持続可能性の実現と経営者の責任 - WBCSDの年次大会の議論から

WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)は、2022年10月25日から4日間、年次大会を開催しました。グローバル経済をリードする経営者など400名を超えるビジネスパーソンが参加、社会と企業の持続可能性実現のための議論が展開されました。KPMGも支援した東京大会の議論の一部をご紹介します。

経営者がサステナビリティ課題の有する本質を理解することが企業価値に密接に結びついています。この議論をリードするWBCSDの東京大会での議論を紹介します。

WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議、以下「WBCSD」という)1は、2022年10月25日から4日間にわたって、新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」という)のために延期となっていた東京での年次大会を開催しました。東京大会には、グローバル経済をリードする企業の経営者など、国内外から400名を超えるビジネスパーソンが参加、社会と企業の持続可能性実現のための議論が展開されました。

KPMGはWBCSDの活動に賛同し、本会議の開催をサポートしました。そこで、ここではWBCSDの概要と特徴、東京大会の議論の一部をご紹介します。

本稿は、東京大会で繰り広げられた議論を包括的にまとめたものですが、意見等については、参加者である著者の個人的な感想や見解であることを、あらかじめ申し添えます。

POINT 1
経営戦略とサステナビリティ戦略は不可分である

一体化した経営戦略こそが、中長期的な企業価値向上につながる。環境や社会の課題が及ぼす影響に関する基礎的な理解は、経営者にとっての「一般常識」といえよう。

POINT 2
複雑化するリスクに対する見解を、経営者が語ることで、ステークホルダーからの支持が得られる

不確実性が 高く複雑化するリスク環境だからこそ、プロセスを含む透明性のある報告が必要とされている。サステナビリティに関わる報告推進のためのグローバルベースラインが検討中であり、経営者のアカウンタビリティの領域は深く、広くなってきている。

POINT 3
価値の再定義から経営を見直す

財務的な価値だけでなく、多様な価値へのアプローチと実現が必要である。多様性は、そのための必須条件である。パーパス(社会的存在意義)の実現につながる競争力のある価値の提供が、持続可能な成長につながっていく。

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I.はじめに

WBCSDは、World Business Council for Sustainable Developmentの略語であり、日本語では「持続可能な開発のための世界経済人会議」と称される団体です。会員数は約200社。35を超える国や地域にまたがり、グローバル経済をリードする企業によって構成されています。日本からの参加企業は20社程度です。

WBCSDの最大の特徴は、経営者自らの行動を促す、CEOが主導する組織である点にあります。実際、今回の東京大会にも、海外から責任ある立場の人たちが大勢参加しました。

業務に関する専門家や制度設定団体、政府関連、あるいは特定の問題意識に基づく団体は数多くあります。しかし、WBCSDは経営者の視点から、それぞれの経営の意思決定の際にサステナビリティのレンズを組み込んで、中長期的な意思決定の適切な遂行を支援しようとしています。それは、巨大なビジネスを手掛ける企業はきわめて広範囲なステークホルダーを有しており、その経済規模は小国の経済規模を超えることも珍しくなく、より多くのインパクトを及ぼすからです。

設立は1990年、本部はスイスのジュネーブに置かれています。設立当時は、国連等を中心に「持続可能な成長 」についての議論が盛んになってきた時期でした。その後、社会や環境の問題と、経済の発展の関係性を検討し、両立させることが不可避との認識とともに、欧州を中心に企業の役割に対する関心や取組みを加速し、具体的な取組みを推進する組織として、WBCSDの活動が拡大していきました。

UN SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標 )の大きな特徴の1つである、民間活力を活かしたグローバルレベルでの環境や社会に関する課題解決を目指す考え方と同じ脈略であり、その動きに先立ち、経済社会の役割を強く意識していた先駆的な組織であるとも言えるでしょう。

現在のCEOであるPeter Bakker氏は、もともとオランダをベースとする流通関連会社TNTエクスプレス社のCEOでした。その後、2012年にWBCSDのCEOに就任し、活動を推進しています。経済や社会の課題がより一層企業業績と連携するなか、WBCSDはグローバルの視点からのさまざまな発信活動だけでなく、次世代の経営者を育成する取組みなども積極的に行っています。

投資家がその意図を企業に伝えようとする際に、「協働エンゲージメント」の仕組みが有効であると言われています。これと同様に、世界経済に影響を及ぼすことのできる企業が連携して、社会が直面している課題に対峙し、メッセージを発信する意義は大きいものです。WBCSDは、サステナビリティに関わる指針や基準に取り組んでいる有力な団体にも、委員会のメンバー等として直接的な関わりを有しています。

WBCSDは、2021年に「VISION 2050」を策定しました。これは、メンバー企業から40社以上のリーダーと外部関係者による共同作業で生まれたビジョンです。中心にあるのは「Transformation」の実現であり、そのための具体的な提言を行っています。CEOのBakker氏は、この提言が参加企業の誰もが賛同できる長期的なビジョンであるとしています。

そのビジョン実現に向けた積極的な行動が、今、まさに展開されているのです。

II.WBCSD年次大会の開催概要

2022年10月25日から4日間にわたって東京で開催された年次大会は、当初2020年10月に予定されていました。COVID-19の影響により順延された本大会は、久しぶりの対面での機会ということもあり、再会を喜ぶ場面があちらこちらに見られました。

同時に、この3年の間に大きく変化した経済環境について実感し、直面する課題と経営の果たす役割について議論をしあう機会にもなりました。

KPMGは、WBCSDの活動に賛同し、グローバルレベルの取組みとして、本大会を強力に支援しました。スポンサーとして、WBCSDメンバーの日本企業16社、経済団体連合会(経団連)とともに関与できたことは、KPMGが資本主義社会という現在の経済システムのなかで、自らのパーパスである「Inspire Confirence Empower Change」実現に向けた意思表示であったと感じています。

最終日はオンサイト(企業見学等)であったため、議論の場としては実質3日間でしたが、プレナリーだけでなく、ブレイクアウトセッションが複数開催され、ランチタイムにおいてもテーマ別のゾーンが設けられました。今回の大会はハイブリッド開催であったため、時差を考慮して、多くのブレイクアウトセッションは午前中と夕方の2回開催されたほか、すべてのセッションがオンラインで発信されました。こうした形式は、COVID-19を経て出現した新しいコミュニケーションの在り方の実践とも言え、その可能性と拡張性を実感する場面も多く見られました。

参加者は400名を超えていました。国別の参加者数などは不明ですが、「日本人を探すのは難しい」という状況で、通例の日本で開催される国際カンファレンスとはこの点でも大きく異なっていました。

また、プレナリーセッションのごく一部を除いて、すべて英語で行われていた点も驚きでした。この点も、すぐに日本語訳を求める習慣の見直しが迫られているように思えました。

参加の主目的は、知識を得ることではありません。異なる考え方や立場からの意見を聞き、同時に自らの考え方を伝えることで新たな気づきを得たり、方向性を確認したり、時には新たな協業相手を見つけたり、という点が重視されます。これは、日本で開催されている多くのイベントが比較的知識を伝えるための「一方通行」となりがちであることを考えると、大きな差だと思います。同質性や協調性が強いと言われる日本社会のなかの価値観ではなく、「違うこと」が重視されているのです。

企業と社会のサステナビリティの実現のためには、多様性をどれだけ活かせるかが大きなカギになってきています。カンファレンスのなかで、企業内の職位等にこだわらず、積極的に意見交換をしあう姿に、社会的課題に誠実に、かつ真摯に向き合う企業の姿を見た気がしました。

本稿では、私が参加したセッションを通じて、共通して認識されていたこと等を中心に、WBCSD東京大会の議論の一部を紹介します。

III.一体化する経営戦略

WBCSDの会議で取り上げられるテーマは多様です。もちろん、持続可能性に直接関連している環境や、環境問題から大きな影響を受ける社会の問題などが中心ではありますが、それはすべて、「経営」の文脈から語られます。

言い換えれば、環境や社会の課題それ自体のみを注視するのではなく、これらの事象が経営にどのようにインパクトを与えるか。また、企業自らが及ぼす社会や環境へのインパクトが、どのように自社の経営に跳ね返ってくるのか。それらをつながりで考えるということです。

経営戦略とサステナビリティ戦略は、もはや別々に検討するものではありません。完全に一体化して検討し、実行しなければ成果を得ることはできない、ということは、すでに「常識」となっているのです。

日本は世界のなかでもTCFDに賛同する企業が多く、何らかの開示を行う企業も多いです。そこで、この活動を1つの例として説明してみます。これは、プレナリーセッションのなかで言及されていたことです。

TCFDが提起する最大の特徴の1つは「シナリオを示す」ことにあります。シナリオを示すためには、まず、サプライチェーンを構成する要素相互のインパクトを把握しなければなりません。そのインパクトは単なる温室効果ガスの量等の数値だけでなく、その背後にあるプロセスや業務等と一体化した検討が不可欠であり、その結果として「削減」という目標達成が可能となります。

よく「ストーリーとしてつなげて語る」と言われますが、ストーリーで語るためには、事業の遂行につながるステークホルダーとの関係性を考察しなければなりません。TCFDで言われている「シナリオで示す」も、同様のことが言えます。

企業の活動がグローバルで展開され、環境や社会の課題のインパクトの多くは、長期間にわたり徐々に進行する性質を有しています。だからこそ、経営戦略において、サプライチェーン全体を広がりと深さを伴って検討する必要があります。さらには、長期的な見通しのもとで、バックキャストで検討する思考も不可欠となります。

WBCSDのセッションでの議論の多くは、経営戦略のなかに、社会や環境に対する要素を、的確かつ正確に一体化して組み込むことが不可避であるという前提に立っていました。だからこそ、その実態を正確に、かつ包括的に対処できるための仕組みと、それを支えるITの必要性が強く認識されているのではないかと感じました。

IV.複雑化するリスクへの対応

昨今、ESGという言葉の先走りや、広告宣伝効果を意図する利用、サステナビリティの概念に対する混乱などが散見されます。また、政治的な論争に、社会が直面している課題への科学的根拠を軽視した、感情的な論調があることも否定できません。

現在、重視されている気候変動問題は、単なる環境の問題ではなく、企業の経営課題の変化であり、さらにはエネルギー安全保障や食料安全保障などにつながっています。その認識が、繰り広げられた議論のなかで確認することができました。

つまり、気候変動リスクへの対応において、単に目標達成のための削減策を工夫するということではなく、どのように新しい技術等を用いた新たなスキームを形成するのかが経営者の視点となるということです。そして、その成果が財務的な価値形成につながり、企業価値の向上となるとの意識が強く見られました。

これは、人権や不平等に関するリスクについても同様です。一体、何のために人権問題に対応するのか? その「何のために」という問いは、企業のステークホルダーとの関係性やサプライチェーンの状況といった多様かつ複雑な背景によって異なります。しかしながら、多様かつ複雑であるからこそ、透明性のある対応が企業には求められ、同時に報告の責任を有するのです。

不確実性の高い時代だからこそ、新たな課題、さまざまな業務プロセス、グローバルでの環境/経済/地政学上の変化に対する企業の対応の実際について、経営者が自ら語る説明責任に対する表明などもありました。

サステナビリティに関わる財務的関連性の報告におけるグローバルなベースラインの必要性についても指摘がありました。現在、議論が本格的にスタートしている国際サステナビリティ報告基準(ISSB)に対する支持の表明は、その表れと言えるでしょう。

適切な報告が、企業相互のコラボレーションを促進し、サステナビリティの実現に向けたトランスフォーメーションを支援するとの意見もありました。そのためには、セクター、バリューチェーンを構成するさまざまなステークホルダー、投資家、さらには制度設定団体、政府機関等の「価値」を意識した議論の醸成が望まれるとの指摘は、今後の展開において参考とすべきものと考えます。

V.経営者の役割-価値の再定義

経営者の責任として意識されるべきは、「価値の再定義」と概括できると感じました。価値の再定義には、経営や業務上のあらゆる意思決定とその過程、さらにはモニタリングや評価のなかに、「サステナビリティ」に関する多様な事項が及ぼす影響を全体の価値創造ストーリーのなかに組み込む(embed)ことが不可欠となります。

しかしながら、環境や社会の問題のインパクトの定量化には、まだまだ多くの試みが必要です。特許等の知的財産の価値が「一物一価」となりえないように、測定された数字等を根拠に次のアクションや施策を講じるだけでは、企業と社会が直面する課題解決にはなりませんし、競争力にもつながりません。企業のパーパス(存在意義)に基づくアプローチをビジョンとともに示し、価値(Value)を語ってこそ、ステークホルダーの支持を獲得し、さらなる価値向上へとつなげることができるのです。経営者に求められるのは、それにコミットし、リーダーとしての役割を果たすことです。

そして、経営者の意思決定を支え、持続可能な価値向上を支えるコーポレートガバナンスが実効性を有するためには、ボードのAdaptability(適応能力)の高さであるとして、その必要性が指摘されていました。

現在、取締役会の多様性の在り方は、日本におけるコーポレートガバナンスにおける最大の課題の1つとなっています。経営者と同様、個々の取締役も財務的な価値だけでなく、環境や社会に対する価値も含めた包括的な価値を目指した視座を有し、そのための知識と見識を有する必要があると、WBCSDは指摘しています。

VI.さいごに

年次大会全体を通じて痛感したことは、「サステナビリティは経営を語るうえでの基礎知識であり、ビジネスの相互理解のための基本用語」ということです。もはや、経営者にとってサステナビリティに関わる題の本質的な理解は、必須のものとなっているのではないでしょうか。

環境問題を理解するためには、化学や物理学、生物学、農学など幅広い自然科学の知識が必要になります。社会問題の解決のためには、文化人類学、社会人類学、民俗学、歴史学などへの造詣も必要となるでしょう。

もちろん、すべてを修めることは不可能ですし、経営者が「物知り博士」である必要もありません。WBCSDの年次大会の議論のなかで語られていた意見の多くは、個別具体的な事象についての限られた理解ではなく、自社のビジネスとどう結びつけるかを真剣に考える俯瞰的な視点に基づくものでした。ただ、結びつきを理解するために必要な知識を蓄え、考え方、考えるためのフレームワークなどは、「ツール」として必要不可欠なものとなっています。

長らく「アルファベットスープ」状態と言われ、サステナビリティに関わるさまざまな団体の活動が、企業に混乱を招いているという指摘がされてきました。今、その流れが整理され、社会的な関心の大きさと経済価値への影響などを考慮して、一部は制度化されようとしています。

制度に基づく説明やフレームワークをなぞったボイラプレート型のコミュニケーションでは、今、起きている変化の波のなかで競争力を維持し、持続可能な存在として価値を表すことは不可能です。

多様性の時代にあって、自社の競争優位の源泉を見極め、共通の課題解決のために、それぞれの責任と役割を果たしていこうとする経営者の問題意識と決意を感じることのできる年次大会でした。

次回の年次大会は、2023年11月3日~5日、ドバイで予定されています。COP28と同時期に同じ場所での開催で、経営者が持続可能性について、より熱く語り合う場になることでしょう。

執筆者

KPMG サステナブルバリューサービス・ジャパン
あずさ監査法人
パートナー 芝坂 佳子