【開催報告】京都大学イノベーションキャピタルが取り組む地域活性化
2022年2月10日、「京都大学イノベーションキャピタルが取り組む地域活性化~連続的な新事業創出に向けて~Featured by KPMG」のライブ配信を行いました。政府系ベンチャーキャピタルは4つの国立大学に限られ、京都大学はその1つです。
2022年2月10日、「京都大学イノベーションキャピタルが取り組む地域活性化~連続的な新事業創出に向けて~Featured by KPMG」のライブ配信を行いました。
2022年2月10日13時より、「京都大学イノベーションキャピタルが取り組む地域活性化~連続的な新事業創出に向けて~Featured by KPMG」のライブ配信を行いました。政府系ベンチャーキャピタルは4つの国立大学に限られ、京都大学はその1つです。その京都大学を舞台に、地域活性化につながる大学発ベンチャー創出に向けた取組みを考察しました。
本講演では、スタートアップとの協業を積極的に推進している株式会社JR西日本イノベーション 代表取締役社長の奥野誠氏、九州で産学連携に取り組む九州大学 副理事であり学術研究・産学官連携本部教授の大西晋嗣氏、京都からソーシャルベンチャーを支援する株式会社taliki 代表取締役の中村多伽氏、そして大学発ベンチャーとして着目されているトレジェムバイオファーマ株式会社 代表取締役の喜早ほのか氏とメロディー・インターナショナル株式会社 代表取締役の尾形優子氏にご登壇いただきました。パネルディスカッションは、KPMGジャパンの阿部博をファシリテーターに、京都大学イノベーションキャピタル株式会社 代表取締役社長の楠美公氏を加えた6人で活発な議論が展開されました。
Speech1:JR西日本が取り組むベンチャー支援とオープンイノベーション
株式会社JR西日本イノベーションズ 代表取締役社長 奥野 誠氏
日々安全に決められたことをきちんと守る役割を持つがゆえに、総じて鉄道会社は新しいことへのチャレンジを苦手とします。そこで、将来的に有望な領域に先行する組織として株式会社JR西日本イノベーションズが設立されました。成長の芽を見つけ出し、さまざまな企業に対して業務提携や出資といった形で投資し、協業していくことで、JR西日本グループの成長の柱、収益の柱に育てようというわけです。
成長の芽は、鉄道事業の生産性を向上させる領域、再生可能エネルギー関連やエアモビリティなどのように未来に向けたチャレンジ領域など多様で、これまでに出資した企業は30社近くになります。たとえば、株式会社人機一体とは鉄道保守ロボットで共同開発を、株式会社A.L.I.Technologiesとはドローンを活用した設備点検や物流での連携を検討しています。彼らの技術を利活用することで、高所での保守点検の作業などが安全で効率的になることが期待できます。また、世界中のホテルに月額定額で利用できる定額制コリビングサービス「HafH」と鉄道サービスを掛け合わせたサブスクリプションサービスの実証実験を、株式会社KabuK Styleと行ったりもしています。鉄道事業者として持っているものを提供しながら、価値の掛け算をしながら新しい事業に取り組んでいます。
JR西日本グループは、コロナ禍で壊滅的なダメージを受けました。JR西日本グループの収益基盤は鉄道の利用者に依存していますから、人々が移動しなくなると収益の確保が困難になります。そこで、我々は人の移動だけに頼らない新規事業も含め、地域と連携しながら取り組んでいきたいと思っています。
Speech2:大学発ベンチャーの知的財産戦略について
九州大学副理事 学術研究・産学官連携本部 教授 大西 晋嗣氏
大学発ベンチャーに特化した知財戦略はあるのか。そう聞かれたら、私は「現時点では特化したものはあまりない」と答えます。もちろん、ある発明の事業化という観点からの知的財産戦略ならばいくつもありますが、大学発ベンチャーに特化したものになると難しいと答えざるをえません。それは、特許出願される研究成果のすべてが事業化できるわけではないからです。なかには、何に使うのかがわからない発明もありますから、発明が出た段階でその発明が本当に事業化できるかは誰もわかりません。それゆえに、大学発ベンチャーは「難しい」のです。
ところで、九大発ベンチャーは現在までに155社となりました。特許ライセンス実績は、京都大学に続く第2位で6億です。ランク上位の大学に比べて研究者数もそれほど多くありませんし、研究資金も多いほうではない、しかもVCもありません。それでも155社のベンチャーが設立されました。それは、九州には他に類を見ないほど顕密な経済界・自治体との連携・サポートがあるからです。また、研究者も先進的な取組みに対して挑戦する風土があります。
スタートアップ支援のために、九州経済界は独自のギャップファンドを作り、九州大は資金提供するプロジェクトチームに対してプレCxOをアサインする「GAPファンドNEXTプログラム」を始めました。1回目となる今回は全国から380人が応募、7人を選出。来季からはオール九州で、10,000人の労働人口をU、I、Jターンで九州に持ってこようと三位一体で取り組んでいます。
Speech3:京都でのベンチャー投資への取組み
株式会社taliki 代表取締役 中村 多伽氏
株式会社talikiは、社会課題を解決する事業シーズを発掘・育成するインキュベーターです。これまで、立上げ期からシリーズA、シリーズB直前の約190事業を支援してきました。実績としては、持続可能な農業を営む小規模農家をパートナーにした有機栽培の通販・卸の株式会社坂ノ途中、ビーガンに特化したレシピ投稿サイトを運営する株式会社ブイクックなどがあります。
私がインキュベーション事業を始めたのは、社会問題が多様化・細分化していくなか、従来の行政セクターや非営利セクターが解決するにはリソースが不足していると思ったからです。そこで、ビジネスという手段を使って社会課題解決をするプレイヤーを増やし、彼らを応援することで、リソース不足で解決できなかった社会課題が解決されるのではないか。そう考えて、2017年に株式会社talikiを設立しました。
2020年には、ファイナンシャルなサポートをするために投資ファンドも設立しました。ただ、私たちの投資ファンドは、いわゆるベンチャーキャピタルとは3つの違いがあります。1つ目はLPと言われるファンドへの出資者のリソースを借りて事業推進を支援していること、2つ目は従来のエクイティファイナンス以外の出資方法も同時に使えるようになっていることです。この手法を採り入れているのは、日本のベンチャーキャピタルではおそらく私たちだけでしょう。また、私たちにはこれまでの活動で築いてきた500人のソーシャルビジネスの起業家とのネットワークがあります。このネットワークを使って起業家同士をマッチングすることで相互送客を可能としました。これが3つ目の特徴です。
Speech4:夢の“歯生え薬”~新たな歯科治療の実現を目指して
トレジェムバイオファーマ株式会社 代表取締役 喜早 ほのか氏
哺乳類は、乳歯と永久歯の2回しか歯が生えないため、歯を失うと、その治療法はインプラントと入れ歯しかありません。これが、現代の常識です。その常識を破り、歯が生える治療薬「歯生え薬」を私たちは開発しています。歯そのものの治療薬としては、おそらく歯科界では唯一の医薬品です。
歯生え薬の研究は、京都大学 医学研究科口腔外科学 准教授の高橋克先生の研究グループで行われていました。高橋先生は1998年から、私は2008年から取り組んでいます。研究が進んだきっかけとなったのは、2007年に過剰歯モデルマウスと出会ったことです。永久歯の下にもう1本、第3の歯の芽があるということを発見したのです。ただ多くの場合、この歯の芽は歯にならず、退化して消失してしまいます。高橋先生は、この歯の芽を生き残らせることによって第3の歯を作り、歯を再生しようと考えました。
歯生え薬の研究は、2016年に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)から研究資金を獲得、京大発ベンチャー支援GAPファンドプログラムとインキュベーションプログラムにも採択されています。そこで、事業化を目指して、2020年5月にトレジェムバイオファーマ株式会社を設立しました。研究開発は、KYOTO-iCAPと京銀リースキャピタルからの投資や京都産業21からの補助金などで順調に進み、現在シードラウンドが終わり、シリーズAへの資金調達の真っ最中です。今後は非臨床安全性試験、動物実験を進め、2024年に人での治験を実施し、まずは先天性無歯症に対する治療薬として2030年の上市を目指します。その後、市場規模の大きい後天性無歯症のマーケットも開拓しようと思っています。
Speech5:香川発、世界のお母さんへ。テクノロジーで安心・安全な出産を届ける取組み
メロディー・インターナショナル株式会社 代表取締役 尾形 優子氏
WHOによると、出産は世界中で年間1億4,000万行われていますが、そのうち年間200万人のお母さんと赤ちゃんが亡くなっています。そこで、私たちは2015年にメロディー・インターナショナル株式会社を設立し、妊婦と医師をサポートする超小型のIoT胎児モニター「iCTG」を開発しました。
「iCTG」は、陣痛を測るセンサーと胎児の心拍を測るセンサー、制御用のデバイス(タブレットまたはスマホ)から構成されており、医師は制御用のデバイスに表示されたデータから診断を下します。クラウドプラットフォーム「Melody i」を活用すれば、遠隔医療も可能です。2019年1月に国内ローンチし、タイやブータンなど世界12ヵ国250の病院に400台導入されています。日本に限れば111病院、233台が稼働しています。日本での販売数が伸びた大きな要因は、コロナ禍で遠隔医療が進んだことです。センサーは2つとも水洗いができますし、消毒やUV殺菌も可能だからです。
IoTだから可能になる周産期医療は3つあります。1つ目は医療過疎地での妊婦モニタリング、2つ目はハイリスク妊婦の遠隔管理と感染リスクの低減です。そして3つ目は、緊急時や災害時の避難場所などでもモニタリングでき、医師の指示を仰ぐことができることです。発展途上国や新興国だけでなく、日本でも島嶼部や過疎地には産婦人科医がいない地域がたくさんあります。どこに住んでいても安心して安全な出産ができる仕組みを構築し、世界中の周産期医療のレベルアップを図ること、それが私たちの目標です。
Panel Discussion:「地域活性化に資するスタートアップと連続的な新事業創出に向けた取組みと課題」
<パネリスト>
株式会社JR西日本イノベーションズ 代表取締役社長 奥野 誠氏
九州大学 副理事 学術研究・産学官連携本部 教授 大西 晋嗣氏
株式会社taliki 代表取締役 中村 多伽氏
トレジェムバイオファーマ株式会社 代表取締役 喜早 ほのか氏
メロディー・インターナショナル株式会社 代表取締役 尾形 優子氏
京都大学イノベーションキャピタル株式会社 代表取締役社長 楠美 公氏
<ファシリテーター>
有限責任 あずさ監査法人 常務執行理事 企業成長支援本部 インキュベーション部長 パートナー/
KPMGジャパンプライベートエンタープライズセクター スタートアップ統轄パートナー 阿部 博
ヒト、モノ、カネはビジネスをするうえでは欠かせない資産ですが、研究成果の事業化を目的とする大学発ベンチャーの場合、資金調達に苦労することが多々あります。大学発ベンチャーの課題について聞かれた喜早氏は「ヒトに関してはまだ人数が少なく大変ですが、資金については京大発ベンチャーということで、ギャップファンド、京都大学や京都大学イノベーションキャピタル株式会社(以下、「京都iCAP」)からの支援で助かっています」と述べました。
一方、2019年に胎児モニター「iCTG」を国内発売したものの2021年に資金がドン底になり、40社ものベンチャーキャピタル(以下、「VC」)を訪問したという尾形氏は、それだけの数のVCをどのようにして見つけたのかという質問に、「出資していただいたVCさんから、他のVCさんを紹介していただきました。香川にはまだエコシステムがなく、外に求めたという感じです」と、遠隔医療・医療機器に対する資金調達の難しさを語っています。
大学発ベンチャーを支援する立場として、楠美氏は「メロディー・インターナショナル株式会社やトレジェムバイオファーマ株式会社は比較的投資しやすい」と述べる一方で、VCそれぞれに違う役割があることから、シードやアーリーステージにある大学発ベンチャーの資金調達は容易ではないと、VCの立場から説明します。そのうえで、「支援するベンチャーが次のステージに進んだら、我々とは違う役割のVCが支援するというようなエコシステムができればいいと思っています」と語ります。
事業会社として投資活動をする奥野氏は、「事業会社は単に投資して終わりではなくて、その後の協業が非常に大事です。ですから、シードや基礎技術の段階ではもう少しシリーズが進んでから、あるいはプロダクトが見えてきてからまたお話ししましょうとなる場面もあります」と、事業会社ならではの投資の難しさを語ります。
中村氏は奥野氏の意見に同意しつつ、VCとして「ステージが進んできた企業とは協業を進めるお手伝いもしています。シードを育てることに経済的な合理性が生まれるように、投資や協業で積極的にマネタイズするプレイヤーが今よりも増えてほしいと思っています」と、支援にもいろいろな方法があることを示しました。
九州が大学や自治体、経済界が一体になっているのは、それが自然発生する土壌があるのかという質問に対して、大西氏は「福岡県がそういう雰囲気なのです。九州大学の研究者もすぐに協業という話になります」と、九州独特の文化を語ります。その後も、地方では事業化するための人材不足が深刻であること、経営者としての資質、知財戦略、女性経営者ならでは苦労などさまざまなテーマについて、大学、事業会社、VC、大学発ベンチャーそれぞれの立場から活発なディスカッションが交わされました。
執筆者
あずさ監査法人
企業成長支援本部 インキュベーション部