あらゆる企業にとって「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「デジタル経営へのシフト」は最重要課題になっています。特に経営者は、変革が受け入れられやすい今だからこそ、自社のビジネスの革新も含めて新たな成長戦略を構想することを求められています。その際に必要なのは、テクノロジーが自社のビジネスや提供価値をどのように変えるのかを空想・妄想する力でしょう。
本稿では、富士通 執行役員常務 高橋美波氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が、テクノロジーがどのように私達の生活や経済活動を刷新し、日本企業のグローバルプレゼンスを再び高めるのか、空想・妄想を巡らせた対談の内容をお伝えします。
日本企業のグローバルプレゼンスを再び
茶谷 :高橋さんと私は前々職時代の同期で、高橋さんは海外の市場で活躍したのち、外資企業に移られました。まさに「海外畑の人」というイメージで、そのままキャリアを極めるのだと思っていたのですが…2021年6月に日本のIT企業を代表する富士通株式会社に移られると聞いて、率直に驚きました。そこにはどんな経緯があったのか、ぜひ聞かせてください。
高橋 :ありがとうございます。私は前々職の会社には27年間在籍していたのですが、海外市場で本当にいろんな経験を積ませていただきました。当時の日本企業はすごく成長していて、グローバル市場でのプレゼンスが物凄く高まっていくのを肌で感じていました。
一方、前々職での私のキャリアの最後の10年間は非常に混迷していた時期でした。これは、他の日本企業も同じだったと思います。当時いた会社は様々な事業転換をして苦しんでいましたが、今ようやく新しい形でグローバルプレゼンスを取り戻そうとしています。
そういう過程を前職の外資系企業にいる間も見ていて、「もう一度日本企業で働き、貢献したい」という気持ちはずっと持っていました。外資系企業にあって、外資系企業のオペレーションから学ぶことはたくさんあったのですが、やはり仕事を通してできることはそれだけではない、と。日本企業のグローバル化といったところに、残りのキャリアで貢献したいというのが富士通に移ったきっかけです。かっこよく言うと、ですね。(笑)
茶谷 :移られてちょうど5ヵ月ほどですが、移籍前に想像していたことの違いはありますか?
高橋 :多少の…ギャップがある、というのが印象としてあります。例えば、日本企業はもう少しデータ経営やデータ活用をしていると考えていましたが、そうではない部分も見えてきました。
今まさに富士通はデータドリブン経営を目指して進んでいますが、前職では既にデータドリブン経営の最先端を進んでいて、マシンラーニングを活用したり、一元化されたデータをトップ層を含めた全員が見られるようになっていて、そのデータを活用して事業経営をしていました。そうした現場にいた経験からすると、富士通だけでなく日本企業全体のグローバル企業との差に目が行きやすくなるものです。
データドリブン経営の実践。「標準化」への感度が差を作る?
茶谷 :データドリブン経営の実践に差ができている理由の1つに、日本企業ではデータの標準化がまだ十分にできていない、という点が挙げられると思います。
高橋 :外資系企業は、標準化というか、KPI(Key Performance Index)を考えるのが上手だと思います。その事業にとって何が大事なのか見極めることに長けている、ということでしょう。例えば、売上だけでなくコンサンプションなどの要素を含め、コアなKPIを見極めて全世界で標準化しようとする。共通のガバナンスづくりとその効かせ方が上手いという気がします。
日本企業はある種、右脳的なのかもしれませんね。統制するというより、個々の事業体に委ねて自由にやっていくカルチャーが根強いのでしょう。自然発生的にいろんな商品を作ったりするのは強さには違いないのですが、標準化されてない中で皆が自由闊達にやっていくと、投資が分散化されていきます。要は、集中と選択がされていない状態になる。一方の外資系企業は、これは前職の例ですが、ガバナンスを効かせて「やるところとやらないところ」を明確にしてドライブするというメリハリの効いたことをやっていました。
茶谷 :ちょっと別の視点で標準化を論じてみるなら、日本において富士通は物凄く標準化に貢献した企業だと考えています。ワープロの文字コードは標準化がいかに生活に影響するか、教えてくれています。
例えば、日本人の苗字のひとつワタナベの「ナベ」という漢字は確か30種類近くあったそうです。その違いをすべて調査して「この字体をこの文字コードに振ろう」と決める取り組みがありました。そうした努力がなされなかったら、日本語はコンピュータで処理できなかったでしょう。ワープロを作るために文字コードという体系が生まれたのは日本メーカーをはじめとする各社のおかげで、その恩恵を今の私たちも受けているのだと言えます。
手書き文字の電子化は日本産業の悲願の1つだったけれど、アルファベットの羅列とは違い、日本語を標準化するのは簡単なことではないと分かっていました。それをやってのけたのだから、過程には相当な苦労があったと想像できます。もし日本語の標準化をしていなかったら、海外の有力な企業や団体が“勝手に”国際標準を決めていたかもしれません。
高橋 :そうやって昔は文字コードやメディアフォーマットの標準化をしていたのが、今はデータのフォーマットに議論が移ったってことですね。
茶谷 :そうですね。今、標準化という意味では、会計データ自体を標準化してXML化し、コンピュータプロセッサブルにしようという流れができています。基本的には作業にあたるものはデータさえあれば処理可能なので、そこは機械に任せてプロフェッショナルはより高度なことにフォーカスしていく、というのが現実になっていくでしょう。
そうしたことがあらゆる産業に広がれば、日本企業や産業が、本来的な重要な仕事やサービスに注力できるようになるでしょう。その基盤を富士通が作って、競争力を高める動きを加速させてほしいですね。
高い技術と斬新な着眼点。あとは、ビジネスモデリングをどうするか
茶谷 :エンジニアの私から見ると、日本のコンピュータの最初を作ったのは富士通だと思っています。日本の歴史の中で、非常に多くのエポックメイキングなことをやった企業の1つであり、トップ企業の1つだと言えます。そうした姿勢は、“野武士集団”的で、「前例がないからやる」といった文化を持たれているように感じていました。高橋さんも2つの日本企業で働かれて、共通点を感じる部分はありますか?
高橋 :共通点を考えた時、すぐに思い浮かぶのはスパコンの「富岳」に代表されるコンピューティング領域ですね。あとは、私も入社後に驚いたのですが、個別の事業体がたくさんあって、グループ会社も含めていろんなチャレンジをしているところです。
私の管轄でいうと、新しいものをしっかり見極めてチャレンジし、それに対して付加価値を高めていこうという気概が凄くある会社です。ただ、一番難しいと思うのは、スケーラビリティや事業化の為のビジネスモデリングがまだそれほど進んでいない、というところです。
茶谷 :確かに、スパコンひとつとっても、「富岳」の前の「京」もCPUはSPARC(Scalable Processor Architecture)を使っていて、サン・マイクロシステムズが開発したものを発展させてきた、と伺っています。そういった、いい意味でのしつこさ、諦めない姿勢は凄いですよね。
私も日本企業にいた時代、「事業はなくなっても、技術は繋げられる」という言葉や考え方に触れましたが、確かに技術というものは基本的には人に付随しているので、事業を閉じた時に人が辞めてしまうと技術が潰えてしまう、ということがあるものです。
富士通では連綿として技術が受け継がれていると思うのですが、そのあたりのピープルマネジメントはどうされているのか、気になりますね。過去には大変な状態があって、いろいろとアクションを取られたのだとは思うのですが、どうされているのでしょうか?
高橋 :まず、間違いなく富士通にはいい技術がたくさんあります。例えば、「デジタルアニーラ」は、量子インスパイア―ド技術を応用して組合せ最適化問題を高速に解く新技術で、そうした技術を前にすると、やはり「この会社は、技術の会社なのだ」と思います。技術の継承がしっかりとされていく流れも社内にしっかりと根付いています。
ただ、お客様に対するカスタマイゼーションが事業の主体になっているところは見直しの余地があると考えています。技術を活用して汎用的なユースケースを考え、それを広範囲に展開していくということが足りていない部分です。そういったところを少し補うと、もっともっとグローバル競争力が発揮できると思います。
茶谷 :確かにおっしゃる通りで、少し前に富士通研究所の説明を聞く機会があったのですが、中身は非常に興味深く、「これがビジネスになれば、凄く発展性があるな」と思うものがたくさんありました。
今回、富士通研究所が吸収合併されてCTO直轄になったとのことなので、技術が商業化に繋がりやすくなると見通されます。
高橋 :そうですね。研究所を事業体の近くに置いて、もっとその技術をソリューションやサービスに入れ込もうというのが発想の趣旨です。我々ビジネスグループを担当している役員のメンバーも、「どうやってシーズを活用していくか? 分散型ではなくコアとなるビジネスを決めて、いろんな事業部で知見を使ってスケールさせよう」という議論を今まさにしているところです。
富士通が構想していることは、富士通の技術だけではできないかもしれないので、外から知見を持ってくる必要があるもの、社内のプロプライエトリー技術を使うもの、というようにメリハリをしっかり出して取り組んでいきたいと思っています。
一番「推し」の技術をどうスケールさせるか?
茶谷 :富士通のビジネスが変わろうとしている中で、高橋さんから見て、最も「推し」としている技術はどれでしょうか?
高橋 :いい質問ですね。やはりおもしろいのは「デジタルアニーラ」とスパコン「富岳」です。これらをどう民主化していくかが今後の課題だと思っています。
今、チャレンジしようとしているのは、創薬の世界です。創薬は、10年から15年ぐらいの時間軸で、1つにおよそ2000〜2400億円の予算をかけて開発している、というのが今の常識になっています。
そこに、例えばスパコンとかデジタルアニーラなど、複合的な技術を活用することでTTM(Time to Market)を半分にできれば、難病とされている方に向けた薬も今より簡単に届けられるのではないか、と思っています。
そういったことを注力してやっていきたいし、実際に今いくつかのパートナー様と、スパコンの技術とデジタルアニーラ、AIといった技術を活用して研究を始めているところです。
茶谷 :スパコンは5年で10倍速くなったんですよね。15年で1000倍、30年で100万倍になっているとのことです。30年で100万倍速く計算できるようになった人間はいないので、明らかにこの分野ではコンピュータが勝っている、ということです。創薬の時間軸もきっと短くなるでしょう。
ちなみに、創薬において時間がかかるのはどのような事柄なのでしょうか?
高橋 :基礎研究のところが重要で時間もかかります。分子構造の選定をして、臨床前の実験フェーズに入り、治験を行なって、最終的に新薬ができていくのですが、まず分子構造の選定のプロセスに量子技術やコンピューティングを持ち込めば、期間を短くできるのではないか、と見ています。
また、これまでに培われた知見がデジタル化されていないので、そこはデジタルプラットフォームを活用すると変えられるように考えています。
茶谷 :それは実験室の試験管の中の状態をデジタルツインにするといった取り組みになるのでしょうか?
高橋 :そうです。それで時間やコストの短縮ができないか、ということです。
デジタルツインと経営の補佐役としてのAI
茶谷 :デジタルツインと言えば、私は「会社のデジタルツインをスパコン上に載せたい」と、本気で考えています。KPMGのようなプロフェッショナルサービスは企業の様々な課題を解くためのお手伝いをしているのですが、もしデジタルツインでシミュレーションができる、というサービスも提供できるようになれば、様々なシナリオが経営会議の中で考えられたり、試しにやってみたりできるはずです。
スパコンくらい巨大な空間で、高速処理が可能で、かつリアルタイム性が担保できて多角的な計算もできるなら、国際情勢の変化による地政学リスクを加味した今後の予測を瞬時に見られるようになると思います。そうした場面で富岳が活用できるといいですね。
高橋 :そういった経営に入り込むような活用の仕方は本当にいいですね。今は需要予測のような領域にどんどんAIが入ってきているのですが、「今」の状況から起こりうることを予測するというのは、挑戦しがいのある領域です。
その時、精度を高めるには、データパイプラインが重要になってくるでしょう。データを一元化して、それを読み込ませてAIに分析させて、ということができれば大きなブレがない結果が得られるのは、もうある程度証明されていることでもあります。
茶谷 :もう1つ、スパコンに代表されるような超高性能コンピュータの活用としてKPMGがやりたいと思っているのが、プロフェッショナル知識構造のグラフ化です。
プロフェッショナルサービスの多くの知識は体系化されていて、ディレクトリ構造も非常に確立されています。若干の例外はありますが、基本的にはストラクチャーがしっかりしているので、知識グラフで表せるのではないか、と思って取り組みを始めているところです。
これによって、いわゆる全文検索ではなくグラフ探索が可能になるので、超高性能コンピュータがあれば全部の知識、例えば、あずさ監査法人が出版したすべての書籍のデータを入れておくと、何か質問すればプロフェッショナルAIが答えを返してくれるようになります。
最初はIFRS®基準(国際財務報告基準)について詳しいAIというように、専門分野を切り分けて育てていくことになるかもしれません。しかし、分野が増えていけばプロフェッショナルAI同士を連結させて、「この質問は僕には分からないから他のAIに聞こう」というようにAI間通信もできるかもしれません。そうすると、それに見合う巨大な空間を持っていて、分散処理ができるスパコンが有利になります。
高橋 :なるほど。そうした使い方ということであれば、リーガルの領域でも応用ができますね。近年、海外の法令が域外適用されて罰金が科されるケースが増えています。日本企業は、日本法に限らず各国の動向を注視しなければならない状況です。
茶谷 :法令対応ということであれば、「変化した規制に影響されるビジネスはどれか?」といったことも、経営者としては気になるのだと考えます。例えば、カリフォルニアで新しいエネルギー法が施行されます、ということになれば、「ここのビジネスに影響するよね」と紐付けて知りたい、ということです。
今はプロフェッショナル達がアタリをつけて、「この辺が大丈夫かな?」と人力で分析していますが、ドキュメントが存在するならコンピュータの中に入れておけばすぐにリスクを洗い出せるはずです。
このようなことは、車載ナビのように「そっちにいくと危ない」とか「その道は行き止まり」といったことを教えてくれる、というイメージです。そんなコンピュータを日本が開発できれば、と想像しています。
高橋 :オートメーションだけだとダメで、そこに何かしらのアウトプットを出せるようにできれば、価値が高まりそうですね。
茶谷 :先ほど処理速度の話をしましたが、コンピュータが持てる空間も広大になっていて、人間の脳の空間を超え始めています。ルールが決まったようなもの、例えば囲碁や将棋において人間はもうAIに叶わないのはそうした変化が背景にあります。
今日、企業経営をし続けるにあたって、膨大なデータや海外の情勢まで含めてリアルタイムでアップデートされているものを使って判断する必要が出てきています。そうなると、おそらく一個人ではどうにもできなくなってくるでしょう。人間は睡眠が必要であり、環境要因によって即時の判断が難しい状況に身を置いていることもあります。その前に、「今から10時間はAIに任せておく」というようなことが言えるだけでもずいぶん変わるはずです。
最近の自動車には、後輪が滑っていると分かったら前輪をコンピュータ制御する仕組みが搭載されています。これは、そうした状況で瞬時に人間が対応することはほとんど不可能だからですよね。そういった、人間にはできないことをカバーしてくれる安全装置のような機能がコンピュータには求められていると考えています。
高橋 :まさに経営支援ですね。経営の世界でコンピューティングを活用する、という発想はまだないので、それは開拓されていないマーケットかもしれませんね。
一方、プロフェッショナル領域での活用ということであれば、すでに診断支援が現実になっています。医師が画像解析診断を行なう際の支援は珍しくなくなってきました。けれど経営者の経営判断支援という領域に踏み込む例はまだ聞かないものです。
茶谷 :理由の1つとして考えられるのは、画像解析診断の支援というのは結局のところ識別の代替である、ということなのだと思います。作業を自動化するだけであって、その判断をより高度なものにしてくれるという領域ではまだテクノロジーは活用されていないように思います。
もしそこが変われば、人間ならある時間内にシナリオA or Bしか検討できないことを、コンピュータならシナリオA〜Eまで全部瞬時に検討できる、という状態になり得ます。そうなれば答えに近付く可能性も上がるはずです。もちろん、決めるのは人間でいいと思っています。例えば、「コンピュータの判断ではこれが正解だと言うが、経営判断はこっちだ」ということです。私たちはまだその「コンピュータに任せる」ということもやっていませんね。
高橋 :確かに経営判断はまだ、「相談して、確かめさせて、合意形成をとる」という形ですからね。
茶谷 :そうです。経営判断においては過去の成功事例が参考にされすぎるのも問題でしょう。今までの常識を疑い、全く違う指標をコンピュータに投入するというのが人間の重要な役割になるでしょう。
そういう意味では、今までのやり方と変わらない。けれどコンピュータによって速さが変わる、というわけです。
高橋 :なるほど。茶谷さんのその見方は刺激になりますね。
茶谷 :私としては、ぜひそれを日本発、富士通発で作って欲しいです。
対談者プロフィール
高橋 美波
富士通株式会社 執行役員常務
グローバルソリューション部門デジタルソフトウェア&ソリューションビジネスグループ長
1987年にソニー株式会社へ入社。海外事業のフロントラインで、欧州通貨統合時のリージョン再編成やソニーピクチャーズと連携したブルーレイディスク市場参入、ソニー製品におけるパートナーシップの転換点となった初のコンテンツサービス導入を担いました。2014年に日本マイクロソフト株式会社に入社。2015年より執行役員常務としてクラウドの市場開拓やパートナー連携を、2020年より執行役員専務としてエンタープライズカスタマーのDX支援を牽引しました。そして、2021年6月より富士通株式会社 執行役員常務として、日本のグローバル企業に身を置き、「日本の企業・社会に活力をよみがえらせる」こと、様々な社会課題の解決の実現を目標に、デジタルソフトウェア&ソリューションビジネスグループを率いています。
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