猛暑に見舞われた2023年の夏。気候変動に伴うリスクは人命を脅かすばかりか、社会経済活動の停滞につながると危惧されています。世界は脱炭素を推進しているものの、平均気温が上昇するシナリオに変わりはなく、気候変動リスクが高まることは確実視されています。
気候変動リスクに対応するため、企業にはどのような対策が求められるのでしょうか。キーワードとなるのは「適応」と「緩和」です。
KPMGコンサルティングでは2020年より、一般財団法人日本気象協会とともに、気候変動によるリスクの軽減に向けた総合コンサルティングサービスを展開しています。それぞれの知見を活かしたアライアンスの意義や提供したい価値について、一般財団法人日本気象協会(以下、JWA)の本間 基寛氏とKPMGコンサルティング株式会社(以下、KPMG)の関 憲太が議論しました。
「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」
関:2023年の日本の夏は記録的な猛暑で、気象庁による1898年の統計開始以降で平均気温が最も高くなりました。台風に伴う豪雨災害も相次ぎ、「気候変動」をますます肌身に感じた方も多かったのではないでしょうか。
本間氏:こうした夏の暑さは日本に限りません。7月には世界の平均気温が観測史上最高の見通しになると報じられ、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」というコメントを発しました*1。暑さのみならず、水害も深刻です。日本では、6月の梅雨初頭から台風が日本列島を通過し、大雨の影響で東海道新幹線が運休に追い込まれる事態になりました。梅雨末期ならまだしも初頭での異常な出来事に、防災マネジメントを担当する立場として戦々恐々としたことを覚えています。
関:特定の地域に被害が集中した印象です。
本間氏:そうですね。地域によって危険な雨量というものは異なります。台風や線状降水帯は各地で大きな被害をもたらしましたが、一方で渇水に悩む地域もありました。南風によるフェーン現象も相まって北陸では農業被害も生じました。気候変動による温暖化は降雪不足をもたらし、将来的には日本でも渇水のリスクが高まっていくと懸念しています。限定された範囲での極端な気象現象が増え、その分、災害が激甚化する恐れもあります。
*1「地球沸騰化の時代」の気候アクション(国連広報センター ブログ)
労働生産性の低下といった間接的な損失も
関:温暖化の進行については、さまざまな識者が意見を述べていますが、科学的見地から気候変化を評価するIPCC(気候変動に関する政府間パネル)では、2021年の第6次報告書で、人間活動による温室効果ガスの排出が地球温暖化を引き起こしてきたことは疑う余地がないものと発表しています*2。
本間氏:CO2排出量の削減度合いによってシナリオは異なりますが、工業化以前から2℃ないしは4℃上昇するといった見方が学術的には世界のコンセンサスで、1.5℃以内に抑えることを目指すパリ協定の目標達成は現実的ではない見通しです。つまり、現状の温暖化対策では気温の上昇が今後も進むことを示唆しています。
関:気候変動による影響は人命や健康面、家屋建物といった物理的な側面のみならず、経済面にも及びます。国連防災機関のレポートによると、2000年~2019年における大規模自然災害による経済損失額は約2兆9700億米ドルに上り、それ以前の20年間(1980~1999)と比べて約1.8倍増加しました。その差の多くは気候変動によるものと考えられています*3。建物等の毀損や農作物被害といった直接的な影響以外にも、熱ストレスによる建設業等の屋外労働における生産性の低下といった間接的な損失も顕著になってきています。サプライチェーンの一部でも事業が遮断されてしまえば、企業の経済活動そのものに影響が生じる事態に発展しかねません。
特に、私の担当している金融領域では、投融資先や保険引受先のリスクが、そのまま金融機関にとってのリスクになります。リスクが社会全体、地球全体で相互に連関している、という点にも目を向けながら、対応を高度化していく必要があります。
本間氏:気候変動リスクを抑えるには、どうすればよいのか。その対策は大きく「緩和」と「適応」の2つに分けられます。緩和策とは、温室効果ガス排出量の削減に代表されるように気候変動を少しでも抑えようという取組みです。こちらはカーボンニュートラルに向けた投資などが活発に進んでします。ただ、先ほどのIPCCの報告書でも記しているように、たとえ現状の緩和策を続けていても平均気温は2℃以上上昇する見込みです。気候変動リスクに事前に備えることもまた大切で、変化に適応していこうといった考え方が適応策です。特に日本では適応策にまで踏む込んだ検討が遅れているといった課題を感じています。
*2「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)サイクル 」(環境省)
※AR6 第1作業部会の報告 『気候変動 - 自然科学的根拠』部分
*3「The human cost of disasters: an overview of the last 20 years (2000-2019) 」(UNDRR)
リスクの可視化や定量化が検討の第一歩として必要
関:世界経済フォーラムが毎年刊行する「グローバルリスク報告書」では、産業界のリーダーや政策立案者などが見解を交え主要なリスクを分析しています。2023年版の長期的リスクの1位は「気候変動緩和策の失敗」、2位は「気候変動への適応(あるいは対応)に失敗」、3位は「自然災害と極端な異常気象」、4位は「生物多様性の喪失や生態系の崩壊」と気候変動に関する内容が上位を占めています*4。
一方で、2022年11月に欧州中央銀行が186の銀行を対象に環境への取組みへのレビューをまとめたレポートによれば、96%の銀行が「リスクの見落としがある」と認識しています*5。ほぼすべての銀行がリスクを認識していなかったり過小評価したりしていることになります。
企業経営の立場で気候変動対策について考える際、ファーストステップとして必要なのがリスクの可視化や定量化です。今後気候変動についての緩和・適応の取組みを推進していくためには、公開されているデータだけではリスクを正しく捉え、施策を実務レベルに落とし込んでいくのは難しいと思います。その点、日本気象協会が持つ技術やノウハウにはとても可能性を感じています。
本間氏:企業経営の立場で気候変動の適応策について考える際、リスクの可視化や定量化が検討の第一歩として必要で、それがなければ投資への判断につなげるのは難しいのかもしれません。日本気象協会は70年間培われた気象ビッグデータとその解析技術を持ち、高精度な気象予測を実施してきました。
私が所属する社会・防災事業部では、こうした気象予測をもとに、商品の需要予測や防災マネジメントなどのコンサルティングを企業向けに展開しています。気象や気候の予測は、観測技術の向上やスーパーコンピューターの導入などでかなり正確に割り出せる次元にまで進化しています。
ただ、個別の企業にとってはそれがビジネス上、どの程度のリスクになるのかを金額換算して示す必要があり、幅広い領域でコンサルティングをされているKPMGコンサルティングの知見を活かすことで、提供できるのではという思いがアライアンスの前提にあります。
関:KPMGでは気候変動リスクへの対応を日本だけでなくグローバル全体で支援しており、ヨーロッパでは先ほど述べた欧州中央銀行の要件への対応支援の実績もあります。日本の金融機関においてもリスクを正しく捉えることができるようになれば、大きなビジネス戦略を考えるうえでも効果的です。それはリスクマネジメントの観点だけでなく、新たなビジネス機会の創出という意味でも有効です。そのためには、業界の特徴や個社の特徴を捉えたテーラーメイドの分析が必要で、日本気象協会とのアライアンスによってこれが可能となったことは大きな強みだと感じています。
*4「グローバルリスク報告書2023年版 」(世界経済フォーラム)
*5「ECB sets deadlines for banks to deal with climate risks 」(European Central Bank)
気候変動に適応した新しい社会と企業の未来像
本間氏:たとえば、私たちが行ったT&D保険グループのリスク分析支援は象徴的な事案です。これは日本気象協会が開発した「高解像度地域気候シナリオデータセット」をもとに、日本の平均気温が2℃上昇、4℃上昇した際に2100年までの熱中症搬送者数や死亡者数、水害による災害犠牲者を推計したものです。
【4℃上昇シナリオでの熱中症患者数の推移イメージ】
本間氏:たとえば、4℃上昇シナリオでの熱中症搬送者数では、現在年間50,000人ほどの搬送者が2100年頃には150,000人から200,000人程度まで増大する可能性が示唆され、死亡者数も現在で年間1,000人ほどが2100年には3,000人や4,000人にまで増え、甚大な被害が生じる可能性が明らかになりました。水害発生時に人流や物流がストップしてしまうように、将来的には暑さで経済活動が抑制されるようになるのではないでしょうか。気候変動に適応した、新しい社会や企業の未来像を提示していくということも必要なのかもしれません。
関:将来的には、気象予測データを企業の日々のオペレーションに活用し、社会インフラとして展開することをイメージしています。今日、1週間後、1ヵ月後、3ヵ月後の気象リスクを個人や企業がタイムリーに把握できるようになれば、適切な対策につながります。特に金融機関は資金提供を軸とした社会のインフラの1つであり、自社のカーボンニュートラルといった緩和策のみならず、投融資先のリスクを鑑みた適応策を率先して導入することが求められています。もちろん、金融機関の適応策はグリーンファイナンスによるESG投資の拡大や顧客向けの新たな商品サービスなど、ビジネス機会を生み出すチャンスにもなり得ますし、大規模災害時におけるBCP(事業継続計画)の実効性の強化といった守りの観点でも評価できるはずです。
データの利活用のハードルを下げ、社会に貢献
本間氏:気象における将来予測の特徴は、物理モデルで計算し、シミュレーションを行うことです。これが単純に過去データに基づくAIであれば、今まで起きたことのない現象を確率として導くのは難しいでしょう。“これまでに類のない”気象は今後も発生する見込みです。適応策に取り組もうとする企業は増えていますが、オープンデータだけではまだ不十分な中で、リスクを正確に捉えるにはデータ分析やコンサルティングが重要になってきます。ただ、時間も費用もかかるので、多くの企業は気候変動対策が重要だと分かっていても踏み出せないという現実もあると思います。
気候変動リスク対策についてもっといろいろな方が考えられるようにしていくこと、気候変動に関するデータの利活用のハードルを下げ、個別のリスク分析やコンサルティングの機会を増やしていくことが社会への貢献につながると考えています。
関:企業の気候変動リスクやサステナビリティへの対応は、投資家向けの情報開示の一環として取り組まれているケースが少なくありません。ただ、欧米の先進的な企業では、経営の意思決定に気候変動対策やサステナビリティの視点を当然のこととして織り込んでいるところまで進んできていますし、今後は、日本でも気候変動リスクへの対処がステークホルダーからの評価に直結するようになると考えています。
日本気象協会との取組みを通じて気候変動やサステナビリティの取組みをより浸透させることで、各企業の変革と、その先にある社会や地球への貢献を加速していきたいと考えています。
※本対談は2023年8月に実施しました。