企業にとって既存ビジネスを維持しつつ、社会の流れを見極めながら新たな挑戦をしていくことは容易ではありません。特に、既存ビジネスが“うまくいっている状態”であればなおさらです。自社のビジネスの本質を追求し、会社のあり方そのものを刷新するにはどのような思考や要素が必要でしょうか?
この課題について、KPMG Ignition Tokyoの茶谷公之が、寺田倉庫株式会社 代表取締役社長CEO 寺田 航平氏と対談した内容をお伝えします。
デジタルを取り入れる際に組織にフリクション(摩擦)は起きないか?
茶谷 :いろんなものをデジタル化する、ビジネスにデジタルを取り入れる中で、社内では摩擦が起きる、という話をよく耳にします。寺田倉庫ではどうだったでしょうか?
寺田 :そうですね、そういう意味では、私自身がIT業界におりましたし、私の前任の社長はもう70歳を超えていましたけれど、デジタルのような新しいものへの興味が非常に強かったです。さらに先代である父も非常にデジタルに関心を寄せているひとでした。
経営陣全員がデジタルを取り入れる方向に向かうことにすんなりと同意してくれましたし、私たち自身もサービスがどんどん変化していく過程において、デジタル寄りの人を選んで採用してきたという経緯もあります。そうやって自然に移行していきました。
しかし、やはりエンジニアの数を増やしていくことには難しい部分もあり、今は社員と業務委託の両方合わせて約130人中40人前後がエンジニアという構成になっています。
地域に根差した企業が既存ビジネスにとらわれずに挑戦できる理由
茶谷 :寺田倉庫と言えば、ワインやアート等の保管だけでなく、カフェを含めたリバーサイドの雰囲気作りも含め、既存の事業にとらわれない挑戦をされていますが、そういったアイディアは社内のどんな議論から作られていくのでしょうか?
寺田 :結局は、「事業の核は何か」ということなのだと思います。昔なら不動産と保管でしたし、この2つを組み合わせた収益モデルが私たちの骨格をなしています。その考えでいくと、今私たちが行なっていることは突き詰めると一つと言っても過言ではありません。
まず、「その空間に最大の価値をつける方法は何か?」ということをひたすら追求すると、一つの形として、高単価なモノの保管やそれに携わるサービスを提供すると同時に、空間というものにデザイン的な色付けをして街全体を活性化していく、というモデルに行き着きました。つまり、ニッチで尖った保管事業と街づくりを併せて考えたのです。
茶谷 :天王洲のレストラン「T.Y.HARBOR」にお邪魔したことがあるのですが、レストラン事業も御社が運営されているのですか?
寺田 :実は、レストラン事業だけは別で、私の弟が自ら起業して挑戦している事業です。私たちにとってはテナントという関係性になります。一方で、ファミリーなので、「この街に必要な要素はなにか?」と話し合って一緒に進めています。
天王洲はバブル期にオフィスが林立し、「丸の内や大手町がいきなり天王洲にできた」という雰囲気になってしまいました。今でこそレジデンスも増えてきましたが、オフィスばかりが増えすぎると、商業テナント、つまりレストランのような人を引きつける施設には平日の昼間ぐらいしか需要がなく、土日は人がほとんどいない、という状況になってしまいます。
そうした天王洲の15〜20年前の姿を見ていて、あの地に根差した事業をやってきた私たちとしては、「街全体の活性化をしていくことが、僕らにとっても生きる道だ」と思い、常に人がいる街を作ろうと、10年程前から取り組みを始めました。
コンテンツを作り込んで街を活性化する方法は2つあり、一つはくしくもバブル期の街づくりのキーワードが元になっています。そこから「アートになる島 ハートのある街 TENNOZ ISLE」というコンセプトで再開発を始めることになるのですが、私たち自身もアートの保管をずっとやっていたものですから、アートという軸で街を活性化できないかと考え始めることは自然な流れでもありました。
単純に不動産をデザイン性のあるオフィスやショールームなどにしてテナントを入れる、というやり方を越え、クオリティーの高いイベントに対応しうる倉庫空間や、芸術文化を発信する施設を創造することにより、街全体の活性化をめざしました。日本を代表するギャラリーに入居いただいた国内最大級のギャラリーコンプレックス「TERRADA ART COMPLEX」や、毎月100点以上の若手の作品を入れ替えて展示、販売する「WHAT CAFE」など「ここにくればアートを買える」環境を作りました。アートカフェもそうですが、私たちは街づくりにアートを使うのではなく、アート業界全体を押し上げるサービスを、この天王洲を起点として様々な形でやっていこうとしている、と言えるかもしれません。
こうやってそれぞれの要素を組み合わせていくことで自然に人が訪れ、そこで商業全体の活性化も進み、街全体が魅力を増していく。そうすると、テナントの誘致策も徐々に変わっていくと見ています。これからは、天王洲から近隣に向けて、全体の活性化の輪をちょっとずつ広げていきたいとも考えています。そうしたことから、今はひたすらその上流やデジタルについての研究を始めています。
デジタル化と好奇心・想像力はビジネスの可能性を広げる
茶谷 :最近はアートの世界にもブロックチェーンが取り入れられて随分変化が起こりつつあります。今後デジタルを使ってさらに挑戦してみたいと思われている分野はありますか?
寺田 :そうですね、当然のことながら、これから先、NFT(Non-fungible token)のような新しい技術を使って伸びてくる要素はあると思いますし、楽しみにしています。
しかし一方で、やはりアナログの持つ力、本当の名画を見た時に感じる力といったものはライフスタイルの中でも非常に貴重な価値をもたらすものだと思っています。
ただ、非常に大きいと言われているギャラリーでも実際はさほど大きくはなく、個々のギャラリーが努力をしながら業界全体が少しずつ成長しているという状況です。欧米と比べるとまだまだ可能性が最大化されていない、と言えると思います。それというのも、欧米ではメガギャラリーができていて、圧倒的に効率的なオペレーションとグローバルなマーケティングでアーティストをどんどん羽ばたかせる仕組みが存在しているからです。
これに対して日本はまだまだ非常にアナログな世界観が残っています。その方々がこれから先、一気にマーケティングをして伸びていけるようなプラットフォームを提供していきたいと考えています。私達がアートを最適な環境下でお預かりし、デジタル化を推進することが、アートをデジタルに広げる世界を形成する一助となるのです。
もう一つ挑戦したいと考えていることは、これが個人的には最も興味があることなのですが、「人の好みを可視化する」ということです。実はちょうど今、いろいろな形で実験をしているところです。最初の段階は、データマイニング系の会社の経営者らと議論をしていたのですが、その結果「やはりアートをどうタグ化していくか?」ということをベースとして研究せざるを得ないと気付いたので、今は文化人類学者や心理学者との対話を重ねているところです。
この挑戦は、予算の中で自分好みなデジタルを使ってアートを探す、ということをどうやって実現できるか? というテーマに沿っています。しかし、やはり見えないものを見えるようにするのは難しいですね。
茶谷 :以前、「プレイステーション・ポータブル(PSP)」にはミュージックセレンディピティエンジンというものがありました。それは、音楽コンテンツの特徴を分解しておいて、特徴が近い、似たような音楽に近付けるよう促す、というものです。そうした仕組みを作りはしたのですが、それと人間とのマッチングが難しいことでした。そうした経験があるので、人間の好みのタグ化というのは非常に面白く感じます。
寺田 :そうですね。本来、アートのような視覚的な情報は一番AIが処理しやすいとされていますが、人の好みは相当難しい、と感じています。
茶谷 :人間の好みは一貫性がないですからね。
寺田 :そうなのです。ただ、大きく分けるとモノを分類するという世界観と人を分類するという世界観の両方にタグをつけておいて、それをマッチングすることがおそらく最終的なゴールになるのだろう、と考えています。
茶谷 :そういった取り組みは産学連携でやっておられるのですか?
寺田 :産学連携ですが、「この人がいればこれができるだろう」ということで声を掛けるという、少しプライベートな関係性で取り組んでいます。今は粛々とプロジェクトを進めていますが、もし私と同じように「人の好みを可視化する」という視点で取り組み始めれば、もっと実験や研究が進む部分があると思っています。
人の好みの可視化というのはアートとの出会いだけでなく、ファッションやインテリアなど別のジャンルの可能性も広げることになると想像しています。これは既存のリコメンデーションエンジンとは別の軸だと言えます。
マーケティングの世界でリコメンデーション機能の進化というのは大事だと思いますが、私が今やっていることは、どちらかというと一人ひとりへのパーソナライゼーションが大きな目的です。個々の人格にどれだけフラグを立てられるか、という話になって、その一つの実験が人の好みの可視化なのだと考えています。
茶谷 :特に海外で代表されるアートはある意味で検索しにくいですからね。
寺田 :データとして全アートが存在しているわけではありませんし、それを言語で引っ張ってくるのも非常に難しいものです。だから、今私たちはお預かりしているものを私たちのコストでどんどんデジタル化させていただいています。
茶谷 :確かに、最近はメトロポリタン美術館なども全コレクションをデジタル化し始めているので、学習データが作りやすい環境になりつつありますしね。
寺田 :その通りです。ルーブルも社団法人で所蔵しているアートをデジタル化しているので、それらを活用して、そのデータに対してどんな「答え」を出せるのかという実験をやっていけたら、と思います。
茶谷 :そうすると自分好みのアートを作ってくれる、ということもできるかもしれませんね。昔で言う、宮廷画家みたいなイメージです。
寺田 :そうですね。ちょっとアートの話を深掘りすると、日本のアーティストでプロとして活動していて、さらにその収入だけで生活が成り立っている人は全体の3%くらいしかいないと言われています。それは日本の商業構造上どうしようもないところがあります。
一生懸命制作しても生み出せるのは50〜100作品くらいでしょう。一点あたり5万円〜10万円でしか売れず、さらに売れた場合のギャラリーのコミッションを考えると、200万円〜400万円くらいが手元に残る、という生活になってしまいます。
茶谷 :経済的には相当厳しい状況に置かれますね。これでは生活もままなりませんね。
寺田 :そうなんです。一方で、この人たちのアートがだいたい年間50点以上売れるとして、1点10万円〜15万、20万円ぐらいで売り買いされると、それで十分生活が出来るようになります。もっと簡単に言えば、1人のアーティストに100人くらい「描いて欲しい、作って欲しい」と思う人を生み出し、相場を上げていけばいいわけです。
100万円超から1000万円レベルのアートを購入するとなると、世界の評価やプロの評価がどうか気になるでしょうが、20万円から30万円ぐらいの価格なら、好きか嫌いかで購入を決められると思います。もちろん自分が買ったアーティストの価値がその後、上がっていってくれたらそれはとても嬉しいですよね。
そうした世界観はCGM(Consumer Generated Media)的に考えても作れるのではないか、と見ています。だから、私たちは今、3%と言われている「食べていけるアーティスト」が10%になるように全力で支援し、必然的にマーケットが広がり、ベースとして彼らが「アートを生業に生活できる」環境を作ろうとしています。それによって現代アートの原点である「新しいことへの挑戦」が可能な時間とお金が生まれ、その中から突然変異なアートが生まれる可能性が出てくると想像しています。
茶谷 :最近はアート思考の重要性が話題になっていますし、自分も痛感する部分があります。そうしてアートの市場を育てていくのは大事なことですね。
寺田 :そこに関して言うと、教育は原点ですよね。日本と欧米におけるアートの教育機会について、大きな違いの一つが「鑑賞する」という教育の有無です。日本では、「写せ」とか「描け」と言われ、それが美術だという発想が基本になっています。
しかし、欧米においては鑑賞することが美術の学びの基礎になっています。そういうことによって必然的にアートを見る目やアート的感覚を育てていくわけです。
そこで、私たちも「教育的なプラットフォームはどう成り立つのか?」と考え、寺田倉庫のミュージアムに近隣の小学生を招待してみるなど、プロジェクトを始めています。これは絶対必要なことなので、国を含めてそうした働きかけをしていこうと考えています。
茶谷 :私もアーティストというにはおこがましいのですが、年に1回書道の作品を発表しています。国立新美術館の書展があって、最初の7年間は古典をそのまま写したものを出しましたが、ここ4年くらいは自分で決めた文字を書いています。そうすると、創作の文字の方が楽しいと感じますし、創作がアートの基本というか、自分で好きな作品を作るということがすごく大事だと感じます。
寺田 :インスピレーションを大事にする、ということですね。
デジタルでビジネスの可能性を広げた先に目指す姿
茶谷 :ここまで寺田倉庫が歩んできた変遷やその本質を伺ってきましたが、50年後や100年後の寺田倉庫の将来はどうなっていくのでしょうか?
寺田 :これまでの取り組みもすべてが掛け算の発想で進んでいます。そして、天王洲で一つの形ができたら、次は天王洲を離れたところでの街づくりを手掛けてみたいと思っています。それに必要な要素、例えばアートを飾る手法やアートを使ったバトルのようなものなど、そういうコンテンツを使った街おこしもできますし、アートやデザインを組み合わせることによる空間作りも可能でしょう。
できれば、地方の離れた場所に観光拠点を創設するというよりは、地域と共生する“何か”を作っていきたいですね。今あるものを再利用して、より良いものに変えていく、といった街づくりが実際に新しく3ヶ所で始まっています。
茶谷 :そういう時、一番の障壁はどういったものでしょうか?
寺田 :難しいところですが、やはり決める側のマインドでしょうか。人を惹きつけるコンテンツで観光客をたくさん呼び込むと言っても、結局それが街全体に中長期的にどれだけ恩恵をもたらすかというと、逆にそこが買い物の集中地になり、そこで得た利益が地元ではなく大企業に還元されてしまうことを実際に想像して審査することが大切です。
審査会は学校の先生や会計士の先生らがいらっしゃることが多いのですが、本当にその地区や地域のことを考えているのか不安に感じることはあります。「審査はなるべく第三者が」と考えられていますが、その「第三者の選び方はどうなのだろうか?」という疑問は、地域創生で頑張ってらっしゃる様々な方とディスカッションすると常に出てきます。
茶谷 :監査法人的に考えると、そういう選び方の正しさが将来の監査対象になるかもしれませんね。
寺田 :そうだと思います。中長期で本当に地元に恩恵がもたらされる仕組みになっているかどうか? 例えば、ある企業は地域で展開するにあたり、地元との共生を考えて、自分たちの販売スペースを作る際に必ずその3分の1ぐらいのスペースを地元のものを売る場にし、地元に還元していらっしゃいます。
そうやって地域の人たちが恩恵をこうむる形がどんどん進んでいけばいいと思うのですが、今でも新しくハコ(建物)を建てて大きなショッピングセンターにして、という話があります。それでは地元への恩恵は雇用だけということになってしまうでしょうし、それはやはり避けるべきでしょう。
他方、国や行政も「全てを救おう」という感覚をある意味で捨てるべきだと思います。要は自分たちの中で救うべきところをはっきりさせて、そこに全力で支援を投じていくというやり方をしない限り、救うことそのものが難しくなるのではないか、ということです。
だから、私は今の地方創生の取り組みは少し的外れで、政治手法も含め、反対する人をなくしていこうという流れは勢いを削ぐ要因なのではないか、と思っています。そういう意味では、マクロな視点になりますが、民主主義という言葉を再定義し、本当の民主主義とは何かを考え直す必要があるのかもしれません。
茶谷 :ビジネスのあり方を変えると様々な問題点が見えてきて、挑戦するテーマがさらに広がってきますね。最後に、そうした新しい視点をどうやって生んでいるのか、教えていただけますか?
寺田 :私は、どんな会社でどんなサービスをやっていっても、捻りに捻れば必ず良いソリューションがあると思っています。
顧客に対して、「今はないけど、これがあることによってさらにニーズを満たすことができる」という何かを追求し続けることができれば、こんな“アナログな会社”でも挑戦ができているので、やはり経営者はそうした視点を持つことが大切です。
プロジェクトについてはやはりトップが考えることが多いと思いますが、従業員に新しい挑戦をさせ続けるということは、その新しい挑戦を思い浮かべた従業員の先を行くセンスと能力が経営者には求められます。そのセンスや能力が結局のところ一つの会社の哲学として伝播していきながら、新しいモノを見出す人が育つ仕組みになり、最終的に社会に存続する企業になっていく気がします。
例えば寺田倉庫の場合、ネタ出しは私ですが、それを実現するにはどうするかといったことは繰り返しボールを投げ合うように議論して最終的な形を作っていきます。その際にはお互いがボールを受け取れるだけの能力とセンスが必要ですし、その議論の中で「常に新しいモノを生み出してやろう」という思いがすごく大事なのだと考えています。
対談者プロフィール
寺田航平
寺田倉庫株式会社代表取締役社長CEO
慶応義塾大学法学部法律学科を卒業後、1993年に三菱商事株式会社に入社。2000年にデータセンター事業の株式会社ビットアイルを設立し、代表取締役に就任。
2006年大阪証券取引所ヘラクレス市場(現JASDAQスタンダード市場)上場、2013年7月東京証券取引所第一部上場を果たす。2015年に同事業世界最大手である米Equinix Inc.のTOBを受け上場を廃止し、
エクイニクス・ジャパン株式会社取締役COOに就任。2018年6月には家業である寺田倉庫株式会社取締役社長に、翌年6月には代表取締役社長に就任し、現在に至る。その他、経済同友会幹事、ベトナムオフショア事業大手の株式会社コウェルの代表取締役会長、株式会社イーブックイニシアティブジャパン及び株式会社マーケットエンタープライズの社外取締役、個人投資先として株式会社モブキャストホールディングス、アライドアーキテクツ株式会社など、多数のベンチャー企業にてアドバイザーを兼任。
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