生物多様性と企業をとりまく動向:TNFD(TCFDの自然関連版)、SBTs for Natureなど

気候関連リスクに次ぐリスクである生物多様性の損失に対する社会の関心が高まっています。企業に情報開示を求める国際的な枠組み(TNFD、SBTs for Natureなど)の動向についてご紹介します。

企業に情報開示を求める国際的な枠組み(TNFD、SBTs for Natureなど)の動向についてご紹介します。

概要

人類は他の生物種と同様、生態系の構成要素であり、また生態系のもたらすさまざまな恩恵(生態系サービス)を得て生存しています。食糧生産、医療、研究開発など人間の社会経済活動の多くは、生態系がもたらす便益(生態系サービス)に直接的・間接的に依存しており、世界経済フォーラムの推計によると、世界の国内総生産(GDP)の半分以上が生態系サービスに依存しているとされます。

出典:World Economic Forum (2020)“The New Nature Economy Report”

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生態系サービスには、例えば以下のようなものがあります。

生態系サービス
供給サービス(食料、原材料など)
調整サービス(気候調整、花粉媒介など)
生息・生育地サービス(生育環境の提供)
文化的サービス(自然景観の保全、観光など)

出典:TEEB報告書普及啓発用パンフレット「価値ある自然」

生態系サービスは多岐にわたっており、人々の生活の質にも深く関係しています。しかし近年、気候変動や、土地利用の変化や汚染、生物資源の過剰利用などにより生態系の破壊が進行し、生物の絶滅が過去にない速度で進んでいます。生物の絶滅は不可逆的であり、生物多様性の損失と生態系サービスの低下に直結します。生態系サービスの持続可能な供給が損なわれることは、人間活動や社会経済の安定性に対する脅威となりうるのです。

生物多様性と企業をとりまく動向:TNFD(TCFDの自然関連版)、SBTS FOR NATUREなど_図表1

出典:SBTN (2020) “自然に関する科学に基づく目標設定(自然SBTs:SBTs for Nature)”よりKPMG改変

世界経済フォーラムが発表するグローバルリスク予測でも生物多様性の損失リスクは、リスクのトップ3位にランクインしており、企業の事業活動においても無視できないものとして認識されています。

  今後10年間のグローバルリスク予測
1st 気候変動対応の失敗
2nd 異常気象
3rd 生物多様性の損失

出典: World Economic Forum (2022) “The Global Risks Report 2022”

生物多様性に関する国際協力や各国の取組みの方向性、目標設定を行う枠組みとして1992年にナイロビ(ケニア)で採択された生物多様性条約は以下を目的としています。

  1. 生物多様性の保全
  2. 生物多様性の構成要素の持続可能な利用
  3. 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分

2022年は生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)第二部において、生物多様性の保全に向けた新しいグローバルな枠組みが決定する見通しです。そこでは「ネイチャー・ポジティブ(生物多様性の損失をプラスに転じさせる)」という世界的な目標が提案されており、企業の生物多様性への依存度や影響の報告、事業活動に伴う生物多様性への影響の改善を求めるものなど、ビジネスに関連する行動目標が多数盛り込まれています。このような動向に連動し、企業の事業活動が自然環境に及ぼす影響やリスク/機会に関して情報開示を求めるTNFD、SBTs for Natureなどの国際的な枠組みの開発が加速しています。

2022年3月18日追記:COP15の開催が再延期され、開催時期は再び未定となっています。

ビジネスと生物多様性関連の開示を取り巻く最近の動向

TNFDとは

「自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD))」は国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、国連環境開発金融イニシアチブ(UNEP FI)、グローバル・キャノピー(NGO)の4団体によって設立されました。2021年6月に発足し、2023年中の導入を目指しています。

TNFDの枠組みは、企業の気候変動に対する取組みや、気候変動リスクおよび機会を可視化する、「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures(TCFD))」の情報開示フレームワークをベースとしており、TCFDと同様に企業の生態系保全に対する取組みや、自然関連リスクおよび機会についての、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標および目標を開示するアプローチが採用される見込みです。日本においては既にMS&ADインシュアランスグループHD、キリンHD、三井住友FGなどの企業がTNFDのサポーターネットワーク“The TNFD Forum”への参画を表明しています。

SBTs for Natureとは

2014年9月に「CDP」、「国連Global Compact」、「世界資源研究所(WRI)」、「WWF」の4団体で設立された「Science Based Targets initiative(SBTi)」は企業に対し科学的根拠に基づく「GHG排出量削減目標」を立てることを求めているイニシアチブです。SBTiの活動を継承し、上記4組織を含む45以上の非営利団体と企業によりScience Based Targets Network (SBTN)が設立され、2020年9月に企業向けの初期ガイダンス「自然SBTs:SBT s for Nature」を公表しました。

SBTs for Natureは企業が生物多様性条約や持続可能な開発目標などに沿った行動を促進することを目的としています。2022年12月(予定)に目標設定方法を確立しガイダンスの最終版を公表、2025年までに淡水・海洋・陸上・生物多様性に関するSBTの幅広い採用を目指すとしています。

出典:SBTN (2020) “自然に関する科学に基づく目標設定(自然SBTs:SBTs for Nature)”

最後に

今後、生物多様性とビジネスの持続可能性を目指した国際的な動きは、自然に対する企業活動の影響や依存に関する理解を促すものとなるでしょう。さらには生物多様性の損失に伴う多面的なリスク認識が一般化することにより、地域からグローバル、上流から下流までバリューチェーン全体を俯瞰的にとらえるリスクマネジメント体制構築の必要性へとつながっていきます。生物多様性に関する課題は、脱炭素や水資源の維持など、他の環境関連の課題、場合によっては、人権問題などとかかわってくることも想定されます。企業には、長期的な視点から、自社のビジネス特性を踏まえた誠実な対応が求められていると考えます。

執筆者

KPMG サステナブルバリュー・ジャパン
有限責任 あずさ監査法人
林 魁庸