社会的価値と経済的価値を同時に生み出し続けるANAのESG経営

ANAホールディングス株式会社 上席執行役員 グループCSO(Chief Sustainability Officer)、サステナビリティ推進部長の宮田千夏子氏にお話を伺います。

ANAホールディングス株式会社の宮田千夏子氏にお話を伺います。

コロナ禍、ロシア・ウクライナ情勢、気候変動や人権などの社会問題、また、2050年のカーボンニュートラルへ向けたCO2排出削減義務化などを受け、航空業界は非常に厳しい状況にあります。そのようななか、ANAグループは2050年度カーボンニュートラルの実現に向けたトランジション戦略の策定し、持続可能な航空燃料(SAF)の製造と普及を通じたカーボンニュートラルを目指す「Act for Sky」への参画、お客様とのコミュニケーションを強化していくため「ANA Future Promise」の発信など、積極的な活動を展開してきました。

今回は、サプライチェーン全体でのSDGsをどう実現していくか。ESG経営のなかで特に重要視していることは何か。ANAホールディングス株式会社 上席執行役員 グループCSO(Chief Sustainability Officer)、サステナビリティ推進部長の宮田 千夏子氏にお話を伺います。

インタビュアー=吉田 靖 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部 マネージング・ディレクター
Clients&Markets部 セクター統轄室長

対談時には感染対策を十分に行い、写真撮影時のみマスクを外しています。
所属・役職は、2023年1月時点のものです。

人との対話を中心に、ESG経営のサイクルを回す

吉田:

御社はESGに配慮した事業戦略を推進することで社会的価値と経済的価値を同時に創出し、グループ経営理念である「安心と信頼を基礎に世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献します」という経営方針を示されており、積極的に取組みなどを外部発信されており、またさまざまなアワードも受賞されています。御社のESG経営の考え方について教えてください。

対談
宮田 千夏子 氏
ANAホールディングス株式会社
上席執行役員 グループCSO(Chief Sustainability Officer)、サステナビリティ推進部長
1986年全日本空輸株式会社入社。客室乗務員を経て、2007年4月にCSR推進室リスクマネジメント部へ異動(主席部員)。2011年6月に、スカイネットアジア航空株式会社に出向。2015年7月に、ANAホールディングス株式会社に出向。2020年からANAホールディングス株式会社 執行役員、2022年4月より上席執行役員就任。

宮田:

社会の状況変化や気候変動による影響を受けやすい業界として、事業を持続的に成長させていくためには、安定した社会の実現が必要との観点で、ESG経営は非常に重要だと思っています。ESGには気候変動、ビジネスと人権などさまざまなテーマがありますが、私たちがベースに置いているのは企業活動において環境、社会、ガバナンスに配慮するということです。そのためには、自分たちが置かれている社会の状況、社会からの要望をきちんと把握することが必要です。そういう意味では、具体的な取組みだけではなく、どうやってESG経営を回していくかという、そのサイクルが重要になります。

 私たちはそのサイクルのスタート地点を社外のステークホルダーとの「対話」だと思っています。自分たちが考えることだけではなく、社会がどう動いていて、どの方向に向かおうとしているのか。SDGsなどの社会課題などへの対応も含め、ANAグループにどういうことが期待されているか。対話によって把握した社会からの要請、ANAグループにとってのリスクと機会を自分たちなりに噛み砕きながら、実際に経営会議などで議論したうえで、具体的な取組みに活かしていくのです。

 その取組みについて何を目指して具体的にどう取り組んでいくのか、どこまで進捗しているのか、透明性ある情報開示することも大変重要です。ANAグループとしての姿勢や、ESG経営にかかわる考え方などのストーリーも正確に伝えることが大切です。

 これらの対話、具体的な取組み、情報開示のサイクルを回すことですESG経営を推進しています。対話し、社会からの要請を把握して、取組みに活かし、情報開示する。そしてまたその情報開示に基づいて対話する。このサイクルを回していくことをESG経営の中心に置いています。

航空業界におけるカーボンニュートラル実現に欠かせない、SAFの安定供給

吉田:

2050年のカーボンニュートラルを目指して、企業にはますますCO2排出削減が求められていますが、航空業界はビジネスモデル上特にCO2排出削減が困難とされています。その点についてご説明いただけないでしょうか?

対談
吉田 靖
有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部 マネージング・ディレクター
Clients&Markets部 セクター統轄室長
2016年KPMGコンサルティング入社、2018年あずさ監査法人入社以来、さまざまな企業にアカウンティングアドバイザリーを提供している。加えて、2019年よりKPMGジャパンのセクター活動全般を統轄リードしつつ、ANAアカウントリーダーとしてKPMGチームを牽引しANAグループのさまざまな経営課題に向き合った活動を展開している。

宮田:

航空事業は、航空機を使って人やモノを運び、つながりをつくることによって経済を発展させるとともに社会課題の解決にも貢献できると考えます。しかし現在ではまだ、航空機を飛ばす過程で多くのCO2を排出するため、環境に大きな負荷をかけています。これまでもオペレーション上の改善、省燃費機材の導入などに取り組んできましたが、2050年カーボンニュートラル実現という野心的な目標に向けては、航空業界ではCO2排出削減を進めていく手段を十分に活用できる状況ではありません。

 水素・電動飛行機などの研究は着実に進んでいますが、現在の規模感の航空機を国際線の距離を前提とした場合、難しいところがありますし、航空機・空港施設などのインフラを大きく変更することが必要です。そのため、内燃燃料を使用しながら脱炭素を進めていくことが必須です。

 国際航空はパリ協定の枠外で、業界団体によるガイドラインにより取組みを進めています。ICAO(国際民間航空機関)のガイドラインでは、「2020年以降CO2総排出量を増加させない」という目標を掲げ、増加した分はオフセットが求められます。また、2022年10月に開催されたICAO総会では、2024年からの「CORSIA(国際民間航空のためのカーボンオフセットおよび削減スキーム)」のCO2排出量ベースラインを、2019年比85%に見直されました。

吉田:

航空業界はどのような取組みでカーボンニュートラルを実現しようとしているのでしょうか?SAFによるCO2削減というような文脈がメディアでも御社のホームページでも頻繁にみられますが、ご説明いただけないでしょうか?

宮田:

従来の燃料を、CO2排出量削減効果のある持続可能な航空燃料「SAF(Sustainable Aviation Fuel)」に変更することで脱炭素化を実現しようとしています。SAFとは、バイオマスやトウモロコシや間伐材などのセルロース系原料や廃食油などの動植物油脂を原料とする燃料のことです。もともとはバイオ燃料と呼ばれていましたが、非バイオマスの原料からも製造できるようになったことから、SAFと称されるようになりました。

図表1

図表1 2050年 カーボンニュートラルへ向けたトランジションシナリオ

 私たちは、このSAFが航空業界にとって脱炭素の大きな切り札になると考えています。なぜなら、SAFは原材料の収集から使用までのプロセスにおけるライフサイクルでのCO2排出量が石油系燃料に比べて約80%少ないと言われているからです。加えて、SAFは今のジェット燃料にそのまま混ぜて使うことができます。技術的にも確立されており、航空機の仕様や設計、空港施設などのインフラをそのまま使用できるという利点があり、欧米ではすでに商用化されています。

 しかし、現段階ではSAFを全面的に使うことはできません。それは、供給量が圧倒的に不足しているからです。現在世界で使われているジェット燃料の量に対し、SAFの供給量は0.1%以下です。手段としての有効性はあるものの、総量ではまったく足りていません。また、現在のジェット燃料に比べて、2~10倍という価格の高さも課題となっています。

 私たちは環境目標として、2050年度カーボンニュートラルの実現を掲げています。この目標はパリ協定で求めている1.5℃目標にあたるものですが、それを達成する道筋にはSAFをいかに安定的に調達できるか、安定的に供給してもらえる環境をつくるかが重要になってきます。

 とはいえ、私たちには燃料を製造することはできませんから、製造業者が安定してSAFを作れるようにすること、原材料調達から使用までのサプライチェーンを構築すること、さまざまなステークホルダーとの協働が不可欠です。これはANAグループだけではなく、航空産業が脱炭素を成し遂げるため、また航空輸送を未来の社会に必要とされる産業とするためにも必要だと思っています。

吉田:

SAFは、欧米ではすでに商用化されているとのことですが、日本では商用化されていません。この点について、国の政策や業界団体の動きの観点からご意見をお聞かせください。

宮田:

国産SAFの商用化と普及は必須です。国際競争力の観点からも、海外の航空会社も含めて日本製SAFを使える環境をつくることは重要です。さらに、エネルギー安全保障の観点では、燃料を自給できないことは国の弱みになるとも思っています。エネルギーは地政学リスクの影響を受けやすい領域ですから、リスクをコントロールするためにも、SAFの国産化は必要だと思っています。

 しかし、これは個社だけで実現するのは難しいことです。幸いなことに、航空産業はICAOやIATA(国際航空運送協会)など、業界として取組みを進めており、業界団体として他社と協働していくことができます。また、2022年4月には、「国産SAFの導入促進に向けた官民協議会」も立ち上がりました。今は、2030年頃までに国産SAFを安定供給できることを目指し、Act for Sky(国産SAFの製造と普及を通じてカーボンニュートラルな航空事業の実現を目指す活動)などを通じてオールジャパンで取り組んでいるところです。

トランジション戦略によって、2050年カーボンニュートラルの実現を目指す

吉田:

ANAグループは2022年8月に、カーボンニュートラルを達成するためのトランジション戦略を公表されました。これはどのような戦略でしょうか。

宮田:

私たちはまず、ESGに関して2030年、2050年という長期の観点で何を目指すのかという目標を立てました。しかし、それが単なる目標となっては意味がありません。そこで、その目標にどう到達するのかという道筋を立てることにしました。それがトランジション戦略です。

 具体的には、2050年度のカーボンニュートラル実現に向け、「運航上の改善・航空機等の技術革新」「SAFの活用等航空燃料の低炭素化」「排出権取引制度の活用」「ネガティブエミッション技術(NETs)の活用」の施策を組み合わせて対応していきます。

「運航上の改善・航空機等の技術革新」については、次世代低炭素機材の導入に加え、各運航の段階に合わせた燃料節減の推進、エンジンの洗浄による燃費効率の向上など、日々のオペレーションにおける地道な取組みがあります。「SAFの活用等航空燃料の低炭素化」は航空の脱炭素化において不可欠であり、2030年に消費燃料の10%をSAFに置き換え、2050年にはほぼ全量を低炭素化する予定です。そのために、SAFにかかわるサプライチェーン構築に向けた官民・産業間の連携を推進します。

 ただ、こうした努力を積み重ねても、最終的に残るCO2排出については、ネガティブエミッション技術で対応するつもりです。ネガティブエミッション技術とは、大気中からCO2を回収・吸収し、貯留・固定化する技術のことです。

 脱炭素化を進める過程では、排出権取引制度の活用は必要ですが、最終的には排出権取引に頼らずにカーボンニュートラルを達成したいと考えています。

対談

吉田:

トランジション戦略のなかでは、水素・電動飛行機の活用の可能性については検討されているのでしょうか。

宮田:

現時点では、水素・電動飛行機の活用をトランジション戦略には入れていません。たしかに水素や電気を活用する技術開発は航空機メーカーを含めてさまざまなところで進んでいますが、時間軸も含めてまだ不透明性が高いからです。ただ、2050年という長期的な時間軸で考えれば、技術革新もどんどん進んでいくでしょうし、私たちももっと多様なCO2削減の手段を手にして行くことができればと考えております。ですから、今後の開発状況を注視しながら、トランジション戦略も、社会動向を見ながら、適宜見直していきたいと思っています。水素・電動飛行機の開発状況が見えてきた時点で、シナリオに反映させていければと考えています。

吉田:

トランジション戦略では、SAF Flight Initiativeを積極的に推進していくとされています。これはどのような取組みなのでしょうか。

宮田:

SAF Flight Initiativeは、サプライチェーンにおけるCO2排出量削減に向け、航空輸送サービスをご利用いただく企業様と共同で取り組む新しいプログラムです。

図表2

図表2 SAF Flight Initiative プログラムのしくみ

先ほど、脱炭素の道筋において、航空業界が置かれている状況は少し特殊であると説明しました。実際、ほんの数年前まで、SAFに頼らなければ航空業界はカーボンニュートラルを達成できないということはほとんど知られていませんでした。そこで私たちはさまざまな媒体を活用し、航空業界が置かれた状況やSAFについて現状を発信してきました。今では、SAFという言葉もかなり認知度が上がったように思っています。

 そして、次のステップはSAFの普及・利用促進に向けた環境づくりです。環境づくりにはさまざまなステークホルダーとの協働が必要です。その具体的な取組みとして、SAF Flight Initiativeというプログラムを作りました。

吉田:

サプライチェーンにおけるCO2排出量削減基準であるGHGプロトコルでは、事業者自らによる直接排出であるスコープ1、他社から供給された燃料の使用による間接排出のスコープ2だけでなく、事業活動を通じた間接排出であるスコープ3についても削減を求めていますね。

宮田:

はい。私たちは航空機を使った輸送手段を提供していますから、航空機を利用されるお客様も重要なステークホルダーです。荷物の輸送や出張等の利用はスコープ3に該当します。そこで、私どもの航空機をご利用の企業様にCO2削減の環境価値を提供できないかということで、SAF Flight Initiativeを立ち上げました。このプログラムでは、ANAがSAF購入時にサプライヤーよりSAFメーカーのCO2削減証書を受領し、これを紐づけて分割した証書をプログラム参加企業様に発行するというものです。

私たちは輸送手段としての航空を通じ、ご利用いただく企業様の環境負荷低減にも貢献できるよう取り組んで行きたいと思っております。

1 SAF Flight Initiative GHGプロトコルに基づく脱酸素プログラム|ANA)
https://www.ana.co.jp/ja/jp/brand/ana-future-promise/saf-flight-initiative/

原材料の確保、商用化、クレジット… 課題が山積するSAF商用化

吉田:

今まさに国産SAFの商用化と普及に向けて動き出しているとのことですが、取組みのなかでどのような課題があるのでしょうか。

宮田:

すべてが課題です。まず原材料をどう確保するか。SAFの原材料はいろいろありますが、いずれも有限です。現段階で安定した技術としては廃食油がありますが、他の燃料技術でも活用できることから、取り合いの様相を呈しています。エタノールなどから製造する合成燃料など、SAFの供給量が絶対的に不足している現状から、さまざまな原材料・技術を視野に入れていく必要があります。

 製造も、日本ではまだ商用化に至っていません。SAFがすでに商用化されている海外に比べれば数周遅れている状況です。SAF製造に加え、認証などのルール整備も必要であり、日本としてのガイドラインの策定に動いているところです。また、日本政府も2030年を目途に国産SAFを商用化に向けたロードマップを策定し、官民一体となった取組みが進んでいます。

 クレジットについても課題があります。現時点で、日本製のクレジットはICAO CORSIAでは認められていません。前述したように、航空会社にはオフセットの義務がありますから、増加したCO2排出量はオフセットしなければならない。その手段はSAFと排出権取引なのですが、SAFを調達することが難しい現状から、当分は排出権取引を行わざるを得ない状況のため、航空会社がクレジットを購入できる環境がないと厳しいです。

 SAFの地産地消によって、ライフサイクル全体のCO2排出量をより減らすことができ、価格を抑えることができます。国産SAFの安定供給には、航空会社だけでなく、日本経済全体にも大きな意味があります。

人権や人的資本へのフォーカス、「社員・協力関係者があってこそお客様への価値提供がある」

吉田:

次に、人権や人的資本についてお聞かせください。御社のサステナビリティレポートでは、脱炭素はもちろんのこと、人権や人的資本にもかなりフォーカスされているようです。これには、どのような背景があるのでしょうか。

宮田:

ESGのなかでもE(環境)は明確な課題があり、企業の取組みでも具体的な定量目標をつくりながら進められます。一方、SDGsの17項目のなかに「人権」はありません。しかし、すべてのゴールのベースは人だと思っています。最近では、欧州でも、人権と環境を別々に分けて考えるのはおかしいのではないかという流れになっています。気候変動や生態系の維持ができないことによって、影響を受けるのは人だからです。ESGのS(社会)、特に人を中心とした領域は、まさにこれからさらに重要になってくるのではないかと思います。

 もう1つ、新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID‑19」という)の世界的流行によって、改めて人にフォーカスが当たるようになったという気がしています。なかでもよく言われているのが、従業員・のステークホルダーとしての位置付けです。この重要性はこれまで以上に大きくなっていると思います。ご存知のように、COVID‑19の影響を強く受けている業界の1つが航空業界です。3年に及ぶこのCOVID‑19で事業環境が厳しくなるなかでは、社員に出向をお願いしたりもしました。「原則雇用を守る」という前提には、「社員があってこそANAグループの発展がある」という考えによるものです。コロナ禍のこの厳しい状況をなんとかみんなで乗り越えようということで、頑張っています。

吉田:

出向することで、社員の皆さんはむしろ本業以外の多様な経験ができそうです。

宮田:

はい。多くの社員が出向するという厳しい状況でも、そのなかで発見できた良い部分もあります。今回は、多くの企業がANAグループからの出向を受け入れてくださいました。なかにはまったく違う分野の業務もありますが、出向先企業からANAグループの社員を褒めていただくことも多く、改めてANAグループの人財の力を感じられました。

 また、今、多様性の議論が活発になっていますが、いろいろな視点を持った人が集まること自体も多様性だと、私は思っています。その意味で、ANAグループの外を見てきた人たちが今後戻ってきたとき、新しいものがもたらされる。そして、長い目で見れば、この組織はすごく強い組織になるのではないかと思います。今回はCOVID‑19の影響で出向となったわけですが、この厳しい状況、リスクをチャンスに変えていくことで、ANAグループはさらに大きく発展できると考えています。

吉田:

ここ数年、欧米を中心にサプライチェーンにおける人権リスクが話題になっています。御社では、人権リスクに対してどのような取組みをなさっているのでしょうか。

宮田:

今、欧州を中心に人権に関する法令化が進んできています。特に注目したいのが人権・環境デューデリジェンスです。サプライチェーン全体で、きちんと人に向き合うこと、特に立場的に脆弱な環境に置かれている人々への人権に配慮する必要があると考えています。どの企業もそうですが、グローバル化が進んだ今の時代、自社だけでオペレーションは成り立ちません。さまざまなサプライチェーンでつながる企業・人々の協力があってこそ、事業が成り立つのです。その意味では、自社の社員だけでなく、サプライチェーンにおける人の観点も重要だと考えています。

 ANAグループも、2016年に国連のビジネスと人権のガイドラインに沿って、人権デューデリジェンスを実施しました。私たちの事業全般から人権リスクを優先順位付けしたのですが、そのなかでサプライチェーンのテーマとして出てきたのが、日本における外国人労働者の問題です。これは「なぜ?」と思われるかもしれません。実は、飛行機の清掃や荷物の搭載など、日々のオペレーションの現場には多くの外国人労働者が働いています。彼らを雇用しているのは委託先企業とはいえ、日本における外国人労働者の課題はグローバルの観点から見ると特に厳しい目で見られています。この課題においては、外国人労働者が適切な環境でマネジメントされているということを、ANAグループが委託元としてきちんと把握することが重要だと考えております。

吉田:

委託先企業の人権リスクは、どのように把握されているのでしょうか。

宮田:

具体的な取組みとしては、出身国、在留資格の種類、人数などの状況把握、また外国人労働者が実際にどのような環境で働いているのか、委託先企業の協力を得て実態を把握するようにしています。委託先の外国人労働者を対象としたアンケートも実施しています。アンケートで気になる部分があれば、実際に現場に行ってヒアリングし、対応します。

 この取組みを通して、わかったことがあります。それは問題の多くが、よく世の中で言われているような搾取などということではなく、コミュニケーションの問題などということです。たとえば、「休憩室のスペースを広げてほしい」といった要望が上がってきたら、それに対応することでより働きやすくなります。このように、現場の声を聞きながら職場環境を改善していくことで、多くの問題が解決できると考えています。今後、アフターコロナの世界に向かっていくなかで、グループの社員ももちろん、オペレーションを支える委託先企業、サプライチェーンにつながる企業の状況もよりきちんと見ていく必要があると思っています。

社員やお客様とともに進むための「ANA Future Promise」

吉田:

御社のホームページを拝見しますと、非常に大きく、お客様とともにESG経営を推進する「ANA Future Promise」というスローガンが目に飛び込んできます。なぜ、このようなスローガンをつくったのでしょうか。

宮田:

「ANA Future Promise」には、お客様とのコミュニケーションによって、お客様とともにESGを推進していくというメッセージが込められています。

 ANA Future Promise は、持続可能な社会の実現と企業価値向上を目指し、ANAグループが一体となってESG(環境・社会・ガバナンス)の各分野で、お客様のご理解やご協力をいただきながら会社事業を通して各種の取組みを行ってゆくことによって、SDGsの達成を目指すという社会へのコミットメントです。

 たとえば、機内のプラスチック用品を紙製や木製のものに変えたり、廃棄予定の整備作業着をバッグにリサイクルするなど、私たちのSDGsやサステナビリティに関する取組みを、お客様や社員にストーリーとして伝え、理解してもらう。遠い世界の難しいお話ではなくて、日々の自分たちが関わる身近なところでSDGsが実現できていることを感じてもらうことが重要だと思います。

 現状、日本のSDGsのランキングは残念ながら低いですが、新しい技術にしてもカーボンニュートラルにしても、日本企業は真面目に取り組んでいます。その取組みをグローバルに認めてもらうためには、それをもっと発信していく必要があります。一社だけではなく、多くの日本企業が日本としての取組みを発信していけば、企業のESG推進がさらに促進され、良いサイクルに入っていくのではないかと思います。

吉田:

ありがとうございました。

対談