高いのは、基本的にはよいことです。ただ、今おっしゃられたように、ESG がまだ経営課題として組み込まれていないことの証左でもあるようにも見えました。
一方で、「ESG 関連の法令上の要求事項への遵守状況の監査」や「任意のESG/サステナビリティ報告の監督」と回答した割合も高い。これらが高いのは、監査役等としてESG やサステナビリティへの取組みを、オペレーションとして見てしまう傾向があるからではないでしょうか。
田中:
ESG に関して、日本の監査役等は中長期志向が必要なことはわかっている。また、さまざまな経営課題の議論にはESG が必ずエッセンスとして入ってきているとも感じている。しかし、それをどうやって受け止めて、専門家ではない自分が監査役等としてどのように発言するかは迷っている。そういう方が多いように思います。ですから、発言しやすそうな制度開示については発言する。しかし、経営全体の課題となるとそうはいきません。これまではESG に関する関心度のばらつきやスキル不足もあって、経営の視点を持つことが難しかったかもしれませんが、これからは不足しているものをどう補うかを考えていかなければならないと思います。
松田:
そうですね。私は、監査役等のようにモニタリングや監査をする人ほど経営戦略を理解していないといけないと思います。なぜなら、モニタリングの基礎はプランニングだからです。自分が理解していないプランをモニタリングすることは不可能ですから、当然ながら監査役等や社外も含めた取締役はマネジメントレベルで経営を理解していないといけない。ですから、「社外取締役の要件は何ですか」と聞かれた時には、「少なくとも経営レベルで戦略の議論ができること」と答えるようにしています。これは、監査役等や社外取締役といったモニタリングを担う方に共通の要件です。そういう意味では、従来の監査役等というのは、経営戦略を策定するというところから一番遠いところにいたかもしれません。
チームとしてスキルマトリックスが埋まっていることを確認する
田中:
サイバーセキュリティについても興味深い結果となりました。「財務報告や関連する統制リスクに加えて、監査委員会はどのリスクに対して重大な監督責任を有していますか?(本調査P6)」という問いに対して「サイバーセキュリティ・ITに関するリスク」を選択した割合は、英国は62%、米国は72%なのに対し、日本は52%。英米と比べるとテクノロジーへの関心がやや低いようです。
松田 :
日本の監査役等には比較的年齢の高い方が多いため、ITは何となく遠い存在というか、触れたくないという意識もあるのではないでしょうか。また、苦手意識はないけれども、もっと詳しい人が別にいると思い込んでいるかもしれません。
田中 :
ESGと同様にサイバーセキュリティも経営課題ですから、理解しようとする能力は必要ですよね。
松田:
はい。テクノロジーの分野も先ほどのCFOの話と同じで、オペレーションレベルの専門性とマネジメントレベルの全体性、この2つを分けて考えなければいけないと思います。たとえば、ITでシステムを組むことまでは求められていないけれども、「もっとリソースが必要」などの判断はできないといけない。ITやDXに関わったことがない人には、そのあたりの判断が難しいようです。
でも、これはどこの分野でも同じです。数字に関わってこなかった方は、経理財務のオペレーションレベルの話とCFOの経営レベルの話が弁別しにくく、アカウンティングとファイナンスも一緒に見える。おそらく、同じことがITやDXでも起きているのだろうと思います。
田中:
やはり、監査役等の皆さんに求められるスキルをしっかりと定義しなければいけませんね。スキルマトリクスを定義し直して、全体で議論することがとても重要だと思います。
松田 :
監査役等を選ぶ時に、個人がマネジメントレベルで対話できることはマストですが、チームとしてどのぐらい機能を発揮できるかという視点も重要です。1人が全てを網羅する必要はなく、チームとして監査すべき領域をカバーできていればいいからです。もし、内部に人材がいなければ、社外人材を招聘すればいい。たとえば、リーガルも、アカウンティングも、ESGもカバーできるけども、DXがカバーできないならば、DX担当を社外から連れてくればいいわけです。
監査役は独任制ですが、やはりチームとしてのスキルが保てているかは大事です。これは、監査役等だけのことではありません。取締役チームも、全体としてバランスよくスキルを保有していることが大事です。これは、多様性の議論にもつながります。多様性には、ジェンダー等のデモグラフィ型多様性の他に、スキルや経験などのタスク型多様性というものがあります。これらの多様性を認識したうえで、適切な選任につなげることも大事です。そうした意味でも、指名委員会の役割は重要なものだと思います。
田中 :
その視点は非常に大切だと思います。指名委員会は、日本でも広がりつつあります。私は全体をコントロールできるのは指名委員会だと思っています。
松田 :
そうですね。ただ、誤解している方も多いのですが、指名委員会は社外取締役が人事のすべてを決める場所ではありません。そんなことをしたら、監督である社外取締役が執行を担うことになってしまいます。社外取締役が担うのはあくまでも監督機能で、原案を出すのは業務や人材を熟知した執行機能の仕事です。それが公正なプロセスをもって適切に機能しているかをチェックするのが社外取締役の仕事です。
田中 :
確かにそうです。執行する側にとっても、適正な監督という意味でも、指名委員会は会社側が作る原案を公正性も含めて判断するという機関だと位置付けるべきですね。
今後の監査役等には 積極的な学びが求められる
田中:
今後問われるコーポレートガバナンスにおける監査等のあり方に関連して、日本の監査等委員会は外部のステークホルダーに対する説明に確信を持っている割合が相対的に低いという結果が明らかとなりました。「監査委員会は、委員会の業務負担に関する懸念にどのように対応していますか?(本調査P7)」との問いに対し、意外にも日本は「確信がある」が26%と低かったことに驚きました。これはどういうことだと思われますか。
松田:
興味深い結果だと思います。やはり懸念があることの表れでしょう。調査で多くの問いが投げかけられていますが、これらの回答全体を通して必ずしも整合性がないことこそが、この調査結果の肝だと感じます。要は「確信がない」、「懸念はある」ということの証左に見えます。
これは悪い意味ではありません。監査役等に対する要求が急激に増え、昔と同じことをやっていては駄目だとわかっているからこその不安なのだと思います。ですから、見えている庭をきれいに掃除することに懸念はない。でも、たとえば「情報開示は大丈夫ですか」と言われると、掃いてない庭に対しては「確信はない」となるのだと思います。
田中:
監査役等には、今後どのような期待をされますか。
松田 :
さきほど申し上げたように、オペレーショナルレベルの専門性とマネジメントレベルの全体性の弁別が必要です。そのうえで、優先順位をつけることが重要となります。
もう1つ、これはリソースを拡充することが前提になりますが、自らの知識レベルが不足しているならば外部の人材に頼むことです。たとえば、本調査の「取締役に設置された複数の委員会が管轄しているさまざまな企業リスクのうち、監督が十分でない可能性があるとして、あなたが最も懸念しているリスクはどれですか?(本調査P13)」との問いに、サイバーセキュリティに懸念があると回答した日本の監査委員会は39%ですが、この結果には非常に不安を感じます。専門家でなければ対処が難しい領域であれば、外部の専門家に依頼すべきです。そういった見極めのためにも、監査役等は積極的に学び、外部のネットワークを作っていく必要があるでしょう。
田中:
そうすれば、社会の期待に応え、攻めと守りの両面で企業価値に資する企業の監査役等が増えていくことでしょう。本日はありがとうございました。
1「監査委員会に関する調査2023 - 日本と英国および米国との比較分析」
KPMG米国が2023年2~3月に実施したオンラインアンケート調査「Audit Committee Survey 2023」を翻訳したものです。回答者は、世界19カ国・地域の監査委員会およびそれに準じる組織のメンバー768人、そのうち日本からの回答者は111人です。日本では、監査役、監査等委員も監査委員会メンバーに含まれます。委員長についても同様です。
インタビュー
あずさ監査法人
田中 弘隆/パートナー