調査の概要

KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパンは、2012年にその前身組織である統合報告アドバイザリーグループを組成して以来、企業の自発的な取組みである統合報告書の発行を、企業と投資家との対話促進を通じて価値向上に貢献する取組みと捉え、2014年から日本企業の統合報告書に関する動向を継続して調査してきました。

今回からは、サステナビリティ報告書や企業ウェブサイト上のサステナビリティに関連するページ(これらを総称して、以下「サステナビリティ報告」)も調査の対象に加え、本冊子のタイトルを「日本の企業報告に関する調査」へと変更しています。IFRS財団によるISSB審議会の設立などを契機としたサステナビリティ報告基準の収斂に向けた動向をふまえ、企業報告を広く捉えたうえで、その成果や課題の一端を明らかにし、日本企業の競争力向上に向けた一助となることを目指しています。

10の領域における調査結果の主なポイント

1.マテリアリティ

マテリアリティに関わる記載は、統合報告書、有価証券報告書ともに3年連続で増加しており、今回から調査対象に加えたサステナビリティ報告においては、80%の企業がマテリアリティを説明しています。しかし、それらの報告書に記載されたマテリアリティが、取締役会での議論を経たものであることや、経営における意思決定の軸だと読み取れる報告は多いとはいえません。持続的な価値創造につながる基盤を整備するには、経営の現状に基づく理解と判断により中長期的な事業環境を見通すことが必要です。そのうえで、自社のビジネスモデルの持続性に影響を及ぼしうる事象をどう認識するか、どのような経営課題に関連してそれらがマテリアルなのか等の共通理解を、取締役会での十分な議論を経て醸成することが求められます。

2.見通し

統合報告書、有価証券報告書ともに見通しを示す企業の割合は半数程度、サステナビリティ報告では21%でした。見通しの説明は依然として少ないものの、時間軸を明示しつつ見通しを説明する企業が増加しました。これらの企業のうち、戦略とマテリアリティの双方を関連付けて説明している企業は、統合報告書では21ポイント増の39%、有価証券報告書では5ポイント増の7%となりました。このように、どのような時間軸で将来を見通し、マテリアリティの特定と戦略の策定に至ったのかを報告書に記載する企業が増加している点は望ましい傾向といえるでしょう。

3.リスクと機会

リスクと機会の両方を説明している企業は、統合報告書で54%、有価証券報告書で13%、サステナビリティ報告では32%でした。企業の価値創造に焦点をおいて特定されるリスクと機会は、経営環境の見通しに基づき、企業の持続可能性にとってマテリアルな事象から導かれるものです。そのため、リスクと機会は中長期的には表裏一体となる性質を有しているともいえます。リスクに関する情報のみならず、機会へと展開する可能性をも示すことができれば、企業は価値創造ストーリーの実現可能性を情報利用者に伝えることができます。

4.戦略と資源配分

中長期の戦略について、統合報告書においては79%、有価証券報告書においては89%の企業が説明している一方、サステナビリティ報告で言及する企業は36%でした。環境や社会の犠牲のもとに得られる利益は長続きしません。中長期的な企業価値を最大化するためには、環境や社会の課題解決への貢献と、その実現の成果としての利益の両立とを目指すべきです。サステナビリティにつながる事象を統合した持続可能な価値創造戦略は、企業の長期的な収益力を支え、中長期的な企業価値を獲得するための戦略といえるでしょう。

5.業績

戦略目標に対する実績報告の状況を調査したところ、財務・非財務の両方の目標に対して実績を説明している割合は統合報告書で44%、有価証券報告書ではわずかに7%でした。まだ多くの企業がサステナビリティ課題に関する情報と財務情報を結び付けられていないことがうかがえます。自社の経営戦略とサステナビリティ戦略を統合させ、その状況をモニタリングしながら適切な方向に導くためには、経営陣は将来のありたい姿や戦略目標と整合したサステナビリティ関連指標を設定することが大切です。

6.保証

今回の調査では、統合報告書は20%、サステナビリティ報告は62%の企業が1つ以上のサステナビリティ指標について第三者保証を受けていました。第三者保証を受けていた指標等の内訳で最も多い温室効果ガス(または二酸化炭素)排出量は企業のマテリアリティ領域と整合しているケースがほとんどである一方、それ以外の指標等についてはその整合性がみられないもの、または関連性が明確ではないものも散見されました。第三者保証を受ける指標の選定にあたっては、自社のマテリアリティとの関係性を考慮しつつ、これらの整合性が適切に伝わるような報告を行うことにより、第三者による保証を受けることの意義が一層高まると考えられます。

7.財務戦略

財務戦略について説明している企業は、統合報告書において65%、有価証券報告書において55%でした。そのうち、それぞれ16%と23%については、中期的な事業戦略と財務戦略の時間軸が必ずしも整合しない形での説明となっていました。また、財務戦略に関する説明がない報告書は、統合報告書で23%、有価証券報告書で44%でした。財務戦略は事業戦略と一体のものとして立案する必要があります。さらに、その時間軸も意識して提示することで、企業は、持続的な価値創造を実現する可能性について説得力をもって説明することができるといえます。

8.ガバナンス

近年、改正内閣府令、改正会社法、2度のコーポレートガバナンス・コード改訂などを通じて、ガバナンスに関する報告の充実が求められています。こうした背景のもと、統合報告書や有価証券報告書におけるコーポレートガバナンスに関する情報量は増加傾向にあります。しかし、報告が求められる項目に言及していれば、報告要件を満たせるという訳ではありません。価値創造ストーリーと整合し、目指す姿や戦略の実現を支える仕組みとしてコーポレートガバナンスが機能していることが伝わる説明があってこそ、情報利用者のニーズを満たす報告となります。

9.TCFD提言に基づく開示

2021年末時点で、日経225構成企業のうち、TCFDに賛同する企業は82%(184社)までに増加しています。TCFDは気候変動関連の情報を、財務インパクトの評価に資するよう法定開示資料で示すことを提唱しています。しかし、現時点においては、依然として任意の統合報告書やサステナビリティ報告が気候関連情報の主たる報告媒体となっており、有価証券報告書でTCFD提言に沿った開示項目への言及があるのはわずか13%にとどまりました。

10.サステナビリティ報告

日経225構成企業のうち99%が、ウェブサイト上にサステナビリティ情報を記載し、59%が独立したサステナビリティレポートを発行しています。温室効果ガス排出量の削減、水資源使用、人権、サプライヤー評価、ダイバーシティといった、サステナビリティに関する各要素になぜ取り組むのか、その取組みが自社やステークホルダーにどのようなインパクトを与えているかを実績に基づき見定め説明することが企業にとって大切です。そして、その取組みに関するPDCAサイクルを回すことで、自社の経営戦略との整合性やその実効性を継続的に見直し、高度化することが求められます。

Key Recommendations - KPMGの提言

これからの企業報告に求められるのは、パーパス(社会的存在意義)実現に向けた組織の舵取りを担う取締役会、事業を推進する経営陣の考え、そして、中長期的な企業価値の向上と実現に向けた組織の歩みを明確に反映することです。今回の調査結果をふまえ、社会的存在意義に根差して成長を目指す企業が、より誠実に説明責任を果たし、より良い企業報告を目指すため、以下を提言します。

1.マテリアリティ - 何が経営の意思決定の根幹となっているかを示す -

統合報告書、有価証券報告書の記述情報、サステナビリティ報告のいずれかにおいて、「マテリアリティ」に言及する企業は増加しました。しかし、それらが経営の意思決定に置いて念頭に置かれているのかは、必ずしも読み取れません。パーパス実現のために対処すべき重要な事象や課題を検討し、合意するプロセスであるマテリアリティ分析に経営陣が主体的に関与し、その結果としてマテリアルだと判断された事象が経営判断の根幹となっていることを示すことが大切です。

2.メトリクス - 価値創造ストーリーの実現の進捗や実態を伝える -

将来目指す姿を実現するための中期的な戦略を説明する割合は増加傾向にあります。しかし、その進捗を示す適切なサステナビリティ関連メトリクスを伴う、財務へのインパクトを含む分析の提示は十分とは言えず、企業の現状認識が必ずしも読み取れません。パーパスの実現に向けて、中長期的な視点でサステナビリティに関連する課題を戦略に統合したならば、適切なメトリクスを選定して目標等を設定し、経年に渡りモニタリングを実施したうえで、経営者の分析や認識を報告書のなかで表明することで、価値創造ストーリーの歩みをより具体的かつ客観体に伝えられるでしょう。

3.報告書ごとの目的を再整理する

統合的思考を実装する経営においては、自らの組織だけでなく、社会や主要なステークホルダーへの長期的な価値創造の双方に焦点をあて、ビジネスモデルを築き、さまざまな検討や施策を行っていると考えます。企業活動が経済・環境・社会に対して及ぼすインパクトは、長期の時間軸でみれば、いずれは企業価値にインパクトを及ぼす可能性があります。しかし、企業価値へのインパクトの度合いや、マテリアルとなるタイミングは、企業ごとに想定が異なります。こうしたマテリアリティの認識に基づき、報告媒体ごとに、その目的と想定利用者の関心をふまえて報告内容を整理し、企業の考えや経営実態を伝えることが、情報利用者からの適切な理解の獲得と、ステークホルダーとの対話の質の向上につながると考えます。
 

※2022年4月6日から5月17日にかけて掲載していたレポートに以下の誤植がございました。現在掲載中のレポートでは解消しておりますので、左記期間にダウンロードされた方は、改めて以下よりダウンロードいただけますようお願い申し上げます。

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