日本では、2020年3月に5Gがスタートし、いよいよ内閣府が掲げるSociety5.0の実現に向けた社会基盤が整備されてきました。サイバーとフィジカルをネットワークが繋げる4Gから、5Gをトリガーにしてサイバーとフィジカルの融合が始まり、Beyond 5Gではサイバーとフィジカルの境界線がなくなる世界となります。これまでデータを通す“道”の役割だったネットワークは5Gでは“神経”の役割を果たし、Beyond 5Gでは“空気”のような存在となりリアルな世界に溶け込んでいくと言われています。
「スマートシティによって実現される持続可能な社会」シリーズ第6回にあたる本稿では、5G/Beyond 5Gが街をどう変えていくのか考察します。
1.5G/Beyond 5Gによるサイバーとフィジカルの融合
内閣府が掲げるSociety 5.0を支える社会基盤として、「サイバーフィジカルシステム(CPS)」が定義されています。CPSはサイバーとフィジカルがネットワークを介して繋がるシステムですが、従来はサイバーで集中して行われていたデータ処理が、5Gでは大容量に加えて、低遅延、多接続といった特徴を具備し、仮想化やAIなどのコンピューティング技術の発展とともに、サイバーとフィジカルの境界となるエッジで分散して行われるようになります。これは、従来、分離していたサイバーとフィジカルが融合していくことを意味しています。Beyond 5Gではさらにそれが進み、サイバーとフィジカルは一体となることが想像できます。サイバーとフィジカルが一体となった世界におけるネットワークは、空気のような存在となり、リアルな世界に溶け込む存在となると言われています。
【5G/Beyond 5Gの世界感】
2.通信が街に溶け込むための技術
街を見てみると、たくさんの携帯電話用のアンテナがビルの上にあることに気づくと思います。現在、主流となっている3G/4Gの基地局は、総務省が公表しているデータによると日本全国に100万局以上あり、2020年3月に開始した5Gは2021年9月時点で3万2千局を超えたぐらいとなっています。また、総務省が2020年12月に発表した「ICTインフラ地域展開マスタープラン3.0」によると、2023年度末までに28万局を目標にしていることがわかります。5Gではミリ波と呼ばれる従来よりも高い周波数の電波を使いますが、電波はその特性から、周波数が高くなると単位距離あたりの減衰が大きくなり、通信できる距離が短くなります。例えば、プラチナバンドと呼ばれる3G/4Gで使われている850MHz前後のセル半径は2km程度ですが、5Gで使われている28GHzのミリ波のセル半径は200~400mぐらいと言われています。これは、同じエリアをカバーするのに、5Gの方が3G/4Gよりも25~100倍ぐらい多くの基地局とアンテナを立てないといけない計算になります。設備コストもかかりますが、そもそも都市部ではアンテナを立てる場所の確保は難しいと言えます。
一方、高い周波数を使うメリットとして、波長が短くなるためアンテナを小さくできることが挙げられます。5Gでは従来のようにビルの屋上だけなく、街のいたるところに目立たない形でアンテナを設置するような技術開発が盛んに行われています。例えば、ビルの窓ガラスに張り付ける透明なアンテナや、アンテナを内蔵した看板や電灯、マンホールタイプのアンテナなどが考案され実証実験が進められています。周辺にいる人はそこにアンテナがあることに気付かないため、この点でもまさに街に溶け込むことになっていくでしょう。さらに、Beyond 5Gでは、ネットワークや端末にAIが導入され自律的に通信の最適化を図ることが検討されており、街の設備やインフラがまるで生きているかのようにふるまう世界が考えられます。
3.通信が街に溶け込むための制度
政府は、制度面から通信が街に溶け込んでいくことを後方支援しています。その1つがローカル5Gで、もう1つがインフラシェアリングになります。
ローカル5Gはこれまで通信事業者しか使えなかったモバイル通信技術を一通信事業者以外に開放する制度ですが、海外では4GにてプライベートLTEと呼ばれるシステムがすでに社会実装されています。総務省は、通信事業者4社に対して合計2,200MHzの帯域を割り当てていますが、ローカル5Gではその半分以上になる1,200MHzもの帯域を割り当てました。このことから、ローカル5Gは製造業、エネルギー、インフラ、ヘルスケアなどさまざまな業界から大きく注目されています。現在、ローカル5Gの免許は、基地局を設置する土地の保有者(自社土地利用)にしか割り当てられない基本方針となっているものの、今後、他社土地利用への制度の緩和が期待されています。
インフラシェアリングも、海外では3G/4Gの時代からあるビジネススキームです。これまで、日本の通信事業者は自社で通信設備を保有し、通信エリアの広さや通話品質の高さを競争軸として戦ってきたため、インフラシェアリングのニーズが少なく、トンネルなどの一部でしか利用されてきませんでした。しかし、5Gでは、前述したように利用する電波の特性から基地局やアンテナをたくさん設置する必要があるため、今後ニーズが増えてくるものと考えられています。総務省も2019年にインフラシェアリングのためのガイドラインを策定し、ICTマスタープランでもローカル5Gとあわせてインフラシェアリングの活用を推進していくことを打ち出しています。インフラシェアリングの事業パターンとしては、複数の通信事業会社がJVを設立するパターン、電力会社が鉄塔などのインフラ設備を活用するパターンなどが主流でしたが、今後は、自治体、ディベロッパー、鉄道、道路といった街を構成する施設やインフラを保有するプレイヤーが参入してくる可能性があります。
【インフラシェアリングの事業累計】
4.通信が街に溶け込む未来図
現在、100万局以上ある基地局は将来どれくらいの数になるか予測するのは困難です。しかし、5G、Beyond 5Gでサイバーとフィジカルが一体となる世界の実現を考えると、2035年頃には、街中のありとあらゆるところに基地局が溶け込み、基地局の数は日本の人口よりも多くなる可能性があるのではないでしょうか。人口よりも多い基地局を一部の通信事業者が保有して維持管理していくことは経済的に合理的でないため、ローカル5Gやインフラシェアリングが浸透し、さらに基地局の低価格化が進み通信事業者以外の自治体、企業、個人が大半の基地局を保有することが求められます。
将来、街中に無数に存在すると予測される基地局は、現在のエネルギーインフラにおける、太陽光発電パネル、電気自動車、蓄電池のような存在に類似しています。これから、将来の通信業界にエネルギー業界におけるVPP(バーチャルパワープラント)のようなプレイヤーがでてくる可能性があるのではないでしょうか。自治体、企業、個人が保有する基地局をアグリゲーションして通信事業者に提供し、通信利用に応じた利用料を徴収する新しいビジネスが立ち上がるかもしれません。
今回、通信を切り口にして、未来の街の姿を想像しましたが、国や巨大なインフラ事業者がインフラを整備して維持管理をしていくのではなく、地域ごとに自治体、企業、個人が資産として通信インフラを分散して保有していくのが時代の流れであり、サステナビリティの観点からも合理的であると思われます。
【基地局が人口よりも多くなる世界感】
執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター 石原 剛