2020年末に世界最大の消費者グループとなったZ世代は、今後、政治・経済・文化に多大な影響を与えることが予想されます。しかしながら、マス広告に代表される従来のマーケティング手法では、Z世代に対して十分な効果を得にくく、多くの企業がZ世代へのアプローチを模索しています。そうしたなか着目されているのが、Z世代を中心とした若年層が高い関心を寄せているeスポーツ・ゲームです。最近では、eスポーツ・ゲームを活用したマーケティングで効果を上げている事例も数多く見られるようになりました。
企業の持続可能な成長のためには、Z世代への適切なコミュニケーションが必要不可欠です。そこで、本稿は今後、主要な消費セグメントになるZ世代に有効なeスポーツ・ゲーム空間内マーケティングの手法と効果について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1 世界におけるZ世代の購買力は約15兆円。少子高齢化社会の日本においても、ライフタイムバリューの観点を考慮した場合、Z世代は今後国内消費における重要な存在になる。 POINT 2 Z世代の特徴を鑑みると、Z世代の購買行動は従来の購買行動(AIDA)とは異なる、コミュニティの影響を受けることを考慮した5A理論で捉えることが肝要である。 POINT 3 Z世代は、「プレイする」「視聴する」という2つの観点においても、ゲームに対するエンゲージメントは高い。 POINT 4 eスポーツは、スポンサーシップにより得られるさまざまな権利を活用することによって、ビジネス拡大や社会貢献など自社の価値向上や課題解決にも活用できる。 POINT 5 ゲーム空間内広告は、インターネット広告やテレビ広告と比較しても、インプレッション単価が安価で、Z世代へのターゲティングやブランドセーフティの観点から有効である。 |
Ⅰ 注目されるZ世代
世界におけるZ世代の人口構成比は2020年時点で約24%であり、購買力は約15兆円と言われています。アメリカにおいては総消費の40%をZ世代が占め、その購買力は5兆円、将来的には22兆円へ成長すると予想されています。また、2042年までに30兆USドル以上の資産がベビーブーム世代から若い世代に移転すると予測されており、Z世代の購買力は今後さらに高まると言えるでしょう。
少子高齢化社会の日本においては、Z世代の構成割合は低い傾向にありますが、主要セグメントである団塊世代の消費は今後さらに落ち込むと見込まれています。そのため、年齢とともに消費額が上昇するZ世代は、1人の顧客から生涯にわたって得られる利益であるライフタイムバリュー(顧客生涯価値)を考慮した場合、今後国内消費における重要な存在になると考えます。
Ⅱ Z世代の購買行動とマーケティング
1.Z世代は動画共有サービス、SNS等のメディアに多くの時間を消費し、インフルエンサーを中心にコミュニティを形成
総務省の調査※1によると、Z世代の中心となる10代は、テレビの利用時間が減少傾向にある一方で、インターネットの利用時間は大きく増加しています。インターネット利用時間の内訳は、約35%が動画共有サービス、約28%がSNS、約15%がゲームです。また、特定のコンテンツを好むというよりも、インフルエンサーを中心にファンコミュニティを形成し、互いにコミュニケーションするという傾向が見られます。つまり、Z世代はテレビや新聞などの従来型メディアよりも、動画共有サービスやSNS等のソーシャルメディアの消費時間が多く、インフルエンサーを中心としたコミュニティを形成する傾向があるということです。こうしたZ世代の特徴を、企業は理解する必要があります。
2.Z世代はソーシャルネイティブで信頼している人からのレコメンドを重視し、社会的責任意識が強い
Z世代の特徴として、諸説言われていますが、代表的なものとして次の5つが挙げられます。
(1) ソーシャルネイティブ
従来型メディアの利用割合や利用時間が少ない一方で、SNSや動画共有サービスの利用割合や時間は他世代に比べて高い傾向にあります。同じプラットフォーム内でコミュニティを形成し、他者との交流を行います。
(2) 信頼している人からのレコメンド
家族や友人といった現実における親しい人物だけでなく、SNS等における友人やインフルエンサーといったオンライン上の人物からのレコメンドも信頼しており、購買行動に影響を受けます。
(3) パーソナライゼーション
広告等においてパーソナライゼーションを望むZ世代は多いと言われています。また、そのためには自身の検索や閲覧履歴などを含む個人データを提供してもいいと考える傾向があります。
(4) 社会的責任意識
Z世代はCSRやSDGsといった概念が広まった社会のなかで育った背景や、SNSを中心にコミュニティへの参加意識が高いため、企業が掲げる社会貢献のメッセージに強く共感する傾向にあります。
(5) 自己実現・発信欲求
「インスタ映え」といった言葉に象徴されるように、Z世代はSNS等における自己実現や自己顕示を満たすため、他世代に比べて積極的に投稿する傾向にあります。
3.Z世代は、ブランド認知の入口がSNSや動画共有サービスとなり、コミュニティの影響を大きく受けて態度変容し、最終的には自らが推奨者となる
前述のZ世代の特徴を鑑みると、Z世代の購買行動モデルは従来のマス広告主流の「AIDA※2」から、主要タッチポイントがスマートフォンかつコミュニティの影響を受けることを考慮した「5A理論※3」に変化しています(図表1参照)。
従来のマーケティングでは、ブランド認知の手段として、テレビや新聞等のマス広告が活用されていました。しかし、Z世代は従来型メディアの利用時間が少ないため、SNSや動画共有サービスを通じて新商品やブランドを認知する傾向があります。また、Z世代はコミュニティの影響を受けやすいため、広告よりも自分が所属しているコミュニティ内の情報を信頼し、購入・批判・推奨などの態度変容する傾向も見られます。実際の購入に際しては、コミュニティ内の情報だけではなく、個人の嗜好にカスタマイズされた提案やスマートフォンのアプリから容易に購入できるなど、CX(顧客体験)の提供が決め手にもなります。
さらに、従来の購買行動モデルでは購入で完結していましたが、Z世代は信頼している人からの推奨が大きく影響しますし、ブランドに頼まれることなく自ら推奨者として発信もします。そのため、いかに推奨者を醸成できるかが重要になってきます。
【図表1:Z世代の購買行動】
4.コミュニティのエンゲージメントを高めるマーケティングが、Z世代の購買行動の態度変容をさせるうえで重要
Z世代の購買行動を態度変容させるには、コミュニティのエンゲージメントを高めるマーケティングが重要となります。特に、購買行動のステージに応じて、従来の単方向型のマーケティングと会話型マーケティングを併用することで、その効果を高めることができます。
購買行動の上流(認知・訴求)のステージでは、ターゲットとなる顧客に対してブランドメッセージを発信することが認知と関心の構築に有効となります。注意しなければならないのは、ターゲティングとターゲットが所属するコミュニティを理解したうえで自社のブランドメッセージを発信することです。
一方、購買行動の下流(調査・行動・推奨)になると、単方向のマーケティングでは購買行動の態度変容は期待できません。Z世代は、CXの向上や自身が所属しているコミュニティへのブランドの関わりを重視するからです。このステージでは、コミュニティとの共同開発やコミュニティに対するロイヤルティプログラムの提供など、コミュニティとの会話を通じたマーケティングが重要となります。
Ⅲ Z世代のゲームに対する動向
1.Z世代は、「プレイする」「視聴する」という2つの観点においても、ゲームに対するエンゲージメントは高い
オランダのゲーム・eスポーツ市場調査会社Newzooの調査によると、Z世代の約8割がゲームを経験しており、1週間の平均プレイ時間は7 時間以上と言われています。また、読書、音楽、テレビなどの他の娯楽と比較しても、ゲームに対する可処分時間の消費は多く、他の世代と比べて顕著であるという結果もあります。
特に日本のZ世代は、ゲーム消費額が大きい主要国(アメリカ、韓国など)のなかでもゲームの月平均利用時間と月平均セッション回数が多いという調査結果※4もあり、ゲームに対するエンゲージメントは非常に高いと言えます(図表2参照)。
ゲームを視聴するという観点においてもプレイと同様、Z世代のエンゲージメントは高いです。10 代のインターネット利用における利用時間の内訳は、前述したとおり、約35%が動画共有サービス、約28%がSNS、約15%がゲームですが、10代・20代の男性の動画共有サービス視聴における好きなジャンルのランキング1位はいずれも「ゲーム実況」です※5。つまり、インターネット利用のほとんどがゲームをプレイしているか、視聴しているかになるのです。このことから、ゲームをマスメディアと言っても過言ではないのかもしれません。
【図表2】ゲーム消費額が大きい主要国におけるZ 世代のアプリの利用状況
2.Z世代にとって、「プレイする」「視聴する」という2つの観点においても、ゲームがコミュニティ形成の場になっている
近年のゲームでは、ゲーム内においてユーザー同士のコミュニケーションを促進するために、ユーザー同士が会話できる音声通話機能、仲良くなったユーザーをリスト登録できるフレンド機能、グループ単位でコミュニケーションできるグループ機能などが実装されています。
ゲーム外においても、Discordに代表されるユーザーのコミュニティ形成を支援するコミュニケーションツールが開発・利用されています。Z世代はこれらの機能やツールを積極的に利用し、ゲームを通してコミュニティを形成しているのです。プレイだけでなく、視聴という観点においても、ゲーム配信者・実況者を中心にコミュニティを形成しています。
Ⅳ ゲーム・eスポーツのマーケティングに対する活用
1.eスポーツへのスポンサーシップにより、ファンに対するアプローチだけでなく、ビジネス拡大や社会貢献などにも活用可能
ゲームをマーケティングに活用する方法として、eスポーツへのスポンサーシップとゲーム空間内広告が挙げられます。eスポーツのスポンサーシップ先としては、eスポーツで活躍するプロ選手やチーム、選手達の活躍の場であるeスポーツ大会やリーグといったイベント、イベントの開催場所であるeスポーツ関連施設の3 つが挙げられます。スポンサーシップを通してスポンサー先のリソースを活用し、企業はeスポーツファンに対するアプローチや事業へのeスポーツ活用といった機会を獲得することが可能です。
また、ゲームやeスポーツが持つ「ハブ機能」「エンターテインメント性」「情報発信力」などの価値と、スポンサーシップで得られるさまざまな権利(広告露出権、プロモーション権、経営資源利用権など)を活用することにより、ビジネス拡大や顧客・イベントデータ活用、社会貢献など、自社価値向上や課題解決を実現することができます。
2.ゲーム空間内広告はインプレッション単価が安価で、Z世代へのターゲティングやブランドセーフティの観点で有効
ゲーム空間内広告とはゲームのマップ上など作中に提示される広告のことで、海外では大手企業による活用も増加しています。しかし、日本では広告としての活用事例がいくつか存在するものの、著名なゲームタイトルやキャラクターなどのゲームIP(知的財産)とのタイアップとして活用されるケースが多く、広告としての認知は海外に比べて低いのが現状です。
ゲーム空間内広告の特長の1つに、インターネット広告と同程度に単価が低いことが挙げられます。たとえば、某ゲームにおけるインプレッション単価は、マス広告であるテレビやインターネット広告と同程度の0.1~0.5円程度です。また、掲載先をゲーム内でコントロール可能であることから、しばしインターネット広告で問題になる不適切サイトで広告掲載されることは、基本的にありません。
Ⅴ ゲーム・eスポーツの広告効果
1.自分が好きなコンテンツに対する信頼の活用、長期的にファンコミュニティとつながりを持つユーザー体験の向上が重要
ゲーム・eスポーツ広告によって、Z世代の購買行動を態度変容させる効果を挙げている事例は多数あります。たとえば、一般社団法人日本野球機構(NPB)と株式会社コナミデジタルエンタテインメントが共催する「eBASEBALLプロスピAリーグ2021シーズン」が実施したファンに対するスポンサーシップ効果調査では、約4割のファンがスポンサーシップによりブランドイメージが向上したと回答しています。また、Z世代は他の世代に比べ、スポンサーシップによるブランドイメージ向上の効果が大きく、年齢が若くなるほどその影響が顕著になるという結果も出ています(図表3参照)。これは、好きなコンテンツからの発信がブランドへの信頼につながりやすいというZ世代の特徴が寄与しているからだと考えられます。
【図表3】eBASEBALL プロスピAリーグ2021シーズンのファンに対するアンケート結果
効果を高めるためには、コミュニティからの信頼を獲得することも重要です。eスポーツへスポンサーシップを実施している多くの企業へのヒアリングから、1年以上実施すると効果を高められることがわかっています。実際、ある企業ではスポンサー実施前と1年後の比較で、SNS上のコメントや“いいね”等のエンゲージメントのKPIが大幅に増加したそうです。
Z世代の購買行動の下流(調査・行動・推奨)になると、CXの向上が重要であると先に述べました。eスポーツへのスポンサーシップを実施している某食料品会社では、eスポーツチームが持つECサイト構築・運営のノウハウを活用し、eスポーツ選手が好きな商品を専門に販売するECサイトを構築しました。そこでは、自ら購入するだけでなく、好きな選手へ商品を贈るギフティングも選択できるようになっています。多くのファンが商品を購入していますが、その約9割は選手へのギフティングだそうです。選手への応援という体験が、Z世代の購買につながったと言えます。
2.eスポーツへのスポンサーシップはスポンサーが活用できる権利が多く、単方向型・会話型のマーケティング手法を併用しながら、Z世代の購買行動を態度変容させる施策を一貫して実施可能
最後に、eスポーツへのスポンサーシップを通じ、Z世代へのマーケティングに成功している事例を紹介します。某PCメーカーはスポンサーが活用できるさまざまな権利を活かし、購買行動の認知から推奨まで態度変容させる施策を一貫して実施しています。eスポーツチームの発信力を活かしたブランド露出(認知)、eスポーツチームと動画コンテンツを作成して配信するコンテンツマーケティング(訴求)、eスポーツチームの別スポンサーのリソースを活用した販売チャネルの構築(行動)、ファンを巻き込んだ機能改善(推奨)など、eスポーツへのスポンサーシップによって購買行動のステージ別に施策を打っており、それぞれ効果を上げています。
他の広告媒体でここまで自由度が高く、購買行動を態度変容させる施策を一貫して実施できるものはないのではないでしょうか。逆を言えば、自由度が高いため、効果を出すためには、ターゲティングやアプローチの企画・設計力が必要になるとも言えます。
【図表4】某PCメーカーの認知→推奨までのマーケティング効果
Ⅵ おわりに
10代、20代のZ世代とさらにその下のアルファ世代は、インターネットやSNSが普及した結果、幼少期からゲームを通したコミュニケーションに慣れ親しみ、多くの時間を消費しています。そのため、企業が彼らとゲームを通じてコミュニケーションする事例が増えたのは、ごく自然な流れかもしれません。ただし、日本のゲーム空間内広告・eスポーツへのスポンサーシップの状況は、海外に比べて発展途上の段階です。最近はWeb3.0やメタバースが注目されていますが、コミュニティやメタバース内におけるユーザーへのアプローチの考え方は、ゲーム空間内広告やeスポーツへのスポンサーシップに通じるものがあります。日本ではZ世代の消費はまだ成長段階にありますが、世界の状況や近年の社会情勢を鑑みると、将来を見据えて、このタイミングでゲームを通じたZ世代へのアプローチを検討する価値はあると考えます。
本稿ではZ世代の可能性と特徴、Z世代に対するマーケティング、ゲーム・eスポーツのマーケティング活用とその効果の一部を紹介しました。ご興味がある方は、私たちが執筆に携わり、先日経済産業省より発表された「Z世代におけるeスポーツ及びゲーム空間における広告価値の検証事業」もご参照ください。
※1 総務省情報通信政策研究所「令和2年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」
※2 米国のセント・エルモ・ルイス氏が提唱した消費者行動プロセス
※3 米国の経済学者フィリップ・コトラー氏が提唱した理論
※4 App Annie「モバイルにおけるZ世代攻略のための戦略レポート」(2019年)
※5 Tes Tee Lab「YouTuberに関する調査」(n=1,244、2021年9月)
※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。
執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター Hyun Baro
マネジャー 岩田 理史
シニアコンサルタント 水沢 丈
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