企業が社会にもたらす「真の価値」を可視化する~KPMG True Valueが目指す、社会的インパクトの金額換算
本稿では、「True Valueメソドロジー」における、社会的インパクトを定量化するためのアプローチと、その結果をどのように長期的企業価値の向上に結び付けていくかについて事例を交えて解説します。
本稿では、社会的インパクトを定量化するためのアプローチと、その結果をどのように長期的企業価値の向上に結び付けていくかについて事例を交えて解説します。
サステナビリティの実現に向けて、企業の非財務的価値への注目が高まるなか、多くの企業や投資家は、企業が社会や環境に及ぼすプラスとマイナスのインパクトを特定し、定量化して、財務的価値とともに評価していく試みを進めています。
KPMGは、会計分野における長年の経験を基に、従来の財務報告では説明しきれなかったアウトカムや社会的インパクトについて、その規模や価値を定量化し、さらに金額換算する「True Valueメソドロジー」を開発しました。本稿では、「True Valueメソドロジー」における、社会的インパクトを定量化するためのアプローチと、その結果をどのように長期的企業価値の向上に結び付けていくかについて事例を交えて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
目次
POINT 1
True Valueメソドロジーは、「企業が社会に創出する価値」を財務的価値のみで評価するのではなく、企業が経済・社会・環境に対して与えるポジティブ・ネガティブ双方の影響を考慮した非財務的価値もあわせて評価するべきという考え方である。
POINT 2
True Valueメソドロジーを活用することで、自社を取り巻く社会環境を俯瞰することが可能となり、企業はネガティブな要素も含めて、想定していなかった社会に与えるインパクトを見つけることができる。特定されたポジティブなインパクトは維持しつつ、ネガティブなインパクトについてはその低減を行うことが求められる。
POINT 3
社会的インパクトを定量化・可視化することで、企業は目標の設定や進捗管理をより確実に行うことが可能となる。さらに、取組みの改善等を検討するための判断材料として活用することもできる。
POINT 4
投資家は投資対象となる企業や事業がどのような社会的インパクトを創出しているのかを具体的に把握することができるため、ポートフォリオを構築する際、金銭的リターンと社会的リターンを両立させるための判断材料として活用することが可能となる。
I. 社会的インパクトを定量化することの重要性
1. 社会的インパクトとは何か
社会的インパクトとは「短期・長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的・環境的なアウトカム」を指します1。企業が社会にもたらす非財務的価値である「社会的インパクト」を、どのように評価するべきかという問いに対して、サステナビリティへの対応を経営の優先課題と認識する多くの企業、ESG投資や社会的インパクト投資を行う投資家は、企業が社会や環境に及ぼすプラスやマイナスのインパクトを特定し、さらに定量化して、財務的価値とともに評価していくという解を見出しつつあります。
企業が事業活動を行えば、必ず社会・環境・経済に対して、プラスとマイナス両方のインパクトを与えます。たとえば、製品を製造すれば一定程度のCO2を排出することになり、社会インフラを改善するようなサービスを提供すれば、人々の生活環境の改善に寄与します。これらのインパクトは、今までも企業において一定程度認識されてはいたものの、利益と同等に語られることはありませんでした。従来はあくまでも、社会貢献の一環や副次的な産物という位置づけであったと考えられます。
しかし、昨今はサステナビリティへの関心の高まりを受け、企業や投資家は財務諸表から読み取れる金銭的資本の向上だけでなく、社会的インパクトの重要性を理解し、そのインパクトをどのように測定・評価するべきか、という点に関心を向けるようになりました。そのため、社会的インパクトは「なんとなく」定性的に表されるものから、可能な限り定量化され、評価されることが求められるようになってきているのです。
社会的インパクトを定量的に評価する意義としては、主に以下の2つが挙げられます2。
- 事業や活動の利害関係者に対する説明責任を果たすこと(Prove)
- 事業や活動における学び・改善に活用すること(Improve)
インパクトを定量化することにより、企業は目標の設定や進捗管理をより確実に行うことが可能となり、さらに取組みの改善等を検討するための判断材料として活用することもできます。また、投資家は投資対象となる企業や事業がどのような社会的インパクトを創出しているのかを具体的に把握することができるため、ポートフォリオを構築する際、金銭的リターンと社会的リターンを両立させるための判断材料として活用することが可能となります。
2. アウトプットとアウトカムの違い
従来、企業は自社の価値創造ストーリーを報告する際、どのような資本をインプットし、その結果どのようなアウトプットやアウトカムがあったかということを定期的に報告してきました(図表1)。
図表1 アウトプットとアウトカムの違い
インプットとは活動に投入される資源のことで、たとえば製品を製造するための原材料やエネルギー、人的資本等を指します。それらの資本を投入したことにより得られる結果がアウトプットです。製品の生産量や環境配慮型製品を製造したことによるCO2排出削減量等が該当します。その先にあるアウトカムは、活動を通じて得られた成果のことです。これには、たとえばCO2排出量を削減したことによる気候変動対応への貢献等が挙げられます。
アウトカムとして得られた成果は各種レポート等において報告されることが一般的ですが、多くが定性的な記述に留まっています。一部にはインパクトを定量的に示そうとする取組みも見受けられますが、アウトプットとアウトカムの棲み分けがあいまいになっているケースも散見されます。その原因として、アウトカムを自社の事業活動と関連性の高い事象の範囲内で検討していることが挙げられます。
しかし、市場におけるサステナビリティやESGへの関心の高まり、それに伴う法規制や基準の強化、ステークホルダーによるアクションの活発化により、企業はさらに踏み込んで、自社の活動が及ぼす影響を従来想定している範囲を超え、社会全体に対してどのようなアウトカムをもたらしており、それらがステークホルダーにどのようなインパクトを与えているかについても積極的に検討・報告することが期待されています。
3. 社会的インパクト評価をめぐる動き
社会的インパクトを定量化するプロセスとして、現時点では気候変動対応におけるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のようなデファクトスタンダードは存在しません。しかし、社会的インパクトの評価は企業だけでなく、資金提供者である金融機関等からもそのニーズが高く、フレームワークやスタンダードの確立を目的とするイニシアチブが数多く発足しています。代表的なものに、独BASF社等の民間企業4大監査法人が参画し、環境・社会影響を反映した新たな会計基準を策定するValue Balancing Alliance(VBA)、国際金融公社(IFC)が投資のライフサイクルにインパクトを意識的に組み込むフレームワークとして作成したインパクト投資の運用原則、ハーバードビジネススクールによるインパクト加重会計等があり、それぞれのアプローチによるインパクト評価が提唱されています。
II. 企業が創出する価値を金額換算するTrue Valueメソドロジー
1. 企業が創出する価値の可視化
KPMGは、2015年に会計分野における長年の経験を基に、従来の財務報告では説明しきれなかったアウトカムや社会的インパクトについて、その規模や価値を定量化し、さらに金額換算する「True Valueメソドロジー」を開発しました。これは、いわば現在注目されている社会的インパクト評価の先駆け的取組みといえます。True Valueメソドロジーにおいて、「企業が社会に創出する価値」とは、財務的価値のみで評価するものではありません。企業が経済・社会・環境に対して与えるポジティブ・ネガティブ双方の影響を考慮した非財務的価値もあわせて評価すべきという考え方に基づいて評価するものです(図表2)。
図表2 True Valueメソドロジーの考え方
True Valueメソドロジーを活用することにより、企業は、自社の事業や取組みの財務的な利益のみならず、それらの活動が幅広いステークホルダーに対して、どのような価値をどれだけ創出できているのかを可視化することができます。また、非財務的側面を含めた全体像を把握し、その影響を市場の共通言語である「金額」で把握したり、外部に向けて説明することも可能となります。
2. True Valueメソドロジーによる社会的インパクト定量化アプローチ
True Valueメソドロジーのアプローチは以下のとおりです。
(1)前提条件の設定
最初に、前提条件を整理します。関係者間において、True Valueメソドロジーを活用する目的とゴールを共有します。その後、詳細な条件として、測定する対象範囲を企業全体、主要事業またはプロジェクト単位等に決定し、時間軸の設定、関連するステークホルダーの洗出しや影響範囲の特定を行います。また、インパクトを比較する対象についても検討します。社会的インパクトを定量的に測定するためには、このように条件を細かく設定し、測定する範囲を特定する作業が重要となります。
(2)アウトカムの特定~指標の設定
対象から想定されるアウトカム(成果)を洗い出します。アウトカムの特定にあたっては、ロジックモデルを活用します。I.2節で述べたとおりインプットからもたらされるアウトプットとアウトカムを整理し、アウトカムについてはさらに短期・中期・長期に分けます。そうすることで、アウトカムが社会に創出するインパクトをステークホルダーごとに具体的に特定することが可能になります。
アウトカムを特定する際、True Valueメソドロジーでは「外部性」に注目します。従来、企業が社会に与えるインパクトとして認識してこなかったサプライチェーンにおける事象(間接雇用の発生やサプライチェーン上の有害廃棄物の排出等)や、製品・サービスが顧客の手元に渡った後の事象(自社製品による顧客の健康向上や廃棄による環境影響等)についても検討・分析し、インパクトを特定していきます。インパクトの特定後は、そのインパクトを定量的に計測できる指標を設定します。指標については、すでに社会的インパクト評価において採用されている指標やKPMGが独自に設定している指標を参照し、(1)で設定したTrue Valueメソドロジーの活用目的に沿う指標を採用します。その際、すべてのインパクトを定量化できるとは限らないことに留意が必要です。
(3)データ収集と金額換算
設定した指標に対して、定量化に必要なデータを収集し、金額換算するための計算ロジックに反映させます。その際、企業独自のデータは提供していただきますが、それ以外の係数や実績値はKPMGのデータベースや学術論文、公的データから採用します。そうすることで、数値の公正性を担保します。
たとえば、対象事業においてCO2排出量を大幅に削減できることの金銭的価値を算出する場合ならば、企業から排出削減量のデータを提供いただき、KPMGが提供するCO2が1トン発生した際に社会にもたらされるインパクトとして算出された金額(気候変動に起因して発生する洪水の被害額や大気汚染による健康被害額等を総合的に勘案))と掛け合わせてCO2排出削減によってもたらされるインパクトを算出します。
(4)True Valueブリッジによる可視化
(3)において算定した結果を、「True Valueブリッジ」と呼ばれるグラフに落とし込みます(図表3)。
図表3 True Valueブリッジ
縦軸が財務的インパクト、横軸がインパクトの要素を示しています。一番左側の水色部分が企業の財務的価値を表しており、そこにこれまでのステップにおいて非財務的価値として特定した経済・社会・環境のプラスとマイナスの外部性を金銭的価値として積み上げます。結果として導かれたのが一番右側に表される財務的価値と非財務的価値を鑑みた、企業が社会に創出する価値「True Value」です。
(5)分析・検討
可視化されたTrue Valueは、結果を踏まえ、プラスに振れている要素を維持しつつ、マイナスのインパクトを低減する等、企業の利益と社会的インパクトの両方を最大化するための対応策を検討します。
なお、分析結果については、社内向けおよび社外向けとして、主に次の6つの活用方法が想定されます。
- 戦略策定
事業選択、設備投資、調達、研究開発・製品開発、M&A、販売・マーケティング等さまざまなレベルの戦略に、サステナビリティの観点を統合させるための基礎情報として活用します。 - リスク評価
社会、環境に対する企業の影響、依存関係を理解し、これに伴うリスク・機会を識別することにより、サステナビリティ要素も網羅した対応策を検討します。 - 投資評価
個別の投資・プロジェクト案件、研究開発案件、新製品開発案件等の投資判断、撤退判断の際に、財務的収支だけでなく社会、環境への影響も加味した判断を行います。 - 製品・サービスのプロモーション
既存の製品・サービス、およびイノベーションを伴う製品・サービスの社会的価値を可視化し、潜在的顧客を含めマーケットに対する宣伝広告ツールとして活用します。 - コミュニケーションツール
政府、自治体、周辺住民、従業員らに自社の事業の社会的価値を説明することにより企業活動への理解を深めてもらい、良好な関係を構築します。 - 資金調達
ESG投資やインパクト投資が拡大するなかで、円滑に資金調達することを目的として、社会的価値について投資家との対話を深めるための情報発信ツールとして活用します。
1.~3.は主に社内における活用方法ですが、戦略策定や投資判断において、通常検討している財務的収支だけでなく、True Valueメソドロジーで特定した社会的インパクトを加味した判断を行ったり、事業やプロジェクトが社会や環境に与える影響や依存関係を理解し、適切な対応をとるための根拠資料の1つとして活用したりすることが可能です。
4.~6.では、社外に向けた活用方法として、True Valueを情報発信ツールとして活用することが想定されます(PDF:図表4)。
III. True Valueメソドロジー活用事例
True Valueメソドロジーを活用した事例として、ここでは2つの事例を紹介します。
1. 企業全体の社会的インパクト測定
海外のある大手通信会社は、「国民の生活の質を向上させる」というミッションの下、自社の活動(携帯機器の販売、モバイル通信、携帯による金融サービスの提供等)による社会的インパクトを検証し、自国内への貢献を継続的に測定して報告しています。2020年度には、国内に創出した社会的価値は、直接的および間接的雇用創出やインフラ構築等を含め、財務利益の約9倍に達したとの結果を導きました。
同社はアニュアルレポートにおいて、継続的にTrue Valueメソドロジーを用いて算出した社会的インパクトを報告しており、経年でミッションの実現に向けた取組みの進捗状況を確認することができます。
2. 研究開発段階における社会的インパクトの検討
ある国内企業は、製品製造過程で発生するCO2排出量の削減を目的としてCO2を回収・利活用するCCUS技術を導入した場合、その取組みが社会にどのようなインパクトを与えるかを検討するために、True Valueメソドロジーを活用しました。このプロジェクトでは、
- 新システム導入により発生する社会的インパクトの特定
- ポジティブおよびネガティブインパクトの大きい要素の特定
の2つを目的として設定、結果を社内におけるシステム導入の是非を検討する際の参考データとして活用しました。
新技術の導入は、いかに迅速に費用回収できるかに関心が集中しがちになります。しかし、このプロジェクトでは社会的インパクトを可視化することで、一定程度コストがかかったとしても、取組みが長期的視点で企業価値の向上に寄与するものであるという視点も含めて導入の検討を行っています。
プロジェクト担当者からはTrue Valueメソドロジーを活用した社会的インパクトの可視化について「研究開発段階での価値定量化という新たな取組みに伴走していただき、導出に必要な仮定や前提の考察・議論を通してインパクトへの影響度合いと今後注視すべき項目の整理・抽出に役立ちました。一方で、投資判断根拠としての採否に係る課題も浮かび上がりました」とのコメントを頂戴しています。
IV. True Valueメソドロジー活用における留意点
1. インパクト特定の5つの要素
アウトカムからインパクトを導き出す際、Impact Management Project3が提唱するインパクトの5つの基本要素が参考となります。
- WHAT:どのようなアウトカムがあり、どのくらい重要か
- WHO:インパクトの受益者は誰か
- HOW MUCH:インパクトの規模
- CONTRIBUTION:関与があってはじめて発生したインパクトか
- RISK:インパクトが発生しないリスクがあるか
これらの要素を踏まえ、対象となる取組みで発生するインパクトを分析することで、適切な指標を設定することが可能となります。
2. インパクトの横比較
複数の企業や事業について横比較を行いたい場合、指標を統一することで、創出される価値の比較が可能となります。ただし、その場合は共通する指標を採用する必要があるため、各比較対象が有するユニークな価値創造についての評価が見落とされる可能性があることに留意が必要です。
3. 時間軸の設定
True Valueメソドロジーでは、単年あるいは複数年にわたってのインパクト測定を行うことが可能です。時間軸については、単年でのインパクトを毎年分析することで経年変化を確認する、またはライフサイクルを通したインパクトを測定する等、導入時に確認するTrue Valueメソドロジーの活用目的に応じて設定します。
なお、III.2節で紹介したような、まだインパクトを創出していない事象の場合は、どの時点でのインパクトを評価するのか、また実質的なインパクトの発生をどのタイミングで報告すべきか等について、十分な検討が必要となります。
V. True Valueメソドロジーを活用することで明らかになるインパクト
社会に創出する価値としてアウトカムを一定程度特定し、報告する企業は増加傾向にありますが、アウトカムが誰に対してどの程度のインパクトをもたらすものであるかまでを具体的に検討し、定量化まで行っている企業はまだ多くはありません。また、特定されているアウトカムについて企業を取り巻く環境を十分網羅的に検討できていないケースも存在します。True Valueメソドロジーを活用することで、自社を取り巻く環境を俯瞰することが可能となり、ネガティブな要素も含めて、想定していなかったインパクトを見つけることができます。
特定されたインパクトについて、ポジティブな要素は維持しつつ、ネガティブな要素については、そのインパクトの低減を行うことが必要となります。対応策として適切なKPIを設定し、モニタリングを行うこと等が挙げられますが、その対応こそが社会に価値を創出する取組みであり、長期的な企業の価値向上につながっていきます。
1 内閣府(GSG 国内諮問委員会 社会的インパクト評価ワーキング・グループ)社会的インパクト評価ツールセット実践マニュアル(Ver. 2.0)(2017年6月29日)
2 G8社会的インパクト投資国内諮問委員会 社会的インパクト評価ワーキング・グループ(2016)『社会的インパクト評価ツールセット実践マニュアル』
3 事業や投資の分野でのインパクト・マネジメントに関する国際イニシアチブ