ファミリービジネスとスタートアップを取り巻く環境と業界課題

日本発のスタートアップ市場の一層の活性化と成長が期待されています。また、ファミリービジネスは、活発な事業展開もある一方で、課題も散見されている状況です。プライベートエンタープライズセクターがフォーカスするファミリービジネス・スタートアップの概観を紹介しながら、社会に貢献したいことを解説します。

プライベートエンタープライズセクターがフォーカスするファミリービジネス・スタートアップの概観を紹介しながら、KPMGジャパンがこの取組みを通じて社会に貢献したいことを解説します。

現在、グローバル規模でスタートアップ・エコシステムの競争が激化している中、日本発のスタートアップ市場の一層の活性化と成長が期待されています。また、日本のファミリービジネスの特徴として、長い歴史を持つ伝統的な企業が独自の企業文化を背景に持続的な成長を続け、新規事業やグローバル進出といった活発な事業展開に乗り出す事例もある一方で、成長戦略の見直しやファミリーガバナンス、次世代承継への取組み、サイバーセキュリティやデジタルトランスフォーメーション(以下、DXという)への対応の遅れなどの課題も散見されている状況です。こうした背景を踏まえて、2021年7月にKPMGジャパンは、ファミリービジネス・スタートアップに向けたアドバイザリーサービス提供を目的として、プライベートエンタープライズセクターを組成し本格始動しました。

本稿では、プライベートエンタープライズセクターがフォーカスするファミリービジネス・スタートアップの概観を紹介しながら、KPMGジャパンがこの取組みを通じて社会に貢献したいことについて解説します。

POINT 1 企業のライフサイクルに見るダイナミズム
スタートアップとファミリービジネスは密接に関連しており、投資家の視点からは信頼関係に基づいた情報が鍵となっている。

POINT 2 ファミリービジネスの特徴
スリーサークルモデル(ファミリー、オーナー、ビジネス)を使ってファミリーと所有と事業経営の3つの関係を的確に捉え、ファミリーの関わりを整理・再構築することが出来る。

POINT 3 スタートアップ市場の拡大
スタートアップ市場はグローバルで加速して成長しており、国内でも投資金額と件数が増加傾向にあり、大学や自治体がハブとなるオープンイノベーションが活発になっている。

POINT 4 プライベートエンタープライズセクターが目指すゴール
先駆的かつ社会的意義を持続的に追求し価値提供を高めている企業は国内に数多く存在しており、私達はそれらの企業に新しい価値を提供し、事業発展と成功の一助となることを目指している。

I.スタートアップ・ファミリービジネスを取り巻くマーケットトレンド

2020年のKPMGの調査1によれば、スタートアップ企業・ファミリー企業が注目している経営テーマのトップ10には、スタートアップならではのIPOロードマップの加速、ファミリービジネスに特有の次世代承継や資産管理に関するテーマがランキング入りしました(図表1参照)。同時に、DXや人材獲得、ESG・SGDs対応といった公開企業・非公開企業に共通のテーマも並んでいます。

トップ10入りしたテーマを見ますと、スタートアップ企業はデジタルテクノロジーの活用意欲が、ファミリー企業はESG・SDGsなど社会的責任の対応意欲が高い傾向があり、スタートアップ企業やファミリー企業がそれらにより自社の価値を高め、持続的な成長を目指していることが明確になります。

図表1 スタートアップ企業・ファミリー企業を取り巻くマーケットトレンド トップ10

デジタルトランスフォーメーション(DX)対応 – クラウドサービス・AI・マネージドサービスの活用 財務レジリエンシーの確立
次世代ワークスタイル、人材獲得競争への対応 業務改革(BPR) – 柔軟でアジャイルなビジネスモデル、サプライチェーン、カスタマーマネジメント
税務・法務の透明性確保 サイバーセキュリティ、個人情報保護への対応
サイバーセキュリティ、個人情報保護への対応 ESG・SDGsなど社会的責任の拡大への対応
事業承継、ガバナンス、資産相続 M&Aやディールの加速化への対応

出典:KPMG調査1よりKPMG作成

II.スタートアップ企業・ファミリー企業のライフサイクル

企業のライフサイクルを起業とビジネスの両面から俯瞰しますと、1つの連続したサイクルで整理することができます(図表2参照)。サイクルを見ますと、スタートアップとファミリービジネスとが密接に関連していることがわかります。アイデアを現実化し、事業を起こす局面では、コアになる人材を家族で構成し、家族が継承する金融資産や不動産、人的ネットワークを活用して事業資金を調達します。事業を拡大し成長する局面では、家族ならではの信頼と協調性、忠誠心、献身が事業の成長を助けます。事業を変化させる局面では、承継する家業と新たに進出した事業の統合・再統合を経て、家族の保有資産を保護・増加させ、ファミリーの持続的発展を目指します。

グローバルベンチャー市場のトレンドが活性化する今、スタートアップ企業・ファミリー企業のこの独特なライフサイクルは、投資家の視点からは魅力的に見えます。通常、これらの企業は、ベンチャーキャピタル・プライベートエクイティ・ファミリーオフィスからファイナンスを受けたり、独立した非公開企業であったり、またはファミリービジネスのいずれかです。これは、これら投資家と企業とにはすでに信頼関係が形成されているということです。つまり、キーワードは“信頼”で、信頼関係に基づいた情報が鍵になります。その結果、このディールは起業とビジネスの両方のライフサイクルを通じて取引コストが低く抑えられ、強い相互関係が生まれるという特徴を持っています。そして、この独特なダイナミクスを持つゆえに、スタートアップ企業・ファミリー企業の魅力は増しているのです。

図表2 スタートアップ企業・ファミリー企業を取り巻く市場ダイナミクス

図表2 スタートアップ企業・ファミリー企業を取り巻く市場ダイナミクス

出典:KPMG作成

III.ファミリービジネスの特徴とサービス提供事例

ファミリービジネスとは、その構成員に家族が中心となって起業し、事業経営を行い、収益を得る企業の総称です。日本においても、長い歴史を持つ伝統的なファミリー企業が多数存在します。そのなかには、独自の企業カルチャーを発展させながら持続的成長を続け、新規事業やグローバル進出といった活発な事業展開に乗り出す例もあります。その一方、経営陣に新規性を取り入れることに遅れて経営判断が硬直化したり、家業の守りと新事業の攻めのバランスが不十分になったりするファミリー企業もあります。そうした企業では、成長戦略の見直しやファミリーガバナンス、次世代承継、家族の資産管理、サイバーセキュリティやDXへの対応遅れなどの課題が散見されるケースもあります。

こうしたことから、ファミリービジネスの特徴を踏まえて、ファミリーと企業の関わりを体系的に整理するニーズが潜在的に増加していると捉えています。

1.スリーサークルモデル

ファミリービジネスの特徴は、スリーサークルモデルを使って概念的に捉えることができます。スリーサークルモデルとは、3つの円で示す登場人物(ファミリー、オーナー、ビジネス)が相互に重なり合い、自己利益が競合する4つの領域を示したものです(図表3参照)。たとえば、創業者でありCEOである人物は図の中心で3つの円が重なった象限に位置します。ファミリーの一員であり、オーナーシップを保有し、かつビジネスのリーダーとして事業を遂行しています。そして、創業者でありCEOの配偶者がオーナーシップを保有するものの事業経営には携わらない場合、配偶者はファミリーとオーナーが重なる象限に位置します。また、2代目として期待する子供に社員として事業に従事させるとすれば、ファミリーとビジネスが重なる象限に位置します。

このモデルを使ってファミリー企業の3種類のステークホルダーの役割と属性を分析することで、当該ファミリー企業に内在する複雑さを明らかにし、ファミリー憲章やファミリー会議の仕組みを構築することでファミリーガバナンスの確立を進めます。

図表3 ファミリービジネスの概念図

図表3 ファミリービジネスの概念図

出典:「Bivalent Attributes of Family Firm By Renato Tagiuri, John Davis, 1996」を基にKPMG加筆

2.ファミリーガバナンス再構築の具体例

2人の息子が共同で設備エンジニアリング会社を、長女がハウジング会社を経営するオーストラリアの事例では、2つの企業の規模と収益性が異なることから、子供たちの間で報酬や株式持分について不満が高まっていました。KPMGのファミリーアドバイザリーチームは、家族が企業経営に臨むうえでのファミリー憲章と事業ビジョンの整理を支援し、人材の採用方針や意思決定方針、遺産相続や事業承継などの懸案について、4週間のアセスメントを含む9ヵ月のプロジェクトを支援しました。

この事例は、事業の多角化に成功し、それぞれが自立的に成長を遂げている場合でも生じる、ファミリービジネスにおける独特のケースです。兄妹間で報酬獲得のアンバランスを感じている場合、何らかのタイミングでその解決と合意形成を図る必要が出てきます。

一般的に、ファミリービジネスの所有権構造は、「支配者」「兄弟(姉妹)パートナーシップ」「従兄弟(従姉妹)コンソーシアム」の3つに分類できます。ただし、支配者形態は、創業者が現役で企業経営を行う間は機能しますが、世代交代の必要性が生じた際には、兄弟パートナーシップまたは従兄弟コンソーシアムによる所有権構造のいずれかを検討する必要性が生じます。

兄弟パートナーシップの場合、所有権と経営の課題解決には、ガバナンスの構造や方針が必要となります。一方、従兄弟コンソーシアムは、兄弟パートナーシップよりも複雑になります。所有権が希釈化されていたり、信託などで希釈化を避けるための方策が講じられている可能性があるからです。また、経営者が家族以外の場合もあります。その場合、家族による支配をどのように維持していくかが大きな問題となります。加えて、家族以外の役員や取締役にとって所有権が現実的に得られない可能性が高まれば、彼らの帰属意識とモチベーションが下がる可能性があります。それをどのように維持するかも問題となる可能性があります。

子供に事業を継がせたいと期待していた香港の創業者の事例では、テック系新規事業を起業して自立を目指した2代目と、家族間で緊張が高まりました。KPMGのファミリーアドバイザリーチームは、事業継承についての結論を急がせないように助言を行い、新旧事業を構成する役員や社員の組織化と株式持分のバランスを支援しました。

この事例は、所有権とリーダーシップにおける世代間の移行についての課題を提起しています。シニア世代が手を放し、次世代が新たな役割を担うことに、両者が意欲的になることが必要です。考慮が必要なことは、このプロセスを誰が始めるのか、という点です。

結論からいえば、シニア世代が議論の準備ができていることを示さない限り、変化は起きません。その意思は明確であることが望ましく、シニア世代が責任を持って後継者育成のプロセスをスタートさせることが重要となります。同時に、次世代は、シニア世代が何を望んでいるのかを能動的に理解し、理解したことを明らかにしたうえで議論に入ることも重要です。

3.ファミリービジネスにおける女性経営者の活躍

もう1つの視点は、女性経営者の活躍です。KPMGのインタビューでロシアのある女性の共同経営者は、「夫と私はこの会社を一緒に経営していますが、夫婦であることを明示していません。会社のなかで“夫婦”という立場にならないよう、名字まで変えています。そうでなければ私は、従業員と顧客から問題を解決する能力を持つ人物ではなく、CEOの妻と認識され、そういう言い方をされてしまうからです」と述べています。

伝統的に男性に支配されてきた産業は、他の産業よりもジェンダーの偏りを示す傾向があります。そういう産業では、女性は伝統的な“女性の仕事”に就くことが好まれ、ビジネスリーダーとしての彼女達の能力が十分に認識されていないことがあります。2019年のKPMGグローバルファミリービジネスサーベイ2によれば、歴史的に“男性の仕事”と呼ばれてきた鉄鋼やスクラップメタルの加工、セメント製造、ハードウェア製品の製造などの企業にも、女性の創業者や共同創業者はいます。彼女らの意見は、どんなビジネスでも、女性や男性に対する偏見はあってはならないことを示唆しています。多様なアイデアや経験がチームに多大な価値を与え、チームをより面白くし、より高いレベルのイノベーションを生み出すのです。

忠誠心、関心、他者のニーズへの敏感さ、問題解決、紛争解決などの伝統的な女性的特徴は、女性と男性のためのホリスティックなリーダーシップスタイルを真に反映しています。

ファミリービジネスでは、これらのユニークな特徴とそれに伴う経営スタイルは、企業と家族への忠誠心と個人のニーズへの感度、直感と証拠に基づく意思決定プロセスを組み合わせて、家族とビジネスの両方に対する資産といえるでしょう。これは、どのような企業においても建設的なアプローチです。特にファミリービジネスにおいて、潜在的な競争優位性を生み出すことができるものです。現代の家族経営における女性の役割が変化しつつあり、新しい世代の後継者が経営権を握るにつれて、さらに加速する可能性が高いと、私たちは考えています。

4.次世代経営者と後継者問題

KPMGの調査2によると、北米の全ファミリー企業のうち15%は1925年から1945年に生まれた「サイレント・ジェネレーション」出身のCEOが率いています。これは、世界平均の倍以上です。この年代層の最も若いCEOが70代半ばであることを考えると、今後のニュー・リアリティと呼ばれる未知のチャレンジングな時代には、後継者計画がファミリービジネスにとって喫緊の優先事項であるといえます。

IV.スタートアップ市場の拡大とオープンイノベーション

スタートアップの動向を見ると、ベンチャーキャピタル市場の活性化やITプラットフォームの拡大・発展により、家族の継承資産に依らずとも、アイデアと熱意しだいで投資家やインキュベーターの支援を得て起業できるケースが増加しています。それに伴いグローバル規模でスタートアップ・エコシステムの競争は激化していますが、世界各国で新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」という)のパンデミックによって経済が混乱するなかでも、経済界はエコシステムを止めることなく、新たな社会価値を創造するオープンイノベーションを進めています。

国内でも、この4年間で日本発のスタートアップ市場は活性化しています。従来からの投資家に加えて、企業や大学、官公庁がオープンイノベーションのハブとなり、スタートアップを支援するような取組みも進んでいます。

1.スタートアップはグローバルでも日本でも増加傾向

世界中で投資家がレイターステージ取引に集中的に資金を投入し続けたことで、2021年Q3のグローバルでのベンチャーキャピタルによる投資総額は過去最高の1,717億ドル3を記録しました。グローバルトップ10件の取引は、米国・インド・中国・ブラジルに集中しています。同じ2021年第3四半期に、日本でも約14億ドルの投資額を記録したことから、グローバル同様、日本のベンチャーキャピタル市場も進化と成長を続けているといえます(図表4参照)。

図表4 日本におけるベンチャー投資動向(2021年第3四半期)

図表4 日本におけるベンチャー投資動向(2021年第3四半期)

出典:Venture Pulse, Q3’21, Global Analysis of Venture Funding, KPMG Enterprise. *As of September 30, 2021. Data provided by PitchBook, October 20, 2021.

日本のスタートアップは、徐々に大規模な投資ラウンドを実施するようになり、国内でもIPOおよびM&Aによる大型のイグジットが見られるようになりました。スタートアップ企業が継続的に成長し、グローバルでの注目を集めていることから、引続き日本のベンチャーキャピタル投資は増加すると考えられます。

2.大学や地方自治体がハブとなってオープンイノベーションが加速

近年、国内で顕著に見られる動きは、大学や自治体がハブとなって推進するオープンイノベーションの支援です。従来の事業モデルや取引関係に囚われずに、斬新なアイデアとテクノロジーの活用を活かせるようなオープンイノベーションハブが、相互交流と価値交換の場として活発に開催されています。

たとえば、大学や大規模医療機関が主導するオープンイノベーションでは、ヘルステックをテーマとして、データとテクノロジーを活用して地域医療に貢献するようなアイデアを求めています。また、自治体が主導するもののなかには、ESG関連のソリューションやクリーンテックを活用して、次世代の社会基盤に貢献するイノベーションを活性化しようとしているものもあります。これらのトレンドは、欧米やアジアでも同様に見られます。主体となってけん引するプレーヤーは異なるものの、投資家のESGへの関心は引続き高まっており、今後も持続可能なソリューションを提供する企業への投資は拡大していくものと予想されます。

V.私達が目指すもの

KPMGが2020年7月に実施したグローバルCEOサーベイ20204では、世界の主要企業のCEOは、パーパス(存在意義)とプロスペリティ(成長と繁栄)、プライオリティ(優先課題)の3つが今後の経営テーマになると分析しています。

COVID-19による人命や健康上の危機下において、CEOは重要な社会的課題に取組み、存在意義のある、社会から信頼される組織づくりに専念しています。同時にCEOは、危機対応に加え、自社の長期的な成長と繁栄に照準を合わせており、コロナ後に必要となる組織的能力を強化するための変革を進めています。

同様の経営姿勢を示す国内企業の一例として、江戸時代後期に創業したファミリー企業である繊維専門商社があります。同社は、素材からアパレル製品の企画生産までの垂直型バリューチェーンにおいて、社会と消費者ニーズの変化を先取りした付加価値を提供しています。オーガニックコットンの重要性に早くから着目して生産地への直接的な技術導入を図り、SDGsがキーワードとして広まるはるか以前から環境影響の最小化に取組んできました。近年では、AIを活用した需要予測による生産量最適化の仕組みづくりや、3Dモデリング・デザインツールの導入によって試作工程を大幅に短縮するなどIT活用にも積極的です。また、CVCを設立してスタートアップや新規参入者を積極的に支援する事業も行いながら、オーガニックコットンやリサイクル素材の普及を広めるCSR活動にも継続的に取組んでいます。

このように先駆的かつ社会的意義を持続的に追求し、価値提供を高めている企業は、国内のさまざまな業種に数多く存在します。それら企業には、非公開企業であり、スタートアップ企業やファミリー企業であることで迅速な意思決定を行いやすく、確固たる中長期的な目標を持って成長発展していくという特徴を見出すことができます。

私達は、こういった企業の皆さまに新しい価値を提供し、皆さまの事業発展と成功の一助となりますことを目指しています。

執筆者

KPMGジャパン プライベートエンタープライズセクター
パートナー 大谷 誠

大谷 誠

KPMGジャパン プライベートエンタープライズセクター統轄パートナー/KPMGコンサルティング 執行役員 商社セクター統轄パートナー

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