日本企業にとって、DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組み、デジタル経営に舵を切っていくことは最優先課題となっています。一方で、「業務上、企業の主要な部分はERPや機器などの導入等でデジタル化されているはずであり、実際にこれらのツールによって収集された情報をもとに現場では意思決定を下している。経営レベルでも必要な情報を集めて意思決定している。これ以上、何をすればいいのか分からない」との意見も聞かれます。

では、真のデジタル経営とはどのような姿を指し、それを推進するにあたって必要なリーダーシップや考え方とは何か? KPMG Ignition Tokyo(KIT)の茶谷公之とティム・デンリ、そして、同DXソリューション2ディビジョン統括の中林真太郎ディレクターが考察しました。

※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

デジタル経営時代のリーダーシップにはアジリティが不可欠

デンリ

(KPMG Ignition Tokyo 取締役 パートナー ティム・デンリ)

デンリ:          デジタル経営を行なう上で、「旧型リーダーシップとデジタル経営時代に求められるリーダーシップには非常に大きな違いがある」と理解するのは極めて重要です。旧型リーダーシップにはないデジタル経営時代に即したアジリティを持つリーダーシップが不可欠だ、というのが大きなポイントだと言えます。

目まぐるしく変わる世の中を理解して機敏に適応する能力を養うには、日々の学びが欠かせません。しかし、今日のエグゼクティブレベルのリーダーシップ層の中には、これまでの経験や知識を一旦脇に置いて「変化とその本質を素早く学ぶ」という姿勢を失っている人が少なくないと想像します。

ここでいうアジリティとは「非常に短時間で適切だと思われる方向にリスクを理解した上で切り替える力」ということを意味します。

茶谷:          確かに、アジリティの重要性は認識しておく必要がありますね。「旧型リーダーシップとデジタル経営時代のリーダーシップのギャップ」という文脈で私が最も注目しているのは、「失敗の捉え方の違い」についてです。

 

多くの会社にとって「失敗」とは、成功の反対側にあるものという認識でしょう。これまで確実に成功を積み重ねてきた事業体が、「失敗」を「絶対にあってはならないもの」と分類することは理解できます。

しかし、テクノロジーの側からアジリティをもって見れば、「失敗」とは成功のための途中経過に過ぎない、という認識になります。この違いに、これまでの経営の立場の人達が戸惑ったり、デジタル経営の考え方が「異質」だと感じたりするのは想像に難くありません。

ただ、失敗を恐れずに変化と進化を繰り返し、全く違うビジネスモデルを作って大きくなったGAFAを見ていると、巨大な企業になることだけが正しいわけではないものの、彼らのやり方が一つの成功例だというのは間違いないでしょう。そうしたことから、日本企業も、「失敗は成功の通過点である」との認識を持つリーダー達がリーダーシップを発揮していく必要があるのだと考えます。

中林さんは、米系のデジタル関連の会社に長く在籍していたということで、実際にデジタル経営をしている企業ではどのようなリーダーシップが発揮されているのかよくご存知でしょう。

中林:             私は若い時、日本のビジネススクールで多くの普遍的だと思われていた主要な経営管理手法について学びました。しかし以前と比べ物にならないほど早い時代の流れの中で、「経営管理やビジネスプロセスが具体的にアジリティを持つための方法論」について異なる視点で理解すべきと思い、その後、米国の工科大学に付属しているビジネススクールに通いました。

そこでは、「経営やビジネスプロセスはオペレーティングシステムそのもの」、「標準化や経営資源の高い再利用性により経営効率を上げる」、「企業やビジネスの根幹に入り込んで避けることができない情報処理技術の進化にどのようについていくのか」といった技術経営の側面を学びました。

ビジネスプロセスが細部までデジタル化されると、その企業特有の競争力部分であるデータとアルゴリズムが人間の意思決定に大きなインパクトをもたらします。ビジネスルールが変われば、会社の中に配置されたビジネスルールエンジンの中のパラメータを直し、標準化をアジリティを持って瞬時に完了させます。これら工学的あるいは数学的なアプローチや発想に触れて、「高度な情報処理機構を使いこなしてリスクを最小化し、変化対応スピードを上げているのか」と驚いたものです。

それらの高度な物理的アプローチを持つインハウスの技術者を大切に育て上げている企業も多くいました。非常に高いレベルでビジネスプロセスやデータやアルゴリズムを管理しているのはこのような技術経営的な観点、意識が強いからだと感じます。

経営の中でのデジタル活用について考える時、経営とオペレーション(業務執行)に分けて考える必要があります。米系のデジタル関連の会社の経営陣は、“早く失敗しても痛みを最小限にするためのオペレーション”をよく理解しているように思います。また、“全ての企業活動をプロセスとして捉えるプロセスセントリックな考え方で、自社の強みと弱みについて客観的レビューができる企業が多い”というのも特徴だと思います。

上場しているあらゆる企業は、相変わらず資本市場という“同じ板”の上にいますので、会社経営という大きな枠組みはGAFAでも変わらないわけです。しかし今日、企業に求められる社会的課題の解決や価値の出し方は、前述の通り数学的な方法で解を求められる状態になってきています。つまりプロセスセントリックに考える中で、プロセスから得られるデータに対して、アナリティクスを活用することが色濃くなってきました。

成功のために問題となる情報をプロセスから取得し、分析し、打ち手に紐付ける速度がさらに上がってきました。プロセスのデジタル化が進むと、よほどアドホックなものではない限り、必要なデータが上がってくる、という状態が実現できますが、そのデータをもとに意思決定ができるようになるという点が重要です。経営層が会議を通して行なう意思決定では、そうしたプロセスから上がってきたデータを基に短い時間の経営会議の中でも「この数字が落ちると他にどのようなインパクトがあるか?」、などの感度分析を行い、経営陣が意識を一つにすることが可能になります。これはデジタルならではの恩恵です。

よく経営管理KPIとオペレーショナルKPIを紐付けて管理することが困難という話があります。この間には2つのポイントが埋まっています。一つはビジネスプロセスからデータを可能な限り正確に取得するということ、もう一つは取得したデータを財務・非財務の管理・モニタリングのフレームワークの中で管理するということです。大事なのはこのフレームワークの中で自社としてのアルゴリズムを組み、それを指数として管理するということです。

茶谷:             確かにそうですね。プロセスのデータを活用可能にする、という話が出ましたが、総務省は先日、Excelのような表計算ソフトでのデータの作り方について各省庁にガイダンスを出していました*。このドキュメントは公開されており、大いに話題になっています。ああいったデータの作り方は企業でもまだ実践できていないので、非常に参考になる、との声が多かったようです。

*統計表における機械判読可能なデータ作成に関する表記方法(総務省 統計局)

日本ではマイナスを「-」と書かずに黒い三角形で表現するといった独特な表現が用いられていたり、見栄えを良くするためにセルを結合したりと、コンピュータープロセッサブルではない形の“データ”が少なくありません。

確かにアプリケーションでデータを作っているのでデジタルにはなっていますが、処理可能なデジタルになっていない、というわけです。これは、デジタル経営を推進する上でも非常に大きな課題であると言えます。

デジタル時代のリーダーズが持つマインドセット

中林:             私は米系企業で、「『やるべきだと思う』という発言はやめてくれ。やるべきだと思うという仕事なんてない。やりたいと思うかどうかなんだ」と言われたことがあります。そうした企業では、やりたいことや作りたい未来を考える機会が多いように感じました。やりたいと思うことがあるから、それを成し遂げるための最短距離を考えるのだと思います。目的ドリブンで、その目的に辿り着くスピードが非常に速く、それが本当にできるような組織構造・ビジネスプロセス・ガバナンスモデル等を最初から意識して作ることを大切にしています。

茶谷:           意識して「自分で常に思考する」という癖をつけておくことが大事だと分かりますね。聞けば簡単に答えが得られる時代ですが、自分で考えた上で“答え合わせ”として尋ねるのとでは、身に付く内容に差が出てくるでしょう。

中林:           相談する相手を的確に選べるセンスも重要ですね。デジタルとは結局のところ情報処理技術の塊ですが、それらの未来を作ろうとしている人や情報処理技術の本質が分かっている人はその道の開発者やコードを書いている人達です。保守本流が書くプログラムコードがDXの未来そのものです。表計算ソフトの未来を聞きたければ、MS Excelの開発責任者と会話するのが良いでしょう。データベースの未来を聞きたければ、OracleやMS SQL Serverの開発の責任者の話を聞けば良いと思います。

中林

(KPMG Ignition Tokyo DXソリューション2ディビジョン統括 ディレクター 中林真太郎)

茶谷:             そうですね。例えば、スポーツの評論家はたくさんいますが、新しい戦い方を考えているのはプレイヤーやコーチであって、評論家ではありません。同様に、未来を作る人は基本的には新しいことに挑戦する人です。この人達によってルールが変わる時、古いルールに則っている人にとっては「何が起こっているかよく分からない」という感覚になるかもしれませんし、実際にその挑戦が成功するかどうかは分かりません。しかし、チャレンジが成功すれば確実にルールは変わりますから、挑戦している側に聞く必要があるはずです。

経営感覚をアップデートする必要性

茶谷

(KPMG Ignition Tokyo 代表取締役社長兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之)

茶谷:             先ほど、「やりたいと思うことがあるから、それを成し遂げるための最短距離を考える」という発想について話しましたが、これは、デジタル経営を進める上で、組織の意識をどう変えるのか、という問いに繋がると思います。組織が確立しているところほど意識を変えることが難しい場合もあります。                       

定常的に事業が成長している時は、組織にとって「いかにノイズを最小限にするか」が運営上、非常に重要になります。そして、ノイズかどうかの判断の基準は、「モメンタムを崩さないこと」とされます。もしモメンタムを崩すような“ノイズ”が入ってきたら排除する、というのは、定常的に事業が成長している時には必要なアクションであり、それで今までうまく物事が進んできたのも事実でしょう。

しかし、今日のように変化が激しい時代では、同じモメンタムを保ち続けていてはダメで、何か新しい事を思い付かなくてはならないはずです。

「仕事をする上で何がしたいか」を考え出すのがいわゆるアート思考なのでしょう。自分達が何を表現したいか、この会社は何を表現することによって社会から存在価値を認められるか、というのは、いかに内なる精神を外に出して表現してみせるか、というアートの基本に通じるところがある、というわけです。

私たちはそれを、エンジニアリングなりテクノロジーを使ってより具体的に、または、利用可能なものにする挑戦をしています。こう考えると、アートとテクノロジーは本当に隣り合わせなのだと感じます。

中林:             技術を信望する企業の経営陣やマネージャー陣など、役職的に立場が高い人が現場の社員の悩みや彼らの考え方に熱心に耳を傾けている姿を目にすると、非常に誠実な印象を受けるとともに、技術で世界を変えてきた企業の真髄を感じます。結局は、成功や失敗は商品の中に埋まっているソースコードの一行一行、微細な一つ一つの機構で決まってきた世界です。

具体的な実態、現場で起きている真実が重要で、それらを考慮せずに大枠で経営管理することがとても大きなリスクになります。その考え方を突き詰めれば、先ほどお話ししたように、末端を流れるビジネスプロセスを理解し、現場からきちんとした情報を取って意思決定をしたくなるのは当然だと思います。現場に起きている小さな課題と経営課題を紐付けて深く解釈するという癖が多くのグローバルカンパニーの経営陣にはありました。

デンリ:          ソフトエンジニアの経験がある人は特にそうした傾向が強いと言える理由は思い浮かびます。ソフトエンジニアはみんなで一緒になって一つのものを作り上げるので、それぞれの困ったことをクリアしないと、後々自分に戻ってくる、という意識があります。また、自分の上下左右にいる人達が何をしようとしているか理解することによって得られるメリットも知っています。

一つのものを作り上げる、ということが経営に置き換わったのなら、その経営者は当然エンジニアの頃と同じ発想で「社内の問題を潰そう」と行動するでしょう。ここはエンジニア経験のある経営者とそうではない経営者の違いが出やすい場面かもしれません。

茶谷:             耳を傾けた相手が「何を言ったか」という中身がすごく大事で、「誰が言ったか」はさほど重要ではない、ということも付け足したいですね。組織によっては後者が重視される場合もあるかもしれませんが、そうなるとどうしてもバイアスがかかってしまいます。しかし、新入社員というのはある意味で、その会社の中で最近まで社会と触れていた時間が最も長い人であり、長く会社にいる人より顧客の価値観に近い、と考えられます。そのため、経営陣やマネージャーからすると、参考にしたいし話を聞きたい、ということだと思います。

中林:             そうですね。「誰が言ったか」ということも時に重要ですが、データやプロセスを重んじる会社は客観的に「何が起こっているのか」が最大の関心です。「誰が言ったか」ということを重視し、会社全体にその雰囲気のある会社はそもそもデータやプロセスが近代化されておらず、人への依存度が高い傾向にあります。自社にとってこの部分が競争力の源泉になっているか、それともただ近代化が追いついていないか、これらを意識することが重要です。

特定の人の感覚への依存度が高い場合、結果として社員間のフェアネスも生まれづらくなるように私は感じます。フェアネスがなくなれば、現場でアドホックに発生する問題について皆が気付いたことをどんどん言わないようになってしまい、その結果、正しい情報も経営に上がらないということになります。データやプロセスへの注目は社員へのフェアネスへも関連してくるのです。

現在、徐々に現場の意思決定の質も上がってきています。データに基づき上層部に説得力のある説明ができ、意識ある現場が力強く進むことができる時代です。デジタル経営を実現するために必要なリーダーシップとは、起点から終点まで一貫したイメージを持って切り拓く力だと私は考えています。具体的なDX支援を加速させ、そこから得られる果実を使って、経営意思決定時のシミュレーションや感度分析、外部リスクをの可視化、経営による社員の様々な状況の理解等、現場も経営もさらに力強くするための活動が必要です。

今後さらに増加する、デジタルが事業の根幹となる企業の経営陣は、全てがデジタルで繋がったイメージを持って経営しますので、最初からデジタル活用を組み込んだ経営になります。

それらの人材を育成する観点でも、今の企業の仕組みのデジタル化、経営におけるデジタル活用を人材力育成の観点からも実施しておくことは、とても意味のある活動だと思います。

茶谷:             これからのデジタル経営を実現するためには、何をしたいかという考えを明確に持ち、組織が社会の変化と共に成長していくために必要な経営感覚を常に磨いていく努力が求められるのかもしれません。「デジタルの考え方」が備わっていれば、不確実な未来にも柔軟に対応していける強固な基盤となるのではないでしょうか。

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