1.知的財産の活用に関する問題意識

「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドラインVer.2.0」(内閣府2023年3月。以下、本ガイドライン(Ver.2.0))でも指摘されているとおり、日本企業の国際競争力強化には、知的財産・無形資産の活用が不可欠であり、知財部門への期待はこれまで以上に高まっていると言えます。
一方で、知財部門の役割は、研究・開発のプロセスで生まれた発明を権利化し侵害予防を行うことであって、活用や開示は他部署が行うべきものである、と考える企業の知財部門が散見されるのも事実です。権利化や侵害予防業務が非常に重要な知財活動であることは間違いありませんが、これらに偏った活動だけでは、経営戦略・事業戦略を支える知財活動としては不十分です。

知財活動のあるべき姿を捉え直すため、サステナビリティに資する知財活動を5つの視点から整理できます(図表参照)。以下では、「可視化」「ストーリー」「知財戦略」「体制・ガバナンス」「ステークホルダーコミュニケーション」について、具体例を交えながら紹介します。

【図表:知財活用に向けたフレームワーク】

知財活用&開示に向けた、KPMGのフレームワークの紹介_図表1

2.知財活用に向けたポイント

(1)可視化
権利の可視化・見える化は「知的財産推進計画2022」(内閣府 知的財産戦略本部)において、テーマアップされた課題の1つでもあり、自社技術が権利化された知的財産を可視化することは、知的財産の活用・開示の第一歩です。実際に、自社が保有する知的財産の概要を整理して、ステークホルダーに開示する事例も散見されます。なかでも、SDGs関連特許であることの明記により、サステナビリティ環境下での技術の置き換えへの対応を示すケースなどは、ステークホルダーからも注目されやすい好事例です。サステナブルな企業活動の成果として、自社の知的財産を開示する取組みは、知的財産による自社の価値創造の方法の1つとして定着しつつあると言えます。
一方、こうした活動の実現のためには、グループにまたがって存在する自社知財の正確な把握と、自社の強み・弱みの確実な把握による重要課題の洗い出しが欠かせません。そこで、可視化に向けた取組みを、現状把握と課題の設定の2つのテーマから見ていきます。

i.現状把握
特許をはじめとする知的財産は、性質上、一見しただけでは内容が把握できないものが多く、自社内で保有する知的財産の数が増えれば増えるほど、出願の目的、経緯、内容が正しく把握できない状態となります。こうした内容が見えなくなった知的財産は、市場での活用の機会を逸し「資産」としての価値を享受できなくなります。その結果、「捨てるには惜しいが使っていない」知的財産が大量に生まれます。このことは企業が保有する国内特許の半数近くが未使用であるとのデータ(特許庁「令和4年度知的財産活動調査」)からも明らかです。

こうした事態を防ぐために、現在保有する知的財産を定期的に「見える化」し、自社技術の現状を正確に把握できる状態としておく必要があります。「見える化」の有効な取組み策の1つとして、発明の内容、経緯、活用方法について図などを用いながらまとめる、知的財産のカタログ化が考えられます。発明者や知財部門だけでなく、普段知的財産に関与しない部署にも自社の知的財産の現状を把握してもらうために、専門用語を避け、発明内容の全体像がわかる平易な内容にとどめることがポイントです。
このカタログは社内で活用するだけでなく、営業部門が、製品・サービスの提案資料に知的財産カタログの情報を掲載することで差別化を図り受注につなげたり、ステークホルダーに対し、サステナビリティ推進を知的財産観点からアピールしたりすることで、持続的な企業成長基盤の存在を強調する活用方法が考えられます。

ii.課題の設定
自社が保有する知的財産を把握することで、現状の知財活動と、経営戦略やマテリアリティとの整合性の確認が容易となります。自社のありたい姿に整合した権利の獲得・保全・活用ができているかの見直しと、具体的な課題の設定が、知財活動の改善・改革の肝となります。

そのための手法として、「IPランドスケープ」も有効です。IPランドスケープを行う際には、単なるパテントマップの作成に終わらないよう、特許情報のみならず、必要に応じて非特許情報をも統合した事業環境分析を行うことが重要です。現状の事業環境に関する情報に、将来の技術的優位性を測る知財情報を組み合わせ、自社事業の持続的な成長可能性の見極めにつなげることができます。
IPランドスケープをはじめとする知財情報の活用により、どの分野で参入障壁を構築し、どの分野ではアライアンスによる劣後解消を行うかといった戦略的な選択が採りやすくなります。

(2)ストーリー
知財活動が持続的な企業成長に資するものであるためには、知的財産の獲得・活用・開示が、経営戦略・事業戦略と整合したものでなければなりません。この点については、従前より、経営戦略・事業戦略・知財戦略を三位一体で検討することが提唱されてきましたが、より具体的に、企業が持続可能な価値を生み出すプロセスにおいて知的財産がなぜ重要なのかを明らかにすることで、サステナブル経営の実現に寄与する知的財産のストーリーが明確になります。

i.経営戦略との連関
サステナブル経営の実現を技術面から具体化するためには、関連する環境技術の積極的な権利化が考えられます。Part1でも言及したとおり、脱炭素関連技術に代表される環境技術への置き換えは、被代替技術を保有する企業にとって大きな経営リスクになります。
そこで、代替技術を他社に先行して独占されないよう、先回りして権利化を図るといった能動的な知財活動も検討する必要があります。研究・開発プロセスで生まれた知的財産を権利化するだけにとどまらず、経営戦略・事業戦略を紐解き、それらに必要となる技術やビジネスモデルをバリューチェーン全体から洗い出すなど、活用・開示を前提とした権利化活動が求められます。

ii.価値創造プロセス
本ガイドライン(Ver.2.0)は、価値創造の因果について「製品・サービスの競争力・差別化要因となる知的財産・無形資産が他社となぜどのように異なり、どのような時間軸で持続可能で競争優位なビジネスモデルになるのか」の粒度で、具体的に明らかにすることを求めています。
すなわち、「知的財産によって事業が守られた」「知的財産によって優位な市場を形成できた」という評価だけではなく、当該製品・サービスが市場で継続的に差別化を図るために、知的財産が貢献したプロセス(時間軸)を明らかにすることが求められています。
そのためには、知財部門の活動自体も、製品・サービスのバリューチェーンプロセス全体に横断して関与することが肝要です。製品・サービスの開発・設計段階における技術の権利化だけでなく、マーケティングやブランディングなど、より市場に近い分野への積極的な関与をし、技術が製品となり市場シェアを獲得・維持するまでの価値創造のプロセスに横断的に取り組むことが知財部門には求められます。

一例として、市場での製品シェア維持の時間軸を踏まえた知財活動のストーリーを開示するケースが挙げられます。まず、製品に関する特許を取得することで参入障壁を築き、特許の期間満了まで参入障壁を維持します。期間が満了し特許による参入障壁を失うタイミングでは、独占してきた際のノウハウと商標権で守られたブランド力で、他の商品と差別化を図るといったストーリーです。知財ミックスにより、技術を保護し、商品価値の確立・維持のプロセスに継続的に知的財産が関与している姿をとらえた事例と考えることができます。

(3)知財戦略
「知財推進計画2023」(内閣府 知的財産戦略本部)は、欧米企業に比べ企業利益が低い日本企業の原因の1つに、製品・サービスの差別化につながる知的財産の維持・強化に向けた戦略の構築・実行の不足があると指摘しています。日本企業が持続的な成長を果たすためには、知財戦略に基づいた活動による、製品・サービス・ビジネスモデルの差別化やオープンイノベーションの推進が急務と言えます。

活用を見据えた知財戦略とするために、まずは自社にとっての「活用」を定義し、活用の実現に必要なプロセスを整理することが肝要です。経営戦略・事業戦略において重視される自社の製品・サービスから、知的財産による価値創造プロセスをシナリオ化し、ネットワーキング、知財確保、ライセンス、権利行使など、多様な知的財産の活用を踏まえた戦略の策定が求められます。

i.戦略策定
知財戦略の策定にあたっては、特許だけでなく、商標、意匠、ノウハウ、ブランドなど知的財産・無形資産活用の要素を取り込むことも重要です。特許権は、差止めなどの強力な権利を有する一方で、存続期間が出願後20年間で満了する有限の権利です。長期間にわたって商品・サービスの価値を維持し、市場に受け入れられ続けるためには、無形資産全体を活用したミックス戦略による差別化・競争優位の形成が必要になります。

別の視点にはなりますが、経済安全保障の観点から特許出願の非公開制度の議論が進められています。公開を原則とする特許制度に例外が設けられることをきっかけに、出願前の技術情報・発明情報を管理し、何を権利化し、何を秘匿化(ノウハウ化)すべきかを見極めようとする機運が高まることが考えられます。これまでノウハウの管理・活用を得意としてこなかった企業においても、戦略的な対応が求められる可能性があります。

ii.ロードマップ
策定した戦略を実行可能な具体的タスクに落としこむために、ロードマップの策定などの形で計画化することは重要です。後述のとおり、経営層が知財投資・活用を実効的に監督することが求められており、ロードマップ策定・運用および計画の見直しを通じて、策定した戦略の実行状況を経営層へ報告することが重要となります。

(4)体制・ガバナンス
コーポレートガバナンス・コード補充原則4-2-(2)は、「人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。」として、取締役会の監督を求めています。「実効的な監督」の実現のためには、適切な任務遂行が可能な組織体制の構築が求められます。自社の知財部門が持つ機能を整理し、重視する役割を明確にしたうえで、当該役割の遂行が可能な体制を築く必要があります。

あわせて、知財側面でのグループガバナンスも重要となります。「企業の持続的な成長に資する」ためには、分野をまたいだグループ横断の知的財産・無形資産の獲得・保全・活用が不可欠だからです。経営戦略立案・意思決定の精度向上を図る目的で、知的財産を含む無形資産について、グループ・分野を超えた統合的な活用を行う事例も見られます。

i.運用・実行体制
これまでの知財部門は、権利化業務を担うことに中心的な役割があると考えられ、研究・開発部門の傘下に組織が置かれることも少なくありませんでした。しかし、サステナブル経営の実現に向け、知的財産・無形資産への投資・活用が重要であることが再認識されるなか、知財部門の役割は、従来の権利化・クリアランス・リスクへの対応に加え、IPランドスケープなどを活用した知財観点からの経営戦略・事業戦略策定支援、発明創出・新規事業企画、ステークホルダーへの対応などに広がっています。こうした動向のなかで、経営企画部門役員傘下に知財戦略部門を設置するケースも見られるようになりました。知財部門が負うべき役割の広がりに対応しつつ、経営層による実効的なガバナンスを実現する知財体制の構築が求められます。

ⅱ.ガバナンス構築
知財投資等の実行的な監督の実現に向けて重要となる取組みの1つに、知的財産におけるグループガバナンスの強化が挙げられます。グループ間の知財管理や知財リスクへの対応のあり方を整理したうえで、事業会社との役割分担やレポートラインを明確にする必要があります。こうしたグループ一体での知財活動の推進に向けては、知財方針・基準の明確化も有効な手段となります。グループ会社の管理を行うだけでなく、自社グループとしての知財方針を掲げ、全社で目線を合わせた知財活動を推進するケースも見られます。

(5)ステークホルダーコミュニケーション
コーポレートガバナンス・コードや本ガイドライン(Ver.2.0)は、企業情報の開示・発信をきっかけとして、企業と投資家の対話を活性化させることが、中長期的な企業価値向上に資するとの考えに基づいて策定されています。自社の強みを一方的に開示するだけではなく、自社の強み創出につながるストーリーやプロセスを知的財産の視点から開示することで、自社の持続可能な成長の姿をステークホルダーに示すとともに、ステークホルダーを巻き込んだ対話につなげることが求められています。

i.開示
まずはコーポレートガバナンス・コードが求める要件とその背景を確認し、要求されている開示事項を整理することが初手となります。この際、サステナビリティに資する知的財産・無形資産の情報が重要であることはこれまで紹介してきたとおりです。サステナビリティという経営課題が、自社にとってリスクではなく、新たなビジネスの機会になると示すためにも、環境技術・知的財産に関する投資や活用の積極的な開示が求められます。
サステナビリティという取組みに対して、何を開示対象に含めればよいのかという疑問を耳にしますが、知的財産・無形資産の投資・活用に関する開示については、実際に成功した事例やストーリーに限定する必要はありません。現時点では、発展途上の取組みであっても、将来のサステナブル経営の実現に資するために行っている投資・活動を、経営戦略や価値創造プロセスのストーリーとして明確に示すことで、投資家が評価を行いやすくなると考えられています(本ガイドライン (Ver.2.0)を参照)。

ii.対話
自社の知的財産・無形資産の情報をステークホルダーとの対話につなげるためには、受け手となる投資家を意識した開示が必要となります。Part1で紹介したGPIFが開示する評価軸を参考に、知財情報の開示を行うことも方法の1つです。
ほかにも、投資家の多様性を意識した情報開示も考えられます。たとえば、アクティブ運用を行う投資家においては、知的財産・無形資産による競争力の有無が銘柄選択にも影響する一方、個別銘柄の売却を前提としないパッシブ運用の投資家は、中長期的なリスクへの対応の一部として知的財産・無形資産の活用を評価しているとされています(本ガイドライン(Ver.2.0)を参照)。こうした投資家の多様性を前提に、求められている情報を的確に開示・発信して、対話につなげることが求められています。

(6)まとめ
本ガイドライン(Ver.2.0)等で、知的財産・無形資産の活用が企業価値の向上に不可欠であると公的に示されるといった潮流を受け、知財部門が果たすべき役割への期待が高まっています。権利化や侵害予防業務といった従来の枠組みにおける知財業務にとどまらず、知的財産の活用・開示を中心に据えた、サステナビリティに貢献し、経営戦略・事業戦略を支える知財活動を推進する必要があります。そのためには、社内外のステークホルダーを巻き込んだ全社的な活動に高度化させていくことが必須となります。

本稿で取り上げた「可視化」「ストーリー」「ステークホルダーコミュニケーション」に加え、「知財戦略」「体制・ガバナンス」を含む、活用を見据えた知財活動全体を見渡し、各構成要素を相互に連関させ、全社を巻き込んだサステナビリティに資する知財活動の実現が求められています。

<参考資料>
内閣府 「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドラインVer.2.0

執筆者

シニアマネジャー 新堀 光城
シニアコンサルタント 中川 祐

お問合せ