あらゆる企業にとって「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「デジタル経営へのシフト」は最重要課題になっています。特に経営者は、変革が受け入れられやすい今だからこそ、自社のビジネスの革新も含めて新たな成長戦略を構想することを求められています。その際に必要なのは、テクノロジーが自社のビジネスや提供価値をどのように変えるのかを空想・妄想する力でしょう。
本稿では、富士通 執行役員常務 高橋美波氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が、テクノロジーがどのように私たちの生活や経済活動を刷新し、日本企業のグローバルプレゼンスを再び高めるのか、空想・妄想を巡らせた対談の内容をお伝えします。
データの連携ができれば、世の中の利益になるが…
茶谷 : AI同士が連絡し合う、という話をしましたが、そのニーズは非常に高まっていると言えます。例えば先日、金融庁が、証券会社と銀行の垣根をなくし、情報共通や情報流通を可能にするという発表をしました。そのようなことが始まると、情報を複合的かつ多角的に分析できるようになるので、不正の検知はしやすくなると考えられます。
これまではAという銀行の中で行われている取引しか把握できなかったわけですが、振込詐欺のことを考えれば、AとBの銀行における資金の流れを突き合わせれば、犯罪の経路が分かるようになるはずです。
高橋 :今まさしく茶谷さんがおっしゃったような「データの連動をどうやっていくか」が凄く大事だと考えているところです。企業単位で持っているデータが共有されなければいけません。
一方で、各社それぞれ「共有したいデータと、共有したくないデータ」を分類する必要はあるでしょう。そして、最適化を目指すなら、出してもいいデータを共通化することも必要です。
しかし、当然ながらこれは一社ではできないことなので、日本の中ではデータの共通化があまり進まないのでしょう。さらに、データの帰属性の問題もあります。データがどこに帰属するのか、実は曖昧な状態のままなのが日本の現状です。そのあたりは欧米の方がしっかりルール作りされているように感じます。
茶谷 :そうですね。データの共通化という話で言うと、日本の場合、各社ローカルで会計システムの勘定科目を増やしている場合があります。そうやってカスタマイズすると、A社とB社を連携させた時、絶対に合わなくなってしまいます。どこかで“名寄せ”をする必要があり、中身を振り返る手間もかかります。
高橋 :それが今、我々がデータ解析分野でリードするPalantir Technologies Inc.(パランティア)と連携して取り組もうとしている領域です。彼らは、非常に複雑で機密性の高いデータ環境を持つ組織向けに、エンタープライズ・データ・プラットフォームを構築する技術とサービスを提供するソフトウェア企業ですが、その技術やノウハウを活かしてデータの紐付けを行なえば、企業間のデータ連携ももう少し容易になると見ています。
茶谷 :ある程度、費目が標準化されれば、かなりコンピュータプロセスになるでしょうね。
高橋 :データクレンジングは最も時間がかかる工程ですからね。富士通でパランティアの技術を自社導入した結果、50近くの基幹システムのデータの繋ぎ入れが可能になりました。そこから意味のあるデータを取り出して分析に使うなど、経営基盤にしようというチャレンジを始めています。
日本のデータドリブン経営を助ける使命を持った「パランティア」
茶谷 :パランティアについては興味深く見ているのですが、ビジネスでどのように育てていきたいと考えていらっしゃるのでしょうか?
高橋 :すごくいい質問ですね! 先ほど茶谷さんがおっしゃったデータドリブン経営の一つの核になると思っています。
日本企業ではまだまだデータが分散化されていて、エクセルのパッチワークをまだ続けている会社が多いのが現状です。しかし、今後データドリブン経営が理解されてそちらに舵が切られるようになると、データを結合する必要性が高まり、パランティアが必要になるのではと感じています。パランティアでデータドリブン経営のご支援をしていく、ということです。
一方、そもそもビジネスリーダーがデータドリブン経営の重要性を理解し、LOD*に切り替えるという気持ちがない限り、なかなか取り組みが進まないものなので、少しでも多くの日本企業に、転換のサポートをしたいとも考えています。
*LOD:Linked Open Dataの略。他のデータとリンク(Link)されているデータかつ、オープン(Open)で誰でもアクセスできるようライセンスで公開されたデータのこと。
茶谷 :残念ながら、日本発のクラウドプラットフォームやIT機器のプラットフォームというのはまだそこまでメジャーにはなっていないですね。しかし、さらに下のレイヤーにおいて不可欠な要素を持つ日本企業や、その領域でシェアを持っている企業は多いと考えています。そのあたりを繋ぐような産業OSを富士通が開発するというのは、非常にポテンシャルがあるような気がしますね。
高橋 :実はそういう方向性を考えています。そもそも、今はまだ欧米中心と言われるものの、だからこそデータインテリジェンスの市場がこれから増えるだろうと見ています。
私たちの試算では、2025年に向けて、データドリブンと言われているマーケットがおよそ27兆円まで広がり、その内1兆円程度が、データインテリジェンスに関するものだと見通しています。これはBIだけでなく分析などを含めたデータインテリジェンスのマーケットに対してのインダストリーシナリオとして見ており、さきほど例示した創薬のソリューションだけでなく、電力のスマートグリッド、製造系の生産管理など、様々な領域を考えています。
あらゆる領域におけるリファレンスアーキテクチャやソリューションを想定しようとしている、というわけです。
茶谷 :そういった新しい取り組みを行なうにあたって、M&Aでスタートアップ企業を招き、加速する、といったことも考えているのでしょうか?
高橋 :もちろん考えています。まだ各コアのインダストリーに対してどういうスタートアップが必要か、検討している段階ですが、すでにいくつかの候補企業があります。今までの富士通はM&Aより別建てのファンドを用意するやり方を取っていましたし、パランティアもそのプログラムで戦略的提携をしています。ペプチドリーム他との合弁企業のペプチエイド社や、シンガポールの穀物取引に関するスタートアップにも少し投資をするなど、活発な動きをしているところです。
茶谷 :穀物取引についてはKPMGでも、豪州主導で日本と中国のKPMGが参加したプラットフォームがあります。この分野でもブロックチェーンによるトレーサビリティや透明性の担保が重要になってきていますが、富士通ではブロックチェーンはどう捉えていますか?
高橋 :今、欧州でライスエクスチェンジ(Ricex)というシンガポールの会社向けの技術開発をしており、コメ取引のプラットフォームのテクノロジープロバイダーにもなっています。そのように、穀物のトレーサビリティやL/C(信用状)の管理などを一元化したプラットフォームを構築して、その他の分野にも展開しようとしているところです。
具体的には、運用のマネジメント、つまりサービス化をしていきたいというふうに考えます。これに限らず、富士通にとって、SIerからサービス型への転換は課題だと思っています。そうしてSaaSやPaaSの領域で我々がサービスを展開してお客様に継続的にも使ってもらう、というビジネスポートフォリオに転換したい、ということです。
富岳・デジタルアニーラ、パランティアが社会にどう影響を与えるか?
茶谷 :これまでのお話を伺っていると、富士通の技術が産業基盤を支える、という世界観が見えてくるわけですが、AIについてはどういうところに特色を出そうとされているのでしょうか?
高橋 :AIはまだ発展途上な部分もあります。ただ、トランスレーションや行動分析、映像分析には事例も出てきました。
今、注目しているのは物流最適化です。物流の最適化というのは本当に複雑な問題が入り組んでいて、例えばトヨタ自動車では、300万通りの配送計画を2ヵ月かけて組み上げる、と伺いました。そうしたところに、AIを使ったオートマイズで貢献していきたいですね。
茶谷 :なるほど。全く規模は違うのですが、ある飲食チェーン店の方とお話ししたとき、各店舗の店長になる必要条件について伺ったところ、「シフトが即座に組めることだ」とおっしゃっていました。
いつこの人がどの時間に勤務できるか、というのをそれぞれ事情も考えながら瞬時に頭の中で組み替えたりできる人が店長になれる、というわけです。それはまだコンピュータでは難しく、非常に重要なことだと言えます。
高橋 :同じような例として、アメリカの病院でのプロジェクトがあります。現地では現在、高度な手術を受けるには約4ヵ月から半年待ちの状態になっているそうです。これは、医療現場の最適化というのは想像以上に難しく、表向きは稼働率が25%〜30%しかなくても、医師や看護師が配置できなかったり、適切なベッドを確保したり、というように計画が立てられない状態にあるからだ、とのこと。それを改善したいという相談を受け、富士通の技術を使ってもっと早いマッチングができるよう取り組んでいるところです。
物流にしても医療現場にしてもそうですが、プランニングにはテクノロジーの用途が非常に多いのだと感じています。このような取り組みがゆくゆくはスマートホスピタルのような一元化されたサービスに進化して提供されていくと見ています。
茶谷 :実際のところ、コロナ禍において今おっしゃったようなDXのニーズやするべきことが可視化されたという側面もあるように感じます。
高橋 :そう思います。医療では、コロナ禍でフロントラインに立つ医師や看護師の皆さんが日々逼迫した状態になっている中で人員計画も考えることは全く容易なことではないと実体験をもって分かるようになりました。そうしたところで、もう少し技術を使えると、もっと効率化ができると考えています。
テクノロジーを提供し続ける日本企業でありたい
茶谷 :そろそろ最後の質問に移りたいと思います。これから30年〜50年後や100年後について、どのような空想・妄想をされていますか?
高橋 :まず、富士通という会社に想いを寄せてみると、どこかの領域でディスラプターになってほしいと考えています。それは世の中にないものを提供していく、ということで、スパコンの富岳の活用によって医療の世界がガラッと変わる、といった、そんな世界観を変えるような立ち位置になってほしい、という意味です。
そうしたことによって、今はやはり国内市場がビジネスの主体になっているわけですが、10年後や20年後にグローバル市場において確固としたプレゼンスを示す会社であってほしいとも願っています。
私自身は最初にお話しした通り日本に対するこだわりや日本企業のグローバル化への想いが強くあります。一方で、こうした話をすると、「もう国の違いなんて関係ないのでは?」と言われることがあり、今もいろんな考えが去来します。
最近、「国という線引きではなく、個人がどうアウトプットを出していくかという世界になっている」という例を見る機会も確かにありました。一方で、やはり私のキャリアにおいて、デジタルやテクノロジーが中心であったからこそ、「日本はデジタル後進国になってしまっている」という姿は見過ごせないものです。80年代に世界から「Japan As No.1」と言われていた頃のような日本の姿をもう一度見たい、と強く思いますし、そうするために何ができるか考えています。
例えば、AIやオートメーション、ロボティクスの力で、医療変革だけでなく、高齢者がパワースーツを着て思いっきりスポーツを楽しむ世界はもう間もなく現実になるでしょう。そうした意味では、これからの30年くらいで社会はガラっと変わるのだと見通せます。その30年の間に、最先端の何かを日本企業に実現してもらいたいですね。
茶谷 :国の違いが関係ない世界になりつつあり、みんなで称え合う世界…。本当は、これまでの考え方を土台にしている大人達には認めづらい文化かもしれないですが、それが最も多くの人の琴線に触れるようになってもいますね。今までの文化や立居振る舞いがあって、それとは真逆の文化もある。それはそれぞれ全く違う価値観であり、どちらがいいということじゃないのでしょうね。
高橋 :そうですね。例えば競技スポーツでも、どこかの国の文化の延長線上にある競技として世界に広がるものもあれば、国の文化は関係なく、誰でも受け入れて進化する競技もあると思います。どちらがどうかという解は自分の中でもまだはっきりしませんが、それを考えると「グローバル化の中での日本とはどういうことなのか」と考えさせられます。これと同じように、SDGsやESGを考えると、国という単位ではなく世界が普遍化していく流れが見えてきます。
その考えが実践に移るにあたって、やはりテクノロジーというものが非常に重要であり、それがあって初めて革新でありイノベーションが起きるのだと言えます。そのテクノロジーを提供し続ける日本企業ということに、やはりこれからもこだわりたいです。
対談者プロフィール
高橋 美波
富士通株式会社 執行役員常務
グローバルソリューション部門デジタルソフトウェア&ソリューションビジネスグループ長
1987年にソニー株式会社へ入社。海外事業のフロントラインで、欧州通貨統合時のリージョン再編成やソニーピクチャーズと連携したブルーレイディスク市場参入、ソニー製品におけるパートナーシップの転換点となった初のコンテンツサービス導入を担いました。2014年に日本マイクロソフト株式会社に入社。2015年より執行役員常務としてクラウドの市場開拓やパートナー連携を、2020年より執行役員専務としてエンタープライズカスタマーのDX支援を牽引しました。そして、2021年6月より富士通株式会社 執行役員常務として、日本のグローバル企業に身を置き、「日本の企業・社会に活力をよみがえらせる」こと、様々な社会課題の解決の実現を目標に、デジタルソフトウェア&ソリューションビジネスグループを率いています。
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