「大企業こそ、デジタル経営に本気で取り組まなければならない」。コロナ禍以降、こうした意見は多く聞かれるようになりました。実際に、各社で取り組みは進んでおり、一部にはトランスフォーム(変革)の道筋が立った、という企業もあると言います。

では、そんな企業はどのような軌跡でそれを達成したのか? そして、その先にどんな未来を描いているのか? そこにある「揺るぎない企業の根幹」とはどのようなものなのか? 三井物産株式会社デジタル総合戦略部の真野雄司氏と、KPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が語り合った対談の内容をお伝えします。

デジタルドリブン経営の始まりは、KKD経営からの脱却

真野氏、茶谷

(三井物産株式会社 執行役員 デジタル総合戦略部長 真野雄司氏(左)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役社長兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之(右))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷             :三井物産といえば、総合商社の中でも確固たる地位を築いておられます。長い歴史をお持ちの企業であるわけですが、そんな企業がどんなデジタル戦略を描いているのか? お話しを聞くのを楽しみにしていました。

ではまず、三井物産が掲げられているデジタルドリブン経営というのは、どういうところをデータドリブンにしていくべきで、その先にどういうゴールがあるというふうに考えられておられるか、お聞かせください。

真野             :そうですね。実は、ある意味では漠然としたところもあります。そもそも我々は総合商社であり、昔から「KKD経営、いわゆる、勘・経験・度胸」で物事を進めていた部分がありました。それを、「この動きが激しい時代に合わせて変えていこう。まずは基本中の基本ということで、データを活用して物事の全てを判断しましょうよ」という方向性を打ち出して実践しようとしているところです。

そのためにはデータがアベイラブルでなければならないので、その部分からデジタルドリブンを始めていくことになりました。確かに、データドリブンと言うと、データを駆使して複雑で多角的に分析して、というようなことを想像されるかもしれませんが、それ以前にまずは「データを作る」というのが我々にとってのデータドリブンのスタート地点です。

それがきちんとできるようになれば、必ずしも全員がデータサイエンティストになる必要はなく、データを用いて理論立てて話を進めて判断するようになります。ですから、なによりベースの部分が重要なのだと考えています。

茶谷             :非常に重要なことだと思います。いつごろ、なぜそのような意思決定をすることになったのでしょうか?

真野             :とてもいい質問をいただきましたね。私が「そもそもこの会社と経営が、データ、ひいてはIT全般をきちんと使っていないのではないか」と思うようになったのは、2008年のことです。

当時の私は、経営企画の一担当でした。当然のことながら、情シス部隊は昔からありましたが、彼らと経営が目指しているところがまったく噛み合っていないのではないか、ということに素朴な疑問を感じていたのです。

「経営とIT、経営とデータをもっと近付けなければならない」と思っていたのですが、当時の私はITやデジタル領域についてはまったくの門外漢でもありました。しかし、そう言っていても始まらないので、コーポレートの全ての関係部署を集めて、ITやデジタル領域について、「本当にこれでいいのか?」というタスクフォースを立ち上げ、4ヵ月かけて議論し、「もっと経営とITの連携に注力し、経営がデータを使うためには、こういう体制が必要だ」という答申を2008年10月に出しました。そこで作ったのが今の体制の源流になっています。

ITやデータを活用することへの“疑念”をどう払拭したか?

茶谷             :関係者を集めて、最終的に組織を立ち上げるまでには社内でネガティブなフィードバックがあったのでは? と推察します。実際にはどうだったでしょうか?

真野             :経営もそうですし、さまざまな部門も含めて全社員が、当時はあまりITを使ったりデータを使ったりするイメージはありませんでした。

もう少し遡ると、2003年に一度データ活用を実践しようと取り組んで失敗もしていたのです。2002年から2003年、グローバル・マネジメント・コックピットという構想において、コックピットに示されたデータや情報を見て経営判断をする、という考えが打ち出されていました。しかし、これが見事に失敗して…。データをダッシュボード化して見られるようなものだったのですが、結局は使われなかったのです。

その理由として挙げられたのが、「どうやってそのデータを使うか?」というイメージなしに、「とりあえずデータを集めて、ダッシュボードにしてみたからだ」ということでした。それからはもう、しばらくの間はそうした構想はなくなっていたのです。こうしたことはITやデータ活用をしよう、という発想から距離を広げるきっかけになったと言えるでしょう。

茶谷

そういった意味では、今日でも「データを使いましょう」と言っても、いまだに「データを集めて何か役に立つのか?」という反応がないわけではありません。

茶谷             :そういった類の話はよく聞かれます。しかし、三井物産の中では実際にITやデータ活用に大きく舵を切れていると見えます。それが可能だった大きな要因とは何でしょうか?

真野             :そうですね…。先ほど申し上げたように、2008年の段階で、まず会社としての立て付けをきちんと作ろうと、経営がしっかりとITについても意思決定をするのだ、というのを明確に示せたのは重要なポイントだと言えるでしょう。

そうした上で、2009年1月に情報戦略委員会という委員会を組成しました。これは経営会議の諮問機関ですが、そこに経営幹部と当時の営業本部長、現在で言えば事業本部長ですが、更には主要なコーポレート部長が参加して議論したことがある意味で経営の決定です、という発想と意識を合わせてきたので、それをもとにさまざまな物事を実行できるようになったと考えています。

それ以前は、情シスが考えて情シスが実行することが常だったので、周囲から見ると、「なぜ情シスがそんなことを勝手に言っているんだ」との反発も出がちだったのですが、やっぱり経営レベルまで上げて、経営で決定したことをちゃんと実行しますという立て付けができたのは大きな分岐点になったと思います。いまだにそのことが生きている感じがします。

ただし、立て付けの問題は整えられましたが、組織の意識改革はまだまだ道が続いている、というような状況だと思っています。

未来への投資にはリターンがあるべき

真野氏

茶谷             :お話を聞いていると、組織の土台作りはしっかりと終えられたのだと分かりました。しかし、その後も、投資の規模やどれくらいの人員を采配するのか、といった意思決定は難しいことだろうと想像できます。

特に未来に向けた取り組みであり、まだ実行されていないこと、さらに類似の産業や事業のうち三井物産レベルで振り切ったことを十数年前にやろうとした企業も少なかったでしょうから、「前例がないものには…」という反応が出てもおかしくなかったのだろうと考えます。それでも構想を前に進めるにあたって、どのような考え方で投資規模などを決められたのでしょうか?

真野             :これはDXに限ったことではありませんが、個別の投資規模そのものは投資判断のコードに則って行なうのが合理的であることは間違いありません。

先ほどお伝えした構想についての投資判断は、ここでおそらく情報戦略委員会から出したものが役立ったのだと思います。内容としては、「ITも情報システムもデータもすべて投資であり、リターンが必要である」という考え方を明確に示したものです。

それまでは、ITやデータ活用のための取り組みは「コストである」と考えている人が多く、そうすると、論理的な説明なく「とにかく高コストだから削れ」という発想に陥りがちです。それを「これは投資なので、これだけのコストを掛ければ逆にこれだけのリターンが出ますよ」というふうに示したら、一般的な投資と同じように考えられ、受け入れやすいというわけです。

ただ、逆にリターンが見せられないということは、「それだけの投資をする価値がない」ということにもなります。いずれにせよ、「これは投資です」という考え方をしてリターンを示せたのが一番大きなことだったのかもしれませんね。

最も難しい「人材への投資」

茶谷          :投資の内容としては、ITシステムだけではなく人材をいかに的確に割り当てていくかといったことが議論されるのだと思うのですが、三井物産ではデジタル人材をどう確保したり育成したりしているのでしょうか?

真野          :まず我々は、DX総合戦略の中で3つの項目を挙げています。1つ目がDX事業戦略、2つ目がデータドリブン経営戦略、最後がDX人材戦略です。

社内に対してDX人材戦略が示す人材像はなるべくシンプルに伝えようと考え、縦軸をビジネスのプロフェッショナルレベル、横軸をデジタルのスペシャリストレベルというふうに定義し、2軸で話をするよう設定しました(下図、「DX人材戦略」参照のこと)。

2軸で分類すると、三井物産のほとんどの人材は、ビジネスのことは分かるがデジタルのことは分からない、というa、すなわちビジネス人材の中にプロットされます。一方で、我々の子会社の中に三井情報株式会社(MKI)やセキュリティで今注目されている三井物産セキュアディレクション (MBSD)がありますが、そこに集っている人材はトップエキスパートと言われるcの中にいるDX技術人材ということになります。

もともとはこのaとcの人材だけで仕事をしようと思っていたのですが、何度かチャレンジする中で「それは難しい」と分かり、その結果として「bの人材を育てる必要があり、これは内製化が必須だ」という結論に至りました。

つまり、ビジネスのこともデジタルのことも両方を理解でき、プロジェクトマネージャーやプロダクトマネージャーとして活躍できる人、という定義でbのDXビジネス人材という考えを打ち出したというわけです。

このDXビジネス人材のうち、DXプロジェクトのリーダーになれるレベルの人達が「プロジェクトマネージャー」(図中、左下b)、自分で新たなサービスなりプロダクトなりを事業として運営できる人達を「プロダクトマネージャー」(図中、右上b)と呼んでいます。こうした人材になるよう会社は人材育成しなければならない、ということで、先ずは3年間で100人のb人材を内製化することを目指して、取り組みは今2年目を迎えています。

添付資料

出典:三井物産株式会社ウェブサイト~三井物産のDX

DXやAIに詳しい人材が会社を辞めない人事評価制度の導入

真野氏、茶谷

茶谷             :ここまでしっかりと分類して目標を示せると、目指すべきところが見えて取り組みも進みやすいと考えます。具体的に育成の方法はどのように考えられているのでしょうか?

真野             :社内育成としては、「三井DXアカデミー」というのが社内の人材育成施策として挙げられます。これは3つの要素から成っていて、最初はスキル研修を行ないます。その後、ブートキャンプといって、現場で実際のプロジェクトに携わってもらいます。後は、やはり最先端を学ぶには欧米のアカデミーに行った方が早いので、エグゼクティブエデュケーションとして研修に出すという構成にしています。

そうしたカリキュラムと並行して、一番必要だと考えているのが先ほど示したa〜cの人材の認定制度を設けることでした。DXやAIに詳しい人材が会社を辞める理由を突き詰めた時、社内的に評価されていない、もしくは社内的に個人が有するスキルが認知されていない、ということがあるのではないかと考えました。これを解決するために「じゃあ、せっかくの個人のスキルを会社として正式に認定しよう」ということになったわけです。

ちょうど10月1日に第1回のb人材の認定がありましたが、b人材に認定されると当人も「自分がそういうものに認定された」という自信になり、さまざまなプロジェクトリーダーとして登用される機会が増える可能性が広がります。

他方、採用についても問題を改めて整理してみました。ここで課題になっているのは「認知」の問題です。大学のマスターやドクターの課程でAIなどの先端テクノロジーを学んだ人達は、それこそ就職先として「総合商社に行こう」なんて考え方は持っていない人が多いということです。

そこで、「三井物産という会社は、あなた達のような人が力を発揮できる場です」と、積極的に発信していこうとしました。その1つの取り組みが、2021年3月に実施したDXインターンです。「マスター以上でAIなどを勉強しているなら、ぜひビジネスコンテストに参加しませんか?」と告知したところ、20人の枠に対して100人以上応募があったのです。殆どの人がマスターあるいはドクターと意欲も実力もある面々でした。

20人に絞り切れなかったので最終的に29人に参加してもらったのですが、おそらくそれ以上に我々の方向性を認知してもらえたと考えています。「じゃあ本当にその人達が入社したのか?」と聞かれそうですが、今年の6月に多くのDXインターン参加者が正式に応募してくれ、内々定を出した学生は、ほとんどが入社してくれるとの結果となり、通常の年とは大きく違う人材がプールとして採用できたと考えています。

ビジネスコンテストは日本国内の取り組みですが、海外人材の採用も増やすべく、こちらにも力を入れています。今、特に多いのがシンガポールです。

茶谷             :シンガポールで現地採用するということですか?

真野             :そうです。シンガポール政府でDXを経験してきた人やシンガポールの企業でDXを担当していた人をキャリア採用しています。

<中編に続く>

対談者プロフィール

真野氏

真野 雄司
三井物産株式会社
執行役員 デジタル総合戦略部長

1986年三井物産入社、日本と米国で化学品営業に従事、その後経営企画部に異動し、2008年全社情報戦略タスクフォースを組成してリーダーを務め、2009年初代情報戦略企画室長。その後、化学品事業開発部長、米州本部CAOを務めた後に、2016年IR部長。2019年4月執行役員となり、同年6月IT推進部長。経営戦略におけるDXとITの統合を提唱し、10月統合により設立されたデジタル総合戦略部長。更にその後、全社に分散していたDX/IT関連組織を全て統合して大規模な組織改編を実施、2020年4月に現在のデジタル総合戦略部を組成。「DX総合戦略」を策定し、三井物産グループ全体のデジタルトランスフォーメーション、データドリブン経営やDX人材戦略を推進。

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