金利やインフレ率の上昇が非金融資産の減損に与える影響

多くの国や地域で、長期にわたり経験したことがなかった水準でインフレが進行しています。企業によっては、株価も大きく下落しています。これらの項目が不利な影響を及ぼすことが見込まれる場合、減損の兆候に該当します。本稿では、企業が減損を検討するにあたり重要となるポイントをハイライトしています。

多くの国や地域で、インフレが進行しています。企業によっては、株価も大きく下落しています。本稿では、企業が減損を検討するにあたり重要となるポイントをハイライトしています。

何が論点となっているか

多くの国や地域で、長期にわたりこれまで経験したことがなかった水準でインフレが進行しています。このような状況に対応するため各国の中央銀行が利上げを行い、その結果、経済活動が減速しています。同時に、長期政府債の利回りが大幅に上昇し、物価や人件費の急激な上昇の影響に多くの企業が直面しており、企業によっては、株価も大きく下落しています。これらの項目が重要な不利な影響を及ぼすことが見込まれる場合、減損の兆候に該当します。

現状では多くの企業にとって、減損の兆候が存在する可能性が高いと言えます。減損テストにあたり、資産または資金生成単位(CGU)の回収可能価額を割引キャッシュ・フロー(DCF)法を用いて見積もる場合、インフレや金利の上昇をどのように反映するかについては判断を伴います。将来の収益性や割引率など、DCF法の主要なインプットに影響があるため、減損テストの結果に重要な影響が生じる可能性があります。これらの不確実性が減損テストに及ぼす影響は、規制当局も注目する可能性がある領域です。本稿では、企業が減損を検討するにあたり重要となるポイントをハイライトしています。

金利の上昇、経済活動の減速、インフレ等が重要な影響をもたらすことが見込まれる場合、これらは多くの企業にとって減損の兆候に該当します。資産やCGU の回収可能価額を算定する際に、これらの項目をどのように反映するかについては、実務上の困難を伴います。

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個別の検討ポイント

名目か実質か

インフレが穏やかな環境下においては、バリュエーションは名目値で行われることが多いと考えられます。名目値のバリュエーションでは、将来キャッシュ・フローや割引率にインフレの影響が含まれています。一方、インフレが進行し不安定な環境下(例えば、超インフレの経済下)では、将来キャッシュ・フローや割引率からインフレの影響を除いた実質値でバリュエーションが行われる場合があります。なお、名目値と実質値のいずれでバリュエーションを行った場合でも、理論上は評価結果が一致します。 [Insights 3.10.310.10]

いずれの方法を用いた場合でも、将来キャッシュ・フローと割引率は整合するように決定する必要があります。すなわち、将来キャッシュ・フローに一般的なインフレが加味されていれば、割引率にもインフレの影響を含めますし、同様に、将来キャッシュ・フローにインフレが含まれない場合は、割引率にも含めません。 [IAS 36.40]

本稿は、名目値で行われるバリュエーションを前提に記載しています。

将来の収益、費用および利益率への影響

名目値で行われるDCF法において、最初に考慮されるべきは将来の期間(通常5年)における見積り原材料費、経費および人件費へのインフレの影響です。ロシア・ウクライナ情勢を受けた制裁政策や物流の混乱により、光熱費を含む原材料費が高騰しています。これらの影響の多くは、少なくともしばらくは継続することが見込まれます。

将来の期間において原材料費や経費が変動する水準は、経済全般における一般的なインフレの水準とは大きく異なる可能性があります。したがって、将来の費用増加を見積もるために、消費者物価指数や生産者物価指数のような一般的な指標を用いることが常に適切とは限りません。

インフレの環境下では、企業は原価の上昇を販売価格に転嫁することの検討が必要です。ただし、物価上昇を販売価格に転嫁できるかどうかは、販売する商品やサービスの性質や、企業の置かれた競争環境に左右されます。価格決定力がない企業は、インフレ環境下で利益水準を維持することが困難である可能性がありますし、また、インフレにより可処分所得が下落すると、消費者が、より安い製品に切り替えたり、購入を抑えるように消費行動を抑制することも考えられます。

将来の支出の見積り

インフレ環境下において、企業が生産性を維持するための設備投資の水準は減価償却と同額である、という仮定を置くことはできません。むしろ、資産の水準を実質ベースで維持するためには、資本的支出の額は減価償却を超えると考えられます。将来の資本的支出は将来の物価指数に基づくのに対し、減価償却は過去の支出額に基づくためです。

長期の成長率への影響

DCF法において長期成長率は、永久価値(見積り期間経過以降の資産またはCGUの価値)の算定に用いられる重要なインプットです。長期成長率は以下の要素から構成されます。

  • 物価上昇による成長:インフレ経済環境において、実質成長がなかったとしても、企業が販売する製品やサービスおよび原価の長期的な価格の変動部分だけキャッシュ・フローが増加します。
  • 実質成長:減損テストの対象となる資産やCGUに関連する性質やリスクにより、実質的な長期成長率は正の値にも負の値にもなる可能性があります。

将来キャッシュ・フローの見積りにあたり、実質成長と物価上昇による成長を区別することが重要です。実質成長は拡大的な投資が前提となる一方、物価上昇による成長は企業の資産を実質ベースで維持する以上の投資は必要ありません。

IAS第36号「資産の減損」は、使用価値を算定するにあたり、明確に反証できない限り、製品、産業または国家の成長性と整合的な、一定かまたは逓減する長期成長率を使用することを要求しています。処分コスト控除後の公正価値の算定にあたっては、長期成長率は市場参加者がバリュエーションにあたり用いる成長率を反映する必要があります。 [IAS 36.33(c), 36]

割引率への影響

割引率の変動は、その変動幅が小さいものであっても、一般的にDCF法の計算結果を大きく変動させます。見積り将来キャッシュ・フローが大きく増加していない限り、2022年に生じた長期金利の上昇が、資産やCGUの回収可能価額を著しく下落させている可能性があります。

企業価値の決定に用いる適切な割引率の見積りは、通常、加重平均資本コスト(WACC)算定式がベースとなります。WACC算定式は負債コストと資本コストの加重平均であり、どちらのコストも無リスク利子率の変動の影響を受けます。[Insights 3.10.300.30]

無リスク利子率の決定には、一般的に、減損テストの対象となる資産またはCGUの将来キャッシュ・フローを見積もる期間と同一または近似した償還期間、かつ将来キャッシュ・フローと同一通貨の政府債の利回りが用いられます。したがって、企業は10年、20年または30年物の政府債を考慮することになりますが、これらの利回りは2022年に大幅に上昇しています。[Insights 3.10.300.120]

主要な仮定および判断の開示

IAS第36号は、のれんおよび非償却無形資産の減損テストにあたり、回収可能価額の決定に用いた主要な仮定を開示することを要求しています。また、これらの仮定について合理的に生じうる変更によりCGUの帳簿価額が回収可能価額を上回ることとなる場合の、感応度分析の開示も必要です。一般的に、長期成長率および割引率の少量の変動によりDCF法の計算結果は大きく影響を受けます。[IAS 36.134(d) -(f)]

経済の不確実性が高まっている局面において、企業は財務諸表の開示の拡充が必要となる可能性があります。また、感応度分析や、主要な仮定や経営者による判断の開示が必要となる可能性があります。また、IAS第1号「財務諸表の表示」に基づいて、報告期間の末日における、将来に関して行う仮定および不確実性の他の主要な発生要因のうち、翌会計年度中に資産および負債の帳簿価額に重要性がある修正を生じる重要なリスクのあるものに関する情報を開示する必要があります。[IAS 1.122-123, 125, 129]

非流動資産の減損テストに関する開示は、規制当局が注目する可能性の高い領域です。例えば、欧州の規制当局であるESMA(欧州証券市場監督局)は、金利の上昇やインフレの影響を含む直近の経済環境および関連する不確実性の影響を検討し、関連する開示を行うよう企業に要請しています(KPMGの「2022年に係るエンフォースメントの優先度」の記事(英語)を参照)。ESMAは、物価変動により大きな影響を受ける企業に対し、企業が当該事実や物価変動が主要な仮定(例:将来キャッシュ・フローの予測、永久価値および長期成長率など)に与える影響をどのように考慮したかを詳細に開示することを求めています。また、金利の上昇が減損テストに与える影響や、感応度分析において、合理的に生じうる仮定の幅をどのように調整したかについても開示することを求めています。

企業が期中財務諸表を公表する場合には、直近の年次財務諸表に含まれていたIAS第36号の開示についてのアップデートを開示するか検討する必要があります。

企業に求められる対応

企業は、以下を検討する必要があります。

  • 非金融資産またはCGUに減損の兆候がないか。ある場合、直近の減損テストに重要なヘッドルームがあったとしても、減損テストの実施が必要となる。
  • 回収可能価額の算定に用いた将来キャッシュ・フローの見積りに、インフレや金利の上昇の影響を反映したか。
  • バリュエーションに用いた割引率および長期成長率をアップデートしたか。
  • 将来キャッシュ・フローの見積りに用いた仮定と割引率が整合しているか。
  • 減損テストを行ったり、減損の兆候がある資産について、耐用年数や残存価額を変更する必要があるか。
  • IAS第1号およびIAS第36号で要求される主要な仮定および判断が開示されているか。

 

(注)文中の「Insights」はKPMGの公表物「Insights into IFRS」です。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
会計プラクティス部

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