転換期を迎えている鉄道事業 ~地域公共交通の新たなステージ

地域公共交通を再構築する新たな動きが出ています。これからの地域公共交通で求められているものは、さまざまな観点での具体的な地域への貢献です。本稿では、地域公共交通の現状、最適化に向けた国土交通省の支援策と地域公共交通計画の策定について説明し、あわせてKPMGのソリューションも紹介します。

本稿では、地域公共交通の現状、地域公共交通の最適化に向けた国土交通省の支援策と地域公共交通計画の策定について説明するとともに、策定に資するKPMGのソリューションを紹介します。

コロナ禍により交通事業者の多くが厳しい経営環境に置かれ、旅客需要が戻りつつあるもののコロナ禍前に戻ることは難しいと言われています。そうしたなか、鉄道事業者は、これまで内部補助で維持してきた赤字ローカル鉄道を見直さざるを得ない状況に追い込まれました。一方で、この赤字ローカル線の見直しを契機に、地域公共交通を再構築する新たな動きが出ています。

国土交通省は、地域公共交通活性化再生法の改正や社会資本整備総合交付金の拡充などを通じて、地域公共交通再構築の支援を実施しています。これからの地域公共交通は、交通モードの有機的重層化、エコシステムによる地域経済の活性化、地域課題解決といった観点から、地域公共交通が地域に貢献できることを具体的に示すことが求められているのです。本稿では、地域公共交通の現状、地域公共交通の最適化に向けた国土交通省の支援策と地域公共交通計画の策定について説明するとともに、策定に資する地方創生サステナブルモデルやエージェントベースモデル、True ValueモデルといったKPMGのソリューションを紹介します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者らの私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
地域公共交通の最適化には、シナリオ分析が必要

地域交通起点の地域活性化のシナリオをつくり、データ分析で効用が高いデザインを選択すべきである。交通モードの返還が地域にどのようなインパクトを与えるのか、地域住民の行動特性から何が最適な交通モードなのか、データに基づいた具体的な検証が必要となる。

POINT2
地域公共交通の最適化には、エコシステムが必要

地域公共交通と地域企業の連携を軸としたエコシステムを構築し、地域経済の活性化を目指すべきである。人の移動がもたらす価値を地域企業で創出・共有する仕掛け、仕組みをデザインすることが重要である。

POINT3
地域公共交通の最適化には、地域社会課題解決が必要

地域公共交通が地域住民のウェルビーイングに貢献できる具体策の提示が求められている。雇用、コミュニティ、インクルーシブ、健康増進、環境負荷軽減など、地域公共交通が地域に貢献できることを具体的に示すことが、持続可能な地域公共交通の実現につながる。

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I.地域公共交通サービスの現状

2020年以降のコロナ禍の影響で、鉄道、航空などの交通事業者の多くが大幅な収益減となり、危機的な財務状況に陥りました。特に、都市間移動、長距離移動の交通機関の落込みが激しく、「国土交通白書20211」によると、2021年1月時点の輸送人員は2019年同月比で、航空の国内線が75%減、国際線が96%減、高速バスが67.5%減、東海道新幹線が75%減という状況でした。その後、旅客需要の回復に伴い、2022年4~12月期はそうした交通事業者の多くが黒字化しつつあります。

しかしながら、コロナ禍によるライフスタイルやワークスタイルの変化により、輸送人員がコロナ禍前の水準に回復することは難しいのが実情です。特に、鉄道会社では、そうした先行き不透明感に加え、いわゆる「内部補助」(黒字路線の利益で赤字路線の赤字を補填)の維持が困難になり、赤字のローカル線の見直しを進めざるを得ない状況にあります。

もともと1987年の国鉄民営化の際に、「国鉄再建法(日本国有鉄道経営再建促進特別措置法)」に基づき、当時の路線は、「幹線」、「地方交通線」、「特定地方交通線」に区分されました。「特定地方交通線」とは、赤字ローカル線で廃線の対象になった路線のことです。現在では「特定地方交通線」の多くは、バスへの転換等による廃線、あるいは第三セクターの運営に移管されています。一方、「地方交通線」については、もともと収益性が低いうえに、地方の自家用自動車の交通分担率の上昇や周辺地域の人口減少などから赤字が深刻化していました。そうした状況にコロナ禍が追打ちをかけ、鉄道事業全体の収益が悪化、内部補助の維持が困難になったというわけです。

ただ、鉄道会社が収益性を理由に路線・線区の廃止などを求めても、対象地域の地方公共団体からは路線の維持を求められることが多く、赤字ローカル線の見直しはなかなか進みません。地方では自家用自動車の交通分担率が高いものの、免許返納する高齢者が増えれば生活の「足」に対する不安が顕在化するからです。また、「駅」が地域のシンボルとして位置づけられており、廃線に対する心情的な抵抗感もあって、路線存続が必要との声もあります。その一方で、収益性の低い路線が大規模災害で被災した際に、改修費用の負担・回収のめどが立たず、改修が先送りされているケースもあります。

もともと鉄道事業は長距離・大量輸送に適した交通モードで、巨大な装置産業としての側面を持っていますが、旅客需要が減少すると急激に収益が悪化する傾向があります。小規模な旅客需要においても収益性を確保するためには、交通モードを見直す必要があります。近年では、バス高速輸送システム(Bus Rapid Transit、以下「BRT」という)やLRT(Light Rail Transit )、オンデマンド交通などの新しい交通モードも登場しています。地域公共交通の選択肢が増えたことで、地域の実情に応じた交通モードの選択が可能な環境が整いつつあります。

こうした背景の下、地方公共団体、地域住民、交通事業者が納得できる、かつ持続可能な新しい地域公共交通サービスをデザインすることが喫緊の課題となっています。

II.地域公共交通の最適化に向けた支援策

国土交通省は、赤字ローカル線問題に対し、関係者間の協議・合意形成を促進する仕組み、公共交通の改善に向けた財政支援等を組み合わせて、地域公共交通の最適化に向けた支援を実施しようとしています。

これまでのローカル線の再構築では、地域公共交通活性化再生法に基づき、地方公共団体が組織する法定協議会が設立され、都道府県、市町村、鉄道事業者などが参加して地域公共交通計画を作成・決定していました。協議会では、「鉄道を維持し徹底的な活用と競争力の回復を目指す線区」か、「BRTやバス等への転換により鉄道と同等以上の利便性を目指す線区」かを選択し、交通のあり方を検討していくことになります。しかしながら、地方公共団体のなかには、「検討に必要な要員や予算を確保できない」、「協議イコール廃線ではないかとの懸念がある」などの理由で、設立を先送りするケースもあるようです。

国土交通省では、今国会(2023年1月の通常国会)に、地域公共交通活性化再生法等の改正法案を提出しています(2023年2月時点)。その法改正案には、主に2つの制度拡充が盛り込まれています。1つは協議の場の拡充です。法改正案では、法定協議会とは別に、地方公共団体あるいは鉄道事業者からの要請に基づき国が再構築協議会を組織する旨の内容が新たに盛り込まれました。これにより、いたずらに問題を先送りにせず、地方公共団体と鉄道事業者の協議を開始することが可能となります。また、ただ協議を進めるのではなく、双方が合意するための支援として、地域公共交通再構築調査事業により、協議会の調査や実証事業への財政支援を実施する計画になっています。

もう1つは、地域公共交通計画(再構築協議会の場合は再構築方針)の推進の支援策です。具体的には、社会資本整備総合交付金の拡充です。同交付金の基幹事業は従来、道路や住宅、港湾、河川といった事業でしたが、そこに地域公共交通再構築事業を追加する予定です。社会資本整備総合交付金の対象となることで、線路設備改良、駅施設整備、バス(BRT)との連携、バス車両等の導入、DX・GX車両や観光列車の導入、新駅整備、既存駅移設など、さまざまな取組みの財源として活用可能となります。

さらには、協議運賃制度の創設を視野に入れた鉄道事業法・道路運送法の改正法案も今国会に提出予定です(2023年2月時点)。協議運賃制度とは、地域の関係者間の協議で合意した場合に、国土交通大臣への届出による運賃設定が可能となる制度です。これは地域公共交通を維持する際に、交通事業者や地方公共団体だけでなく、利用者を含めた地域全体で費用負担の最適化を図るための制度です。地域公共交通の費用(赤字分)を交通事業者が過度に負担すれば経営破綻リスクが、地方公共団体の財政負担が重すぎれば事業廃止リスクが顕在化してしまいます。地域の実情に適した地域公共交通への移行が前提ですが、地域のステークホルダー(利用者以外でも移動による受益者がいる場合は当該受益者を含む)間の費用負担の最適化が実現しなければ、持続性を担保することは困難となるでしょう。

III.地域公共交通の最適化に向けた地域公共交通計画の策定

地域公共交通計画の策定には、地方公共団体、鉄道事業者等のステークホルダーの協議・合意が必要ですが、地域住民を含むステークホルダーが円滑に、かつ納得感の高い形で計画を策定・合意するためには、客観的な現状分析に基づく方針策定、当該方針に基づく地域公共交通の詳細なデザイン、実証実験によるサービス内容や収支モデルの見直しといった取組みが必要になります。ここでは、地域公共交通計画策定に向けた現状分析・方針策定に資するKPMGジャパンのソリューションを紹介しながら、計画策定における要諦を示します。

1.地域公共交通シナリオの作成

まずは、地域の移動に関するさまざまなデータを収集し、分析します。ただし、単に関連するデータを集めて、傾向を可視化するだけでは意味がありません。地域公共交通に関する最適化シナリオを仮説で設定することが肝要です。

KPMGジャパンの「地方創生サステナブルモデル」は地域で発生する事象間の因果・相関関係を可視化するというモデルで、1つの施策が地域にどのような影響を与えるのか、あるいは期待成果を実現するにはどのような取組みを実施・連携させればよいのかなど、仮説を検討する際のシナリオを作成することができます(図表1 地方創生サステナブルモデル(イメージ)参照)。

たとえば、地域公共交通を中心に置いたシナリオであれば、「オンデマンドバスの導入」、「地域住民(高齢者)の外出機会の増加」、「高齢者の運動量の増加」、「高齢者の健康増進」、「地域の医療費減少(地方公共団体の行政コスト削減)」というシナリオ、「オンデマンドバスの導入」、「商業施設との連携」、「地域の消費増加」、「商業施設の雇用増加」、「地方公共団体の税収増加」というシナリオ、さらには「オンデマンドバスの導入」、「生活関連施設との連携(医療・教育等)」、「生活環境の改善・流出人口の減少」といったシナリオが抽出できます。ポイントは、既存の地域公共交通の維持が困難だから代替手段を検討するのではなく、地域課題を広くとらえて、「移動」を改善することで解決できることを見出し、公共交通の見直しを契機に地域全体の活性化を具体的なシナリオで描くことです。

2.シナリオに基づくデータ分析

分析も過去データに基づく将来予測だけでは不十分です。KPMGジャパンには各種データ分析ツール・ソリューションがありますが、ここではコンジョイント分析手法に基づくエージェントベースモデルによる分析を紹介します(図表2 エージェントベースモデル(イメージ)参照)。

これは、地域公共交通のモード(サービス内容)によって地域住民の行動がどう変化するかをシミュレーションするというものです。個々の地域住民の生活スタイルや交通ニーズを分析することで、個人の移動の選好(所要時間、定時性、身体的負担<疲労>、経済負担<運賃>、天候、景観など) を設定し、交通モードが変化した場合、たとえばオンデマンドバスを導入したときの住民の移動状況をシミュレーションするといったことができます。

特徴は、従来の単純なアンケートや過去データからの推計とは異なり、個人の選好をベースにしているため、よりリアルな分析が可能となることです。なお、地域住民へのアンケート調査が困難であっても、類似の調査データからある程度のシミュレーションが可能です。なによりも、本分析では地域公共交通の「効用・不効用」を可視化し、交通モードの選択において地域住民の満足度を定量的に推計・評価することができます。

3.創出価値の可視化と費用負担の最適化

地域公共交通計画の策定では、創出価値を可視化することも重要です。従来は、交通モードの変更における地方公共団体の財政負担の変化を分析するクロスセクター効果の可視化が一般的でした。その場合、鉄道かバスかの選択肢間のコスト比較になることが多く、創出される価値にはさほど着目されませんでした。しかし、移動が創出する価値に着目することは、移動に係る受益者を可視化することにもつながります。また、費用負担の最適化検討のインプットにすることもできます。

KPMGジャパンには、True Valueモデルという、従来の財務価値だけに着目するのではなく、企業活動の経済価値、社会価値、環境価値をさまざまなファクターやデータを使って可視化するモデルがあります(図表3参照)。

図表3 True Valueブリッジによる価値の見える化

転換期を迎えている鉄道事業 ~地域公共交通の新たなステージ-3

このモデルを応用すれば、地域公共交通が創出する財務価値、経済価値、社会価値、環境価値を可視化することが可能です。財務価値はサービス事業としての収支、経済価値は移動に伴い発生する消費など、社会価値は移動により副次的に期待される効果(高齢者の健康増進、買い物難民の解消、子供の通学時の負担・リスクの軽減など)、環境価値は交通モードの環境負荷とし、これらを定量的かつ金銭換算することで、客観的かつ合理的な費用負担を最適化できるでしょう。

地域公共交通計画の策定に向けては、その後、具体的なサービスデザイン、実現・実行計画の策定、実証実験による検証、計画の最終化、サービス開始という流れで進むことになります。その際には、地域住民の方々が自分事として地域社会課題解決に参加するリビングラボ、交通を軸とした地域経済の活性化に向けたエコシステムのデザイン、各事業者の収支シミュレーションと経営改善といったことが必要となりますので、地域公共交通計画の策定には専門家の協力が不可欠と考えます。

IV.これからの地域公共交通

ここまで地域公共交通計画の策定について説明しましたが、さいごに、これからの地域公共交通を考えるうえで重要な3つのコンセプトについて説明します。

1つ目は、交通モードの有機的重層化です。長距離・大量輸送の交通モードを軸として、それ以外の交通モードを補完的な位置づけとしてきた従来の公共交通とは異なり、長距離・大量輸送の交通モード、地域内の移動をサポートする交通モード、短距離の個人の移動をサポートする交通モードが重層的に機能する新しい公共交通を再構築することが求められていると考えます。ともすると、それぞれの交通モードの最適化を考えがちですが、公共交通はネットワーク価値が最も重要な価値であることは今後も変わりません。したがって、そうした視点での政策誘導が今後の課題になると思われます。

2つ目は、エコシステムの構築です。地域公共交通の収支を検討する際に、交通事業単体の収支で検討しがちですが、移動には目的があり、その目的は地域の経済活動につながるものが多いはずです。そういう意味で、地域公共交通を地域企業のさまざまなサービス・事業と連携させることで、地域のエコシステムを構築し、収益基盤の安定化、地域経済の活性化につなげていくことが求められています。たとえば、観光地では観光資源を、農林水産業が盛んな地域では生産物などを、住宅地域では生活関連サービスを軸にエコシステムをデザインし、そのなかでの地域公共交通の位置づけや役割を明確にしていくことが肝要です。

3つ目は、地域社会課題の解決です。現代の日本において、社会課題が何もない理想的な地域などありません。その地域にとって深刻な社会課題の解決に対して、地域公共交通がどう貢献できるのかが問われていると考えます。たとえば、ウェルビーイングの観点で言えば、より多くの雇用を創出できる地域公共交通、より地域住民同士のつながりを創出できる地域公共交通、さまざまな制約を持つ方がより地域社会に参画できる地域公共交通、より地域住民の健康増進に貢献できる地域公共交通、より自然環境に対する負荷を軽減できる地域公共交通など、地域公共交通が地域に貢献できることを具体的に示すことが求められていると考えます。

執筆者

KPMGジャパン インフラストラクチャーセクター
KPMGコンサルティング株式会社 アソシエイトパートナー
平田 和義