メディア業界の雄/テレビ業界の将来を占うキーワード

近年、テレビ業界の事業環境は大きく変化し、収益の柱であるCM広告への影響は大きくなり、スポーツイベント放映権の高騰や番組製作費の増大も見逃せない状況と言えます。本稿では、逆境にあるテレビ業界について解説します。

テレビ業界の事業環境が変化し、収益の柱のCM広告への影響は大きくなり、スポーツイベント放映権の高騰や番組製作費の増大も見逃せない状況です。逆境にあるテレビ業界について解説します。

近年、テレビ業界の事業環境は大きく変化しています。ライフスタイルの多様化、5Gネットワークに代表される通信技術の飛躍的向上、スマートフォンやタブレットといった通信デバイスの革新、さらには魅力的なコンテンツにより、インターネット通信の利用時間が増大、テレビ放送の視聴時間が減少していることが要因です。こうして、新たな媒体が登場したことによって、テレビ業界にとっての収益の柱であるCM広告への影響は大きくなっています。加えて、スポーツイベント放映権の高騰や番組製作費の増大も見逃せない状況と言えます。本稿では、逆境にあるメディア業界の雄テレビ業界の将来を占うキーワードについて解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1 テレビ業界の現況
オリンピックやワールドカップに代表されるようなスポーツイベントの放映権が著しく高騰しています。他方で、放送事業における収益機会拡大余地が減少しています。テレビ業界は大胆な施策が必要になっています。

POINT 2 テレビ業界の脅威
通信ネットワーク環境が飛躍的に向上し放送と通信の垣根がいよいよ低くなっています。このようななかで、動画配信プラットフォーマーが急激に会員数を伸長し、視聴者を奪っています。

POINT 3 テレビ業界のDX
テレビ業界でもデジタルトランスフォーメーションの動きが見られます。民放キー局でもインターネット同時配信を開始しました。制作現場におけるAI/RPAの活用も議論が始まっています。

POINT 4 テレビ業界の信頼回帰
プライバシー保護の観点からインターネットにおける追跡型広告が見直されています。また、インターネットで氾濫するフェイクニュースが社会問題化しています。テレビの公正不偏な報道機関としての役割期待が高まっています。

森谷 健

KPMG FAS 執行役員パートナー テクノロジー・メディア・通信 セクターリーダー/KPMGジャパン テクノロジー・メディア・通信セクター メディアセクター統轄リーダー

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I.はじめに

テレビ業界を取り巻く事業環境は、デジタル化の進展、通信環境の高度化、デバイスの進化、ソーシャルメディアの浸透により劇的に変化しています。博報堂DYメディアパートナーズの最新調査「メディア定点調査2021」によると、「パソコン」「タブレット端末」「携帯電話/スマートフォン」などのインターネットメディアによるメディア接触時間は増加し続けており、2021年には248.6分と過去最長となりました。これに対して、既存マスメディアの代表であるテレビによるメディア接触時間には減少傾向が見られます。2014年にインターネットメディアがテレビを逆転して以降(この年にインターネット広告費が1兆円の大台に達しました)、ユーザーのメディア接触行動におけるインターネットシフトは続いています。

メディア接触行動の変化を受けて、伝統的なマスコミ媒体における広告は伸び悩んでいます。その一方で、インターネット広告は順調に成長し続けています。多くのビジネスが新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」という)の影響を受け、経済的な打撃を受けるなか、インターネットメディア分野は逆風をものともせず、2020年も前期比プラスの2兆2,290億円(電通/2020年日本の広告費)となりました。

このようにメディアを巡る環境、特にテレビ業界は大きな変曲点を迎えています。本稿では、メディア業界の雄であるテレビの将来を占う最新のキーワードについて解説します。

II.テレビ業界を「取り巻く環境」

1.民間放送局における直近の財務概況

総務省の「令和2 年度民間放送事業者の収支状況」によると、地上波民間放送事業者(127社)の売上高は、2020年度は1兆8,948億円(経常利益は979億円)となりました。直近10年の売上高は2兆3,000億円前後を維持していましたが、2020年は世界的なCOVID-19拡大に伴う経済停滞により大きく落ち込む結果となりました。

各事業者の売上高は、地上波放送事業およびBS放送事業における広告収入です。広告収入が減るということは番組制作予算が減るということであり、放送事業者にとって最も重要であるコンテンツを生み出す源泉がなくなるということです。事業者は、コストをかけずに良質の番組を作ることを心掛けていますが、企業努力にも限界があります。このようななかで、民放キー局は、本社と周辺土地のエンターテインメント施設化による新ビジネスの創出、アニメ版権(ライツ)を活用したビジネスの獲得、コーポレートベンチャーキャピタル投資によるビジネスの創造等、放送外収入の拡大に向けて模索を始めています。

2.若年層における急速なテレビ離れ

近年、若年層を中心にテレビ離れが進んでいます。時事通信が2019年に実施した「テレビに関する世論調査」では、10~20代の1割がテレビを見ていないという結果となりました。このような傾向には、社会的な環境変化も関係しています。幼少期からの数多くの習いごと、低学年からの受験に備えた生活、受験を経て入学した学校では毎日の部活動などにより、自宅の滞在時間が短くなったことで、時間や場所の制約を受けるテレビを見る習慣を持たなくなりつつあるのです。

それを加速させたのがスマートフォンの普及です。テレビを中心とする伝統的なマスメディアだけでなく、インターネット上のさまざまなメディアを通じてコンテンツやニュースへのアクセスが可能となったことが拍車をかけています。

このようななかで台頭してきたのが、“いつでも”“どこでも”視聴可能なYouTubeやTikTokなどに代表されるインターネット上の動画共有サービスです。先述の調査では、テレビ離れの理由として「動画投稿サイト・配信サービスの方が魅力的」「ネットが普及し、テレビを見なくても困らない」などの回答が過半数以上となり、テレビ業界も無視できない状況になっています。

3.スポーツイベント放映権の高騰

世界最大のスポーツイベントであるオリンピックは、放送すれば高視聴率が期待できるコンテンツです。しかし、近年ではその放映権が高騰しており、テレビ局の収支に大きな影響を与えています。日本放送協会(NHK)と一般社団法人日本民間放送連盟(民放連)で構成するジャパンコンソーシアムは、2018年冬季オリンピックから2024年夏季オリンピックまでの4大会の放送権を獲得するため、国際オリンピック委員会に1,100億円を支払いました。しかし、放送局の負担はこれにとどまりません。参加国の増加や競技種目の拡大に伴って制作費も増大しており、放送局に重くのしかかっています。

テレビ局は、オリンピックという舞台において最新の放送技術を通じて国際平和とスポーツ振興に貢献するというミッションを達成すべく、日夜奮闘しています。しかしながら、この夏に閉幕した東京オリンピックに関する放送収支について、民放連の大久保好男会長は「赤字である」とコメントしています。

同様に、サッカーワールドカップの放映権も高騰しています。現在の民間放送局の収支状況を踏まえると、無料放送が将来的にも楽しめるという状況に暗雲が立ち込めていると思われます。

III.テレビ業界に「迫る脅威」

1.オーバー・ザ・トップ(OTT)メディアプラットフォームの快進撃

Amazon(eコマース・プラットフォーム)の有料会員向けコンテンツ配信サービス「Amazon Prime Video」、月額課金(サブスクリプションベース)の配信サービスである「Netflix」や「Disney+」、さらには広告対応配信サービス「Hulu」などのOTT(「テレビメディアを飛び越えた」の比喩)の大手プレイヤーが競って、顧客の囲込みを強めています。この動きは、コロナ禍においてもスローダウンする気配はありません。テレビ業界の懸念をよそに、OTTプレイヤーはテレビ端末(デバイス)への技術的な対応と、そうしたデバイス向けライブ配信コンテンツの強化により、視聴者による“テレビ”での視聴時間を『テレビ放送』から『動画配信』へとトランスフォームすることを企図しています。

各テレビ局は、これまで地上波放送を中心としたコンテンツ展開を行ってきました。このようなコンテンツ展開では、視聴者は番組をリアルタイムで見るか、録画して見るしか方法がありません。そこでテレビ局でも、視聴者のニーズに呼応すべくオンデマンドを強化し、より多くの視聴者にコンテンツを視聴できるよう動き始めています。

2.メディアコマースという新たなマーケティング形態

メディアコマースとは、コンテンツメディアとeコマースサイトが一体となった新たなマーケティング形態のことです。

メディアの役割とeコマースの機能は本質的に異なります。そのため、従前は並立・並走してきましたが、スマートフォンやパソコンを利用したインターネットショッピングが新たな生活習慣(eコマース)として広く浸透したことから(2021年7月の経済産業省の発表によると、2020年度のeコマース市場は19兆2,779億円まで拡大)、そうした購買行動に対応するため、eコマースがメディア化、あるいはメディアにeコマースを組み込もうと模索しています。

メディアコマースの特徴は、利用客(消費者)に想起しやすい独自テキスト情報を作り込むことで、米Google社等の検索エンジンにおいて検索順位の上位に表示される機会を増やし、検索結果画面からの自然流入によって顧客獲得コストの抑制を実現できることにあります。

なお、テレビの視聴率(コマーシャルの視聴機会)低下も、メディアコマースを推し進める要因の1つとなっています。

3.5G環境におけるインタラクティブメディアの進展

最新の5Gネットワーク環境では、スマートフォンユーザーは、さまざまなアプリケーション、ゲームや音楽さらには映画のようなコンテンツのダウンロードにかかる時間を1ヵ月あたりおよそ1日(24時間)短縮可能とされています。従前の環境下で動画コンテンツを利用してきたユーザーにとって利便性が大いに向上し、動画視聴数はさらに伸びることが想定されます。

より重要なことは、このようなネットワーク環境では、デバイスを通じてコンテンツの利用者と制作者、あるいはコンテンツの利用者同士が容易につながれるということです。これは、インタラクティブな媒体(メディア)が出現することを意味します。今後、データの蓄積とAI技術の活用が進めば、同メディア自体と同メディアにおける広告はより一層の成長を遂げていくと考えられます。

また、一連のインターネットウェブ(オンライン)でのマーケティングは、実店舗(オフライン)のマーケティングとの連携も期待されています。こうした動きは、インターネットメディアが、長く広告手段の首位の座に君臨してきたテレビ広告を脅かす存在となりつつあることを示しています。

IV.テレビ業界にとっての「新たな動き」

1.伝統的なメディアにおいて始まったデジタルトランスフォーメーション

テレビ離れに先行して始まった活字離れに対応するため、出版業界ではデジタルメディア運用の専門人材を採用したり、デジタル戦略を積極的に進めてきました。その結果、近年ではPage View(PV)やUnique User(UU)などのKPIを大きく伸ばしています。

この流れに沿うように、新聞業界も編集体制の再構築が急速に進められています。コンサルティング会社の支援を受けながら、記事の入稿から配信までをデジタルファーストで一気通貫に管理する体制(Content Management System)を整備しています。このようなDX投資の増大やビジネスモデルの変革を象徴するように、INCLUSIVE株式会社や株式会社Link-Uなどの新聞・出版といった伝統的なメディアのDXを支えるインターネット企業が相次いで上場を果たしました。

出版業界に遅れながらも、テレビ業界でも最近になってようやくデジタルトランスフォーメーションの動きが見られるようになりました。具体的には、最新技術を活用したインターネット経由の番組配信です。テレビ(受像機)がなくても、スマートフォンやタブレットといったデバイス(通信端末)があれば、全国どこでもテレビと同じ番組を見ることができる時代が到来しつつあります。

2.視聴率調査リニューアル

視聴率は、テレビ番組やCMがどのくらいの世帯や個人に見られているかを示す指標です。また、広告代理店の仲介でテレビ局と企業が広告取引をする際にも、テレビのメディア価値や広告効果を測る指標として利用されています。しかし、近年ではライフスタイルの多様化とデバイスの進化に伴い、リアルタイムからタイムシフト(録画視聴)に象徴される「テレビ視聴の分散化」や、家庭(世帯)におけるテレビ設置台数の増加から「テレビ視聴の個人化」が加速化しています。

こうした変化に対応すべく、視聴率調査に最新技術を導入し、「タイムシフト視聴率」と「個人視聴率」、そして同調査の「全国展開」が実現しました。これにより、日本各地での視聴率集計やより精緻な視聴人数の把握が可能となります。今後は、商品購買意欲の高い視聴者層とされているコア層(13歳から49歳までの男女)に焦点を当てたテレビ番組とCM制作において、視聴率の利活用の幅がより一層広がると期待されています。

3.人工知能AIの利活用によるコンテンツ制作

英Reuters社がジャーナリズムへのAIの適用について行った調査によると、最も重要な用途であると回答したものは、(1)レコメンディング、(2)潜在的なサブスクライバーを特定して最適化する技術、(3)ニュースルームの作業効率向上、(4)ニュースギャザリング、(5)自動執筆によるロボジャーナリズムでした。また、同調査では、英Times社がAI駆動型の推奨エンジンを取材に幅広く活用するだけでなく、AIアシスタントを編集作業に利用する実験も開始したと報告しています。さらに、英BBC社でも言語翻訳の自動化に取り組んでおり、日本向け動画配信サービスの字幕付けや合成音声に利用しているとのことです。

テレビ業界を含めた国内メディアでは、海外のようなAI関連の取組みを開始したという話は、今のところ聞かれません。しかし、民放キー局では、Robotic Process Automation(RPA)を活用して、音声のミス、映像の間違いのチェック、ユーザーからのコメントや反応のチェック、顧客情報や統計データの管理を行う動きが出始めています。

V.テレビ業界への「追い風になるか?」

1.情報源としての信頼回復

インターネットの利便性拡大やソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の利用拡大により、テレビは情報を入手するメディアとしての位置付けが低下しています。他方で、インターネット上の真偽不明な情報「フェイクニュース」の拡散や、インターネット上の検索履歴などから自分の好みに合った情報ばかりに囲まれる「フィルターバブル」が問題視されるようになってきています。特に、COVID-19の拡大後、そうしたフェイクニュースやフィルターバブルによる情報の選択的接触が世論を分極化させています。そのような状況で、マスメディアに対しては表現の自由を守りながらも、「正しい情報を公正で中立な立場か迅速に」提供することが一層求められています。この点、マスメディアのなかでもテレビは、報道機関としての信頼度が高まりました。テレビは信頼されるメディアであり続けるため、さまざまな情報を収集し、視聴者に対して分析の視点・深度などの点から、SNSでは提供できないような付加価値を提供することが重要となっています。

2.サードパーティCookieの禁止

Cookieは、米Apple社やGoogle社がウェブサイトにおけるユーザーの利便性向上のために開発されました。インターネット広告では、このCookieを利用して、ユーザーのウェブサイト上の行動からその属性や興味を判別し、関心度の高いと思われる広告を配信しています。

Cookieは2 種類あります。1つは、ユーザーがウェブサイトに訪れた際に発行される「ファーストパーティーCookie」、もう1つはサイト上の広告バナー(広告配信サーバー)から発行される「サードパーティCookie」です。
そのCookieに対して、個人情報保護の観点から世界的に規制が強化されています。そして、主に規制の対象となっているのが、ユーザーの意思確認が曖昧なまま収集されてきたサードパーティCookie(プライバシーに関わる情報)です。ユーザーの個人情報保護の要求に呼応するように、Apple社のSafariでは2020年3 月以降はサードパーティCookieを完全にブロック、Google Chromeでも2023年を目処に廃止の準備を進めています。

Cookieを通じたユーザー情報の効率的な収集とその効果的な運用により、インターネットにおけるリターゲティング広告(追跡型広告手法)はテレビ広告を凌駕するまでの存在になりました。しかし今、リターゲティング広告は転機を迎えようとしています。

3.米国における個人情報にかかる規制強化

2018年5月にGDPR(EU一般データ保護規則)が施行され、欧州地域からの国境を超えた個人データの取扱いが厳格化されたことは記憶に新しいかと思います。米国カリフォルニア州でも同様に、「個人にプライバシーに関連する権利を与え、個人情報を利用する事業者には適正管理の義務を課す」CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)が、2020年1月から施行されています。

今回成立したCCPAでは、事業者の義務(通知義務、削除要求への対応、未成年者への対応、差別の禁止、合理的なアクセス手段の提供等)が細かく規定されました。また、CCPAの特徴として、損害賠償についての具体的規定(消費者一人当たりで100ドル以上750ドル以下の、又は実損害の、いずれか大きい額)、カリフォルニア州による民事制裁金(1件最大2,500ドル、故意の場合最大7,500ドル)が挙げられます。

本規制は米国企業だけでなく、日本企業も対象となっています。全米各州に規制の波が波及することも想定されるなか、日本企業は米国市場を意識したインターネット広告に関して法律面とシステム面の両面において見直しが求められています。

VI.終わりに

テレビ業界は、放送免許という参入障壁に守られており、「最後の護送船団」業界といわれることもあります。しかし、パソコン、スマートフォン、そしてタブレットが普及した今、映像を多数の視聴者へ同時に配信することは、もはやテレビ局の専売特許ではありません。かくも大きく環境が変化していても、テレビ局のビジネスモデルに変化は見られず、収益の柱は15 秒単位のスポットCMと30 秒単位のタイムCMの2つです。

公共の電波を利用する放送メディアのなかでも、テレビは社会の公器としての使命を果たす必要があります。すなわち、幅広い視聴者のニーズを満たし、番組提供を継続しなければならないのです。しかし、社会が多様化し、視聴者のニーズも複雑化したことから、それをあまねく満たすことは困難といえるでしょう。

技術革新によって、今後も放送と通信の垣根は低くなっていくでしょう。しかも、通信デバイスの高度化により、双方向の情報伝達も可能です。すでに視聴者の関心は、時間と場所を拘束しないインターネットに奪われています。

テレビ広告がそのままインターネット広告に移行するわけではありませんが、インターネット広告に親和性の高い内容に、今後は確実に移行していくでしょう。テレビがインターネットに代替されるという単純な構造転換には、必ずしもなりませんが、両者の相互補完関係は着実に進んでいくと考えられます(図表1参照)。

図表1 テレビ業界の環境分析

メディア業界の雄/テレビ業界の将来を占うキーワード_図表1

執筆者

KPMGジャパン
テクノロジー・メディア・通信セクター
パートナー 森谷 健