クラウド、AI、ブロックチェーン、そしてIoTといった先端技術だけでなく、データサイエンス、データの可視化、クラウドアーキテクチャ、システムセキュリティなどの各デジタル領域の専門家が集うKPMG Ignition Tokyo(KIT)では、KPMGジャパンがこれまで培ってきた専門的知見と最新デジタル技術をどのように融合させることができるかを、常に「妄想・空想」をしてイメージを膨らませています。
今回もKITの茶谷とティムがデジタル経営の“水先案内人”として、監査業務の展望をあずさ監査法人の丸田部長と語りました。
監査の対象にESG・SDGsへの取り組みが加わる可能性も…?
(株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之(右)、あずさ監査法人 Digital Innovation部 丸田健太郎部長(中央)、株式会社KPMG Ignition Tokyo取締役 パートナー ティム・デンリ(左))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。
茶谷: 「ポストコロナ時代に向けて世界の動向・経営の変化・ビジネスパーソンの振る舞いはこう変わる」で少し議論をしましたが、監査領域でのデジタル化は今後どうなっていくと思いますか?
デンリ: 先日、KPMGインターナショナルの会長であるビル・トーマスと話している時、彼は「監査は変わる」とはっきり言っていました。さらに彼は、ESGアジェンダになっていく、とも言っていました。
監査の本質は、理解しづらいとされている対象を、第三者が入って専門的な立場で確認し、結果的に「第三者である私達を信頼しているのであればこれは正しい」と宣言することだと言えます。
会計には150年の歴史がありますが、その当時、「お金はこれだけあります。これだけ儲けましたと企業は言っているけど、ホンマかい!?」ということから会計監査が始まったとするなら、これから先は社会的に重要とされるESGやSDGsが監査の対象となっていくことになると思います。
例えば、最近は「二酸化炭素の排出量削減をこれだけやっています」と企業がアナウンスするようになりましたが、それを第三者が検証することはまだ正確にはできていません。二酸化炭素の排出量やその他の企業ごとのESG達成目標について、統合報告書で出された内容について「ホンマかい!?」と検証するようなことが監査業務に組み込まれて行く可能性はあると思っています。
茶谷: 会計が始まったときは、プロフィットとレベニューというある意味「企業の体温を見ているだけ」でしたが、もっと細かく異なるパラメーターで企業のヘルスチェックをすることになる、ということでしょうね。
デンリ: 会計ができてキャピタリズムがどんどん進むなかで、監査の必要性が増したのと同様に、環境アジェンダの登場に対して反科学的にそれを説明するための手段が必要になります。そのニーズに対し、これまで監査を行ない経験と実績による信頼を得てきたKPMGジャパンなら、十分に対応することができると思います。
茶谷: ただ、今の監査業務で必要とされているスキルとは違うスキルが必要になりそうに感じます。
デンリ: とはいえ、考え方は似ているでしょう。アシュアランスという概念においては、そこまで大きくは違わないと言えます。ただ、監査の対象は数字とは限らないので、獲得すべきスキルが変わってくるはずです。数字を見るだけならヒトではなくAIでも可能になります。それは避けることのできない現実だと思いますので、業界に携わる人達は変わっていかないといけないですね。
コロナ禍で監査の世界はどう変わったか?
丸田: 監査に限らず、新型コロナウイルスによる影響とリーマンショックや東日本大震災による影響を比較する向きがあります。しかし、過去の2つの出来事では、ビジネスの中身というよりも金融業界等への局所的なインパクトの方が大きかったと言えます。それに比べ、新型コロナウイルスは全世界の全産業に影響が及んでいます。より本質的な問題に直面していると言えるでしょう。
茶谷: 確かに、外出制限や学校休校、在宅テレワークなどほとんどの人に影響があり、インパクトが大きかったですね。
丸田: 東日本大震災の時はどちらかというとインフラ面や通信環境などに影響が集中したと思います。あの時にあったテクノロジーは今思うと限定的で、それが受けた影響も「ケータイが繋がらない」といった限定的なことだったように感じます。
デンリ: 私はリーマンショックや東日本大震災、新型コロナウイルスを大手町界隈で経験しました。その中で感じるのは、このコロナ禍はより根本的な部分を変えるような力を持っている、ということです。例えば、いまだにグローバルでの物理的会合が復活せず、オンライン会合を実施している状況などはしばらく続くと考えられます。これは一つの例ですが、今後はますますビジネスのやり方を変えていく必要があります。
丸田: 私自身の働き方の変化という意味では、3月の前半くらいまでは「出張に行くな」といった制約が多くて、「本当にこんな状況でビジネスや監査業務ができるのか?」と思ったほどでした。しかし、今ではコロナ禍以前のことがどうだったのか、思い出せないようになってきました。
デンリ: 以前は少し考え方が甘かったのかもしれません。人間としてできることをそこまで想像していなかったのかもしれませんね。
丸田: そうですね。出張や外出が制限された当初は凄く抵抗感がありましたが、今はもうそれが当たり前で、その前提で「どうやっていくか?」を考えるようになっています。しかし、「必要なテクノロジーがない状況」や「大規模災害でオンライン会議などを使用できない状況」では、対応が全く異なると思います。
デンリ: 今の状況に対応するための準備は実はすでに出来ていたのかもしれません。「オンライン会議システムの導入など、デジタルシフトが予定より3年早まった」といった話がよく聞かれますが、コロナ禍によって、これまで準備していたものが一気に実装された、と言えるでしょう。
茶谷: 本来3年かかると見積もっていたのに3週間足らずで達成できたというのは、以前は導入に抵抗していた人がいたのかもしれません。
デンリ: 私はこれまで、デジタル・ディスラプションについて多くの場で語ってきました。「デジタル・ネイティブの人達によって、デジタル・ディスラプションがあなたのビジネスでも起こりますよ」と、経営者たちに訴えてきたわけです。しかし、新型コロナウイルスによる社会変化を見て、これが完全に間違っていたと気付きました。
ディスラプションはどこからでもやってくるし、今回はデジタルを起点にしたディスラプションではなかった。
丸田: 確かに、今ではデジタルを進めるにあたってディスラプションが必要だとは誰も考えていないかもしれません。逆に、この環境を良くするものがあるなら何でも取り入れよう、という意識が高まっているように感じます。
デンリ: おそらく、このタイミングでデジタルの波に乗れる人が勝ち抜いていけるのだと思います。乗り遅れた人はだんだん衰退していく、というのが見えてきた気がします。
茶谷: デジタルはあくまでもツールなので、上手く使えたもの勝ち、というところがあります。いかに自然な形で浸透させることができるかが大切です。また、ニューノーマルの実践と言いつつ以前のノーマルに戻る、となると、それは話が違います。
監査業務のデジタル化は可能か? ヒトが判断力を養う訓練の機会は?
茶谷: ニューノーマルの話題が出ましたが、新型コロナウイルスの影響で監査業務に変化はありましたか?
丸田: クライアントとの信頼感という話が冒頭にありましたが、ここは重要です。監査業務では、「クライアントが正しいことを言っていないかもしれない」といった職業的懐疑心を持ち、注意深く観察して本当に不正がないか見抜くことが求められます。
2020年3月期は新型コロナウイルスによって出張で現地に行けない中でも、監査業務を滞りなく進めなければならない、という状況でした。今回はお互いに信頼関係があったから乗り越えられましたが、来年度以降は、不祥事や問題を見抜けない、お互いが誤解していた、といったコミュニケーションの問題が出てくるかもしれません。
茶谷: 今は「過去に築いてきた信頼資産を食いつぶしている状態だから、また新たに積み上げないといけない」という感じでしょうか?
丸田: クライアントもこちら側もお互いにそう思っていると言えます。監査の場合、情報やデータで判断することが多くなってきていますが、それでもやはり、コンテクストやデータを理解する方法をしっかりと教えてもらわなければ間違ってしまうこともあります。ですので、フルデジタル・フルリモートへのシフトにはもう少し時間がかかるだろう、と感じています。
どのような能力がデジタル化され、どのような能力を高めるべきか?
デンリ: 監査がデジタル化される中で、監査人の判断力を養うための機会が減少することはないでしょうか?
丸田: 確かにその機会は少なくなるかもしれません。デジタル化すればデータ量は格段に多くなるので、膨大なデータの中から本当に必要なものにだけフォーカスして、そこを深く掘り下げていくという意味での判断力は高めないといけないと考えています。
デンリ: RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)が流行った時にこの議論は盛んでした。今までは地道な作業を繰り返していくことで判断能力などのスキルが身に付くと言われてきましたが、その作業自体がなくなった時にどういう教育をするのか? という問題が出てきそうだと感じました。
丸田: そこはとても難しいですね。我々だと、最初は本当に倉庫に在庫を数えに行ったり、現金を数えたりして地道な作業を続けることによって徐々に身につけたのですが…。
テクノロジーの進化は「不正の進化」にもなり得る
デンリ: 判断力の話が出たので、監査の分野だと不正の問題にも触れないといけません。最近、ディープフェイクが話題になっていますが、これが新たな不正の温床になる可能性があると見ています。
丸田: コロナ禍と不正はこれからのトピックになると考えています。今年の1〜3月あたりは急にロックダウンになってしまって、不正をやるにも時間がなかったし、不正のプランニングもできなかったと思いますが、今期末まではまだ時間があるので、子会社の不正やデータの改ざんなどには注意を払っています。
茶谷: ネット上での不正はログが残りますが、リアルでの不正は起こりやすい状態かもしれませんね。
デンリ: 不正が起こるきっかけは景気後退が起きた時にそれをカバーする必要が出た時でしょう。経営が厳しい会社は資金調達しないと事業継続が難しくなるので、不正への「モチベーション」が高まってしまうことを懸念しています。
一方、近年あらゆる場面で「不正のパターンなどが分からなくなった」との声が聞かれるようになりました。いかに新しい不正を見つけ出すかが重要でしょう。
「監査法人は性善説」に立たず、ベテラン刑事のように「私が犯人だったらどうする?」というマインドを持つことが肝要です。そして、デジタルの中でどのような不正を起こせるのか、考える必要があるでしょう。
丸田: 昔はそれこそ全てが紙でしたが、会計システムが導入されて監査としても見やすくなった面はあります。そのため、システムへのアクセス権や内部統制のあり方もしっかり監査しよう、ということになりました。そして今、より広くデータが取れるようになったので、データの保管体制やガバナンスを監査することでデータを直接書き換えるような不正に対処しようとしています。そう考えると、ある意味で、過去から現在までの間に不正のグレードが上がっていているのだと思います。
デンリ: 今後はデータの流れを見て、「このデータはどう考えてもこのルートでは出てこないよね?」といったことを判断できる人が必要になりますね。例えば、「POSデータの全データはこうなっています」と示された時、「こうはならない!」と判断できる知識がある人材が必要になる、ということです。
茶谷: もし不正がバレてしまったら、相手からすればランサムウェアを送り込めばデータが人質にもなりますしね。
デンリ: 不正だけでなく、発覚後の逃げ方や見えなくする方法はたくさんありそうです。
茶谷: 不正データもすぐに作れてしまいますしね。
デンリ: 確かに、私達もシステムをテストするために、偽データを大量に作って調べるようなことをしますからね。
茶谷: それはもう偽札作りと同じで、本物を作る知識や技術がある人は道具の制約があったとしても本物そっくりな偽物を作ることができるものです。
丸田: あずさ監査法人では、テクノロジーでの不正対応を調査・研究しているのですが、本当はタスクフォースを業界で立ち上げるべきなのかもしれないです。6月に経営破綻したドイツのオンライン決済サービス「ワイヤーカード」についても、現金や証明書の発行から偽装されるといった会計不正が行なわれていました。
茶谷: つまり、証拠自体がフェイクだった、ということですね。ただ、今は素人でもフェイクの要素を作ったりすることはできるようになっていると思います。世の中に出てくる不正は氷山の一角であり、データで捕捉率を高めることはできるかもしれませんが、全ては捉えられない。そもそも不正の定義自体も非常に曖昧だと感じます。
丸田: 不正の定義も変わるかもしれません。会計の不正は収益の前倒計上などタイミングとセットのものもあるので、自動的に「治癒」されることもありますし、重要性の問題もあり、すべての重要性のない不正に気付くことも求められているわけではありません。ただ、キャプチャができるようになればそういった不正もより可視化されると見ています。
デンリ: 例えば業界・領域別に不正の特性はあるものですか?
丸田: あります。例えば、ソフトウェア業界や流通業では、架空取引が挙げられます。現金・預金・ポイントという領域もあります。それ以前に業界の商習慣も影響しているかもしれません。ただし、循環取引のような不正は別で、前年度の監査プログラムがちゃんと引き継がれていれば同じタイプの不正はおおよそ捕捉できるようにはなっています。しかし、その場合でも今まで想定してこなかった不正の組み合わせもありえると注意はしています。
デンリ: オプティマイゼーションの分析をすることはありますが、不正オプティマイゼーションの分析をやってみると興味深い結果が見えるかもしれませんね。
丸田: 例えば入出金についてですが、入出の一方だけのデータでは見えない不正も、双方のデータが揃えば今度は計算量の問題なので、量子コンピュータを活用するようなやり方は考えられるかもしれません。
答えを出すより問題定義することの方が重要である
定石を超えるAIに超えられないこと
デンリ: リーマンショックや東日本大震災で何かが変わるかと思いましたが、あまり変わりませんでした。じゃあコロナ禍で何が変わるか? というと、ある人は「法律は何も変わっていない」と言います。一時的な装置は付けられたとしても、これで何かが根本的に変わるというのはまったくない、と言うわけです。そこがポイントで、本当に変わるきっかけになるのか? といことが問われます。
丸田: 変わる部分もあるけれど、変わらない慣習的なものがポストコロナ時代を企業が勝ち抜いていくための大きな要因になる、ということですね。
デンリ: レガシーを守っているのか、レガシーを作っているのかで大きく違いますね。
茶谷: また将棋や囲碁を例として持ち出すと、いわゆる定石といわれる一手はすでに破られていますね。コンピューターで計算してみると、もっといい手が見つかっています。人知を超えた組み合わせ計算はコンピューターが得意とする領域になっていて、これをもう人は超えられなくなっています。
デンリ: AIの動き方はヒトの常識に捉われず、ヒトには考え付かない合理的な考えをしますからね。
茶谷: 監査もある意味で定石が集まっている分野です。ここは宝の山だと考えています。職業的猜疑心を持ってナローダウンしてくことを数値で抑えられていないので、データドリブンで評価するとどう見えるのか? 非常に興味があります。
これは病気の治し方と同じではないでしょうか? この薬を処方すると熱が下がる、というのが対症療法として分かっているからそれを処方する、という定石がありますが、一人ひとりのDNAで診るともっと違うアプローチがあるのかもしれません。
監査におけるリスクのミニマイズも、今まで定石と考えられてきたことが本当はそうではなくてもいい、というふうに常識が変わることもあるかもしれません。
丸田: 監査の場合、見るものが数字やデータなので、データの見落としがこれまでにもあったかもしれません。そもそもデータ量が多いので、ビジネスインテリジェンスツールを利用することで可視化し、精度を底上げすることは可能かもしれません。しかし、トップ棋士の判断やカンのようなものは、ツールによって可能になるものではありませんし、全ての監査人ができるわけではありません。
最良のリスクの見つけ方、トランザクションの中からいかに不正や間違いを見つけるか、というカンの部分というのはやはりもう少しデジタル化までに時間がかかりそうに感じます。今やってしまうと膨大なエラーが出て、結局は検証に時間がかかってしまうのではないか、と思います。
茶谷: 情報にもなっていない、インサイトもないただのデータですからね。
丸田: そうですね。ただ、その「ただのデータや数字」にもそれぞれちゃんと意味があって、掘り下げていくと「何かおかしい」という結果になり得るわけです。
デンリ: 点と点を結んでいって、因果関係を見つけるということなのでしょう。VRの三次元で数字をみると、違う角度から数字を見られるので「これ何かおかしい!」というものが見えるようになるかもしれません。そういったデータを表現するクリエイティビティをどう発揮するかが重要だと思います。
ヒトの仕事をAIが“奪った”後はどうなるか?
デンリ: さて、ある程度デジタル化が進んだと仮定して、5年後に同じボリュームの仕事を今と同じ人数で行なうか、という点にも興味があります。いかがでしょうか?
茶谷: 「問題定義は仕事、それ以外は作業」とするなら、8割はデジタル化できるかもしれません。そうすると余剰のリソースで新規案件を取ってくる、というふうになるのでしょうか?
丸田: 付加価値のある仕事をやっていくことにも目を向けたいですね。日本の労働生産性が低いと言われているのはまさにそうした部分だと思います。
デンリ: 私も人を減らすという話ではなく、さらに人がやるべき付加価値に注力していくという、ある意味で利益率を高くしていくということだと思いますし、そのために投資をしっかり行ない、それをさらに良いサイクルに繋げていくことが求められると思います。
丸田: そうでなければ経済成長にはならないですからね。日本がずっと低成長で生産性が上がらないと言われていますが、コロナ禍はそれらを挽回するチャンスなのかもしれません。
テクノロジーは監査の世界にどう組み込まれるか?
茶谷: 生産性の向上には物理的制約を解き放つことがすごく重要です。監査報告書の対応だったら、本人が必ず行なう必要はないし、相手が良いと言えば、アバターが報告書を読み上げてその間は他の仕事をすることもできるでしょう。
丸田: 確かに、対外的なIRや株主総会はできるかもしれませんね。
茶谷: さらに、読み上げられている内容のうち、専門用語が出てきたらチャットで用語解説が表示されたり、関係先の名前が出てきたらその会社情報が表示される、というふうになれば内容の理解も深まるのではないでしょうか。
今は音声認識が十分ではない部分もありますが、ブラッシュアップすればデジタル化された音声情報の関連キーワードをweb検索して表示させることはできるはずです。
丸田: IRの発表や株主総会に限らず、相手が言っていることを認識して表示し、関連データを出すようになると、今までの「持ち帰って調べて、また質問して」というのがその場で解決できますね。そうなると生産性はとても高くなりそうです。
デンリ: そう考えると、3〜5年後には付加価値が付く機能が増えていくでしょう。そういった進化は、まずゲームの世界で行なわれる傾向があります。今、ゲームを楽しみながら会話することは実際にできているので、監査をはじめ、ビジネスにもその方法が持ち込まれることになると思います。そうなれば世界がより身近に感じられるようになると思います。
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