アルゴリズム競争力を身に纏う企業の台頭 第1回-新しい勝ち方とは何か-

本連載は4回にわたって、日本企業が意識的に身に纏うべき新たな競争力について解説します。また、答えのない時代において共に考えていく、共創する意味の重要性についても触れます。

本連載は4回にわたって、日本企業が意識的に身に纏うべき新たな競争力について解説します。また、答えのない時代において共に考えていく、共創する意味の重要性についても触れます。

現在においても、トップラインを伸ばし、コスト競争力を高め、顧客との継続的な関係を強化し、標準化戦略や特許戦略等を駆使して業界におけるデファクトスタンダードを押さえていく、という企業の経営戦略における根幹に大きな変化はありません。

しかし、近年、目標を達成する手法、つまり戦略的アプローチに関しては深化と多様化がみられ「根本的な変化」が起きていると感じる方も多いのではないでしょうか。別の言い方をすると、経営戦略上の資源、競争原理、社会構造、消費者意識といったさまざまなものが地球規模かつ構造的な変化を遂げているとも言えます。

本連載は4回にわたって、日本企業が意識的に身に纏うべき新たな競争力について解説します。また、答えのない時代において共に考えていく、共創する意味の重要性についても触れます。第1回目となる本稿では、上述した構造的な変化を紐解くにあたって、2つの点に着眼します。1つ目は、「戦略的アプローチの根本的な変化」です。高度な情報処理技術による戦略的アプローチに触れ、企業の新たな競争力強化の戦術に焦点をあてます。2つ目は「変化を加速させているチェンジドライバー」について解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
高度な情報処理技術を活用した「新しい勝ち方」の出現
デジタル技術を駆使して台頭した新興ベンチャー企業は、高度な情報処理技術を徹底的に活用することで、従来の制限を打ち壊した。それが、社会課題・企業課題を数学的アプローチで解く時代の勝ち方だ。そして、それはDXの本質の1つでもある。

POINT 2
規模の経済と顧客ロイヤルティを両立させて、新たな競争優位を確立する

高度な情報処理技術を活用することで、従来とは異なるアプローチで規模の経済と顧客ロイヤルティを両立させることが可能となった。これは、企業の新たな競争力強化のアプローチであり、戦略・戦術そのものである。

POINT 3
埋もれた資産から競争力の源泉となるアルゴリズムを発見する

社会課題・企業課題を数学的アプローチで解く時代は、独自の優れたアルゴリズムを持つ企業が生き残る。そのためには、内部の「 埋もれた資産」から競争力の源泉となるユニークなアルゴリズムを発見・構築することが大切である。

Ⅰ.変わらぬ経営戦略の根幹

ここ20年で経営論に関する書籍が一般の書店にも多く並ぶようになり、経営という技能について注目がより集まってきました。

長く経営戦略において重要とされてきた考え方の1つは、「規模の経済」という競争優位性を確立し、他社をシェアの面で圧倒的に上回ることでした。そのためには戦略の実行において「俊敏性」を発揮し、継続的な「顧客ロイヤルティ」という事業基盤を早急に構築する必要があります。

また、上記の事業基盤の整備が進んだ企業は、経営戦略として異業種への参入や製品サービスの多角化を行い、事業ポートフォリオをスピーディーに拡大するという資本効率のよいポートフォリオマネジメントを行ってきました。これは混迷の時代の経営戦略としても重要であると考えられています。

しかしながら、これらすべての要素を同時に、かつバランスよく実践することはきわめて困難と言えます。ただ単に、規模の経済を追求すれば、多くの顧客への商品・サービスは画一的になり、顧客との距離を縮めることは難しくなります。また、競合他社より早く市場を押さえたとしても、肥大化・複雑化した大企業内部のビジネスプロセスでは、俊敏性を上げることは容易ではありません。

つまり、規模を追求して低コストを実現することと、顧客のニーズに合わせたカスタマイズをスピーディーに実施することは、現実の事業運営においては、むしろ対極的であると言ってもよいのではないでしょうか。このことは経営者であれば容易に理解できます。

また、株主をはじめとするステークホルダーの信頼を得て異業種参入や製品・サービスの多角化等意欲的に市場拡大に挑戦したとしても、顧客基盤やビジネスプロセスの変化に対する俊敏性が不十分な場合には、社会の多様性や要求水準の変化のスピードにはついていけず、飛躍的な技術革新がない限り、事業を成功させることは難しいのが現実です。

結局のところ、一般的な経営戦略として必要とされている、「異なる複数の軸足をコンカレント(同時並行的)かつインテグレート(統合的)に実行させていくこと」は実務上、非常に困難なのです。

Ⅱ.根本的な変化-新しい勝ち方

現在、増加するネット販売・流通小売企業、オンラインコンテンツ配信企業、電気自動車製造企業、デジタル技術を活用することでグローバルに台頭してきた新興ベンチャー企業の数々。彼らは「高度な情報処理技術」を企業インフラに昇華させ、コアとなる仕組みとして実装・標準化し、スピーディーに異業種への参入を果たしました。高度な情報処理技術を効果的に活用することで、戦略の実行における高い俊敏性を実現し、従来難しいとされてきた規模の経済の追求と徹底した顧客ロイヤルティを獲得したのです。

これこそ「新しい勝ち方」の出現と言えるでしょう。高度な情報処理技術を徹底的に活用することで、トレードオフだと考えられていた制約を打ち壊したのです。それだけではありません。異業種参入のためのアプローチやオペレーティングモデルに機能的共通点を見つけ、スピーディーに事業ポートフォリオの拡大を実現しました。

戦略と戦術の柔軟かつ一体的な遂行は究極的なアートでもあるという従来の感覚からすれば、これらのアプローチは非常に工学的であり、企業というものを1つのオペレーティングシステムやソフトウェアサービスの展開のようにとらえている感覚になります。DigitalTransformation(以下「DX」という)という打ち手の本質の1つはここにあります。

Ⅲ.DXにより顧客ロイヤルティを再定義する

規模の経済と顧客ロイヤルティを両立させる方法として、大量生産を維持しつつ、製品やサービス自体を顧客にフィットさせるマス・カスタマイゼーションという手法があります。顧客の個別のニーズに対応する大企業の取組みは、古くはオーダーメードPCを手掛けるPCメーカーや、今ではシューズメーカーなども取り入れはじめており、よく知られた手法です。

本来、顧客のニーズに受注・生産体制を丁寧に合わせるという施策は、サプライチェーン全体の複雑化・多様化を許容できる企業でなければ困難です。

では一体、どのような情報処理技術によって、顧客ロイヤルティを確保することができるのでしょうか。

1. カフェチェーンのケース

最初に紹介する事例は、情報処理技術を用いて顧客接点を再定義することにより、規模の経済を損なうことなく、顧客ロイヤルティの向上を図り、競争優位の確保に成功した例です。

グローバルに事業を展開するカフェチェーンは、これまでは、店舗内での顧客とバリスタの会話によって、顧客ロイヤルティを高め、親しみやすいカフェチェーンの地位を確立してきました。

この企業が挑戦したのは、モバイルサービスを軸とした個人向けサービスの強化です。モバイルサービス上でデータを収集することによって、顧客からのフィードバックを受け取る時間を短縮させ、顧客接点の最前線にいる社員への教育の質と頻度を強化することにより、自社のサービス品質をフレキシブルに改善しました。同時に、顧客から収集したデータは、迅速な企画・商品開発にも役立てています。

その結果、多数の店舗を展開しながらも、理想的な顧客と企業の距離を保ち、顧客にはタイムリーな新商品や新サービスの提供といった形で恩恵をもたらしています。

この仕組みは、企業と顧客との間の垣根を取り払い、共創関係のような構造を形成していると言ってもよいでしょう。

2.シューズメーカーのケース

顧客のロイヤルティを高める伝統的な方法は、営業担当者による距離感の近い営業活動によるものです。つまり、訪問や電話、ウェブ等で営業担当者が顧客の声を聞き、寄り添うという手法です。

しかし、あるシューズメーカーでは、膨大な顧客に対し、個別の営業担当者を割り当てるのはコストが見合わないと考え、「靴がコーチになるスマートシューズ」を開発しました。この靴は、まるで個別の営業担当者のように顧客により添い、カスタマーエクスペリエンスの向上に貢献するのです。

靴と専用アプリが連動し、一人ひとりの特徴に合わせたアドバイスを音声によってリアルタイムでフィードバックします。また、自分では知り得なかった自分の走り方を見える化し、改善すべきポイントを教えてくれます。

靴のソールには、センサーが内蔵されており、距離やラップタイムに加えて、ストライドや着地のパターン、接地時間や角度、着地時の衝撃の大きさなどを計測します。計測データを使って、ランナーの走り方を5つの評価軸に基づいてスコアリングし、専用アプリを通じて顧客をサポートします。

これらは個別の営業担当者を割り当てることなく顧客満足度を向上させ、さらに、収集した情報から製品の課題や見えにくい顧客ニーズを探ることを可能にしました。

3.健康食品スタートアップのケース

アンケートにより顧客ニーズを的確に割り出し、顧客ロイヤルティを獲得したケースもあります。

欧州の健康食品スタートアップ企業は、消費者がオンラインアンケートに回答するだけで、グミスナックをパーソナライズできるサービスを提供しています。ダイエットや運動などのライフスタイルに関わる回答から、回答者に必要とされる栄養素が含まれるグミスナックを、アルゴリズムが自動的に推奨してくれます。栄養素は、28のビタミン、ミネラル、スーパーフードなど7つの栄養素で構成されており、グミスナックは3Dプリンターで生成されます。

同社は、将来的にはDNAテスト結果と連動させ、パーソナライゼーションを加速させようとしているようです。

4.老舗スーパーのケース

今から、10年ほど前、英大手スーパーがソウルの地下鉄の駅のホームに近未来的なスーパーを出現させました。そこでは、地下鉄のホームに設置されている転落防止壁に、バーチャルなスーパーの商品棚をプロジェクションマッピングで表示したのです。乗客はホームにいながら、スーパーの商品棚を目の前にして、スマートフォンをかざすだけで購入できるという、日常生活とはまったく馴染みのない顧客体験をすることになります。一方で、企業は既存の商品供給の仕組みを大きく変えたわけではありません。このバーチャルスーパーは、3ヵ月限定でオープンしましたが、期間中累計1万人以上が利用、売上は130%増加し、登録ユーザーも76%増加しました。

この実証実験は、実店舗、PC上のインターネットブラウザやスマートフォンアプリ上のオンライン店舗とはまったく異なる「第3の店舗」を消費者に提示したととらえてもよいでしょう。

5.ファストフードチェーンのケース

最後に、グローバルに事業を展開するファストフードチェーンが中国で非常に興味深いアプローチを実施した事例を紹介します。同社は、ソーシャルメディアと店舗にそれぞれ高い価値があると考え、中国最大のSNSを使ったデジタル施策を打ち出しました。これは、既存のサプライチェーンを大きく変更することなく顧客ロイヤルティを高めた好事例の1つです。

ユーザーが、自分のSNSアカウント上にバーチャルストアをオープンし、フランチャイズ店のオーナーになるというサービスです。店の外観やスタッフだけでなく、メニューや割引クーポンなども自由に設定でき、フィードを通じて友達にアピール、実際にオーダーすることもできます。しかも、オーダーしたメニューのバーコードをリアル店舗で見せて支払いをすると、バーチャルストアのオーナーにはインセンティブまで支払われます。

一見、ゲームのようなこの取組みは、芸能人や著名人が自身のアカウントで実施したことから大きな話題になり、数百万人のユーザーが参加、6億円以上の売上を記録したと言われています。

Ⅳ.優れたアルゴリズムを持つ企業が生き残る時代

前節で紹介したケースが示すように、規模の経済の追求と徹底した顧客ロイヤルティを両立させる事例の共通項として、顧客接点を最適化するためのラストワンマイルを攻略する創意工夫と、それを可能にする高度な情報処理技術の存在があります。

これらの高度な情報処理技術は、単にBtoCのカスタマーエクスペリエンスではなく、新たな競争力強化のアプローチであり、技術戦略・戦術そのものです。

仮に企業というものが1つのシステムであり、そこに働く仕組み一つひとつが優れた処理であると仮定するならば、情報処理の視点から言えば、前述したさまざまな取組みは企業固有の競争優位を獲得する「アルゴリズム」ととらえることもできます。

従来注目されてきた企業の経営資源は、社員や仕組み(サプライチェーン)、顧客等が中心でした。しかし、DX時代になると、これらの資源のなかに埋まっている優れた「アルゴリズム」に注目することがより重要となってきています。

経営の戦略的アプローチの変化を加速させているチェンジドライバーは、DXという漠然とした事柄ではなく、企業というシステムのなかで動く力強いアルゴリズムなのです。このアルゴリズムが従来の競争戦略の制約や前提を変えはじめています。このような競争優位性を生み出す社内のアルゴリズムは、顧客満足度と自社の提供価値を最大化させる方程式ととらえることもできるでしょう。

Ⅴ.優れたアルゴリズムの発見・構築に向けて

競争優位の源泉となるアルゴリズムを自社のなかから発見・構築するには、自社の特定業務領域の専門家が集まり、協議する必要があります。

協議では過去に蓄積されたルールや属人的なプロセスを一旦取り払い、解決したい課題や目的に対してゼロベースでアイディエーションしていきます。そして、業務視点での自社の強みや競争力、プロセスに対し、専門的な知識や経験を掛け合わせ、丁寧かつ意識的に数理モデルへと落とし込んでいくことになります。これは地道なプロセスですが、きわめて重要です。この過程を経て紡ぎ出されたアウトプットこそが、競争優位のためのアルゴリズムへ落とし込む土台となるからです。

しかし、上記のプロセスにおいては、試行錯誤が必要になります。そのため、想定された成功を短時間で容易に目の当たりにすることは難しいかもしれません。また、試行錯誤を経て構築されたモデルが、結果として既存の形態とわずかな違いにしかならないこともよくあります。しかし、わずかな差異であっても、顧客視点でポジティブな差別化要因となりうる場合には、それらを意識的に積み上げていくことが、この発見プロセスの本来のあり方であり、結果として確かな果実を得られることが多々あります。DX体質への変革においては、このような研究開発的な側面を明確に意識し、自社ならではのアルゴリズムへ落とし込み、その活用方法を検討することが大変重要となります。

躍進するDX企業はまさにこれを日々、通常業務として行い、経営がそれらの意味を正確に理解しているという点も覚えておくべきポイントです。なお、これらを実現するためには、自社の特定業務領域の専門家だけでなく、数学、統計、確率等の学術領域に深い専門性のある人材、データとアナリティクスに関係する人材が必要となります。

Ⅵ.アルゴリズム昇華の重要性

自社の新しい競争優位を確保するには、独自のアルゴリズムを効果的に埋め込み、それを自動化・自律化させる視点が重要となります。そのためには、レコメンデーションアルゴリズムやコンセンサスアルゴリズムなどを経営の一部のオペレーティングシステム機能ととらえ活用することが肝要です。また、社会や企業の課題を数学的アプローチで解くことを通じ、独自のアルゴリズムをさらに優れたものに昇華させるという視点も重要です。

Ⅶ.次世代のリーダーが持つべき意識

社内における情報処理技術の活用方法のなかから競争優位なアルゴリズムになり得る素材を抽出する以外に、市場に既に存在する大小さまざまな新しい勝ち方や優れた競争力を実践している企業や事業の力を効果的に活用するM&A、CVC等、多様な方法があります。

次世代リーダーは、内部で競争優位なアルゴリズムを発見することのみならず、外部からもこれらの要素を取り込む手法も同時に意識し、戦略実行の軸足・打ち手を確実にとらえ、従来の制約や前提を越えたところに存在する新しい勝ち方を常に意識的に学ぶことが重要だと考えます。

執筆者

KPMG FAS
アドバイザリ・チーフデジタルオフィサーオフィス統括
CSS – Digital
執行役員パートナー 中林 真太郎

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