ポイント

・知的財産・無形資産の活用とその開示への注目が高まっており、ステークホルダーの評価視点を踏まえた知財体制・活動の高度化を図る必要がある。たとえば、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、投資先企業が保有する気候変動関連技術の特許をスコアとして評価しており、当該スコアの算出尺度も明らかにしている。こうした投資家の評価軸を参考に、企業の知的財産活動を見直すことで、ステークホルダーから評価されやすい特許ポートフォリオを形成し、企業価値の向上に貢献することも考えられる。

・知財体制・活動の高度化に向けては、可視化、ストーリー、知財戦略、体制・ガバナンス、ステークホルダーコミュニケーションの5つの要素を踏まえ、知的財産の活用によって生み出される価値がサステナビリティを実現するストーリーを具体化する必要がある。たとえば、体制・ガバナンスの好事例として、経営層による知財ガバナンスと部門間連携強化のため、経営企画担当役員傘下に知財戦略担当部門を設ける取組み等が見られる。

サステナブル経営の重要性が増しており、環境負荷の高い既存技術から、環境負荷の低い代替技術への置き換えは、今後も一層加速することが予想されます。これは、環境技術に関する知的財産(以下、知財)の保有が、新たな事業創出の“機会”になると同時に、被代替技術を保有する既存事業者にとっては、事業の持続可能性に対する“脅威”となることを意味します。
他方、コーポレートガバナンス・コードの改訂を契機に、知財・無形資産の投資等の重要性が改めて認識されています。サステナブル経営において重要な要素となる、ステークホルダーとの対話を重視する方針が、知財・無形資産開示に関する各種ガイドラインにも示されています。

本稿では、これらの背景を踏まえ、サステナブル経営に資する知財活動の在り方について、ステークホルダーとの対話の視点を織り交ぜながら考察します。

1.知財・無形資産等への注目

2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂をきっかけに、知財・無形資産等の開示・ガバナンス強化の機運が高まっています。2022年1月には知財・無形資産の投資・活用戦略の開示およびガバナンスに関するガイドライン(本ガイドライン)も公表されており、2023年3月には本ガイドラインの改訂も予定されています(※「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会第17回議事」より)。ステークホルダーとの対話を通じて、各社における知財・無形資産等の投資・活用を高度化していく政策方針が明確になっていると言えます。

こうした背景には、日本企業の無形資産投資が、「諸外国に比べて大きく見劣りしている」(内閣府知的財産戦略本部「知的財産推進計画2022」)ことがあります。政府としても、各企業が知財・無形資産等の投資・活用とガバナンスを開示することで、投資家や金融機関との対話のきっかけを作り、さらなる無形資産投資の強化につなげ、企業価値向上を図ろうとする狙いが読み取れます。

【図表1:無形資産の活用状況】

サステナブル経営に資する知的財産活動のポイント_図表1

出所:「経済産業省通商白書2022」を基にKPMGコンサルティングにて作成

一方で、現状における知財・無形資産の投資・活用に関する各社の開示は、具体性やストーリー性に欠けており、投資家が望む情報ではないといった問題が散見されます。事業活動・研究活動の単なる紹介にとどまる開示や、具体性が乏しい一般的な内容の開示では、知財・無形資産が貢献する企業成長のストーリーをステークホルダーに伝えることができず、建設的な対話が生まれない結果、当該企業は企業価値向上の機会を逸することになりかねません。

【図表2:散見される現状の開示と目指す姿】

サステナブル経営に資する知的財産活動のポイント_図表2

ステークホルダーとの対話に資する開示を行うためには、コーポレートガバナンス・コードが求める要件および本ガイドラインにまとめられた5つのプリンシプルを意識しながら、7つのアクションを踏まえることが重要です。また、本ガイドラインの改訂に向け、企業側と投資家側のギャップを意識した議論が内閣府で進められており、今後はステークホルダーとの双方向の対話に向けた、保有知財の整理・可視化など各社の取組みの活性化が予想されます。

【図表3:コーポレートガバナンス・コードが求める開示のポイント】

サステナブル経営に資する知的財産活動のポイント_図表3

<知財・無形資産の投資・活用戦略の開示およびガバナンスに関するガイドライン>

【図表4:知財・無形資産の投資・活用のための5つのプリンシプル】

1 価格決定力あるいはゲームチェンジにつなげる
2 費用ではなく、資産ととらえる
3 ロジック/ストーリーとしての開示・発信
4 全社横断的な体制整備とガバナンス構築
5 中長期的な視点での投資の評価・支援

【図表5:知財・無形資産の投資・活用のための7つのアクション】

1 自社の強みとなる知財・無形資産の把握・分析
2 重要課題(マテリアリティ)の特定
3 時間軸を伴った、価値創造ストーリーの構築
4 投資や経営資源配分等の戦略の構築と進捗把握
5 知財活用に向けた、体制および取締役会での議論・監督
6 任意の開示媒体(統合報告書、CG報告書等)の活用
7 ステークホルダーとの対話

2.サステナビリティに資する知財活用のフレームワーク

企業価値の向上に資する開示に向けた具体的な取組みにあたっては、KPMGの知財活用フレームワークに基づいて、可視化、ストーリー、知財戦略、体制・ガバナンス、ステークホルダーコミュニケーションを進めることが考えられます。
KPMGの知財活用フレームワークは、知財・無形資産の投資・活用戦略の開示およびガバナンスに関するガイドラインにおける知財・無形資産の投資・活用のための7つのアクションの実行フレームとして策定しており、このフレームワークに沿って知財の活用・開示のPDCAサイクルを進めることが重要です(フレームワークの詳細はPart2をご覧ください)。

【図表6:知財活用のフレームワーク】

サステナブル経営に資する知的財産活動のポイント_図表6

3.サステナビリティに資する知財活動

(1)サステナビリティ推進のための知財戦略
サステナビリティの推進とともに、環境負荷が大きい既存技術は代替技術への段階的な置き換えが起きることが想定されます。サステナビリティを軸にした技術の転換は、既存技術において競争力を有する企業にとってリスクになる一方で、新規参入者にはビジネスチャンスになります。そのため、サステナビリティ関連技術を他社に先駆けて特許化して独占し、または、オープン・クローズ戦略のもとで、自社のコントロール下に置きつつ活用することは、市場における競争優位の形成にとって、重要になります。

これまで多くの日本企業では、自社事業の安全な実施を確保することに主眼をおいた防衛目的での知財活動が主流でした。しかし、サステナビリティ技術への置き換えが進む環境下では、新規参入によるゲームチェンジが起きやすいため、他社が必要とする技術を先回りして特許取得するなど、サステナビリティ関連技術の確保・活用を目的とした積極的な出願方針を採ることが考えられます。その際には、やみくもに特許出願をするのではなく、自社の経営戦略・事業戦略と連関させながら、ビジネスモデル特許や商標と組み合わせることで、自社に優位性がある技術に引き付けた市場の形成を図ることが重要になります。たとえば、トレーサビリティや脱炭素に向けたアプローチなどビジネスモデル特許と親和性が高い領域を、自社の技術が活用できるビジネスに引き付けて権利化すること等が考えられます。
経営戦略・事業戦略と連関させながら積極的な権利化方針を含む知財戦略を立てることで、他社に先行してサステナビリティ関連技術の確保が可能になり、“稼ぐ力”に直結する権利持続可能な企業活動に資する知財活動を行うことができます。

(2)ステークホルダーの視点を踏まえた、知財活動の高度化
経済産業省の「ESG投資に関する運用機関向けアンケート調査」(2019年12月公表)によると、運用機関の95%以上(運用総額3,988兆円)がESG情報を投資判断に活用していると答えており、株式・債権市場における自社の企業価値向上を考えるうえで、ESG(環境、社会、ガバナンス)の観点は無視できません。また、無形資産の重要性が認識されるなかで、機関投資家を中心に、さまざまな角度から知財を評価する動きが見られます。知財を投資評価軸に活用する事例も増えてきており、投資家との関係における知財の重要性が増しています。

たとえば、世界最大の投資ファンドである年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)は、「GPIF ポートフォリオの気候変動リスク・機会分析」において、ポートフォリオに含まれる企業の特許をスコア化し、気候変動の技術的機会の分析・評価を行う取組みを行っています。ポートフォリオを形成する企業が、気候変動をリスクではなく事業機会とする技術を保有しているか把握することで、中長期的な投資の安定性を評価しようとしていると読み取れます。
GPIFは特許を評価(スコア化)するにあたっての計算尺度を公表しており、重視する観点を明らかにしています。こうした投資家の視点を知財活動に取り込むことで、ステークホルダーから評価されやすい特許ポートフォリオの形成を図ることが考えられます。

【図表7:GPIFの特許評価の尺度を踏まえた知財活動高度化の視点】

サステナブル経営に資する知的財産活動のポイント_図表7

出所:「GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析」における特許スコア計算における4つの統計的尺度をKPMGコンサルティングにて再構成し、知財活動の高度化の視点を追加

(3)知財利活用に向けた、ガバナンス整備・風土醸成
コーポレートガバナンス・コードおよび本ガイドラインは、知財・無形資産の開示を行うことでステークホルダーとの対話を活性化させ、企業価値の向上を図ることを趣旨としています。そのため、開示される情報は具体的で、かつ企業の成長戦略のストーリーを構成する内容であることが求められます。
こうした開示は、通常は知財部門のみが単独で負うことは難しく、経営企画部門・IR部門・サステナビリティ推進部門・研究開発部門・事業部門などと連携して行うことが求められます。しかし、部門をまたぐ連携にあたっては、必要な情報の統合・整理が困難となる傾向があります。部門間のシームレスな連携を実現するためには、トップ層による指揮・監督が重要となります。また、このような部門横断の連携体制の取組みを評価するステークホルダーの動きもあり、独自の非財務情報評価フレームワークに基づき、知財ガバナンス・マネジメント体制の構築状況を加味した評価を行う資産運用会社も登場しています。

知財活用に向けた体制・ガバナンスが機能するためには、仕組みだけではなく社内の意識向上・風土の醸成も不可欠です。知財が事業の推進・企業価値向上に有用であることが社内で広く認知され、知財活用の風土が広がることで、社内の情報が知財部門に集まりやすくなるからです。具体的な活用の状況や新たな事業戦略が容易に把握できるようになることで、部門間の連携向上に資する結果となります。
社員意識の向上や風土の醸成には、社内研修などによる周知・浸透施策が有効です。たとえば大量の特許を持っていても、その内容を把握できているのが発明者と知財担当だけという状況では、活用に向けた機運は起こりづらくなります。自社の知財戦略や自社が保有する知財を丁寧に可視化し、個々の知財が事業において実際にどのように活用されているのかを、社内研修やパテントカタログなどを通じて、社内向けにも開示し浸透させることで、知財活用の土壌を作ることが考えられます。

※サステナビリティに資する知財活用のフレームワークの詳細については、下記関連リンクにて解説しています。

執筆者

シニアマネジャー 新堀 光城
シニアコンサルタント 中川 祐

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