なぜ今、民間企業が格差や不平等に対し行動を起こす必要があるのか
社会における格差や不平等の急激な拡大は、市場・金融システムに深刻な結果をもたらす可能性があります。本稿では民間企業が果たすべき意義と役割を考察します。
社会における格差や不平等の急激な拡大は、市場・金融システムに深刻な結果をもたらす可能性があります。本稿では民間企業が果たすべき意義と役割を考察します。
経済協力開発機構(OECD)や持続可能な開発のための企業間連合であるWorld Business Council for Sustainable Development(WBCSD)は、社会における所得や機会の格差や不平等があまりに拡大し、市場・金融システム全体の崩壊に繋がる可能性のあるシステミックリスクになりつつあると警鐘を鳴らしています。同時に、民間企業が果たすべき役割は大きいとも述べています1 2。
世界経済の発展と格差や不平等の拡大
19世紀から21世紀初頭の200年に世界総生産(World GDP)が1.2兆米ドルから85兆米ドルに増加するなど、世界経済は飛躍的な成長を遂げ、国家間の所得格差が縮小し多くの人々が恩恵を受けました。一方、各国家内の経済格差は過去40年間で倍増し、社会の不平等は拡大しています3。
近年の、気候変動による自然災害がもたらす被害や新たなテクノロジーの登場に伴う労働市場の変化、武力紛争といった要因は、経済的に脆弱な人々を今まで以上に危機的状況に追い込んでいます4。これらの不平等は人々のモチベーションを阻害し、格差を固定化させかねません。更に、政治・社会・企業の信頼低下に波及し、社会の分断・不安定化に影響を与えるだけでなく、感染症のパンデミックや気候変動といったグローバルで複雑な課題への対応を困難にしてしまいます。結果として、民間企業では、生産性の低下、イノベーションの遅延、サプライチェーンの不安定化といった困難に直面する可能性を示唆しています5。
民間企業が社会の格差や不平等に取り組むべき理由
では、なぜ、民間企業が社会の格差や不平等に取り組む必要があるのでしょうか。
格差や不平等に対する民間企業の責任
社会の格差や不平等の解決には税制の改革や社会福祉に対する手厚い対応といった政策上の取組みが不可欠なものとなります。一方で、民間企業は世界中の人々の生活の維持に必要な製品、サービス、そして、仕事を提供しており、民間企業の関与なしに課題解決は不可能です。
一方で、株主利益の最大化を目指す側面の強い資本主義が闊歩してしまうと、既存のビジネス慣行は格差や不平等を拡大させる要因ともなりかねません。例えば、過剰なアウトソーシングによる表層的な人件費や福利厚生費用の削減、人権や環境保護にむけた規制の整備が十分なされていない国への工場等の移転・操業、ジェンダー・人種・社会的所属に基づく差別・偏見・格差拡大の放置、社会的利益へのバランスの欠如したロビーイングや租税回避といった行為がそれに当たります6。 これらのビジネス慣行はジェンダー間の格差の拡大、人権侵害や環境汚染の発生といった悪影響につながります。その結果、社会における共同体の機能を低下させ、市場システム全体の不安定をもたらし、全体の崩壊に繋がる可能性のあるシステミックリスクの原因となる恐れがあります7。だからこそ、経済システムを構成する存在として、民間企業は課題解決に率先して取り組んでいく必要があります。
格差や不平等への取組みがもたらす利益
一方で、これら課題への取組みが、利益につながる可能性も大いにあります。ジェンダー間の公正な評価の実施や従業員の多様性への配慮は、離職率の低下やイノベーションの拡大に繋がります。また、人権デューデリジェンスの実施や公正な取引の拡大は、法規制違反回避への早期対応、労働環境の改善、地域コミュニティとの良好な関係の維持に繋がり、結果としてサプライチェーンの安定化に寄与します。また、環境や人権に配慮する企業としてのブランド確立による、イメージの向上や市場競争力の強化にも効果的でしょう8。
昨今注目されているFTSEやDJSIといったESG評価指標においても、賃金格差への是正、人権擁護、サプライチェーンの適切な管理等が加点要素として含まれており、格差や不平等への対応は、責任ある投資家の要請に答える行為でもあるといえます。また、ESG評価指標が良い企業は、そうでない企業と比べ、株価や資本市場での価値が上昇する傾向にもあるといった調査結果も存在しています9。 格差や不平等への取組みは、資本コストの低下、株価の安定化にも繋がる有意義な活動であると考えられます。
イニシアチブとの連携
グローバル・コンパクト、WBCSDといったイニシアチブとの連携も格差や不平等への効果的な取組みの1つです。例えば、WBCSDは不平等に取り組むビジネス委員会The Business Commission to Tackle Inequality(BCTI)を2021年に立ち上げ、不平等に立ち向かい、民間企業活動を通じた課題の解決に貢献しています10。
まとめ
民間企業は格差や不平等の解消の取組みを通じて、中長期的な利益を得ることができます。その結果として、公正かつ平等な社会の実現に貢献すると考えられます。
1 OECD Does Inequality Matter?
2 wbcsd WBCSD announces new Business Commission to Tackle Inequality
3 Chancel, Lucas et al. 2021. “World Inequality Report 2022.” World Inequality Lab. Pages 11 and 57.
4 BCTI “Tackling inequality: The need and opportunity for business action; An introduction by the Business Commission to Tackle Inequality” P9
5 BCTI “Tackling inequality: The need and opportunity for business action; An introduction by the Business Commission to Tackle Inequality” P14-15
6 BCTI “Tackling inequality: The need and opportunity for business action; An introduction by the Business Commission to Tackle Inequality” P18
7 BCTI “Tackling inequality: The need and opportunity for business action; An introduction by the Business Commission to Tackle Inequality” P14-15
8 BCTI “Tackling inequality: The need and opportunity for business action; An introduction by the Business Commission to Tackle Inequality” P20-21
9 経済産業省 事務局資料 平成28年11⽉10⽇(⽊)
10 wbcsd WBCSD announces new Business Commission to Tackle Inequality
執筆者
KPMG ASPAC ESG Team
Regional PMO/ESG
川崎 冬樹
関連リンク(Insight Plusm会員限定コンテンツ)
Sustainable Value Insight 動画シリーズ トピック編「TACKLING INEQUALITY: a business imperative」
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