有価証券報告書における監査役会等の実効性評価の開示分析
有価証券報告書において監査役会等の実効性評価に言及する先進的企業50社の開示分析を行いました。
有価証券報告書において監査役会等の実効性評価に言及する先進的企業50社の開示分析を行いました。
2019年1月の企業内容等の開示に関する内閣府令の改正により、有価証券報告書における「監査役会等の活動状況の開示」が義務付けられました。これには、監査役会、監査等委員会、監査委員会(以下、これらを総称して「監査役会等」と言う)が実効性を維持し、より効率的かつ効果的に責務を遂行するだけでなく、その状況を外部に適切に示すことが求められた背景があります。
監査役会等の活動がいかに実効性を有しているか、またその維持・向上への課題が何であるかを見える化したうえで、外部からの理解と信頼を得るために、監査役会等の実効性評価とその開示は有意義な取組みであると言えます。
そこで、KPMGジャパンでは、2020年4月1日から2021年3月31日に終了した事業年度に係る有価証券報告書における監査役会等の実効性評価に関する開示状況を分析しました。
調査の方法
東京証券取引所に上場する日本企業が発行した2020年4月1日から2021年3月31日に終了した事業年度に係る有価証券報告書における「コーポレート・ガバナンスの状況等」のセクションにて、監査役会等の実効性評価に言及した企業を抽出し、該当した50社について、その開示内容を分析しました。
監査役会等の実効性評価に言及した企業の内訳
有価証券報告書において監査役会等の実効性評価に言及した50社を、ガバナンス形態別にみると、監査役会設置会社が最も多く34社(68%)、次いで監査等委員会設置会社が12社(24%)、指名委員会等設置会社が4社(8%)でした。これは、東京証券取引所に上場する企業全体のガバナンス形態の選択割合が、監査役会設置会社が67.9%、監査等委員会設置会社が30.1%、指名委員会等設置会社が2.1%という状況※1 から大きく乖離していないため、特定のガバナンス形態の企業の開示割合が突出している訳ではないと考えます。
※1東京証券取引所「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書2021」
<開示企業のガバナンス形態別の内訳>
また、業種別の内訳をみると、属する企業数の少ない石油・石炭製品業界における業界内の開示企業の割合が18%(2社)と比較的高かったのを除き、どの業界も開示企業の割合は6%以下でした。現状では、まだ取組みの進んだ業界があるというわけではないことがわかります。
<開示企業の業種別の内訳>
監査役会等の実効性評価に関する開示の内容
監査役会等の実効性評価の開示内容をみると、評価を実施した事実のみに触れている企業が大半であり、評価の方法、評価項目、評価の結果や、結果として認識した課題等に踏み込んで記載されている割合はまだ多くはないことがわかりました。
まずは評価の実施頻度については、言及のない割合が60%にのぼりました。具体的な実施頻度に言及しているのは「年次」と記載した11社(22%)、および「年1回以上」と記載した1社(2%)と少数で、残りの8社(16%)は、実効性評価の開始年度を記載するのみで、実施頻度については具体的な記載がない状況でした。
<評価の実施頻度>
評価の方法についても、記載のない企業が28社(56%)と最も多い結果となりました。記載のあった評価方法の中では、最も多かったのがアンケートの12社(24%)、次いで複数の方法の組合せが6社(12%)、自己評価が4社(8%)でした。アンケートが最も多かったこと、また複数の方法の組合せの内容を見ても、アンケートとその他の方法を組み合わせる企業が多いことから、まずはアンケートを通じて、情報の匿名性を保ちつつ、効率的に意見聴取する手法が主流となっていることがわかります。
<評価の方法>
また、評価に際して、社外の第三者である専門家を活用している旨に言及があったのは3社(6%)と僅かでした。第三者である専門家の利用は、評価の客観性を向上させる観点から有効であると考えられますが、監査役会等の実効性評価においては、まだ取り入れている企業が少ない状況でした。
<評価の方法(第三者の利用)>
実効性評価をどのような観点で実施したのかについて、「評価項目」を記載して示す企業も合計8社と少なく、別紙へのリンクを提示し、詳細を説明していた企業はそのうち2社という結果でした。評価項目として取り上げられていた内容を見ると、会計監査人との連携、三様監査の有効性、監査役会の運営などが挙げられており、まさに監査役会等の実効性に直結する項目について評価がされていることがわかります。
<評価の項目>
評価の具体的な結果は、記載のない企業が31社(62%)と最も多い結果でした。具体的な結果に言及した19社については、「実効性が確保されている」、「有効に機能している」といった表現の差はあるものの、監査役会等の実効性が確認された旨を記載していました。
<評価の結果>
評価の結果として認識した課題を示していた企業は10社(20%)と少数でした。認識された課題を示すことで、実効性評価の実施がどのような改善に繋がっていくかを説明できれば、さらに有益な情報提供に繋がると考えます。また、認識された課題としては、監査の質向上を挙げた企業が半数以上となっており、評価を実施した企業では、その多くがさらなる監査の質向上の余地を見出していると考えられます。
<評価の結果、認識した課題>
まとめ
監査役会等の実効性評価は、取締役会の実効性評価と違い、コーポレートガバナンス・コードで言及されてはおらず、有価証券報告書において、その実施状況を開示する企業がまだ50社と少数であることからも、その取組み自体がまだ一般的に実施されているものではないと言えます。
しかし、今般のコーポレートガバナンス・コードにおいて、サステナビリティを巡る課題への取締役会の主体的かつ中長期的な視点での取組みが求められるなど、取締役の職務執行を監査する立場にある監査役会等の業務範囲は拡大しており、取り扱うリスクの多様性、複雑性も増している状況にあると考えられます。このような状況下では、監査役会等がフォーカスすべき課題への対処に適切な時間を割き、実効性を維持しながら責務を遂行することが、企業のパーパスに基づく中長期的な価値創造においてクリティカルになると言えます。こうした監査役会等の実効性の状況を見える化するために、監査役会等の実効性評価は有意義な取組みとなり得ます。
さらに、評価の結果は、監査役会等のさらなる実効性向上に活かすだけでなく、企業報告や対話を通じて説明することで、投資家等の外部からの信頼性獲得に繋げることが大切だと考えます。
今回の分析結果からは、監査役会等の実効性評価を実施している旨に言及している企業はまだ少なく、その取組み自体は先進的であると言えます。しかしながら、有価証券報告書における説明の内容については、まだ改善の余地がみられることが明らかとなりました。監査役会等が、自らの役割や責務をどのように捉え、その遂行状況をどのように評価し、さらなる実効性の向上に向けてどのような課題意識を持っているのかを伝えることで、実効性評価の取組みは、より意義あるものへと昇華すると考えます。
執筆者
KPMG サステナブルバリュー・ジャパン
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー 橋本 純佳