サステナビリティ情報の拡充 ―開示2年目に取り組むべき課題―
本稿では開示府令等の改正事項の概要を振り返るとともに、開示2年目を迎えるにあたって企業が検討すべき事項について説明します。
本稿では開示府令等の改正事項の概要を振り返るとともに、開示2年目を迎えるにあたって企業が検討すべき事項について説明します。
開示府令等の改正により、2023年3月期から有価証券報告書にサステナビリティ情報等の開示が義務付けられ、3月決算会社は初年度の開示を終えたところです。初年度の対応は開示府令等の改正公表後の準備期間が限られていたことから、自社のこれまでの取組み状況に応じて開示をスタートし、今後、投資家との対話を踏まえた自社の取組みの進展とともに、開示を拡充させていくことを検討されている企業が多いのではないかと思われます。
そこで、本稿では開示府令等の改正事項の概要を振り返るとともに、開示2年目を迎えるにあたって企業が検討すべき事項について説明します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT サステナビリティ情報の拡充に際しての 「4つの観点」
サステナビリティ情報の開示2年目を迎えるにあたって、投資家との対話を踏まえた自社の取組み状況の進展とともに、開示の拡充を検討している企業は多いと想定される。開示の拡充に際しては、以下の4つの観点を踏まえた検討を行うことが重要である。
- 「ガバナンス」および「リスク管理」体制の強化
- 拡充する開示事項の特定
- プロセス・システム構築
- 人材の確保
ハイライト
Ⅰ改正の経緯と意義
Ⅱ改正の特徴と概要
Ⅲ 開示拡充に向けて検討すべき 事項
Ⅳ さいごに
Ⅰ改正の経緯と意義
2023年1月31日、金融庁は「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に関して以下を公表しました(以下、これらを総称して「開示府令等」という)。
- 企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令
- 企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)
- 記述情報の開示に関する原則(別添)-サステナビリティ情報の開示についてー
- 「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方
開示府令等(以下、「本改正」という)の改正は、企業経営や投資家の投資判断におけるサステナビリティの重要性の急速な高まりを背景に、2022年6月に公表された金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告」(以下、「DWG報告」という)の提言に沿って行われたもので、2023年3月31日以降に終了する事業年度(早期適用可)の有価証券報告書および有価証券届出書(以下、「有価証券報告書等」という)から適用されます。これは、法定開示書類である有価証券報告書等にサステナビリティ情報等の開示が義務付けられることになったということです。
本改正によって、わが国企業のサステナビリティ経営に向けた取組みはより促進されると思われます。また、投資家との対話に重要な変化が生じることにより、企業経営にも大きな影響を与える可能性もあると考えられます。
Ⅱ改正の特徴と概要
本改正におけるサステナビリティ情報の開示要求には、開示内容に関する詳細な規定が設けられておらず、企業の取組み状況に応じた柔軟な開示が可能という特徴があります。また、DWG報告において「事後に事情が変化した場合において虚偽記載の責任が問われることを懸念して企業の開示姿勢が委縮することは好ましくない」とされたことを踏まえ、虚偽記載等に関する責任の明確化も図られています( 図表1 参照)。
図表1 サステナビリティ情報等の開示の概要
開示要求 | 開示要求の補足説明 |
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開示要求事項① 「人的資本(多様性)」 「提出会社及びその連結子会社」が女性活躍推進法、育児・介護休業法に基づき以下の指標を公表する場合、「従業員の状況」の記載欄に開示
開示要求事項② 「サステナビリティ全般」 (※1、2) 新設された「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄に開示 【必須の開示項目】 (※3、4)
【重要な項目】 (※3、5)
開示要求事項③ 「ガバナンス」 (※1) 「コーポレート・ガバナンスの状況等」の記載欄に以下を開示
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(※1) 補完的な詳細情報として、任意に公表した書類(例:統合報告書等)のほか、他の法令や上場規則等に基づき公表された書類(例:コーポレート・ガバナンスに関する報告書等)を参照することができる。 (※2) 4つの構成要素の具体的な記載方法については詳細に規定されておらず、また、現時点では構成要素それぞれの項目立てをせずに一体として開示することも考えられる、とされている。 (※3) 情報の集約・開示が間に合わない箇所がある場合等には、その旨を記載したうえで、概算値や前年度情報を記載することも考えられる、とされている。 (※4) 連結グループにおける記載が困難である場合には、その旨を記載したうえで、たとえば、連結グループにおける主要な事業を営む会社単体(主要な事業を営む会社が複数ある場合にはそれぞれ)またはこれらを含む一定のグループ単位の「指標及び目標」の開示を行うことが考えられる、とされている。 (※5) 具体的な重要性の判断基準は規定されておらず、投資家の投資判断にとって重要か否かにより判断するという考え方に基づき、自社の業態や経営環境、企業価値への影響等を踏まえ重要性を判断する、とされている。 |
虚偽記載等に対する責任 | |
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出所:KPMG作成
Ⅲ 開示拡充に向けて検討すべき 事項
1. 短期的な要検討事項
冒頭で触れたとおり、本改正は企業の取組み状況に応じた柔軟な開示が可能と
なっています。今後は投資家との対話を踏まえた自社の取組みの進展とともに、有価証券報告書の開示の拡充が期待されています。
開示の拡充に向けた具体的な取組みについて、短期的には「記述情報の開示に
関する原則( 別添)-サステナビリティ情報の開示について-」の「( 望ましい開示に向けた取組み)」で述べられている内容が挙げられます。企業は図表2に列挙された項目を参考として、開示の拡充に向けた取組みを行うことが望まれます。
図表2 望ましい開示に向けた取組み
項目 | 内容 |
---|---|
重要性判断 | 4つの構成要素のうち「 戦略」 および「 指標及び目標」 を記載しないこととした場合であっても、当該判断やその根拠の開示を行うこと |
具体的開示内容の設定 |
TCFDなどの国際的に確立された開示の枠組みに基づく開示をした場合には、その名称を記載すること |
GHG排出量の開示 | 特に、Scope 1・Scope 2について、積極的な開示が期待されること |
連結ベースの開示 | 人的資本( 多様性)に関する指標については、連結ベースでの開示に努めるべきこと |
出典:金融庁「 記述情報の開示に関する原則(別添)―サステナビリティ情報の開示について―」(https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230131/07.pdf )を参照し、KPMG作成
2. 中期的な要検討事項
中期的には、サステナビリティ開示を巡る国内外の動向を視野に入れた対応が求められます。サステナビリティ開示を巡る国内外の動向について、国際的には国際サステナビリティ基準審議会(以下、「ISSB」という)によるサステナビリティ開示基準の開発が急ピッチで進められています。国内においても、2022年7月に設立されたサステナビリティ基準委員会(以下、「SSBJ」という)において、わが国のサステナビリティ開示基準の開発が検討されており、将来的にはSSBJが開発したサステナビリティ開示基準に準拠したサステナビリティ情報の開示を有価証券報告書等において行うことが想定されます。
さらに、サステナビリティ情報に対する保証制度についても、国際監査・保証基準審議会(以下、「IAASB」という)によるサステナビリティ情報に対する包括的な保証基準の開発が進められています(図表3参照)。
図表3 サステナビリティ関連の基準開発のロードマップ
(※1)IFRS S1号 「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」 および IFRS S2号 「気候関連開示」
(※2)ISSA5000 「サステナビリティ保証業務の一般的要求事項」
出典: 金融庁 金融審議会 DWG報告(2022年12月)の別添「我が国におけるサステナビリティ開示のロードマップ」およびIAASB公表のProject Timelineを基に、KPMG作成
3. 開示拡充対応における4つの観点
前述のとおり、企業はサステナビリティ情報等の開示の拡充に向けた短期的・中
期的な対応が求められます。その対応に際しては、次の4つの観点を中心に検討す
ることが望まれます。
1.「 ガバナンス」および「リスク管理体制の強化
広範囲にわたるサステナビリティ関連のリスクおよび機会( 以下、「サステナビリティ課題」という)を適切に識別・評価・管理・監視する体制の強化が望まれます。たとえば、以下の事項を検討することが挙げられます。
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2.拡充する開示事項の特定
1の体制を通じて重要と判断された「企業に固有のサステナビリティ課題」とともに、「他社との比較可能性の観点から開示が期待される情報( 例:GHG排出量のScope 1・Scope 2の情報など)」を加味した開示の拡充が望まれます。
たとえば、以下の事項を検討することが挙げられます。
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3. プロセス・システム構築
2において特定された拡充対象とする開示事項を含むサステナビリティ情報をより適時かつ網羅的に収集するためのプロセス・システムの構築が必要となります。特に、開示初年度は準備期間が限られていたことから、マニュアルでの情報収集によって対応した企業も多いと想定されますが、今後の開示拡充や将来の保証制度の導入を視野に入れた、適時性や網羅性を担保するプロセスやこれに関するシステムの構築が望まれます。
たとえば、以下の事項を検討することが挙げられます。
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4.人材の確保
1~3を担う人材の確保に向けて、サステナビリティ情報開示の専門性やサステナビリティ課題の対応へのスキルやコンピテンシーを有する人材の育成や採用が必要と考えられます。
たとえば、以下の事項を検討することが挙げられます。
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Ⅳさいごに
本改正により、有価証券報告書の提出義務がある4,0 0 0 社超の企業がサステナビリティ情報を公表することとなりました。投資家は、開示されたサステナビリティ情報を活用し、企業のサステナビリティ経営への取組みを理解し、また、同業他社などと比較したうえで、経営者との対話に臨むことになると考えられます。このような投資家の投資意思決定プロセスの変化に対して、企業はサステナビリティ経営の取組みに投資家から正しい理解・評価が得られるよう、サステナビリティ情報の開示の拡充に積極的に努めることが望まれます。