アルゴリズム競争力を身に纏う企業の台頭 第3回-データ戦略への着眼が企業にもたらすもの-

第3回目となる本稿では、アルゴリズム実行にかかせないデータに着眼した戦略、すなわちデータ戦略について企業の競争力を高めるポイントをお伝えします。

第3回目となる本稿では、アルゴリズム実行にかかせないデータに着眼した戦略、すなわちデータ戦略について企業の競争力を高めるポイントをお伝えします。

コンピュータを通じて収集・蓄積されるデータ総量は、 10年で60倍、 20年で10,000倍に増え、計算速度は 5年で10倍、10年で100倍、 20年で10,000倍と、どちらも飛躍的な伸びを見せています。このような状況下、欧米など多くの DX(デジタルトランスフォーメーション)先進企業を擁する国・地域においては、データを活用したビジネス推進・施策の実行は当然のこととなっています。実際に DX先進企業では、アルゴリズム競争力を鎧のように身に纏い、これを前提として、直面する機会や脅威についての議論、さらに解決策の検討が進んでいるのです。本連載は、日本企業が意識的に身に纏うべき新たな競争力をテーマに 4回にわたり解説します。第 3回目となる本稿では、アルゴリズム実行にかかせないデータに着眼した戦略、すなわちデータ戦略について企業の競争力を高めるポイントをお伝えします。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
データは経営戦略の燃料

「企業・事業の買収」や「コア事業の再定義や再強化」という重要な局面においても、データが多く活用されている。いうなれば、データとは、企業におけるさまざまな経営戦略・戦術を実行するための燃料とも言える。

POINT 2
データ戦略では、バリュードライバーを軸に価値強化を図る

データ戦略は、バリュードライバーを把握することからはじまる。次に、データ活用シナリオを設定、関連するデータを収集する。その際、関連するデータをすべて対象とするのではなく、バリュードライバーを軸に価値強化に資するものに絞ってデータ収集を行う。

POINT 3
データ戦略に適したデータを作り出す

データ戦略の成果を高めるには、目的に適したデータが必要となる。そのために、価値ドリブンでデータの価値を高めたり、複数の社内外のデータを組み合わせて新たなデータを作り出す。また、データを効果的に活用していくには、データの専門家を起用することも重要だ。

Ⅰ経営戦略におけるデータの位置付け

1.代表的な 2つの経営戦略

経営戦略にはさまざまなアプローチがありますが、昨今の代表例としては「企業・事業の買収」と「コア事業の再定義や再強化」が挙げられます。
「企業・事業の買収」は、スピードを優先し、外部から優れた企業能力を取込むための手法で、インオーガニック成長の重要な手段と考えられています。
「コア事業の再定義や再強化」は、隠れた資産、未活用の経営資源や人的能力などのケイパビリティに着目して競争力を再発見するという戦略です。効果が出るまでに時間はかかるものの、既存の経営資源を丁寧に活用するという特徴があります。

2. 企業・事業の買収におけるデータ活用

企業・事業買収の局面において、売り手側はより高く企業を売りたいと考え、買い手側はより安く企業を買いたいと考えます。そのためには、データを最大限活用し、対象企業・事業の現状および将来について分析することが求められます。そのため、データは買収候補先や売却事業の選定のために多く活用されています。特にセルサイドデューデリジェンス(売り手側が実施するデューデリジェンス)時におけるデータ活用は、企業の新たな魅力や成長可能性を発見するものとして関心が高まっています。

また、拠点の統合や配送ルートの最適化など、買収後の PMIにおける事業の高度化・効率化、これらの活動におけるリスク分析など、さまざまな場面でデータは活用されます。

3. コア事業の再定義・再強化におけるデータ活用

企業の強みは、人材やビジネスプロセス、製品機能、特許など多様な企業資産で構成されています。「コア事業の再定義・再強化」では、企業が持つ資産を探索し、見過ごされた価値がないか、再定義できる要素はないか、定量・定性の両面の観点から多角的にデータ分析が行われます。

4. データは経営戦略の燃料

このように、データとは、企業におけるさまざまな経営戦略・戦術を実行するときの燃料となります。すなわち、企業の重要な活動をより効果的かつ高い品質に昇華させるコーポレート横断戦略として、「データ戦略」は重要なイニシアチブの 1つなのです。 

Ⅱデータ戦略の実装

1.バリュードライバーに沿ったデータ活用シナリオを設定する

データ戦略を実装するための最初の一歩は、自社のトップライン(売上や収益)成長戦略とコスト最適化戦略の詳細を正確に把握することです。トップラインや資本コストは企業価値に影響を与えることから、「バリュードライバー」と呼ばれています。

次に、これらの施策で用いるデータ活用シナリオを設定し、関連するデータを徹底的に収集します。ただし、ビジネスに関連するすべてのデータを収集するわけではありません。収集するべきは、バリュードライバーを軸として価値強化を図るために必要となるデータに限定されます。

たとえば、新たな店舗を出店するに際し、最適な出店場所を見つけたいとします。一般的には、不動産情報と既存出店店舗の商圏を確認し、住民特性などを加味して最適地を決定します。一方、データを活用した場合、まず最適だと思われる既存店舗をモデル店舗とし、その周辺環境をベースとしたスコアリングモデルを作成します。このスコアリングモデルを使えば、複数の候補地を一律に比較できるようになります。

多様なデータを組み合わせてスコアリングを行うアプローチを確立できれば、さまざまなケースに応用できます。独自の自社基準に基づいて取るべきオプションが選択できるようになり、その結果、成功・失敗の判断基準を明確にすることもできるでしょう。

取組みの効果をより高めるため、またデータ活用の効能を証明するためには、最初は小さく限られた範囲で取組みを実施すべきです。データ分析のビジネス効果が確認できれば、その取組みは企業内部で徐々に広がっていくことでしょう。

最終的にこれらをシステムとして組み込めば、職人的なスキルを持つ特定の人材に依存することなく、多様な取組みのノウハウを企業内部の資源として継続的に強化していくことができます。このように企業における人間と業務(ビジネスプロセス)間を行き来するデータの価値を見つめ直すことは、意思決定の加速にも貢献します。

そればかりか、新しい取組みに挑戦した小さなプロジェクトの成功は、より多くの人の参加意欲を掻き立て、企業のトランスフォーメーションが促されます。そのためにも、バリュードライバーの識別、データを活用したアプローチとその結果について、多くの社員に広く開示する必要があります。 

2. 独自性を生み出す

データ戦略実装の次のステップは、独自性を生み出すことです。

データには、政府機関のオープンデータやデータプロバイダから販売されているデータなど多種多様なものがあり、それぞれ独立した価値があります。それらをバリュードライバーや戦略テーマの軸に紐付けることで、新しい価値創出が可能となります。

 

たとえば、「お洒落なスポット」周辺に広告を出したい場合、どのようにして「お洒落なスポット」を見つければよいのでしょうか。「お洒落なスポット」という場所は、明確には存在しません。そのため、「多くの人がお洒落だと感じるスポット」を独自の基準で定義する必要があります。具体的には、口コミや評判、地理空間データなどさまざまな情報を層のように重ね合わせることで、そのスポットを特定していきます。

このように、あるテーマ(この場合は「多くの人がお洒落だと感じるスポット」)を接着点として単体のデータ(口コミや評判、地理空間データなど)を接合していくと、新しいデータ集合(自社が定義した「おしゃれなスポット」)が形成されます。そうして得られた数ある候補地から、自社の戦略上重要だと思われるスポットを決定するというわけです。

今では、アドバンスドアナリティクスを活用することで、過去のデータから現時点の状態を特定するのみならず、将来を予測・推計することも可能となりました。これには、独立したデータから、その企業の意思決定に使うことができる独自のデータ集合を生み出すこと、そして生み出す際の「考え方」「ビジネスルール」が重要となります。これらが企業の貴重な無形資産、競争力の源泉となるのです。 

Ⅲ埋もれてしまった成長や変革可能性を見つける

ここでは、隠れた資産、未活用の経営資源に着目した競争力再発見の 3つの手法を紹介します。

1.シグナル.を活用して価値を動的に見つける

事業会社におけるデータ戦略の目的の 1つは、経営戦略・戦術の実行時にデータを燃料のように供給し、「見過ごされた価値がないか、再定義できる要素はないか」という価値発見活動に貢献することです。

アルゴリズムによってビジネス価値を動的に発見する仕組み、大量データのなかから価値発見活動を動的におこないシグナルとして人間に教えてくれる仕組み、これらに着目することも重要だと考えています。

データを利用した価値発見活動とその仕組みが企業内部のさまざまな部分に浸透し、データの利用が企業全体で習慣化すると、データ価値やシグナルのもたらす価値の理解が浸透します。データと多様なシグナルを発するアルゴリズム、それらを軸にすればマシンラーニングをはじめとするアルゴリズムを企業のオペレーティングシステムとして組み込むことが可能となります。それにより、バイアスから逃れることができない人間では難しかった、自社の複雑なデータ構造から価値抽出する仕組みを構築することができます。

これは、企業のビジネスプロセスの上に 1つの人工知能が構成され、人間を的確にサポートする存在が出現することを意味します。 

2. グラフ理論を活用した価値発見

グラフ理論とは、さまざまなデータがネットワーク上でつながる「点と点を結ぶ線」の蜘蛛の巣構造の性質を探究する数学理論のことです。現代では、このグラフ理論がコンピュータサイエンス、 AI、ネットワークのアルゴリズムなど、社会のさまざまなシーンで活用されています。

企業データを蓄積し、そのデータにグラフ理論を活用すると、一見無関係と思われたデータにつながりが見つかり、今までにないアプローチを用いることができるようになります。たとえば、ロイヤルティの高い顧客と、その顧客と懇意と思われる顧客がいる場合、片方が離反すれば、もう片方の顧客も離反する可能性が高くなることは容易に想定できます。つながりの強さに着目することで中心性、関連性を見出すというわけです。つながりのなかで中心性や関連性を整理すると、それまで目を向けてこなかった隣接領域に気づき、新たな価値発見も可能となります。

同様に、自社特許をさらに活用すべく随時変化する社会的事象との関連度合いを把握する、研究論文や記事等の内容と関係性が近い事象を特定するなどのアプローチもすべてデータ起点で行われるもので、足元のコア事業の再定義・再強化に有効となります。 

3. データカタログを活用した、全員参加型の価値発見

バリュードライバーと連携させて戦略に必要となるデータを集め、ユニークなデータセットを生成し、分析と予測・推計を考慮して、埋もれている自社の変革可能性を足元から見直す。このプロセスは企業のごく少数の人だけができることなのでしょうか。

確かに異なるデータセットを組み合わせたり、データから予測モデルを作るためには、データサイエンス分野などの知見が必要となります。しかし、「データカタログ」という考え方を活用すれば、そのプロセスをより多くの人が実践できるようになります。

データカタログとは、企業内部にある膨大なデータをカタログ化したものです。データカタログに登録されたデータを用いたアイディエーションワークショップを行うことで、専門家でなくても、業務視点でのデータ活用や独自データ生成、分析シナリオなどの議論を促進させることができます。

ただ、巨大なデータベースを構築していても、企業によっては自由にデータを扱うことができない場合もあります。誰もが参加できるようなモデルを効果的に構築するためには、変革やコア事業の再定義・再強化するために必要なデータを業務部門が自由に使えるようにする必要があります。そのため、データへの接点を適切に設計することが重要です。また、接点再設計という観点から、データカタログの利便性について議論することも有意義でしょう。

多くのデータカタログは、データ登録リストのようなものです。しかし、データカタログと BIツールを併用して具体的なデータの中身をディスカバリーできるように構築すると、単なるリスト表示よりも利用しやすくなります。 

Ⅳデータを見つける、作る

データ戦略の成果を高めるには、目的に適したデータが必要となります。ここでは必要なデータを見つける、あるいは、作るための 3つのポイントを解説します。 

1.価値ドリブンでデータの価値を上げる

取引データ、顧客データ、取引先データなど、企業内には日常のビジネスで蓄積された膨大なデータが存在します。昨今、ほとんどの企業で、これらのデータを活用していると考えられますが、新たな価値創出し、画期的なブレイクスルーが発生している企業は少ないのではないでしょうか。

その理由は、「今見えているデータは、今顕在化している現象や事象から発生する」という積上げ型のアプローチでデータ活用が論じられてきたことが挙げられます。たとえば、地域別売上データから季節性を導出する、販売現場での商品の組合わせから商品のバンドリングを検討するなどです。

これらのアプローチは、現在遂行している業務、提供している商品・サービスのスループット向上や品質改善には、積上げ型のアプローチは一定の効果があります。しかし、新機軸の要素を創出したり、イノベーションを起こすには不向きです。

データから真の独自性、変革可能性を導くには、積上げ型のアプローチとは真逆に、「どのような価値を提供したいのか」

「何を変えたいのか」「何を新たに提供したいのか」からスタートし、そのために見るべきデータ、得られるべきデータからの示唆は何か、というように設計していく価値ドリブンの考え方が必要になります。

価値ドリブンでは、以下の観点からデータを整理します。 .価値を実現するために必要なデータは社内に存在するか否か。社外や公的データに存在するか否か。 

  • 社内で活用できるデータはそのまま使えるか。あるいはどのように組み合わせて作るべきか。 
  • 社外にあるデータを取得するにはどうしたいのか。取得する方法とそのコスト・期間はどのくらいになるか。 
  • 社外にもないデータが欲しい場合、どのように作るか。それは可能か。

価値ドリブンの考え方を持つことで、従来、社内に存在する限られたパラメーターでしかできなかった予測が、必要十分なパラメーターによる精度の高いものになったり、限られた現象から示唆される不確かな影響因子がより精緻化されて、ビジネスに活用可能になったりするなど、データの価値そのものを向上させることができます。 

2. 複数の社内外のデータを組み合わせる

総務省の「デジタルデータの経済的価値の計測と活用の現状に関する調査研究1には、「マーケティング」業務にデータを活用して「効果があった」企業と「効果がなかった」企業を比較した結果が掲載されています。

それによると、「効果があった」企業の40%が外部データを購入、 30%が無料の外部公開データを入手、 14%が共同研究やアライアンス等からデータを取得していました。一方「効果がなかった」企業の 23%が外部データを購入、 21%が無料の外部データを入手、 8%が共同研究やアライアンス等からデータを取得しています。

この結果から、データを活用して「効果があった」と回答した企業は、外部データを購入している割合が高いため、データに価値を見出している企業ほど外部データを活用している傾向があるとも言えるのではないでしょうか。

また、分析の際に組み合わせたデータの種類については、「効果がなかった」企業の60%がデータを単独で分析すると回答したのに対し、「効果があった」企業では単独で分析すると回答したのは 39%とかなり低かった。また、「効果があった」企業では、多くのデータの種類を組み合わせて分析している傾向にありました。

この結果から、「効果があった」企業では、いくつものデータの種類を組み合わせて分析することで、新たな示唆を得ようとしていることが伺えます。

データ活用を語る際、よく「宝の山」という言葉が登場しますが、自社データのみでは「宝の持ち腐れ」となることがあります。データ活用では、自社データだけでなく、状況に合わせて外部データを活用すること、複数のデータを組み合わせることが重要となります。複数の社内外のデータを組み合わせて新たな価値を創造していくことが、イノベーションひいては企業価値の向上をもたらしていくものと考えます。 

3. データコンシェルジュ・データアンバサダーを起用する

データには、自由に使えるデータもあれば、自由には使えないデータもあります。これらデータを効果的に活用していくには、データの専門家であるデータコンシェルジュやデータアンバサダーを起用することが有効です。データコンシェルジュやデータアンバサダーは、データ競争力の設計、データ活用における法務部門・弁護士との協議、データ購入など、データに関するすべてのことを請け負います。データのエキスパートであり、番人ともなる専門家の存在は、データ戦略において特に重要な存在といえます。

Ⅴ次世代のリーダーに向けて

隠れた資産、未活用の経営資源や人的能力などケイパビリティに着目した競争力の再発見は、企業にとって重要なテーマの 1つです。忘れ去られた資産のなかに、着眼点を変えることで再評価されるものがあるからです。

アルゴリズムを武器にするグローバル企業の台頭によりデータ活用に注目が集まっていますが、価値発見を行うにはさまざまな工夫が必要になります。

次世代リーダーはデータ戦略の実行を小さくてもスピーディに開始し、自社の優位性を再度見直して、 1から10を創造するイノベーションのきっかけを作っていただきたいと願っています。そのなかで、自社流の競争優位の再発見、つまり「新しい勝ち方」を手に入れていただきたいと思います。

1 総務省「デジタルデータの経済的価値の計測と活用の現状に関する調査研究」2020年3月

執筆者

KPMG アドバイザリーライトハウス中林真太郎/パートナー
KPMG コンサルティング デジタルトランスフォーメーションアクセラレーション統轄 福島 豊亮/パートナー

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