国内エレクトロニクス企業の業績把握スキームと成功要因

総合電機と称された国内エレクトロニクス企業は、この10年来の構造改革、M&Aなどの戦略遂行の結果、各社独自のドメインで事業運営を行うようになりました。業績発表時に公開されている事業セグメントをベースに、各社の業況を把握するスキームを提示すると共に、各社の事業遂行における成功要因仮説を考察しました。

総合電機と称された国内エレクトロニクス企業は、構造改革の結果、独自の事業ドメインを構成しています。各社の開示セグメントに基づく業況把握スキームと事業成功要因の仮説を考察しました

日本におけるエレクトロニクス企業は、かねて総合電機メーカーとして、自動車産業とともに産業競争力を支えるポジションにあったといえます。各社は「総合」の名の通り、白物家電、携帯電話から半導体などの電子デバイス、重電を含めたインフラビジネスまで幅広い事業カテゴリーを抱え、各社ほぼ類似の事業構成の下、市場における高いシェアと高収益性を享受していました。

しかしながら、日米半導体摩擦に端を発した日本の半導体産業の地位低下、為替変動を受けた中国への製造拠点シフト、2000年代の韓国メーカーの台頭、米国のメガプラットフォーマーの台頭などの要因によって、経営環境、競合関係は厳しさを増し、各社は優位性を維持し得ると考える領域への注力と、そうでないドメインからの縮小・撤退、いわゆる選択と集中を進めていきます。

2000年代中盤から続いたこうした取組みの結果、エレクトロニクス各社の事業ポートフォリオは各社独自のものとなり、四半期ごとに各社から発表される業績報告を受けて、その業況がどうなっているのか、特に各企業を相対的に比較することは難しくなっています。各社の事業構成はもちろん、中核とする事業がそれぞれで異なり、特定のカテゴリーの業績動向に影響を受けることが少なくないためです。

そこで、日本のエレクトロニクス主要企業の事業ポートフォリオを大局的に捉え、業況や競合との関係から現在置かれているポジションを把握することを目的に、各社の四半期業績開示のセグメントを類型化して継続的、かつ相対的に状況を捉えるスキームの構築を試みました。このスキームの下で、各社の業績推移を定点観測することで、その戦略的施策の意図や巧拙を理解し、今後の課題を抽出することが可能になると考えています。

本稿では、下記の構成にて、各社事業ポートフォリオを理解する類型セグメントの考え方から、直近の動向と今後の論点を概説いたします。

なお、本稿では日本のエレクトロニクス主要企業として、ソニーグループ株式会社、パナソニックホールディングス株式会社、株式会社日立製作所、株式会社東芝、富士通株式会社、日本電気株式会社、三菱電機株式会社、シャープ株式会社、以上8社を対象に業績開示情報に基づく分析・考察を行うものです。

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1.エレクトロニクス企業の事業ポートフォリオの類型セグメント

各社が業績発表において開示しているセグメント名称は、いうまでもなくその歴史的経緯やサービス・ソリューション領域の強化などの戦略方向性を反映してまちまちです。各社の各セグメントに含まれる個別製品、サービス内容などを確認の上、分類し、大局的に把握するために、「エレクトロニクス」「半導体・電子部品」「IT」「インフラ」「その他」の5つに区分することが適切と考えます。

下表に、その5つの類型セグメントに含まれる製品・サービスの例、現況や競合関係の概況を記します。

国内エレクトロニクス企業の業績把握スキームと成功要因について-1

エレクトロニクス各社は、このセグメントの全て、いずれかの組合せ、または単体の専業を選択して、事業運営を行っています。かつて、垂直統合、多角化といった観点から「総合電機」という事業形態を擁する企業集団を形成していたのとは大きく様変わりしています。

冒頭に記したような、マクロ経済要因、米国・韓国などの企業との競合関係により、各社それぞれの選択を行い、そのポートフォリオが多様化しているのは先述の通りですが、その戦略選択は概ね、以下の5つのタイプに分類できると考えます。

A.すべてのセグメントを保有し、「総合」を保持

B.白物または黒物の狭義のエレクトロニクス事業を中心に、電子部品を継続

C.IT事業にフォーカス

D.インフラ事業にフォーカス

E.その他、例えばエンターテインメントに比重を移行

かつて、2000年代に総合電機であった各社が「選択と集中」の検討を本格化した当初は、欧米の同業他社が民生事業から撤退・スピンアウトさせるなどして、B2B事業にフォーカスしていたポートフォリオ戦略をベンチマークして、これに倣うべきという論調が主流であったことを記憶しています。また、監督官庁の指導・支援も受けながら、総合電機間の合併可能性を含めた合従連衡の協議が活発に行われていたと認識しますが、最終的には、2010年代を通した構造改革の継続と、グローバルの大型M&A案件も含めた各社独自の重点領域への投資断行によって、各社はそれぞれ、上記AからEまでのポートフォリオ構造に移行・転換していきました。

全般に、グローバルでの厳しい競争環境に置かれている状況に変わりありませんが、高い市場シェアと安定収益体質を回復するケースも一部の企業に見出すことができるようになっており、永年の経営努力が実を結んだ成功事例として、これを分析し学ぶ意義は十分あるものと考えます。

2.全体業況を、2010年度からの変化の視点で概観

続いて、国内エレクトロニクス企業8社トータルの業況・事業構造を、直近の通期決算である2021年度と先述の構造改革が本格化していた2010年度との対比から概観してみます。

下記のグラフの通り、売上高のトータルは49兆円から46兆円にマイナス6%の規模縮小の一方、営業利益は1.9兆円から3.3兆円に72%増大し、営業利益率が3.8%から7.1%に改善し、全体の収益構造が改善する流れとなっています。

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さらに、本稿の主題である類型セグメント別の構成変化を確認すると、各社がこの10年間に取り組んだ構造改革と事業ポートフォリオ変革の結果を窺うことができます。まず売上高については、従来の本業ともいえる白物・黒物のエレクトロニクス事業が、その構成比を37%から23%へ大きくその比重を下げていることが注目されます。

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全体の売上規模自体も減少していますから、売上金額ベースでは10年で6割程度まで縮小したことになります。各社が事業戦略の転換として、半導体・電子部品、IT、インフラ、その他の各セグメントに注力領域を移したことを鮮明に確認することができます。

続いて、10年で1.7倍となった営業利益の構成です。こちらでは「その他」セグメントの比率増大が顕著で、エンターテインメント、金融などにおける特定企業の取組みが全体に影響を与えていることがわかります。一方で、「エレクトロニクス」の比率も低減こそしているものの、売上高構成比の縮小ほどではありませんので、継続している企業においては固定費削減や高付加価値モデルへの注力によってその収益性を改善させていることが窺えます。着目すべきは、「インフラ」の構成比率の低減です。かねてこのセグメントを有する企業にとっては高収益カテゴリーで、国内エレキ各社においてもここにフォーカスした企業が複数ありますが、収益貢献という意味ではグローバルの競合に対して苦戦、課題を抱えていることを見て取ることができます。

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3.各社の業績を分けるポイントと今後の課題

ここまで、国内エレクトロニクス企業の業況と背景にある経営戦略・事業戦略の推移を把握する観点として、5つの類型セグメントごとの状況を注視することを提示してきましたが、個々の企業の業況・戦略については、ほかにその論評を譲ります。

ただし、前章での8社合計のセグメント別売上高構成と営業利益構成の推移をみても、各社が選択した事業戦略、ポートフォリオの結果、収益性の観点でその成否は大きく分かれていることが、容易に想像することができると考えます。

この各社の業績を分けることになったポイントを3点、筆者の仮説として挙げます。

(1)グローバルでNo.1となれる事業をもち、それに注力できているか

かつて「総合電機」として横並びだった各社の事業構成が変化したのは、グローバルでの競争に対応した結果ではありますが、その際、眼下の業績やシェアに基づいて順次、優先領域を定めていったのか、長期視点で競争環境と自社の強みを見極めてグローバルで勝ち残れると確信した領域にリソース投下を継続していたのか、その姿勢の相違が現在の会社間の業績の差異に直結、今後もその傾向は継続すると想定します。

グローバルで強みを発揮できると考えるビジネスに集中すると意思決定し、その他の領域からのリソースシフトも併せて取り組んでいた場合、プラットフォームビジネスを展開し広範な事業領域で強みを発揮する米国・中国のテクノロジー企業に対しても、特定領域の「レイヤーマスター」として対抗、もしくは協業することが可能となり、事業の継続性・成長性を確保することができると考えます。

(2)ORではなくANDの事業運営ができているか

筆者は、前職で本論考の対象としているあるエレクトロニクス企業に勤務し、その経営トップのスタッフとして業務にあたる機会がありました。そのトップマネジメントは常々、「『売上と利益』『現在の事業と新規事業』、それらのどちらを優先すればよいのかという議論があるが、経営はその両方を追わねばならない。それができるだけの人間にしか事業責任者は務まらない」と語り、ORではなくANDの視点で意思決定ができているかを社内に問いていたのを鮮明に記憶しています。

昨今、チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン共著の「両利きの経営」が注目されていますが、ここでも既存事業の改善を進める「深化」と新規事業を開拓する「探索」を高い次元で両立させる必要性が説かれています。

早急な業績回復のために固定費削減に注力しつつも、ここで勝ち残ると定めた事業領域における成長投資は堅持する、そのバランスは今後も不可欠な要素と確信します。

(3)社員のモチベーションと、注力する事業方針のベクトルを一致できているか

意思決定された方針に基づいて、各事業、機能の組織が業務を遂行していきますが、言うまでもなくそれを担うのは一人ひとりの社員です。これも筆者の前職での経験になりますが、業績回復に向けた事業ポートフォリオ検討の議論にあたり、著名な戦略コンサルタントから、欧米のエレクトロニクス企業が当時採っていた方針と同様に、民生ビジネスを切り離し、B2B、特にインフラ事業にシフトすべきと再三にわたって主張され、また同じ方向性でのM&A案件も持ち込まれていました。しかしながら、当該企業の大多数の社員は民生、さらには生活必需というよりは娯楽の領域の製品・サービスに取り組むことを動機に入社し、業務にあたってきており、当時「あるべき姿」とされていた企業変革の方向性を受け入れることはできないはず、と経営判断の一要因とされました。

その判断が正しかったか否かの評価は別途必要ですが、いかに優れた戦略であっても企業を構成する社員のベクトルと遊離したものでは機能し得ず、逆にそのパワーをいかに結集させるか戦略検討上の大きな要素と考えるものです。

現在、国内のエレクトロニクス各社が置かれている経営環境は非常に厳しく、地政学リスクを筆頭に、部材・物流費などのコストアップや為替変動などに即応できる柔軟な事業運営の仕組み作りが求められています。また、中長期での抜本的な体質転換として、DX、温室効果ガス排出削減や資源循環をはじめとするサステナビリティ施策への取組みが不可欠な状況となっています。そのようななか、各社が自ら選択した事業ポートフォリオの下、いかなる意思決定を行い、収益性の回復と事業成長を実現させていくのか、本稿で紹介したセグメントベースでの業績開示情報の分析と事業運営スタンスの視点から、引き続き注視していきたいと考えます。

本稿が、エレクトロニクスをはじめとするテクノロジー業界の企業動向の把握、さらには事業運営にあたっての一助となりましたら幸甚です。

執筆者

KPMGジャパン テクノロジー・メディア・通信セクター
シニアマネジャー 木暮 公彦

KPMG Japan technology insight