2022年4月に東京証券取引所(以下、東証)の市場区分が再編され、約1年半が経過しました。また、2023年4月に公表された「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」(「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」意⾒書(6))(以下、アクション・プログラム)でもコーポレートガバナンス改革の実質化が示されているとおり、日本のコーポレートガバナンス改革は形式の整備から実質を求める段階への歩みを加速しています。
本稿では、東証上場会社の最新(2023年6月末時点)の「コーポレート・ガバナンスに関する報告書(以下、CG報告書)」を分析し、過去との比較※を行うことで、コーポレートガバナンス改革の実質化に向けた動向について考察します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることを、あらかじめお断りします。
※東京証券取引所「コーポレート・ガバナンス情報サービス」から取得した過去のCG報告書データのうち、比較可能な最も古い2019年のデータを使用。
「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」の分析結果に基づく動向のポイント
2023年6月末時点の東証上場会社の「CG報告書」を分析した結果、以下の3点の傾向が見られました。
Point1:独立社外取締役は「何名いるか」から「何をしているか」のフェーズへ Point2:外部評価・外部機関の支援を活用した、取締役会実効性評価のマンネリ化からの脱却 Point3:取締役会を起点とした、企業価値向上を実現するサステナビリティ課題への挑戦が顕著に |
1.独立社外取締役は「何名いるか」から「何をしているか」のフェーズへ
(1)独立社外取締役の活用の進展
独立社外取締役の選任人数が、ここ数年で著しく増加しています。取締役会の3分の1以上を占める割合(過半数を含む)は、2019年には市場第一部の約41%でしたが、2023年にはプライム市場の約95%に上昇しました。また、スタンダード市場およびグロース市場でも2023年の取締役会の3分の1以上を占める割合(過半数を含む)が約半数となっています。2021年の「コーポレートガバナンス・コード」(以下、CGコード)改訂で、プライム市場上場会社は独立社外取締役を3分の1以上選任することが要求され、市場区分などにかかわらず、経営環境や事業特性等を勘案して必要と考える場合には、独立社外取締役の過半数の選任の検討が求められていることが、大きな要因として考えられます。
独立社外取締役の活用は人数の点では大きく進展しており、今後は後述の「関連動向」のとおり、独立社外取締役の質をより一層高めることで、さらなる機能発揮を促す取組みが進展していくものと考えられます。
【図表1:独立社外取締役の比率】
(2)取締役会議長を務める社外取締役の増加
取締役会の議長の属性の変化は顕著ではなく、全体的に社長が多い傾向にありますが、社外取締役の割合が上昇しています。2019年には市場第一部の1.5%でしたが、2023年にはプライム市場の4.3%でした。2021年6月に改訂された「投資家と企業の対話ガイドライン」において、取締役会による監督の実効性の確保にあたり、必要に応じて独立社外取締役を取締役会議長に選任すると言及されたことが、変化を後押ししていると推察されます。
【図表2:取締役会の議長の属性】
(3)関連動向
- 2023年1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」の公布・施行に基づいて改正された「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、開示府令)により、上場会社は、有価証券報告書に取締役会や指名委員会・報酬委員会等の活動状況を記載することが求められています。
- 2023年4月に公表された「コーポレートガバナンス改⾰の実質化に向けたアクション・プログラム(「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」意⾒書(6))」では、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上に向けた課題の1つとして、取締役会や指名委員会・報酬委員会の実効性向上、独立社外取締役の質の向上といった独立社外取締役の機能発揮が挙げられています。
- これに対して、2023年6月に「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」および「社外取締役向けケーススタディ集」が公表されました。社外取締役向けの研修やトレーニングの活用の後押しを図ることで、社外取締役の質をより一層高め、社外取締役がその責務や役割を果たすことが期待されています。
- また、2023年秋には、有価証券報告書における取締役会や指名委員会・報酬委員会等の活動状況に関する情報開示の拡充を踏まえた、実態調査・事例の取りまとめが公表される予定です。
2.外部評価・外部機関の支援を活用した、取締役会実効性評価のマンネリ化からの脱却
取締役会実効性評価(CGコード 補充原則4-11(3))に対するコンプライの割合の増加
「CG報告書」における取締役会実効性評価の記述(4-11(3))のコンプライ状況をカウントしたところ、2019年と比較して2023年ではコンプライしている企業数が増加し、プライム市場上場会社の93.5%に及んでいます。
【図表3:4-11(3)へのコンプライ状況】
2019年 | 2023年 | |
---|---|---|
市場区分 | 第一部 | プライム |
コンプライ数 | 1,664(84.1%) | 1,957(93.5%) |
全企業数 | 1,979 | 2,092 |
出典:東京証券取引所「コーポレート・ガバナンス情報サービス」から取得したデータを基にKPMGにて作成
「CG報告書」における取締役会実効性評価の記述(4-11(3))を対象に、評価プロセスに関するキーワードをカウントし傾向を分析したところ、外部評価・外部機関に関連するキーワードが大幅に増加していることから、取締役会実効性評価における外部評価・外部機関の支援の活用が促進されていると推察されます。
【図表4・5:評価プロセスに関するキーワード分析】
補足:KPMGが取締役会実効性評価の支援で観察している取組みの傾向
これまでの取締役会実効性評価の支援を通じて、実効性評価の取組み自体は定着しているものの、活動の質については各社でバラつきが生じているケースが観察されます。今後は形式的観点からの課題導出のみならず、真の意味での取締役会の実効性向上、ひいてはコーポレートガバナンスの向上につなげるとの観点から、取締役会実効性評価の取組みの在り方・アプローチの再検討が進んでいくのではないかと推察しています。
【図表6:近時の取締役会実効性評価の取組状況】
実効性評価プロセスの説明力は向上
|
各社での対応のバラつきの拡大
|
3.取締役会を起点とした、企業価値向上を実現するサステナビリティ課題への挑戦が顕著に
(1)取締役会におけるサステナビリティ・人的資本・資本政策・DXへの関心の高まり
「CG報告書」における取締役会実効性評価の記述(4-11(3))を対象に、実効性やテーマに関するキーワードをカウントし傾向を分析したところ、従来と比較して幅広いテーマに関するキーワードが増加しており、取締役会で取り扱われるテーマが多様化していると考えられます。特にサステナビリティや人的資本、資本政策、DXに関するキーワードの増加率が著しく大きいことから、これらのテーマに対する近年の関心の高まりが取締役会の議題にも反映されていると推察されます。
アクション・プログラムにおいて、資本コストを踏まえた収益性・成長性を意識した経営の促進および人的資本への投資をはじめとするサステナビリティに関する取組みの促進は経営上の課題として挙げられていること、また有価証券報告書にてサステナビリティや人的資本に関する開示の充実が要請されること等を踏まえると、サステナビリティ、人的資本および資本政策、DXは非常に重要な経営イシューとして、より一層の取締役会の関与が求められるとともに、開示をベースとした投資家との積極的な対話の要請の動きが加速していくものと推察されます。
【図表7:取締役会の実効性に関するキーワード分析】
(2)関連動向
- 2023年1月に改正された開示府令により、上場会社は、有価証券報告書にサステナビリティや人的資本に関する開示を記載することが求められています。
- 2023年3月に東証により、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」が通知されました。プライムおよびスタンダード市場上場会社は、⾃社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その内容や市場評価に関して、取締役会で現状を分析・評価したうえで、改善に向けた計画を策定・開⽰すること、いわゆるPBR1倍割れの改善に向けた対応等が要請されています。
- 市場区分の見直しに関するフォローアップ会議では、3月期決算会社の定時株主総会後に提出されるCG報告書の内容も踏まえ、2023年秋を目途に報告・議論を行うことが想定されているため、上場会社がどのような情報開示を行うかが注目されます。
- グローバルでベンチマークとして広く利用され、日本のCGコード策定の際にも参考とされていた「G20/OECD コーポレート・ガバナンス原則」が、2023年9月のG20サミットへの提出を以て改訂されることが予定されています。すでに公表されている改訂案では、「サステナビリティとレジリエンス」の章が新設され、クライメート・トランジション(一般的に、気候変動を緩和するための低炭素社会への移行を意味する)やその他のサステナビリティ課題に関するリスク・機会の管理をサポートするための推奨事項が提供されています。
Appendix:「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」の分析結果
前述の「コーポレート・ガバナンスに関する報告書の分析結果に基づく動向のポイント」で取り上げた分析結果以外の図表を、参考として掲載します。
【図表8・9:取締役の人数】
【左 図表10:独立社外取締役の比率、右 図表11:取締役会の議長の属性】
【図表12:任意の指名・報酬委員会の設置状況】
【図表13:指名・報酬委員会の人数】
【図表14:指名・報酬委員会の社内/社外比率】
【図表15:指名・報酬委員会の委員長の属性】
【図表16:監査役会・監査(等)委員会の人数】
【図表17:監査役会・監査(等)委員会の社内/社外比率】
【図表18:監査(等)委員会の委員長の属性】
【図表19:各組織形態の採用比率の推移(左 東証全社、右 市場別)】
<免責事項>
本稿における「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」の分析は、東京証券取引所「コーポレート・ガバナンス情報サービス」の情報を基に実施しています。
各分析結果に関する留意事項は以下のとおりです。
- 数値データは四捨五入して用いているため、図表のデータの合計が100%にならない場合がある。
- 過年度の数値データには、すでに上場を廃止した企業は含まれず、対象となる会社数は実際より少ない。
- 上場会社が提出する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」(3.企業属性(1)上場取引所及び市場区分)に記載された市場区分に基づいて分析しており、市場区分を変更したにもかかわらず同報告書を更新し再提出していない会社については、変更前の市場区分の数値データに含まれる。
加えて、取締役会実効性評価(コーポレートガバナンス・コード 補充原則4-11(3))のキーワード分析結果に関する留意事項は、以下のとおりです。
- KPMGが設定したキーワードに依存しており、可能な範囲で各社のコーポレート・ガバナンスに関する報告書における表記ゆれ等を考慮しているが、すべての表記ゆれ等に対応しているわけではない(傾向分析への影響は限定的と考えられる)。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 松田 洋介
リードスペシャリスト 佐藤 基右
マネジャー 野口 瞳
シニアコンサルタント 渡部 悠希
シニアコンサルタント 椎村 亮太