日本企業は「ビジネスと人権」にどう対応すべきか 世界のサプライチェーン上における人権尊重の取組み

今回は、ビジネスと人権の専門家である西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士・ヤンゴン事務所代表の湯川雄介様にお話を伺いします。

今回は、ビジネスと人権の専門家である西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士・ヤンゴン事務所代表の湯川雄介様にお話を伺いします。

現在、欧米を中心とする人権とサプライチェーンにおける法制化が進む中、日本においても政府からガイドライン等の指針が出され、企業において人権への対応を進めていこうという機運が高まっています。ステークホルダーエンゲージメントや人的資本経営が注目されるなか、企業法務を中心にグローバル展開する西村あさひ法律事務所・外国法共同事業は、典型的な人権問題への法的対応だけでなく、ビジネスと人権に関するアドバイザリーも提供しています。ビジネスと人権をどう考えていけばいいのか。人権リスクを経営としてどう判断し、対応するのか。

今回は、ビジネスと人権の専門家である西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士・ヤンゴン事務所代表の湯川 雄介 氏にお話を伺いします。

対談

湯川 雄介 氏
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 パートナー弁護士 ヤンゴン事務所代表

1998年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2007年スタンフォード大学ロースクール卒業(LL.M.)。「ビジネスと人権」の分野において、企業の人権デューディリジェンスをはじめとした各種人権課題対応を支援する傍ら、慶應義塾大学ロースクールで同分野に関する初の講座を開講。ミャンマーのヤンゴン事務所の代表として幾多のミャンマー法務支援の経験を有する。

日本企業の人権リスクへの取組みは始まったばかり

猿田 

日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月)、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(2023年4月)を公表し、日本企業における人権の取組みを促進すべく働きかけています。企業が人権方針を作成したという事例をよく聞くようになり、日本企業の人権尊重の取組みにはかなりの変化が出てきました。

しかし、先進的な企業を除いて、多くの上場企業が人権デュー・ディリジェンス(以下、「人権DD」という)の目的を理解し、十分取り組めているかといえば、そこまでではないように感じています。湯川先生は、ここ数年の日本企業の人権尊重の取組みをどう思いますか。

湯川 

私がこの分野に取り組みはじめた2017年前後頃は皆さん「ビジネスと人権って何ですか?」という感じでした。セミナーでも、SDGsの関連でお話することが多かったです。しかし、2020年に「ビジネスと人権」に関する国別行動計画(NAP)が策定され、2021年前半あたりからミャンマー、香港など国際的な人道・人権問題がメディアに取り上げられるようになり、そのあたりからだいぶ意識が変わってきたように思います。

土屋大輔

土屋 大輔
あずさ監査法人 マネージング・ディレクター 

ROIC 経営や財務戦略を中心に幅広いテーマで企業のサステナビリティ・トランスフォーメーションについて支援を行う。ビジネスと人権については経営管理やリスクマネジメント、ESG DDの観点で取り組んでいる。

土屋 

そうですね。ただ、現場と経営者とでは人権対応の意味合いが違っているような感じもあります。経営トップの方々の人権対応とはハラスメント防止対策であり、ビジネスと人権の文脈ではありません。経営トップがビジネスと人権という言葉の内包する深さ、広さを本当の意味で理解するのはまだこれからだと感じています。

湯川 

私もそう思います。経営トップも、「どうやら重要な課題らしい」ということには気づいています。ですから専門家を招いて話を聞いたりするのですが、1時間程度の講話で本質を理解するというのは無理があります。また、そもそも日本の経済社会では「人権」という言葉そのものがネガティブに捉えられがちだということもあり、まだまだこれからだと思います。

土屋 

こうした流れのなかで、見切り発車で「とりあえず着手しよう」と考える企業が増えています。しかし、なかにはその取組みを継続的に推進していくためのルールを決めていない企業もあります。人権尊重の取組みは継続的なものなので、人権方針を作って終わりでも、人権DDを一度実施して終わりでもありません。企業のなかで取組みのサイクルをどう回してグループとして統制を取っていくかが重要です。ただ、現実的に、子会社にまで統制を効かせるのは難しい。特に人権課題は海外では地域差が大きく、どう現地に根ざしたプロセスに落とし込むかに悩まれている企業は多いようです。

湯川 

私はミャンマーの業務に長く携わっており、現地日本企業の様子を伺う機会も多いのですが、現地サイドではそもそも何をやればいいのかわからなかったり、「人権って何だ?」「当社とは関係ない」というような反応がまだまだ強い気がします。また、現場には現場の力学が働いており、人権を含めて本社の管理があまり行き届いていない場合もあるように感じています。現地子会社のトップと本社が人権の話をすることもあまりない。本来ならば現場の人権課題は現地が一番わかっているはずで、現地でできることはいくらでもあるので、上手に連携して頂ければと思います。

猿田 

現地子会社は、現地特有の労働問題や労働慣行の問題にもしっかりと取り組んでおり、問題が表面化しにくい、ということもあるかもしれません。

湯川 

「ビジネスと人権」の観点からは現地労働法のコンプライアンス調査のみならず現地労働法と国際スタンダードのギャップ分析もされてしかるべきですが、このような取組みをどう進めるかといった議論はほとんど聞きません。労働法コンプライアンスだけでなく、人権の観点からの検証も必要でしょう。

猿田 晃也

猿田 晃也
KPMGあずさサステナビリティ マネージング・ディレクター

人権DD・責任ある調達支援をはじめ、サステナビリティ経営推進、非財務情報開示、マテリアリティ特定、ESG 格付評価向上、TCFD/TNFD 開示支援、レポーティング作成支援など、幅広く企業のサステナビリティ活動を支援している。

企業はどこまで人権課題に 取り組むべきか

土屋 

人権尊重の対応は人権方針や責任ある調達方針など、対外的に方針として公表するケースが一般的です。一方で、方針だけでは企業としての法的担保は不十分です。それでは、何をどこまで法律でカバーしなければならないのか。法的な観点から、企業は人権課題にどう取り組むべきだとお考えでしょうか。

湯川 

たとえば、契約書に人権条項を入れるような形で取引相手に対して影響力を高めるような法的アレンジメントをすることはできますし、やったほうがいいと思います。ただ、これはともすると「契約条項を入れたからいいだろう」というようなマインドセットに傾いてしまいかねない危うさをはらんでいます。

私も実際にドラフトしたことがあるのですが、人権の観点からやるべきこと、つまり「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「指導原則」という)の趣旨に沿うようにしようとすればするほど、条項の中身は厳しくなりがちです。その1つの例として、アメリカ法曹協会(ABA)が公表しているモデル条項がありますが、正直、そのレベルの条項を実装するのはビジネスの観点から相当ハードルが高いと思います。逆に、どの取引先にも使われるようなテンプレート的な基本契約に人権条項を入れようとすると、厳しさが出しにくくなり、「入れた意味があるのか?」というような条項になってしまいます。

土屋 

調達方針における人権項目も努力義務的な感じで書いてあるケースが多いように思います。おそらく、企業としてはいざという時に反証材料に使えるということで入れているのでしょうが、その考えには疑問があります。

湯川 

そうですね。まさにそのような議論の方向が、指導原則の精神からは違和感があります。企業目線で見た場合、人権リスクに起因する課題への対応が企業にとってのリスクを下げるという思考になっているからでしょう。「どこまでやったら十分か」という思考になっていて、それに寄れば寄るほど、どんどん指導原則の精神とは真逆にいくことになります。難しいですね。

土屋 

人権はあくまで人に帰属するものだと考えています。とはいえ、企業はマネージしなければなりませんから、1つのリスクとして捉えなければならない。そして経営資源は有限ですから、どこまで人権対応に投資できるか、どうしても自分たちの守備範囲を決めざるを得ないところがあります。しかし、それを定めようとするほど、指導原則の精神に反してくるということになるのでしょう。一方で、人権に配慮してそこにどんどんコストをかければいいかというと、それではビジネスの競争に負けてしまう可能性がある。有限な経営リソースのなかで、どこまで何をやればいいのかというのは非常に重要な経営課題です。

湯川 

そういう企業のリアルなリソースはこの分野の課題の1つです。私も実際にミャンマーで経験しましたが、現場の実態への理解が示されず、具体的に何をやるべきかが曖昧ななかで、「とにかく人権DDをやれ」と抽象的に言われても、企業側には説得力がないですよね。「ビジネスの現場の悩みをわかっているのか」と。ただ、指導原則自体も、リアリティがないことをやれと言っているわけではありません。できるところからできるだけやっていけばいいのだと思います。

アンケート方式のアセスメントで十分なのか?

土屋 

人権 DDの最初のステップはアセスメントです。多くの場合、自己評価シート(SAQ)を活用したアンケート方式が採用されています。しかし、最近ではこうしたアンケート方式で十分なのかが疑問視されてきています。繰り返すうちに慣れから優等生回答が増えてしまい、適切にリスクを抽出することができなくなって、アセスメントとしての十分性が確保できない、という認識です。現在のアンケートを中心としたアセスメント方法について、どう思われますか。

湯川 

アンケートはアセスメントとしては比較的やりやすい方法ですので、まずアンケート方式でアセスメントを行うことはありだと思っています。各種団体によるフォーマットを自社向けにカスタマイズされている企業も多いと思います。

ただ、アンケートの利用の際に、サプライチェーン管理というマインドセットに偏りすぎると、ヒューマンライツの観点が見失われてしまい、指導原則のなかでの位置付けやその趣旨を忘れて、SAQをやること自体が目的化してしまっていることがあります。先ほど申し上げた「どこまでやれば十分か」的発想に陥りやすい点は注意が必要でしょう。現地監査も必要だと認識されている企業もありますが、リソースが少ないために実施できていない企業もまだまだ多いようです。

猿田 

おそらく、人権DDの取組みの入口としてSAQを始めたために、継続してやることが目的となっているのかもしれません。我々がご支援するお客様には、単にアンケートをするだけではなく、サプライヤーへ直接訪問し、ヒアリングをすることを重視している企業もあります。サプライヤーの状況を把握し、取組みを一緒に促進するという観点から、実際に現地に行ってコミュニケーションを取ることが広がっていくのではないかと思います。

湯川 

そうですね。私も、ある企業の担当者の方が、NGOの紹介を受けて現地に飛び、工場の近くで困っている人に直接話を聞いた、という話を聞いたことがあります。普通はNGOと話すのにも抵抗があると思うのですが、そういうことをする企業も出てきたのだと、印象深いお話でした。

猿田 

サプライヤーに対する人権に特化したSAQのあり方というのは、もしかしたら今後論点になってくるかと思います。

ただ、実際に調査する側の部署の権限や役割によってもあり方は変わってきそうです。所管するのが人事なのか、調達なのか、それともサステナビリティの部署か、会社によってかなり違いますよね。対サプライヤーであれば、調達部門が行うケースが多くなると思いますが、いずれにしても、会社全体の取組みに人権で横串を指さないといけない。しかし実際に取り組む人は別々ですから、意識に差が出るのは仕方ないのかもしれません。

湯川 

そういう意味では、法務・コンプライアンス部門と、いわゆるサステナビリティ部門との連携も非常に重要になってくると思います。

土屋 

ところで、国内の従業員向けのDDとなると外国人労働者にフォーカスされがちで、日本人従業員に対してアセスメントを実施していないこともあります。よくあるケースとしては、人権に関するSAQではなく、従業員満足度調査などを実施することが多いかと思います。

湯川 

アセスメントをする時のスターティングポイントというのは、「あなたにはこういう権利があります」を理解してもらうことです。それがわからないのに、「あなたは人権を侵害されていると思いますか」と聞かれても、わからなくて当然でしょう。

多くの従業員の方々は自分がどういうライツホルダーなのかについての自覚をそもそも持てていない状況にあるような気がします。いろいろなセミナーでも、「ビジネスと人権とはこういう内容ですよ」、「指導原則はこういうことですよ」という切り口で語られることは多いですが、「あなたにはこういう権利がありますよ」というアプローチは珍しいような印象です。

土屋 

たしかに、従業員をステークホルダーという言い方をしても、ライツホルダーという切り口で語る企業は少ないです。まさにそこは「従業員=ライツホルダー」という視点を持ってもらうことが重要だと思います。

海外の法制化の流れにどのように対応していくか

土屋 

企業持続可能性デューディリジェンス指令(案)(CSDDD)や現代奴隷法など、人権について海外、特に欧州で法制化が進んでいます。そうした流れに、日本企業はどう対応していけばいいのでしょうか。

湯川 

CSDDDやドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法、現代奴隷法など、種類はたくさんありますが、やることは結局、すべて同じです。根本的には法律に固有の人権に対する特別な要求事項があるわけではなく、「指導原則やOECDのフレームワークで人権DDを実施しなさい」ということと理解していますが、ここを勘違いされている企業も多いようです。

対談

写真左から西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 湯川 雄介 氏、KPMGあずさサステナビリティ 猿田 晃也、あずさ監査法人 土屋 大輔

土屋 

日本はまだ法制化に至らず、ガイドラインのままでは指導原則の精神を汲み取らない企業も出てきますし、規模の小さい企業になればなるほどそういう傾向が強まりそうです。しかし、欧州でそういう法制ができたら、現地で人権DD体制を構築しなければなりません。その人権DD体制を日本に持ち込むこともあり得そうです。

湯川 

そうですね。やらないとコンプライアンスの問題になってくるので、後押しするという側面はあるでしょう。また、ハードロー化されることによって企業内の人権対応の予算が法務部でつけられることにも実務上はインパクトがあると思います。

同時に、不安を感じることもあります。それは、人権課題が法務・コンプライアンス領域と捉えられた時、指導原則の条文だけを読んで法律やマニュアルのように捉えてしまうことです。そのような読み方は指導原則の考え方とは必ずしも同じではないので、どうしても読み違えをしてしまう。これは非常に危険です。

土屋 

危険な事例とはどのようなものだったのでしょうか。

湯川 

たとえば、指導原則では「公表」が求められていますが、それを「統合報告書やサステナビリティレポートでどうやって記載するか」と矮小化されて理解されることがあります。指導原則で求めているのは、ライツホルダーへの対応についてライツホルダー、あるいは関連ステークホルダーとの関係できちんと周知することであり、必ずしも「ウェブサイトに載せなさい」などといった形式的な話でとどまるものではありません。形式的な対応を重視するとこのような話が増えそうで、そこは気をつけなければいけないと思います。

土屋 

そうなると、サステナビリティ推進部門と法務・コンプライアンス部門との連携がより重要になってくるかと思います。実務としてどう回したらいいかは、検討しなければなりませんね。

湯川 

そうですね。さきほどの契約書における人権条項の話などは、外部に対する影響力強化や社内での定着のために重要ですが、法務面からの専門性も求められるため、サステナビリティ推進部門だけでできる話ではありません。それに関して非常に強い意識を持っていた企業のご依頼で、サステナビリティ推進部門主導で法務部との連携をお手伝いさせていただいたことがあります。双方に理解のある弁護士のような外部の人間が入ることで、そうした取組みを後押しすることもできます。

M&Aにおける人権 DDの進め方

土屋 

KPMGでは、ESGデュー・ディリジェンス(以下、「ESG DD」という)のサービスを展開しています。今は企業というよりはプライベートエクイティがまだ多いです。彼らは国連のPRI(責任投資原則)に署名しており、M&Aをする時にESG DDを行わなくてはならないからです。そのESG DDの主要テーマとして取り上げられるのは、気候変動と人権です。

人権に関して我々が評価を行っているのは、買収相手先に人権方針があること、人権方針を履行するガバナンス体制があること、そのガバナンス体制をもとに実際にどのような施策があって、どういった指標でそのサイクルを評価しているのかの4点です。これが全部揃っていれば、ハイレベルな人権リスクをマネージする体制ができていると判断します。一方で、M&AではDDの期間が短いという問題もあり、現地への訪問はケースバイケースです。湯川先生は、M&Aにおける人権DDをどのように行っていらっしゃるのでしょうか。

湯川 

私が手掛けたケースでファンドが日本企業を買収した事案のスターティングポイントで議論になったのは、何のDDなのかのスコープセッティングの明確化でした。法務なのか、人権なのか、それともESGなのか。

人権DDの場合、潜在的な負の影響と顕在的な負の影響を特定し、評価します。基本的には、その会社の従業員や関係先、あるいは特定の人権課題にフォーカスし、ライツホルダーへの負の影響の特定と、その評価を指導原則をはじめとする国際的な人権スタンダードに即して行いました。

土屋 

DDはだいたい1~2ヵ月といった短期間で行われ、その間に相手先にとっての顕著な人権課題を特定する作業とライツホルダーへのアクセスを同時に行う必要があります。ライツホルダーへのアクセスなどは売り手側の協力なしにはできませんので、そこをどう乗り越えるかは課題ですね。

湯川 

M&Aの特有の問題もあり、ライツホルダーとのコンタクトというのは本当に難しいと感じています。指導原則に則れば、本当ならばライツホルダーに直接聞くべきです。それが難しいのならば人事担当などライツホルダーになるべく近い人に話を聞き、苦情処理メカニズムのようなものが存在するのならばそこにどういう苦情が集まっているのかを調査するなどをします。先ほどのケースでも、なるべくライツホルダーに近いところで実施するよう努力しました。

土屋 

我々もインタビューをします。ですが、短い期間で人権リスクを探るのはやはりチャレンジです。

湯川 

そこは、難しい取組みであることを所与の前提としてやるしかないでしょう。大事なのは、単発で終わったと考えるのではなく、「あるべき人権DD」の話からすると限定的なものであるという自覚を持った上で、その後の継続的な取組みにつなげていくことだと思います。買収の場合にはそれこそPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)がありますから、そういう意味では継続的な人権DDの入り口としてやる、という整理もしながらやるのもありかと思います。

機関投資家における人権課題の位置づけは?

土屋 

最近では、資本市場で人権課題を契機に上場企業がダイベストメントされるというケースが出始めています。湯川先生から見て、今の資本市場に何が起こっていると思いますか。

湯川 

欧州の機関投資家やそこに対して投資方針の助言をするコミッティなどは、かなりソーシャル色が強くなってきています。日本側が些細な問題と思っていても、彼らにとっては重大に受け取られている問題なわけですから、ポリシー的に投資できないということで引き上げることもあり得ます。米国の投資家は違うかもしれませんが、欧州の投資家は特にソーシャル領域への感度が高いため、彼らがどういう行動を取っているのかは注視しておかないと危ないと感じています。

土屋 

そうですね。一方、日本の機関投資家は人権をどう投資判断に入れて評価すべきかがまだ定まらないようです。これが気候変動ならば定量化しやすいのですが、こと人権に関しては、仮に人権侵害になった時にそれがどういう形でビジネスに影響を及ぼすのかがなかなか判断できない。かといって、「十分な対応を取れていますか」を確認するだけでは十分性がわからない、と。

湯川 

そもそも、人権は定量的に測定することが極めて困難な領域です。先ほどの欧州のケースでもダイベスト基準のようなものは設定してありますが、抽象度が高く、「人権侵害の積極的な加担」といったようにふわっとした表現になっている場合もありますが、これはある程度仕方ないと思いますね。

土屋 

もう1つ、ESG格付け機関にも問題意識を持っています。彼らは、人権に関していろいろと設問を設けていますが、結局はチェックボックス式ですから、できている、できていないという議論に終始してしまいます。果たしてこの方法で本当に指導原則の精神が企業に根付くか、甚だ疑問に思います。

湯川 

企業の人権への取組み評価のインデックスなどもチェックボックス式な側面がありますよね。レーティングやインデックス自体は企業の取組みを外部者がどう見てるかという観点から大事なことですから、それはそれで対応する意義があると思います。ですが、それは外部評価のメソドロジーの話であり、ビジネスと人権対応の本質論とは違うのではないかと思っています。それをやっているからと言って人権DDをやっていると思うのは危険な誤解なのではないでしょうか。

土屋 

本当にそうですね。今後、日本企業がどのように人権リスクを可視化して、経営として判断するか。これはかなりのチャレンジになりそうです。ありがとうございました。