アルゴリズム競争力を身に纏う企業の台頭 第2回 – アルゴリズム競争力強化の実践例 –
本連載は、日本企業が意識的に身に纏うべき新たな競争力について、4 回にわたり解説します。第2回目となる本稿では、テクノロジーを具体的に 企業の競争力に昇華する際の工夫に着眼し、お伝えします。
第2回目となる本稿では、テクノロジーを具体的に企業の競争力に昇華する際の工夫に着眼し、お伝えします。
移動が経済にとって重要であることは言うまでもありません。新型コロナウイルス感染症を起因とし、ヒトやモノの移動が制限されるなか、唯一世界中を活発に移動することより、経済を支えたのはデータと言えるでしょう。そして今、そのデータの移動を支えているデジタライゼーションの普及が顕著になっています。
多くの人に理解が容易な技術の出現や広大な応用可能性を秘めた技術の出現により、誰もが高度な技術を利用できる社会がすぐそこまで来ています。何を人間が取り組み、何を機械に任せる、という二元論ではなく、自社の競争力強化のためいかにテクノロジーを活用して自社のアルゴリズムを昇華させるかを考える必要に迫られることになります。このような流れが社会の主軸を構成することになることに備え、企業はどのような準備をすればよいのでしょうか。
本連載は、日本企業が意識的に身に纏うべき新たな競争力について、4回にわたり解説します。第2回目となる本稿では、テクノロジーを具体的に企業の競争力に昇華する際の工夫に着眼し、お伝えします。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT1
誰もが高度な技術を扱えるようになり、アルゴリズムが世界を飲み込む時代
デジタライゼーションの普及により、企業内部だけでなく、社会全体にデータを処理するアルゴリズムが配置されるようになった。結果として、誰もが高度な技術にアクセスできるようになり、アルゴリズムが世界を飲み込む時代が到来している。
POINT2
問われるのは、高度な技術をどう使うか
誰もが高度な技術を扱える環境下においては「マシン対人間」という単純な対立構造ではなく、「経験値のみに頼らない意思決定をする人間対経験値を基軸にして意思決定をする人間」という対立構造を意識することが重要である。高度な技術をいかに使いこなし、意思決定するかがカギとなる。
POINT3
競争力強化の工夫とアルゴリズムの世界のリスクを知る
自社の競争力であるアルゴリズムの強化には、さまざまな方法がある。自社でこれまで蓄積した知見や社外の新たな着眼などが、競争力強化の着想を得るインプットとなる。また、アルゴリズムの世界はリスクもはらんでいる点に留意する必要がある。
Ⅰ.アルゴリズムは社会のあらゆるところに配置される
デジタライゼーションとは、デジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」という)を推進するためのステップであり、経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」1によれば、「個別の業務・製造プロセスのデジタル化」と定義されています。アナログで処理されていたものをデジタル化し、従来にはなかった利便性を生み出す、あるいは業務にデジタル技術を採り入れて効率化を図るといった取組みをデジタライゼーションと呼ぶのです。
従来よりデジタライゼーションは、企業の情報システム部が得意としています。情報システム部が企業内部の情報を高速処理するシステムを構築し、上記のような取組みを実施しているケースが多くあります。しかしながら現在では、データを処理するアルゴリズムが企業内部だけでなく、社会のありとあらゆるところに配置されています。
なぜなら、ビッグデータを収集・処理するという情報処理ニーズの高まりに伴い、アルゴリズムを得意とする企業が増えたからです。
高速ネットワークの成長やセンサー・IoTデバイスの増加によって、今ではビッグデータが日々生成されます。このような環境下で「社会的課題を数学的に解く」という考え方に注目が集まり、アルゴリズムを得意とする企業ではまさにそれを実践しています。これらの企業では、アルゴリズムに含めるべきモデル・方程式を生み出し、ソフトウエアに実装しています。そして、それらを実現するために、数学や統計、確率論などに明るい人材が注目を集めており、彼らがデジタライゼーションのキーパーソンとして活躍しています。
Ⅱ.アルゴリズムが世界を飲み込む時代
企業においてデジタライゼーションを徹底して追求すると、自社固有の課題を解くために社内の業務プロセスに係る手順、計算や操作の組み合わせを再構築する必要性に直面します。それらを意識的に競争力のあるアルゴリズムとして再定義し、拡張・強化し続ける企業がアルゴリズム志向の企業である点は第1回で述べました。
一方、社会全体にデジタライゼーションが普及することにより、高度な技術を誰もが容易に使いこなせる時代がすぐそこに来ています。″ノーコード″や″アジャイル″というコンセプトの下で、非プログラマーがITを基礎としたサービスソリューションを制作することが可能となりつつあります。OECDの報告書「アルゴリズムと共謀」では、「ビッグデータとプライシング・アルゴリズムなどの技術的に高度なツールの組み合わせは今日、生活のなかでますます普及してきており、多くの企業が事業を展開する競争環境や商業的・戦略的な意思決定の方法に変化をもたらしている」とされ、ビッグデータやアルゴリズムによる競争環境の変化が指摘されています。このような状況を見て、アルゴリズムが世界を飲み込むという時代がまさに到来した、と感じています。
Ⅲ.高度な技術をいかに使うべきか
このような変化のなかでは、我々がよく口にする「機械に負けた」という「マシン対人間」の対立構造ではなく、「経験値のみに頼らない意思決定ができる人間対経験値が基軸になった意思決定しかしない人間」という対立構造を意識することが重要だと考えています。上記における“マシン“とは、人工知能などの高度な情報処理技術を指します。
デジタライゼーションが普及することで「人間がマシンをどのように利用し、意思決定をするか」という点が非常に重要になります。デジタライゼーションの本質に迫る論点と言っても過言ではないでしょう。これは経験値を基軸とした意思決定が良い・悪いという議論ではなく、新しい時代に向けた備えが必要であるという点をお伝えしたいのです。
Ⅳ.KPMGジャパンにおけるデジタライゼーション
これらの考え方は、KPMGジャパンにも変化のきっかけを与えました。たとえば、監査業務を提供するあずさ監査法人では、クライアントオフィスで数週間作業するという旧来型の監査の枠組みを超え、デジタライゼーションの本質を伝えるべく、サービスのなかに情報処理技術を効果的に取り入れ、実践しています。KPMGジャパンでは、これまでの経験から得られたノウハウを高度な情報処理技術を通じて、クライアントに還元することにより、結果として、クライアントのデジタライゼーションに具体性を持たせる支援を行なっています。このような活動は日本に限らないため、今では世界の戦略的市場に20を超える拠点にデータサイエンティストやエンジニアを含む10,000人以上の専門家を有するセンターオブエクセレンス(KPMG Lighthous)を構築する結果となりました。各国のKPMG Lighthouseメンバーは多様な情報を交換し相互の価値提供の強化に努めています。
では、KPMGがどのように高度な技術を利用し、クライアントと共に新しい時代に備えようとしているのか、少しご紹介したいと思います。次に紹介する例は、自社ビジネスのデジタル化に踏み込み、アルゴリズムの競争力強化のための着想を得る参考としていただければ幸いです。
V.競争力強化の工夫―実践例―
1. 特有の深い知見を処理に組込む
競争力強化の方法の1つとして、今までの業務経験から得られる特有の知見を機械に学習させ、そのノウハウを同じ業務処理に組込み、横展開するという方法が考えられます。KPMGジャパンでは、過去に発生した不正事例および訂正報告案件をもとに、企業の会計不正が発生するリスクを数値化するツールを開発し、監査の現場で活用しています(図表1参照)。
図表1 不正予測モデリングのイメージ
このツールは不正リスクを売上過大、資産過大、費用過少の3つの視点で機械学習を行い、スコア化します。リスクを3つの軸に絞ってスコアリングすることで、リスクの内容と程度を明確に理解し、必要な監査対応を実施することを可能にしました。機械学習等を利用する場合に、その結果を実際のアクションにつなげることが重要です。
2.周辺の要素とあわせて模倣困難性を強化する
また、競争力を高める際には、アルゴリズムだけでなく、周辺の要素と合わせて模倣困難性を強化することを意識する必要があります。たとえば、異常仕訳検知という分析があります(図表2参照)。
図表2 異常仕訳検知のイメージ
これは仕訳の単なる勘定科目・金額などの基礎情報の他、勘定科目の組み合わせ情報や入力者・承認者の組合せ情報などの要素を合わせて利用することで網羅的・客観的な分析を実現しています。このような周辺の要素を利用することで、経常的に発生するパターンから乖離する異常な仕訳を特定し、不正や誤謬につながるリスクの高い仕訳・取引の抽出が可能になります。このように、高度なアルゴリズムと周辺の要素との組み合わせが、競争力の強化につながります。
3.データの希少性に着眼する
データの希少性に着眼することも、価値を創造するポイントの1つになります。あずさ監査法人では、人工衛星データを利用した監査手法を開発しました。JAXAの衛星搭載船舶自動識別システム実験により取得した船舶の位置情報データを活用することで、特定船舶の実在性や、特定期間における稼働状況、特定日における航海進捗度を客観的かつ網羅的、適時に把握することが可能になります。その結果を船舶の資産評価や人件費や燃料費等の船舶運航費用の検証に利用しています。希少性のあるデータを見極め、それを処理に組み込むことで模倣困難性を強化した1つの例です。
4.特許化して競争力を保護する
アルゴリズムの競争力を確保するために特許戦略というものは非常に重要です。特許戦略は類似のアプローチが既存のものではないという確認を行い、想定している価値や競争力を検証することからはじまります。自社の強みであるアルゴリズムを高度化する場合、その競争力保護のための特許戦略を法務部・知財部と会話をしながら進めていくことをお勧めします。
Ⅵ.アルゴリズムの世界のリスクを知る
深い知見や新たな着眼により、競争力強化の施策を検討することはとても重要です。その際、アルゴリズムの世界の今後のさらなる発展によるメリットだけでなく、それがもたらすリスクも同時に把握することが重要になるでしょう。
企業内部でアルゴリズムが完結するだけでなく、社会において多くの企業が当たり前のようにアルゴリズムを活用し外部と接触、取引等を行うようになっています。このような状況下では、それらが協調的な行為を行うだけでなく、互いに背反し合う可能性もあります。当然のことながら、その先にはこれらの行為を監視するアルゴリズムが出現し、取引に一定の制限が設けられることも予見されます。
アルゴリズム同士のつながりが発生した場合、競争力強化という観点の他に、新たな社会的リスクの発生にも意識的に注目しておくべきでしょう。
Ⅶ.次世代のリーダーに向けて
デジタライゼーションの普及に伴い、データ、テクノロジーの掛け算とも言えるアルゴリズムの競争力を身に纏う企業の台頭が顕著にみられるようになりました。誰もが高度な技術にアクセスできるようになる時代においては、単にその技術を使うだけではなく、その技術を使って自社のアルゴリズムを″どのように競争力として位置付けるか″が大変重要になります。人間がマシンをどう扱うかが問われる社会では、自社でこれまで蓄積してきた深い知見や社外でみられる新たな着眼によって、競争力の強化を継続的に図る必要があります。加えて、アルゴリズムの世界の良い面だけでなく、自社にとって脅威となり得る可能性を無視することはできません。
これらを正しく理解し、自社の競争的価値の源泉であるアルゴリズムを経営オペレーティングシステムのキーコンポーネントに据え、さらなる成長の打ち手を改めて見直すことで、次世代のリーダーが「新しい勝ち方」を発見するきっかけになると考えています。