デジタル技術は今後、ガバナンス構築やオペレーティングモデルの最適化、新規事業開発など、経営のあらゆる領域に浸透していくと考えられます。しかし、それらを真の意味で成功させるには、自社にとってのデジタル技術の使い方を定義するプロセスが不可欠です。その過程は企業創業のプロセスにもよく似ています。

では、会社の存在意義や事業目的など、根本的なテーマに目を向け始めた企業にとって、パートナーであるコンサルティング会社との関係性はどのように変容していくのか?デジタル経営の“水先案内人”であるKPMG Ignition Tokyo(KIT)の茶谷とティムが、その展望をKPMGコンサルティングの松本パートナーと語りました。

サイエンスとアートの融合で企業の課題を解決するために

Tim、松本、茶谷

(株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之(右)、KPMGジャパン マネジメントコンサルティング統括パートナー松本剛(中央)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 取締役 パートナー ティム・デンリ(左))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷:          企業の課題に合わせてコンサルティング内容は個別化すると思っているのですが、デジタル化はコンサルティングをどう変えると見ていますか? 

デンリ:       まず、現状を整理してみましょう。企業が大きなコンサルティング会社にアドバイザリーを頼むのは、そのコンサルティング会社がこれまで横断的に様々な企業や極端にいうと競合企業の似たような課題を解決してきたから、自分たちの課題も解決してくれるだろう、と期待してのことだと思います。それに合わせてコンサルティング会社側も多くの場合、過去の経験や成果物をテンプレ化し、「このような案件でこのように解決したから、この要素を参考にして…」というやり方で対応してきました。

実際に、私がコンサルタントとして活動を始めた頃は、案件ごとの関連資料を山のように渡されて、それを自分でファイリングし、同じような案件がきたら自分で過去の資料を探して「これとこれを組み合わせたらこう使えるよね」と構成してきたものです。

ただ、これではファイリングの仕組みや記憶力で対応に限界がきてしまいます。そうした部分がまず、デジタル化で徐々に変わっていくことになるでしょう。そうした作業は資料をデータベース化してキーワードをキレイにルール化して整理すれば、より早く確実に最適なものを取り出せる、というわけです。

さらに、組織の中で過去の資料をアセット化すれば、自分が知らないもっと最適な過去の事例を参考にすることもできます。このようなナレッジ・マネジメントの必要性は高まっていますし、戦略系のコンサルティング会社を見ていると、ナレッジ・マネジメントをきちんとしている会社は成功しているように感じます。

そうした企業は、優秀なトップ層への投資の仕方をナレッジ・マネジメントにシフトさせ、社内に集まっているすべての知識や情報をキュレーションし、必要なものをすぐに見つけられるようにサポートする部隊を編成することで大きなインパクトを生み出した、と見られます。

茶谷:          確かに、プロフェッショナルの頭の中にある知見がマシンプロセッサブルになっていると、コンピュータでも処理しやすくなりますからね。これからは組織全体をいかにその状態に導いていくかが今後を左右することになりそうです。

デンリ:       知恵や知識として存在することをマシンで動かせるようにすることと、人としてのケーパビリティをもっと柔軟に生かせるようにすること。この2つがとても重要で、デジタル化でもやはり最後まで人の仕事は残ると考えています。

茶谷:          では、企業は現在、どのようにデジタル化を進めようとしているのか、コンサルティング業務はどう対応しようとしているのか? KPMGコンサルティングのマネジメントコンサルティング統括パートナー 松本剛さんと話しながら、そのあたりを深めていきましょう。

新型コロナウイルスによって明らかになった企業のデジタル化へのスタンス

茶谷:          コンサルティング業務において、新型コロナウイルスの問題が起こる前と後で変わったことはありますか?

松本:          いわゆる“止血ビジネス”は最も変化が大きかったと思います。サイバーセキュリティや、諸外国に比べて明らかに遅れをとっているリモートオフィス環境などについてのトランスフォーメーションのニーズが高まっています。しかし、それらが本質的な問題解決に繋がるというわけではなく、「とりあえずリモートワークするためのアドバイスをください」とか、それに付随して、人事評価をどう変えるか、あるいはジョブ型の仕事を進める方法といったことのまずはビジネスを止めない事を目的とした議論が活発になっています。それ自体は良い話なのですが、付け焼き刃的な議論に陥りかねないと懸念しています。

一方で、コロナ禍でサプライチェーンが分断されるなど、経営上のリスクに対して「ポストコロナ時代に向けて最適化させましょう」という本質的な議論を持ちかけても、それにはまだ及び腰な雰囲気になっています。現状は稟議が通りやすい可及的速やかなアジェンダに注目が集まっている、ということでしょう。

茶谷

ただし、現場レベルの部長級の方々は危機意識を持っていて、本質的な議論を進めようとはしています。しかし、会社の決済段階になると「少し待とう」となってしまいがちです。

そうした事情を知ると、コロナ禍が本当の意味で何らかのトランスフォーメーションのきっかけになると捉えている企業はまだ必ずしも多くないのかもしれない、との見方もできそうです。

デンリ:       現場で危機感が止まってしまっている、ということですね。

松本:          そうです。一方で、消費財やリテールについては、分野によってはこのコロナ禍でも業績が伸びています。そういったところでは、ユーザーエクスペリエンス(UX)の見直しに本腰を入れる動きも出始めています。
 

今、必要なのはサイエンスに対するリテラシー

松本

松本:          近頃、データアナリシスが一般的に浸透し、エストニアのように、テクノロジーのスペック自体は必ずしも高くないけど、政府と民間が一体になってインフラを作っている例は世界を見渡せばいくつも出てきました。

しかし、日本ではまだうまく実用化されていない、というように見ています。コロナ禍がきっかけになって、データドリブンな経営や行政改革が起こるとの見方もありますが、そこにはボトルネックがたくさんあり、本当に実現するかどうか微妙なところです。この点について茶谷さんやティムさんはどう考えていますか?

茶谷:          全般的にサイエンスに対するリテラシーが高くないことがいろんなハードルになっているように感じています。もっと科学的に、ロジカルにやれば優先順位も決まると思うのですが、伝統や感情といったものを議論の俎上に載せる向きもあり、ロジカルで合理的な判断の妨げになっている、と見ています。

デンリ:       テクノロジーへの感動というか、「ここまできている!」と思っていることの現実と認識のギャップにズレがあるのかもしれません。また、目指すべき最高の状態に至るまでの道筋がちょっとブレているようにも思います。

例えば、iPhoneの実物を見て、手で触って体験するまで、「キーボードもボタンもないiPhoneがどれだけ良いものなのか?」分からなかったですよね。デジタル経営やテクノロジーの利活用などについて、経営者はまさにiPhoneを見る前のような状態にあるのではないでしょうか。

松本:          経営においても科学的に適切なゴール設定が必要、ということですね。それにあたってテクノロジーは当然、大きな役割を果たすと思いますし、そうしたプロセスにおいてアプリカビリティ(妥当性)を重視する風潮が高まれば、と思っています。

他方、テクノロジーの使われ方について考えてみると、これまではインクリメンタル(積み重ね)によってスピードを上げる、といった体験が多く、エクスポネンシャル(指数関数的)な活用のされ方はしてこなかったように感じます。

今後、例えば、量子コンピューティングくらいぶっ飛んだコンセプトが実用化されれば別ですが、ビジネス・アプリケーションはどうなっていくのか、常に疑問に感じています。この点はどう考えていらっしゃいますか?

デンリ:       これまで、すべて手書きだった書類がワープロに代替され、パソコン、インターネットと1つずつ進化してきました。近年は5Gやエッジコンピューティング、データ解析などが登場していますが、これらを “掛け算”のように繋ぎ合わせて捉える必要があります。しかし、ひとつずつを“バズワード”として捉えるだけで終わらせず、“掛け算”する意識や組織の力が日本企業では特にまだ育っていないように思います。

松本:          それは組織力なのでしょうか?

デンリ:       私は組織力だと考えています。例えば製造業なら、IoTの部門は現場ラインとは話をしますが、IoTで得たデータの解析は違う部署が担当していることが多々ありますよね。その2つが繋がらず、それぞれ個別に議論を進めることが多いかな、と見ています。また、CDO(Chief Digital Officer)がいないことも問題でしょう。

CDOには、3つのタイプがいて、マーケ部門に所属してデジタルマーケティングを統括するタイプと、CIO(Chief Information Officer)の下にいてCTO(Chief Technical Officer)に近い役割を果たすタイプ、社長の横でテクノロジーを横断的にどう利活用していくか考えるタイプ、と分けられます。3つ目のタイプの人材がまだ日本には少ないのではないでしょうか。そのため、デジタル技術を経営に取り入れていく、という考え方が少ないような印象を受けます。

デジタル経営に欠かせないCDOと技術負債をマネジメントする能力

松本:          茶谷さんはKPMGジャパンのCDOでもありますが、今企業に求められるCDOとしての役割にはどのようなものが挙げられるでしょうか?

茶谷:          今ならまさに、DXをドライブすることが求められているのだと思っています。その際、同じくらい重要なのは、これまでの間に積み上がってきた技術負債をいかに捨てつつ、新しいものを積み上げていくか? という判断だと考えています。

それは人材についても同じです。対象となる人材に次に一般化するデジタルに必要なスキルセットをどう身につけて成長させていくか、あるいは新たな人材を採用するか、いずれにするかはさておき、デジタル化によって人材も変えていかなくてはならないでしょう。

つまり、次の世代のデジタルプラットフォームやソリューションを作れたり、使ったりするための人材構成と組織体制、予算の考え方と投資先といったことを決めていくのがCDOの重要な役割です。

Tim、松本、茶谷

デンリ:       日本は特に、技術負債の存在をよく理解し、意識する必要があると思います。技術負債という表現を聞くと、技術分野で借金を抱えているように感じ、ネガティブに捉える向きもあるかもしれません。しかし、そもそも「借金があること」自体を把握していない企業も少なくないでしょう。

借金があること自体は必ずしも悪いとは言えませんが、意識して管理することは極めて重要で、それができないとなると話は別です。技術負債の管理は経営マターであり、ガバナンスの一環として対応すべきです。社内の技術に関するポートフォリオが見えてないし、社内にある技術について「これは良いものなのか、負債なのか、今後使い続けるのか?」という道筋がないことは問題です。

松本:          技術負債の扱いについて、海外ではコストとして処理する場合もあるようです。また、それに携わる技術者についても「自社ではもうフィットしないけれど、別の会社では歓迎される」ということで転職を促す場合もあるとか。

しかし、日本では終身雇用制度や労働規約によって人材の流動性がなく、フィットしない人材を働かせる場所を確保し、雇用を維持することが会社にとってのミッションになっている部分もあるように見えます。ただ、そうした対応に経営資源を使い、かつ、新しいテクノロジーや収益を生むための投資も行なうことは日本企業にとって可能なのでしょうか?

茶谷:          参考として、私が『プレイステーションシリーズ』に携わっていた時、テクノロジーへの投資比率をクロスオーバーさせたことがありました。『プレイステーション』はもともと半導体に集中したビジネスで、その上にソフトウェアを載せる、という構造でした。また、PS3はのちに世界一のスパコンに搭載されたCPUを開発するといった半導体開発的にも意欲的なプロジェクトでした。

しかし、PS3の直後からはソフトやネットワークに重要性を見出し、資金や人材の投資を集中させるように投資ポートフォリオを組み替えたのです。その影響で

半導体のマネジメントからソフトウェアのマネジメントに異動する、ということもありました。本人としては承諾しづらいこともあったかもしれませんが…。

松本:          それは面白いですね。ただスキルセット的に容易に再教育してニーズの高い人材を持ち続けるというのは実現可能なものなのでしょうか?

茶谷:          もともと半導体の設計はソフトを用いて行なうので、上流である半導体の知識がある人は下流のことを理解することも難しくないと言われています。

デンリ:       半導体とソフトウェアの間にある共通点を見つけて、そこにある可能性を広げる、というイメージですね。そうしたことをきちんとできる経営者がいて、「こうしたらいい」と先行きを示唆することが今後はより重要になるでしょう。

茶谷:          最近だと、オンプレミスからクラウドへ、ハンコから電子承認へ、といった過程でそのような共通点を見つけて次のステップに進んでいくプロセスは必要になると見ています。

どのような時も、積極的に物事を変えようとすれば、過去のものをどう止めていくのか考えることは避けられません。「新しくする上での移行コストはこれくらいで、何を置いておき、どれを捨てるのか? 維持するのか、どこかに任せるのか?」といった整理なしに次には進めないものです。そうでなければ全てが据置きされ、急に期限がきて焦ってしまう、ということになるでしょう。
 

「AIでなんとかしよう症候群」への処方箋

Tim

松本             このところクライアントから、「デジタルネイティブな人材はどう育てたら良い?」「何かデジタル使って新しい事出来ないの?」と端的な答えを求められることが多くなっています。また、「ベンチマークは? 他社事例は?」といった質問を受けることも増えています。ただ、そうしたアプローチの仕方は現状の本質的な課題を解決するのにふさわしいとは思えません。茶谷さんやティムさんもそうした質問をされる機会が多いと思うのですが、いかがでしょうか?

茶谷:          KITに声をかけてきてくれる人にはそういった人はあまりいないんです。ただ、こちらに相談しにくる人に多いのは、経営陣を中心に「AIでなんとかしよう症候群」になっているけれど「何がしたいか?」は不明瞭なまま経営企画の次期経営層に「とにかくなんとかして」と投げられて困っている、というケースです。

そうなった時、多くの場合は「会社の自分探し」をしなくてはいけなくなります。「この会社は社会にとって何になるんだろう?」といった根幹部分が定まっていないとAIは作れないからです。

「歌手になりたい」と言われればボイストレーニングすればいいし、「アスリートになりたい」と言われれば体の動きを教えればいいのですが、「何になりたいのか分かりません」と言われるとどうしようもないのです。つまり、問題を解くより正しい問題を立てる能力はとても大事、ということです。正しい問題でなければ答えにも影響が出てしまいます。

デンリ:       そのためには、過去の延長線上で考えている企業に対して、「目を開く力」をどう注ぐか、という考えが求められていると思います。プロトタイプやデモのような肌感覚で分かる要素を準備して、「そこまでできるのか!」と分かってもらい、その次の段階で今のプロセスやシステムと新しいことをインテグレーションする、という流れです。

松本:          今、私たちの部署内では「RFP(提案書依頼)を出させるな」というキーワードがあります。これは、RFPが出ているということはクライアントの課題が明確ではあるものの、それが往々にして間違ったアプローチや結論になってしまっていることが多いからです。しかし、「稟議も通っているし、予算を使い切りたい」と、どうにもならなくなっている場合も多々見られます。RFPが出る前に声をかけてもらえれば、本当の意味でクライアントが満足する仕事ができる、という意味なのです。

茶谷:          リクエストされるより自分たちでイチから考えた方がもっと良い提案ができて、満足いただける仕事になることは多いですからね。
 

テクノロジーはコンサルティングの世界にどう組み込まれるか?

デンリ:       ここまでの議論を踏まえて、コンサルティングやその先の企業経営にデジタル技術はどう組み込まれていくか、何か見えてきたものはありますか?

松本:          私はリーマンショックの時にも同じような仕事をしていたのですが、その時とコロナ禍で明らかに違うと感じているのは、PDCAサイクルの回転の速さだと思っています。もちろんこれはコロナ禍の影響だけではないのでしょうが、施策を練ったとしても蓋然性を担保することが難しくなっているから、「とりあえずやってみよう!」という傾向が出てきているように思います。また、それを可能にする技術やプラットフォームが出てきてもいます。

あとは、どのツールやソリューションを使うか、という目利きですね。その選定を社内でやるか、外部のパートナーに任せるか、という問題は残るものの、速さの部分は明らかに変わってきていると思っています。

茶谷:          クラウドであればコストも低く、試しやすい環境は整ってきていますね。

松本、茶谷

松本:          そうです。少し前までは「こんなコストかけられないから、気軽に試したりできない」と言っていたことが、今はその議論の必要もなくなってきています。初期投資は格段に低く済みますし、自社に技術ノウハウがなくてもプロジェクトは始められる。 また会社もアジャイルをはじめとするゲートレビューの仕組みを作っているところが多く、ROI(Return on investment)が開始時に明確に分からなくても着手できるからです。

茶谷:          そうなると、松本さんたちのビジネスモデルも変わりそうですか?

松本:          先ほど触れたように、RFPが出る前に声をかけてもらう、という発想は大切で、これは付き合いの長さに由来すると思っています。付き合いの長さというのは単に時間的な長さということではなく、何かキラリと印象に残って光るような濃い関係、という意味です。そこから本質的な課題を聞かせていただくような関係性を構築できれば、と考えています。

デンリ:       「凄く困ってる! 解決してくれる人だと思ったから声をかけた!」と言われるような、困っているときに解決してくれる人として思い浮かぶような関係性、ということですね。

松本:          そうです。そもそも今までのプロジェクトはフェーズごとに仕事を区切って、プロバイダーが自分たちの得意な領域を役割分担して対応してきました。しかし、ユーザーエクスペリエンス(UX)の再考という話になると、プロセスの再構築も同時に走ることになるので、過度に役割分担して仕事を進めるやり方ではクライアントの求めに合わなくなってしまう。一気通貫で仕事する、というモデルが必要になってくる、というわけです。マネジメント・コンサルティングの中にディベロップメントケーパビリティを目利きする力もないと対応できない、と言えます。

一方、企業がAIを導入するにあたって存在意義などを再定義したら、それに合致した組織体制へと変化していくと考えられるので、オペレーティングモデルの組み方も変わってくるでしょう。外部デジタル技術の活用やデータ相互利用を考慮したビジネス・テクノロジーアーキテクチャを設計出来れば良いと考えています。