本連載は、2023年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

「モビリティ革命」における顧客生涯価値の考え方

ここ数年、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の潮流やMaaS(サービスとしてのモビリティ)の進展を背景として、ヒト、モノ、サービスなどの移動の革新的な変化である「モビリティ革命」が進行中です。自動車業界がこの自動車誕生以来の革命的変化点を乗り切れるか否かは、消費者の価値観の変化を見極め、長期的視野に立ち、顧客にとって付加価値の高いサービスプロバイダーへと自社グループ事業を拡張できるかどうかにかかっています。

現在、地方自治体、企業、アカデミアなどが協働しながら、各地で新たなモビリティの実証、実装が行われています。経済産業省、国土交通省によるスマートモビリティチャレンジは5年目を迎え、移動データを活用した新たなMaaS、地域課題解決のための取組みなどが行われています。一昨年始まった国交省による地域交通共創モデル実証プロジェクトでは、医療、介護、エネルギー、住宅、教育などと交通との掛け合わせを通じた地域公共交通の維持・活性化のための取組みが推進されています。新たなモビリティが産み出され、定着するには、自動車業界内にとどまらず、その他のさまざまな業界と協調しユースケースを多数実現していくことが求められます(図表1参照)。

【図表1:自動車業界×他業界のユースケース例】

真のモビリティカンパニーとなるために_図表1

出所:KPMG作成

これらのユースケースを定着させるためには、そのユーザー、すなわち自動車業界にとっての消費者や顧客への提供価値を高めなければなりません。どれほど便利な移動手段だとしても、A地点からB地点へと移動する顧客にとって全行程の一部に過ぎなければ、その提供価値は限定的であると言えます。そのため、全行程のシームレスな移動、決済までも含めた徹底した顧客利便性を追求することが肝要です。特に昨今の「所有から利用へ」「モノからコトへ」といった消費者の価値観の変化に鑑みれば、顧客提供価値を高めるには、顧客の困りごとを考慮しつつ移動サービス全体の利便性、快適性、わくわく感、などにも気を配るべきだと言えるでしょう。

顧客への提供価値を理解するために、顧客生涯価値の考え方を整理しておく必要があります。接続性が高まり、電動化やソフトウエア化が進む自動車では、顧客への提供価値の源泉、すなわち自動車業界にとっての収益源が拡大、長期化する傾向にあります。顧客と自動車メーカーが直接つながり、ソフトウエアアップデートを通じて行われるオプションの追加、性能の向上などの範囲もますます拡大しています(図表2参照)。同時に、顧客への提供価値の源泉は、周辺サービスにまでも拡がっています(図表3参照)。モビリティ革命のなかで自動車業界にはこれらの顧客接点すべてを踏まえた顧客提供価値を考慮してビジネスモデルを再構築することが求められています。

【図表2:顧客生涯価値 -顧客接点の長期化と収益化機会】

真のモビリティカンパニーとなるために_図表2

出所:KPMG作成

【図表3:顧客生涯価値 -顧客接点の拡がりと収益化機会】

真のモビリティカンパニーとなるために_図表3

出所:KPMG作成

モビリティ革命のなかで、自動車業界では異業種連携が進んでいます。スタートアップとの連携にも積極的な傾向が見られますが、かかる連携を成功に導くためには、短期的な自社利益だけの極大化を念頭においてはなりません。多くの新たなモビリティ創出の動きが、自社の収益化の目途が立たないという理由で頓挫しています。欧州で進むデータ連携のように、顧客にとって付加価値を高められるよう、自社保有データを他社と共有する事例もまだまだ多くはありません。

電気自動車最大手企業は顧客の懸念を払拭しつつ、顧客体験の高度化を図りビジネスモデルを確立し、成功してきました。私たちには、ものづくりにかかわる過去の成功体験にとらわれすぎないオープンなアプローチをとり、モビリティという移動サービスを顧客、消費者に提供することを通じて、連携先を含めた自社グループのビジネスモデルを、長期的視野に立って確立することが今求められています。こうして真のモビリティカンパニーとなれば、自動車誕生以来の革命を乗り切ることができると言えるでしょう。

日刊自動車新聞 2024年1月15日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGジャパン
自動車セクター統轄パートナー 小見門 恵

クルマ社会の新しい壁