近視眼的な審査対応が逆に通過を阻む上場準備会社のあるべき姿勢が問われる3つの場面

旬刊経理情報(中央経済社発行)2023年2月20日号(No.1669)に 上場準備会社のあるべき姿勢に関するKPMGの解説記事が掲載されました。

旬刊経理情報(中央経済社発行)2023年2月20日号(No.1669)に 上場準備会社のあるべき姿勢に関するKPMGの解説記事が掲載されました。

本記事は、「旬刊経理情報 2023年2月20日号」(通巻No. 1669)に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

この記事のエッセンス

  • 上場審査の通過に意識が向かいがちな上場準備だが、審査通過に意識が向かいすぎることがかえって審査通過の妨げになることもある。
  • 上場準備の目的を正しく理解し、本質的に自社が上場企業になるにあたって、何が不足しているのかを考え、自社に必要なガバナンス体制や内部管理体制の整備・運用、上場後に必要な投資者との対話の準備を行うことこそが、上場準備の要諦であり、上場審査の通過の鍵である。
  • 上場準備のなかで「専門家から指摘を受けたとき」、「不祥事が発生したとき」、「上場審査時に質問を受けたとき」の3つの場面では、その姿勢が原因で誤った対応を取ることが多いので注意が必要である。

1.はじめに

上場を目指す企業にとって、重要なのは上場準備において、何をするかの前に、“どのような姿勢で臨むか”であり、その姿勢を誤ることで上場審査を通過しない事例や、審査を通過した上場後に準備不足が原因で苦労する事例が後を絶たない。そこで、どのような手順で上場準備をしていくかを後記「上場までの4つのステップとスケジュール」で、上場審査ではどのようなことが行われるかについて後記「上場審査の概要」で解説したうえで、後記「上場準備で姿勢が問われる3場面」において、どのような姿勢で臨むべきかについて述べる。

上場準備時のあるべき姿勢について正しく理解し、スムーズな審査通過のみならず、上場後に待ち受けているさまざまな対応事項への準備に役立てていただければ幸いである。

2.上場までの4つのステップとスケジュール

主題に入る前に、上場準備に係る大まかなステップについて触れておきたい(図表1)。

図表1 上場までの4つのステップとスケジュール

近視眼的な審査対応が逆に通過を阻む上場準備会社のあるべき姿勢が問われる3つの場面-1

図表1のステップ1では上場まで全体のスケジュールを決めるとともに、目指す市場、資本政策を決定する。目指す市場によって対象とする企業のコンセプトが異なり(図表2参照)、上場審査の内容や投資者が抱く企業に対するイメージが異なってくる。企業の中期計画、成長戦略と整合する全体計画、すなわち上場時期、上場市場、資本政策(どのタイミングでどれくらいの資金調達をするか、株主構成をどうするか、時価総額をいくらで見積もるか)を決定する。

ステップ2では、上場に向けた課題の洗い出しを行う。上場企業に求められるガバナンス、内部管理体制のレベルは、上場準備を開始した時点のレベルと異なることが多いため、それらの差を課題として認識し、重要な課題や改善に時間を要する課題を優先して解決すべく、内部管理体制の整備を行う。また監査法人の決定もこのタイミングで行う。

ステップ3では、ステップ2で重要性が低いと判断した課題、または改善に時間を要し未解決となっている課題について、内部管理体制の整備を完了させ、整備した内部管理体制の定着化や見直しを目的として、運用を行う。また、主幹事証券会社を決定した後、主幹事証券会社の公開引受部からガバナンスや内部管理体制の整備・運用状況に関する、要改善点について指摘を受け、改善を図る。

ステップ4では、ステップ3で整備した内部管理体制の運用フェーズに入る。これら運用実績があることを受けて、主幹事証券会社の審査を受け、通過後取引所に上場申請し、取引所の上場審査を受けることになる。主幹事証券会社による審査項目は、取引所による審査項目に沿って行う。

主幹事証券会社審査の審査スケジュールは公表されていないが、取引所の審査については、標準的な審査スケジュールが公表されているため、後記「上場審査の概要」では、取引所審査について記載し、なかでもIPO件数が最も多い東京証券取引所の上場審査について記載する。

図表2 市場コンセプト

近視眼的な審査対応が逆に通過を阻む上場準備会社のあるべき姿勢が問われる3つの場面-2

出所:東証ホームページをもとに筆者作成

3.上場審査の概要

(1)形式要件と実質審査基準

取引所では投資家保護の観点から、上場会社として一定の適格性を有しているかどうか、新規上場に関して定められた諸規則に基づいて、上場申請を取引所に対し行った会社(以下「申請会社」とする)に対して上場審査を行う。新規上場に関する諸規則は、「有価証券上場規程」、「有価証券上場規程施行規則」、および「上場審査等に関するガイドライン」によって構成されている。

諸規則によって定められた上場審査基準には、株主数や利益の額などを確認する定量的な要件である「形式要件」(図表3参照)と開示の体制やコーポレート・ガバナンスの状況などを確認する定性的な基準である「実質審査基準」(図表4)に大別される。

図表3 形式要件

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出所:有価証券上場規程をもとに作成

図表4 実質審査基準

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出所:有価証券上場規程をもとに作成

(2)上場審査のスケジュール

実質審査基準に係る審査を図表5のスケジュールで取引所は行う。

図表5 取引所上場審査スケジュールモデルケース

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出所:新規上場ガイドブック(プライム、スタンダード、グロース)7~8頁をもとに筆者作成

図表5のとおり、プライムおよびスタンダード市場では約3ヵ月、グロース市場では約2ヵ月で、審査担当者は申請会社について、図表4に示した項目を確認していく。第1回から第3回にわたる質問数は500問を超えることも珍しくなく、質問対応に膨大な時間が必要になる。その質問と回答のやり取りを行う期間はプライムおよびスタンダード市場で約2ヵ月、グロース市場で約1ヵ月と1週間であり、短期間での対応が求められる。これら質問と回答のやり取りを通じて審査担当者は申請会社に対する心証形成を行う。個々の質問に対する回答の内容そのものもさることながら、回答を通じて、将来上場した際の投資家との対話能力や姿勢も含め審査し、心証を形成する。そして、その心証を一度悪くすると、短期間ゆえに挽回するのは容易ではない。

上場審査では、ガバナンスや内部管理体制について形式に整っているだけでなく、その目的を理解したうえで、適切に運用されているかを確認し、書面やヒアリングでの回答を通じて、上場後の投資家との対話がスムーズにできるか確認する。上場準備会社の回答やそれまでに行ってきた上場準備の姿勢がこれらに影響を及ぼしてくるので、次章よりその点について述べる。

4.上場準備で姿勢が問われる3場面

(1)専門家から指摘を受けたとき

1.専門家の意見をどう取り入れるか
上場準備を進める過程で、主幹事証券会社、監査法人、IPOコンサルタントなどさまざまな専門家から、多数の要改善事項を指摘される。彼らは数多くのIPO案件に携わった経験を有しており、その助言は有意義なものである。一方で、それらの経験は過去の異なる会社の事例に基づいたものである場合、当社にそのまま当てはまるとは限らない。

専門家による指摘と一括りにいっても、その内容や見解などに専門家によって違いが生じることがある。重要なことは、これらの指摘に対し、当社のことを最も理解している当社が自ら、受けた指摘の趣旨を正しく理解したうえで、上場企業となったのちの当社にとってそれぞれの指摘事項に対しどのレベルまで改善が必要なのか考え、自らの意見を持ったうえで主体的に改善活動を行うことである。指摘された内容より高いレベルで改善が必要な項目があるかもしれないし、指摘そのものが的外れなこともあるかもしれない。

たとえば、内部統制の構築1つとっても、なぜその統制が必要なのか、自社に当てはめたときに本当に重要な統制なのかを十分に吟味し、整備・運用することこそが重要である。単に他の会社の多くで行われているからとの理由で、自社のリスクを把握せずに、内部統制の整備をしてしまうと、重要なリスクに対する牽制が働かないといった事態を招きかねない。

2.上場準備作業はオーダーメイド
上場準備作業は、アパレル製品に例えると、既製服ではなくオーダーメイドといえる。体形、動作に合った洋服をオーダーメイドするためには仕立て屋との会話が必要なように、会社にあった上場準備をするためには、専門家とのコミュニケーションが重要である。洋服をオーダーメイドするとき、完全に仕立て屋任せにはせず、洋服が体にフィットしない場合、大きければ大きい、小さければ小さいと言い、自分にあった仕様を一緒に作っていくように、上場準備も専門家の助言を参考にしながらも、主体的にその目的を理解し、自社に適した内部管理体制を整備していくべきである。

上場審査の過程でよく発見される不備の1つに、規程が整備されているのみで適切に運用されていないことがあるが、その原因の一例として、自社に相応しいかどうかを検討せず、安易に他社事例をそのまま導入したときに起きる。必要性をさほど感じないままルールを導入すると、従業員の理解が得られず、浸透させることがおろそかになり、適切な運用の継続が困難となる。

3.実務経験者を中途採用した場合
上場準備の過程で、他の事業会社における上場準備の実務経験者を中途採用した場合にも同様のことが起きる。他の事業会社での上場準備経験者は、基本的におおいに戦力となるが、経験者だからこそ陥りがちな落とし穴に注意しなければならない。

この話に入る前に上場審査についてあらためて解説しておきたい。

上場審査では、図表4の審査項目は、それぞれがさらに細分化され具体的な審査項目に落とし込まれるが、その具体的な審査項目それぞれに対して、具体的な審査上の期待水準、言い換えれば合格ラインがある。上場審査では、それぞれ審査項目が、期待水準に達しているかを個別に評価したうえで、例外を除き、最終的に総合評価として上場企業に相応しいかの判断を行うことになる。

「例外」とは、たとえば重大なコンプライアンス違反や、反社会的勢力との関係がある場合などで、これらは他の審査項目の評価にかかわらず、その項目の評価結果次第で上場審査通過ができない場合があるが、それら例外を除けば、特定の審査項目が期待水準に達していないからといって即上場審査を通過できないわけではない。

すなわち上場承認された企業が、すべての審査項目で期待水準を満たしているとは限らない。審査では、合格ラインに達していない審査項目の数、合格ラインに達していない項目の重要度、合格ラインからの乖離レベル、そして申請会社が合格ラインに達していないことに対してどのような認識を持っているか、合格ラインに達していなくてもよい合理的な理由を説明できるか(たとえば、現時点の自社におけるリスクと統制を整備・運用するコストを比較した結果の説明など)といった視点で総合的に評価するのである。

話を元に戻すと、上場準備の実務経験者による「以前勤めていた会社では、この審査項目に対して、この程度の内部統制しかしていなかったが、上場できた。だから今回も同じレベルでよい」といった趣旨の発言をよく耳にする。この手の発言は、当社のリスク評価に対応した内部管理体制が整備されているかどうかの検討を行わずに、単に過去の他社事例をそのまま当てはめていることが多い。

他社事例を参考にすることは否定しないし、筆者自身も審査の傾向を把握するうえで、直近の事例研究には努めるようにしている。しかし、事例を本質の理解なく形だけ捉えると、誤った理解につながることに注意しなければならない。

(2)不祥事が発生したとき

1.再発防止が重要
不幸にも上場準備期間においてコンプライアンス違反などの不祥事が発生したとき、上場審査にどのような影響を及ぼすのかが、まず気になるところであろう。

審査に悪影響を及ぼすのではないかと懸念し、主幹事証券会社や取引所に伝えないという姿勢が言語道断であることはいうまでもない。起きてしまったことに対しては前向きに、いかにして将来同じようなことが起きないようにするかを考える姿勢が重要である。

不祥事そのものが上場審査に与える影響は、不祥事の内容、発生した時期によって異なってくるが、共通していえるのは、再発防止策を講じたかが審査上問われるという点である。

上場準備会社にとって重要なのは、不祥事が発生した直後に、不祥事発生の原因究明を行い、その原因が内部統制の不備に起因しているのであれば、整備の問題なのか運用の問題なのかを特定したうえで、改善することである。

これは「予算統制」において、予算と実績乖離してしまった場合にも同様のことがいえる。内部管理体制の整備段階であるN-2期の予算統制であれば、予算と実績の乖離そのものより、乖離した原因分析を踏まえて、同様の乖離が生じないように、N-2期の修正予算やN-1期の予算編成を行っているかどうかが重要である。

2.発生時の対処
さらに、不祥事や予算統制の不備においては、再発を防止するだけではなく、発生してしまったときにどう対処するかを決めておくことも重要である。

誤解を恐れずにいえば、不祥事や予算と実績の乖離は、防ごうと思って完全に防げるものではない。したがって、上場審査においても、上場後問題が生じたときに適切に対応できる企業風土や、企業経営の健全性を有しているかを審査する。昨今では、企業が謝罪会見をする場面を目にすることが珍しくないが、そのなかのいくつかは、不祥事を隠ぺいしたことが発覚したケースである。このような企業の傾向として、不祥事はあってはならないという企業風土が強く存在することが背景にあるのではないかと筆者は考える。リスク管理上重要なのは、不祥事を完全に防ぐことを前提とするのではなく、想定外の事態で不祥事が起きた場合、どのように対応するかを決めておくことである。

上場審査では、申請会社が上場後に直面すると予想されるさまざまな困難に対し、対処することができるだけのガバナンスや内部管理体制を有しているかを評価する。不祥事に対し過去どのような姿勢で対処してきたか、それらの経験を踏まえ、不祥事防止の対策として何を講じているかに加え、あえなく不祥事発生が発生したときに対する備えはあるのかが問われることになる。

(3)上場審査時に質問を受けたとき

前記「上場審査の概要」(2)で述べたとおり、申請会社は上場審査の過程で、申請書類や質問に対する回答により、過去の不祥事や内部管理体制などに関する大量の情報提供行う。

審査担当者は、申請会社の理解を目的としてさまざまな質問を行うと同時に、申請会社が上場後投資者との対話をスムーズに行えるかどうかについて判断する。

筆者がIPOコンサルタントとしてクライアントを担当する際、クライアントから寄せられる相談の1つに、「審査でどこまで情報提供すべきか」というものがある。相談の背景には、提供する情報が審査上どのように扱われるかわからないという不安からと思われるが、筆者はクライアントに対し、可能な限り情報提供をすべきと答えることにしている。

まず大前提として理解しなければならないのは、審査担当者は得たい回答や情報が得られるまで、質問を繰り返し行う。仮に質問回答の内容が、審査上不利になるかもしれないという懸念から、あいまいな回答をしたとしても、時間切れで追及されないということはない。

そして最も重要なのは、この審査におけるコミュニケーションは、上場後避けられない投資者とのコミュニケーションを円滑にできるかどうかの判断材料とされているということだ。すなわち、申請会社は審査担当者を投資者として想定し、積極的に情報開示する姿勢が求められる。現実には上場後投資者に対する情報開示は公開情報となってしまうため、無制限に行うことはできないが、上場審査であればその点も気にすることなく情報開示できるので、より積極的な情報開示が期待される。

この姿勢を誤って、審査担当者の心証を損なえば、最悪の場合、「情報を隠ぺいしようとしている」と思われ、「上場後投資者に対しても適切な開示を行わない企業」と判断され、上場審査の通過は難しくなる。

すなわち、上場審査における質問・回答のやり取りは、上場後に避けられない投資者との書面や口頭でのコミュニケーションを行っているつもりで臨む必要があり、またその姿勢が審査されていると認識しなければならない。

5.おわりに

上場準備会社にとって上場審査の通過すなわち上場がゴールでないことはいうまでもないが、上場準備作業を行っているとどうしても、本質的なことを棚上げして「審査に通過するためには」という近視眼的な対応に陥りがちである。そして、その近視眼的対応は上場審査の通過を危うくする。

本稿では、そのような事態に陥らないために3つの場面を例に挙げ、上場準備会社としてのあるべき姿勢について述べた。

上場準備に関する書籍は多く出版されており、具体的で詳細な準備作業や審査内容について記載されている。もちろんそれらは有用ではあるが、その前に上場準備の際の「姿勢」に関して述べられているものはあまり目にすることがないので今回取り上げた。

上場企業に一度なると経営者は、上場審査とは比べ物にならないプレシャーを受けることになる。本稿が上場準備の理解につながり、上場準備を上場審査通過のためのみならず、上場後に待ち受けている投資者との対話の準備や、企業にとって必要な内部管理体制の定着化、健全な企業経営への転換のよい機会にしていただけると幸いである。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
キャピタル・マーケット
シニアマネジャー 更家 忍

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