デジタルにおける未来洞察

第1回はテクノロジーの進化における機会と脅威という 2つの側面に対して最適な行動を起こすために、デジタルインテリジェンスにおける未来洞察の重要性や方法論について紹介します。

第1回はテクノロジーの進化における機会と脅威という 2つの側面に対して最適な行動を起こすために、デジタルインテリジェンスにおける未来洞察の重要性や方法論について紹介します。

今、社会や企業におけるデジタル化の進展により、データとアルゴリズムの活用がますます重要になる時代に入ったことを私たちは認識しています。より一層、( 1)データ戦略、( 2)高度なデータ分析、( 3)高いレベルのインテリジェンスから得られるインサイトを用いて、企業や社会が進むべき道を照らし出すことがプロフェッショナルファームに求められます。本連載では上記の3点に関連する内容を掲載していきます。第1回はテクノロジーの進化における機会と脅威という 2つの側面に対して最適な行動を起こすために、デジタルインテリジェンスにおける未来洞察の重要性や方法論について紹介します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1 不確実性への対応には未来洞察が必要
社会や市場が今後どのように変化するかを考えることが未来洞察である。そして、テクノロジーがもたらす影響を機会と脅威の両面から洞察することが重要だ。たとえば、 AI技術のユーザー企業は自動化・効率化による業務集約や経営の高度化の機会を得ているが、 AI技術の台頭により既存サービスからの撤退を迫られる企業もある。

POINT 2 未来洞察は複数業界・技術を横断するアプローチが有効
社会や市場に対してテクノロジーがもたらす変化の兆しを捉えるには、自らの業界だけではなく、複数の業界や技術を横断して見渡すアプローチが有効である。その際には、ビッグデータ分析などの定量的手法と、専門家やエクストリームユーザーの声を聞くなどの定性的手法のどちらも活用する。

POINT 3 未来洞察の展望
AIや量子コンピューティング技術の発展に伴い、より広範囲で定量・定性データを織り込んだ未来洞察が可能となる。未来洞察の手法自体も、デジタルの進化に合わせて変えていくことが求められる。

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Ⅰ 未来洞察の重要性

デジタルが急速に発展する現代において、未来洞察はなぜ必要なのでしょうか。その意義について、ここでは機会と脅威の視点で考えます。

デジタルによる機会と脅威について語るうえでわかりやすい例は、 AI技術の台頭です。 2000年以降の市場規模推移を見ると、 AI市場は 2000年初頭では数十億ドル規模で、一部大企業と政府機関による投資分野という状態でした。しかし、次の 10年で 10倍、そして 2020年代初頭から現在にかけては実に 1兆ドルを超える見通しとなっています。 AI技術のユーザー企業は自動化・効率化による業務集約や経営の高度化の機会を得ており、ソリューションプロバイダはおよそすべての業界・業種に対してビジネスチャンスを持っている状況となりました。

一方で、 AI技術の台頭によっておよそ全ての業界において労働力の変革が起こることは明らかであり、個人のレベルではリスキリング、企業に対しては事業戦略やポートフォリオの転換などが今まさに求められています。損失した市場規模が正確に算出されているわけではありませんが、 AI技術を利用したドライバーと顧客のマッチングを行うライドシェアサービスの台頭による既存タクシー業界への打撃など、まさにデジタル技術の台頭によって既存サービスが数年の間で椅子を奪われてしまうといった事象が現実に起こっています。

事業ポートフォリオの柔軟な転換が困難であると思われる業種こそ、デジタル技術をトリガーとする変革によって創出される機会を捉え、脅威を回避する戦略を実行すべく、未来洞察を行うことが重要であると考えます。

Ⅱ デジタルにおける未来洞察の対象

1.技術的側面から社会動向を俯瞰

現代の社会動向と企業経営は複雑に関連し合っていますから、未来洞察をするには自社を取り巻く外部環境の分析が必須となります(図表 1参照)。このような外部環境分析を行うフレームワークの 1つに、「Politics(政治)」、「 Economy(経済)」、「Society(社会)」、「 Technology(技術)」の4つの側面から自社に与える影響を考察するPEST分析があります。 KPMGアドバイザリーライトハウスデジタルインテリジェンスの未来洞察は、そのなかの技術的トリガーから外部環境を俯瞰し、企業との接点を考察します。

図表1 Intelligenceの重要性

図表1 Intelligenceの重要性

出所:KPMG作成

2. メタバースでの例

ここでは例として、メタバースや Web3.0の普及がどのように社会や政治などの外部環境に影響を与えているかを考察します。

今はまだ黎明期かもしれませんが、メタバースの世界において NFTに紐づけられた個性ある服や住宅が徐々に広まりつつあります。それらを BtoCで売る事業者やメタバース上で売買するための市場を提供するBtoB事業者が増えたことで、まったく新しい市場が形成され始めました。

一方で、人権問題やマネーロンダリング、テロリズムなどの国際的な問題が生じる可能性、 NFTに紐づけられた資産のメタバースでの所有や取引など、法規制や税務面で多くの課題があります。今後は、法規制や税務をどのように整備していくべきかという政治的側面も考える必要があるでしょう。

これらを踏まえて、既存企業はリアルの世界とメタバースの世界との間にどのような接点を見出すべきでしょうか? 

KPMG Australiaが2022年に発行した「Future of XR1」にはメタバースに関する興味深い未来洞察が多く記されております。ここでは、その一説を紹介します。「2030年までに、人々は現実世界よりもメタバースで過ごすようになり、メタバースの経済的価値は物理的な世界の資産の経済的価値に挑戦し始めるでしょう。仕事に応募したり、生計を立てたり、買い物をしたり、友人と会ったり、さらにはメタバースで結婚したりする人もいるでしょう」。(執筆者訳)

むろん、上記は 1つの仮説ですが、将来、社会にメタバースが浸透したとして、実際に人々がどのような価値を享受して、企業との接点がどのようになっているでしょうか?

デジタルにおける未来洞察では、このように技術トリガーで起きることを主に論じながら、政治・経済・社会的外部環境にも踏み込んで考えていきます。

Ⅲ 未来洞察の方法論

1.フォアキャスティングとバックキャスティング

未来洞察の方法を大別すると、現在の立ち位置から未来を占う「フォアキャスティング」と、最初に未来の姿を描いてから、どうすればその未来が実現できるかの道筋を考える「バックキャスティング」があります。前者は現在のビジネスやサービスを前提にどのように発展させていくかを検討するときに、後者は環境問題などあるべき姿に共感しやすく、打ち手が多く考えられる課題を検討するときに用いられます。フォアキャスティングとバックキャスティングは、検討内容によって使い分けますが、

本稿ではフォアキャスティングにフォーカスして説明します。 

2. 定量的なアプローチ

未来洞察における定量的なアプローチの1つに、ビッグデータの分析などにより予測を立てるという手法があります。ビッグデータを分析した事例のなかには、ディープラーニングや自然言語処理を活用し、物価指数やエネルギー、金属価格をはじめとする数千の品目で 1年先までの価格の予測を行う、日本の企業からローンチされたサービスもあります。データに基づいた客観的な結果が得られ、納得度の高い、非常に有効なアプローチです。一方で、データが示す延長線上の事柄のみに有効ですから、そもそも参考となりそうなデータが無い事柄では活用しにくいという短所があります。たとえば、前記の「メタバースの世界がどのように発展していくか」などの問いに答えるには不向きと言えるでしょう。 

3. 定性的なアプローチ

定性的なアプローチでは、たとえば UX(ユーザーエクスペリエンス)調査の手法であるエスノグラフィー調査が有効です。この手法を使えば、顕在化・明文化されていないニーズや、未来ではこう進化するのではという気づきが得られます。ある動画サービスアプリ企業の創設者は、電車内で高校生が楽しそうに会話をしながら動画を見せ合っている様子を見て動画 SNS というサービスを創出、一大カテゴリーとして認識されるまでに成長させました。

また、有識者へのアンケートやインタビューをベースとしたデルファイ法なども有効です。これは、複数の専門家の見立てを分析することで、広い視野かつ現実に即した結果が得られやすいという特徴があります。

一方で、定性調査の短所としては、調査対象となる専門家やユーザーの選定、質問をどう設計するかなど、調査する側のバイアスが生じやすくなる点が挙げられます。 

4. 定量的手法と定性的手法を混ぜる

上記の短所を補う方法として、定量的と定性的、両方を組み合わせるという方法があります。たとえば、人口動態やマーケットの成長をシミュレーションした複数の予測の軸を立てながら、有識者やエクストリームユーザーの声から導いた結果を掛け合わせ、いくつかの未来洞察のシナリオを構築する手法です。 

5. 複数の兆しから未来洞察を行う

ビジネスの未来が真っ直ぐな延長線上にあると仮定すると、その未来は描きやすいものの、多くのケースでそのようにはならないと経験からわかっています。そのような延長線上にはない未来を描くには、何らかの工夫が必要となります。たとえば、自動車業界を中心に自動走行の技術が進化し、医療業界では遠隔診療の技術が発達してきています。 2つの未来の延長線が干渉し合う姿を想像すると、「自動走行する車により機材が遠隔地に速やかに送られ、処置まで含めた医療の提供が可能となる」というビジネスが描けます。現時点では個別に運営しているサービスでも、関連が考えられそうな技術やサービスを複数の延長線で考え、それぞれを絡めて考えることで、現在は姿形のないサービスがいくつも見えてきます。

6. 長期的な未来予測

30年、50年先などといった比較的長期の未来洞察を行う場合、複数軸での交差によるイノベーションが何度も起き、きわめて予測が難しくなります。

そのような長期の未来洞察に向けては、ペースレイヤリングという考え方が有効です。たとえば、ファッションの流行は早く変わりますが、それと比べて商業の変化は緩やかです。インフラや政治の変化はさらに緩やかと考えられます。対して、自然環境の変化は最も緩やかですが、絶対的な影響を及ぼして文化を形づくり、それに追従して政治やインフラ、商業に確実な影響を及ぼします。それぞれ異なる速度で変化し、異なる強さで影響し合っているという考え方です。 

3年や5年程度の短期間の未来洞察では、気候変動レイヤーは視野の外に置いても支障が無いことは言うに及ばずですが、長期の未来洞察ではこれらを抜きにしては語れません。むしろ気候変動や人口動態などは、変化の早い商業レイヤーなどと比較して予測が大きく外れにくく、重要な足がかりになります。 

Ⅳ 未来洞察の適用

1.技術をトリガーとした、社会と企業の接点

それでは、未来洞察の結果をどのように活用すべきなのでしょうか? これには長期的な活用法と短期的な活用法があります。 

2. 長期的な活用方法

機会と脅威について前記しましたが、未来洞察を行うことで、新たなチャンスを見出し、どの分野に投資を行うかの検討材料とすることができます。また、既存のビジネスモデルを覆すような脅威にいち早く気づき、舵取りを行うことも可能です。このように、長期の視点では経営戦略的な判断材料となりうるため、未来洞察も自ずと多くの産業や技術を跨いで展望することが必要となってきます。 

3. 短期的な活用方法

短期的には、たとえばある 1つのプロジェクトにフォーカスして、ダブルダイヤモンドのフレームワークに活用することなどが考えられます(図表 2参照)。これは課題を捉える前半の「イシューディスカバリー」と、解決策を捉える後半の「アイディエーション」の 2つの菱形で表現されたデザインシンキングプロセスです。両パートにおいて、拡散と収束を辿ることが特徴的ですが、特にイシューディスカバリーでの拡散プロセスで多くの情報を得て、広く深く理解を得ることが大切です。そのため、未来洞察アプローチを 1つのワークショップとして実施して、現状を捉え、未来を占うプロセスとして実施することも効果的であると考えます。

図表2 ダブルダイヤモンドのデザイン シンキングプロセス

図表2 ダブルダイヤモンドのデザイン シンキングプロセス

出所:KPMG作成

Ⅴ未来洞察の課題と展望

1.未来洞察の課題

未来洞察は対象とする時間が長期になるほど、どうしても不確実性が増してきます。

また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行のような、根本的に予測が難しい大きな社会変化が起こった場合、未来洞察は見直しを迫られることとなります。たとえば、 COVID-1 9の流行を先ほどのペースレイヤリングの考え方で整理すると、商流への影響、医療体制などのインフラ、政治、人々の考え方や文化という各レイヤーにおいて短期間で強い影響を及ぼした、ということを理解できるかと思ます。

2. 未来洞察の展望

今後、 AIや機械学習のアルゴリズム、量子コンピューターの計算能力がより向上していけば、未来洞察の技術革新も飛躍することでしょう。最近では、大手建設会社が位置情報などのビッグデータとシミュレーション技術を掛け合わせて、交通・防災・観光の最適化を図るためのデータ分析プラットフォームの構築に量子コンピューターを活用している事例もあります。プロジェクトの規模としても大きく、長期のスパンを見渡さなければならない公共系の事業では、特にこの恩恵を受けるのではないでしょうか。また、 AIの事例には、複数の単語を入力することで画像を生成するサービスもあり、一般の方々に驚きとともに受け止められています。

遠くない将来には、人の想像の及ばない未来洞察を、 AIが1枚の絵や 1本の動画として生成するようになるかもしれません。そして、未来洞察者は、それが何を示しているのかをデータサイエンティストや UXリサーチャーから構成されるチームで分析・解読するようになるのかもしれません。 

執筆者

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンス リード
佐藤 昌平/マネージャー
KPMGコンサルティング
デジタルトランスフォーメーションアクセラレーション
山崎 智彦/シニアマネジャー

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