1.はじめに

2024年春頃、経済安全保障推進法の4本柱の1つである特許出願非公開制度の運用が開始される予定です。特許出願非公開制度が開始されると、該当技術の発明が保全指定された場合は非公開となるとともに、当該発明および特許にさまざまな制約が課されます。他方、これまで安全保障上の理由で特許出願が行えなかった発明に対して、先願の地位を与える制度でもあります。

2.制度概要(特許出願非公開基本指針に基づく)

(1)全体像

特許非公開の判断は、特定技術分野の該当性判断と保全審査の2段階をもって行われます。特定技術分野に該当すると特許庁が判断した場合に、内閣府の保全審査が行われ、保全指定が行われて初めて非公開の対象となります。

(2)特定技術分野

国際特許分類を基準に指定された25分野が対象となり、宇宙関連技術や半導体関連技術も一部含まれます。25分野への該否の判定は、特許出願時に付与される分類に基づき、特許庁長官が定型的に判断することになります。ただし、産業への影響が大きい一部技術分野(図表1の10~19に該当する技術)については、発明の経緯や目的、国からの委託の有無などを付加的に考慮することとされています。

【図表1:特定技術分野(25分野)

分野 対象技術 備考
安全保障の在り方に多大な影響を与え得る先端技術 1.航空機等の偽装・隠ぺい技術
2.武器等に関係する無人航空機・自律制御等の技術
3.誘導武器等に関する技術
4.発射体・飛翔体の弾道に関する技術
5.電磁気式ランチャを用いた武器に関する技術
6.レーザ兵器、電磁パルス(EMP)弾のような新たな攻撃または防御技術
7.航空機・誘導ミサイルに対する防御技術
8.潜水船に配置される攻撃・防護装置に関する技術
9.音波を用いた位置測定等の技術であって武器に関するもの
10.スクラムジェットエンジン等に関する技術 産業の発達に及ぼす影響が大きいため、付加要件を要求する分野
11.固体燃料ロケットエンジンに関する技術
12.潜水船に関する技術
13.無人水中航走体等に関する技術
14.音波を用いた位置測定等の技術であって潜水船等に関するもの
15.宇宙航行体の熱保護、再突入、結合・分離、隕石検知に関する技術
16.宇宙航行体の観測・追跡技術
17.量子ドット・超格子構造を有する半導体受光装置等に関する技術
18.耐タンパ性ハウジングにより計算機の部品等を保護する技術
19.通信妨害等に関する技術
国民生活や経済活動に甚大な被害を生じさせる手段となり得る技術 20.ウラン・プルトニウムの同位体分離技術
21.使用済み核燃料の分解・再処理等に関する技術
22.重水に関する技術
23.核爆発装置に関する技術
24.ガス弾用組成物に関する技術
25.ガス、粉末等を散布する弾薬等に関する技術

出典:経済安全保障法制に関する有識者会議資料を基にKPMG作成

(3)保全指定の対象

保全指定の対象となるのは、「国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」かつ、「産業の発達に及ぼす影響その他の事情を考慮し、当該発明に係る情報の保全をすることが適当」な場合とされています。

【図表2:特許出願以降の保全指定までの手続き】

特許出願非公開制度を機に考えるべき、技術管理_図表1

出典:経済安全保障法制に関する有識者会議資料を基にKPMG作成

3.実務への影響

(1)実務への影響

a.特定技術分野
特定技術分野への該当性は、特許出願時に付与される特許分類に基づいて判断されます。特定技術分野に該当すると、第一国出願義務の対象となり、PCT(Patent Cooperation Treaty:特許協力条約)出願を含む外国出願が禁止されるなどの実務影響が生じます。そのため、意図せずに特定技術分野に該当することがないよう、社内の出願審査時に、特定技術分野への該当可能性の評価をしておく必要があります。特許庁に事前の確認を求める制度も設置予定であるため、こうした制度の活用のためにも、出願前に、特定技術分野の該当性をチェックするための社内体制・機能を整備しておくことが重要です。

b.保全指定
保全指定がなされると当該月名が非公開となるだけでなく、特許実施の制限や発明内容の開示制限などの権利の制約が行われます。特許群を形成することで製品・サービスを保全する知財戦略が実務上一般的であることを考えると、保全指定の影響は当該特許を含むポートフォリオ全体に及ぶことが想定されます。保全指定を受けた際の影響範囲を不用意に広げないためにも、意図しない保全指定がなされないよう十分に留意が必要です。

【図表3:保全指定の効果】

保全指定効果 概要
1.実施の制限 対象発明の実施を行うにあたっては、内閣総理大臣の許可を要する
2.開示禁止 保全対象発明の内容の他者への開示の禁止
3.適正管理措置 営業秘密等として管理することが求められる(情報管理)
4.発明共有事業者の変更制限 新たな製造委託や弁理士の選任などを通じた発明内容の共有先の追加にあたって内閣総理大臣の承認が必要
6.外国出願の禁止 PCTを含む外国出願が制限される
7.補償 当該特許の実施に向けて行われた開発・設備投資費用の一部や、通常得られるはずであったのに得られなかった利益等が補償対象として想定される

出典:経済安全保障法制に関する有識者会議資料を基にKPMG作成

(2)実務における対応

まずは自社の研究・開発テーマが特定技術分野に該当しているかを評価・確認することが必要です。過去の自社特許出願を棚卸し、どの研究・開発テーマで該当の特許分類が付与されているかを確認することも有効です。複数の研究・開発拠点を有する企業の場合には、拠点ごとのアセスメントを行う方法も考えられます。

自社の研究・開発テーマが特定技術分野に該当する可能性がある場合には、発明提案から出願決裁までの評価プロセスを見直し、特定技術分野該当可能性および該当時の社内事業への影響を評価する社内評価体制および出願ルールを整備する必要があります。さらに、保全指定の可能性を踏まえたライセンス契約条項等の見直しや、機微情報を含む営業秘密管理の徹底、社内啓蒙のための教育研修等を推進することも考えられます。

こうした取組みは、事業戦略や技術戦略などを踏まえて、効率的・効果的な体制によって進められることが望ましく、知財部門だけでなく、営業秘密を所管する情報管理部門や、法務部門、技術管理部門、経営企画部門など社内各部と連携して行うことが肝要となります。

【図表4:実務上の対応策】

1.特定技術分野の該当性判断 自社の研究・開発テーマが特定技術分野に該当するかのアセスメントを実施(影響なしの場合には終了)
2.社内審査体制の整備 特定技術分野に該当する可能性および該当した場合の影響を評価し、対策を講じる部署横断体制の構築(事業影響、技術観点、知財観点、法務観点)
3.規程・ルールの見直し 機微情報・技術情報のコンタミネーションを防止する技術情報管理規程等の見直し
4.営業秘密等の管理体制強化 保全指定に備えた営業秘密等の管理体制見直し(委託先管理含む)
5.教育・研修 R&D部門などを念頭においた教育・研修

4.今後の見通し

すでに導入されている諸外国の事例などを踏まえると、特許出願非公開制度は、限定的な範囲から開始されると見込まれます。他方、地政学リスクの高まりを受け、軍事技術だけでなく転用可能な民生技術(デュアルユース関連技術)への注目は国際的にも高まり続けており、今後、適用範囲が拡大することも想定しておく必要があります。

また、特許非公開制度の導入を機に、自社の技術・知財を統括的に把握し、適切にマネジメントできる体制を構築することは、知財・無形資産の源泉である技術管理の徹底の観点からも重要です。自社がどういった領域で出願を行っているか(あるいは、行えていないか)をアセスメントし可視化することで、技術を含む知的財産・無形資産の活用による企業価値の向上の第一歩を進めることも考えられます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー/弁護士 新堀 光城
シニアコンサルタント 中川 祐

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