新型コロナウイルスの影響によって、ここ数ヶ月のうちにテクノロジーがもたらす利点や価値を実体験する機会が増えています。中でも、「密な状態になっている場所はどこか?」という、今まさに知りたい情報を私たちに示してくれる人流データは、その代表格と言えるでしょう。

人流データは、価値はありそうだけれど明確な利用法が見出せなかった「ビッグデータの利活用法」にひとつの道筋を示したと言えます。そして、経営者にとっては、「データドリブン経営への転換」を強く意識させたに違いありません。

本稿では、そんな人流データを提供する株式会社Agoop(アグープ)の代表取締役社長兼CEOである柴山和久氏を迎え、KPMG Ignition Tokyoの茶谷公之と議論を交わした内容をお伝えします。

Agoopの人流データが活用されるようになるまで、どんなチャレンジがあったか?

柴山氏、茶谷

(株式会社Agoop代表取締役社長兼CEO柴山和久氏(左)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之)※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷:          新型コロナウイルスの問題が起こって以来、様々なメディアで「Agoop」の名前を拝見しました。人流データという言葉も広く知られるようになったと感じています。

そして今、人流データは、入手の方法やデータの正統性、情報分析などのアプローチの正しさや扱い方などについて、多くのひとに議論させるきっかけになってもいます。

Agoopでは、人流データをはじめ、ビッグデータの利活用方法をコロナ禍以前から模索していて、着実に経験を積み、ここぞというタイミングで適切な発信をされていたと思います。今日は、これまでのご経験を踏まえて、データドリブン経営の重要性や新たな気付きについて、お聞かせいただきたくてお招きしました。

柴山:          この数ヶ月は本当に多くのメディアに取り上げていただきました。人流データの公開については2020年2月中旬、KDDI、ドコモ、Agoopに対して総務省から打診があり、すでに新型コロナウイルス感染症に関する分析の準備をしておりましたので、二つ返事で「やります!」とお伝えしました。

ただ、総務省とは2年ほど前からすでに様々な取り組みをしてきました。

例えば、世界規模のスポーツイベント開催に合わせて働き方改革の一環としてリモートワークを実施した場合、人流にどのような変化が起こるか? といったことや、訪日外国人旅行客がどこに向かってどのくらい移動しているのか、といったことを、人流データを活用して見える化し、政策決定に生かす方法を考えるというものです。

そんなAgoopの人流データの取得技術については、かなり以前から磨いてきたものを活用しています。

ご存知の通り、ソフトバンクでは、2012年以来「繋がりやすさNO.1」を目指して努力を重ねてきました。そして、それを実現するためには、データをベースにして「つながりづらいところはどこか?」をピンポイントで把握し、重点的に設備投資していく方がより効率が良いと分かっていました。
携帯会社にとって、どこに基地局を置くかがどれほど重要かは言うまでもありませんが、ユーザーにとってどこがベストか? 把握するにはデータの活用が不可欠だったというわけです。

世の中で「データを活用して情報化して施策に生かす」といったビッグデータの利活用が2012〜2013年あたりにバズワードになっていましたが、実際のところはあまり具体的な利用がなされていなかったと思います。

しかし、2012年の段階で孫正義の経営は全てにおいてデータをベースにして判断を決める「データドリブン経営」が実践されていたと言えます。その手法がようやく国単位で使えるようになったと考えられるのが今日の状況だと見ています。

情報の粒度を左右するのは解析の方法

茶谷:          Agoopの人流データは、GPSによってピンポイントで情報を取得しつつ、メッシュでエリアを区分けして統計処理しており、そのため情報の精度が際立っているのだ、と聞いています。具体的にどのように導き出しているのでしょうか?

柴山:          GPS経由でピンポイントの位置情報を取得するのと、エリアを区分けして統計処理するのとではやはり違いがあります。私たちは、アプリの利用者から事前に承諾を得た位置情報をリアルタイムに統計化処理を行いメッシュ化して解析レポートを作成しております。

そもそも、人流統計情報を出す際に取得しているGPSデータは総人口である約1億2000万人分のデータ量はなく、基地局で取得できるデータ量も携帯会社の契約者数(3,000万人〜4,000万人くらい)で集計されており、双方とも全人口数相当に換算する必要があります。

茶谷

Agoopの場合、当初はピンポイントで取得できた粒度の細かい位置情報から約1億2000万人の分布を仮説想定していました。この時、解析には膨大な時間とそれに付随する作業が発生します。最近はこれをRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やAIを用いることで効率化させていますが、以前は大変負荷がかかる仕事でした。

仮説想定のアルゴリズムは2018年から総務省統計局とやりとりして洗練させてきましたが、その際、「基地局単位で得られるデータは正確だけど粒度が粗い、逆に、GPSから得られたデータは粒度が細かいけれどデータ量が少ない」と、いずれも正しさに不安が残る特性があると分かりました。

そこから様々な比較検討をした結果、換算人口をアルゴリズムに組み入れることによって、1%〜2%のデータがあれば1億2000万人の人流の増減が分かる、と言えるようになりました。

粒度の細かいデータをメッシュ化すると、計算処理は俄然早くなります。しかし、解析処理にはやはりコンピューターリソースを少なからず必要とします。ただ、総務省からのリクエストは「毎日、情報がほしい」ということだったので、GPSの位置情報をメッシュ化した上で人流推移を解析する手法を採用しています。

先ほども触れた通り、自動化して人が関与しなくてもより早くデータを出せる仕組みを3〜4年前にすでにほぼ確立していたことは優位性になったと言えます。
 

求められるデータを「先読みする」

データ

柴山:          本来なら、3〜4年前の段階で商圏ビジネスなどに使おうと思っていたのですが、日本の場合は解析されたデータを経営に用いて効果をあげた実績が少なかったように思います。そのため、「この技術を活用したいと考えるのはソフトバンクか国しかないだろう」と思っていたところ、コロナ禍に至った、という流れです。

茶谷:          テレビでAgoop提供のグラフを拝見していると、新宿や渋谷の前週との新規感染者数の相関がきちんと出されていたり、Go Toトラベル解禁後の嵐山の人出などの情報がタイムリーに出ていたりして、「すごいことだな!」と思っていました。

RPAやAIも活用されていて、しかもその技術が3〜4年前には確立していたのですね。

柴山:          Agoopが他社に比べて豊富なデータを出せるのは、これまで圧倒的なプレッシャーを受けながらデータを出してきたからでしょう(笑)。

孫さんの要望に応えるために必死でやってきた中で気付いたことは、「先読みすること」の重要性です。

例えば、シルバーウィークが近い、などのタイミングで、「メディアは何を求めるか? 経営者は何を求めるか? 国民は何を求めるか?」ということをデータサイエンティストの責任で先読みをすることが、メディアに取り上げてもらい、データの利点を多くの人に知ってもらうきっかけになっているのだと考えています。

人流データを示す上での技術的な部分はもう確立しているので、あとは「世の中がどう流れているか?」を予測することが大事だと考えています。例えば以前も、お盆休み明けにメディアがすぐ知りたいであろうエリアの人流データを出すと宣言し、実際に出しました。このような取り組みが今は重要だと言えるでしょう。

茶谷:          確かに、渋谷と新宿は若者があまり出て来ていないけれど、巣鴨には人出があった、という比較は大変興味深いものでした。

柴山:          日本は素晴らしい国で、都道府県や市区町村の首長が強いメッセージを発するとそれを受け入れるような行動変化が起こります。しかも、若者は「コロナ禍にも関わらず外出している!」と、批判されましたから、自粛したのでしょう。

しかし、巣鴨や戸越銀座については地元の人達が買い物をする場所だから人が出ていて当然だと言えます。それにも関わらず一部のメディアがミスリードしたのは本意ではありませんでした。

そこで、ツイッター上でデータを示して反論し、正しい情報を伝えるようにもしました。Web上では、「データを提供している側が『メディア側のミスリードだ』と言っているのだから、やはりそうなのだろう」という反応になっていましたね。

春から5月の大型連休にかけては特に、品川・新橋・大手町などの日中の人出はなくなっていました。だとすれば、その人出はそれぞれの住まい周辺にいるはずで、生活のために街のスーパーや商店街に出かけるのは当たり前のことです。
 

アフターコロナの経営判断にデータが欠かせない理由

茶谷:          そう考えると、人流データは「今」を示すものだと言えるでしょう。先ほど「日本企業には解析されたデータを利用する企業文化がない」とおっしゃっていましたが、コロナ禍を受けて今後は企業経営にも活用されると思われますか?

柴山:          最近のデータを見ると、港区・中央区は緊急事態宣言解除後に一旦人出が戻ったものの、現状では5割しか戻っていないことが分かっています。新宿や渋谷はビジネス街だけではなく大規模商業施設が多いのでもう少し人出が多いものの、それでも7割程度に止まっています。

コロナ禍によって外食・小売チェーン店は大打撃を受けていると言われますが、「人出が戻っていない」ということも売り上げが減少している要因だと考えられます。

緊急事態宣言解除後にビジネス街で人出が戻らない大きな理由は、テレワークが定着してきているからだと考えられます。そうなると、このエリアの魅力はしばらくは下がったままになるでしょう。

柴山氏

一方、リモートワークの定着によって、住宅街には人が今まで以上にいる状態になっています。

これらを総合すると、外食・小売チェーン店に限らず、商圏が変わっていると考えられます。人出がエリアチェンジしているのだと考えることが重要です。ずっと「いつかは戻ってくる」と考えていると、経営が苦しくなるばかりか、倒産してしまいかねません。

また、観光需給はGoToキャンペーンの後押しもあり戻りつつありますが、首都圏ビジネス街は新型コロナウイルスの影響で人出が落ちて以降、完全には回復できていない状況が続いています。数値で示すなら、地方の大都市はおおよそ70%回復、首都圏ビジネス街はおおよそ50%回復といったところでしょう。経営判断において、この事実をいち早く知ることが何より大切です。

感染者数や人出の増減よりも、「人出が中長期的に変わらない可能性が高いエリアがある」ということを知らなければ、現状の打開策も見出せないはずです。ましてや1年前の事業計画のままでは立ち行かなくなると考えます。

茶谷:          新規出店計画を立てる際、ホワイトエリア分析を用いることが多々ありますが、それは過去のデータでしかありません。アフターコロナの今日、リアルタイムデータを元に判断しなければ「答え」が間違ったものになってしまう、ということですね。

柴山:          そう考えています。私たちも大都市圏の人出は徐々に戻っていって、最終的にはV字回復するだろうと見込んでいました。しかし、そうはなっていません。あらゆる産業において、人の数=マーケットなので、人出が減少している今の状態が定着することを前提にマーケットを見通さなければなりません。

茶谷:          新宿や渋谷は「たまに行くからめちゃくちゃお買い物する」ということもあるかもしれませんが…コンスタントでなければ安定した経営はしづらいでしょう。

柴山:          その通りです。特にビジネス街の人出はまったく戻っていないので、ここで飲食業などを展開している周辺ビジネスは大打撃を被ります。観光地というイメージが強い京都も、駅周辺エリアはビジネス街のため戻っていません。それに限らず、全国区で同じような現象が起きています。

そして、このような大都市圏の変化は一次産業にも影響します。

先日、石川県輪島に行ったのですが、大都市圏の天然ふぐを提供するような高級店が立ち行かなくなると、一次産業がダメになる、ということを垣間見ました。高級店が仕入れをしなくなったとしても、漁獲や食肉加工処理は止められないからです。

出荷できる状態にして冷凍庫で保管するにしても電気代や場所など、コストの問題がのしかかりますし、いつまでも保管できないので最終的には食品ロスの問題も起こります。

そうしたことから、採算を度外視してでもチェーン店に卸すなどするしかなくなっているのが現状です。

データを繋げてみると、大都市圏が潰れるということは地方、ひいては日本経済全体が影響を受けるということが見えてくるのです。

茶谷:          確かに、ご事情がある会社がかなり低価格で直販するケースも増えました。

柴山:          マーケットが変わるので、サプライチェーンを巻き込んで全てが変わる、というわけです。今の状態で「戻ってくるかもしれない人出を待つ」という選択肢はほとんどないので、新たな出店計画などを考えざるを得ないでしょう。そして、その判断が今後の“勝ち組と負け組”を分けることになると考えます。

茶谷:          苦肉の策としてケータリングやテイクアウトを始める飲食店は多くなってきましたが、それではカバーしきれそうにないですね。

柴山:          営業時間を22時までにすれば補助金を出す、という政策もありますが、住宅地周辺の飲食店はそもそも売り上げが上がっていると見通されます。むしろ、新橋や銀座などのビジネス街に勤める人達をターゲットにしてきた店舗に手厚い補助を出さなければ、多数の倒産を止められなくなるでしょう。

人流データは、「ニーズとシーズ」の一致を見せてくれるものです。

例えば日中の住宅街。コロナ禍当初は自炊をするためにスーパーに買い出しに行く人が増えていましたが、徐々に自炊に飽きや限界がきて、出前館やウーバーイーツを利用する機会も増えるようになっていきました。

しかし、これらのサービスは単価が比較的高いので、さらに今度は「近所でテイクアウトできるところを探そう」というマインドになってきたと考えられます。こうしたデータを見ながら、「それであれば住宅街に移転しよう」といった経営判断を、データを見ながら早めにする必要があるでしょう。

当初は「人出が戻って、それによって感染拡大の第2波が起こり…」と見ていたのですが、そうなりませんでした。そこで改めて人流データを見ましたが、郊外からの通勤がこの5ヶ月は減ったままなので、おそらくそれがもうニューノーマルになっている、と見て間違いなさそうです。商圏の変化はもちろん、社会インフラ全体も見直す段階にきていると言えます。

茶谷:          もし新型コロナウイルスがある程度収束したとしても、人出は戻らないと見ておられますか?

柴山:          6月以降も首都圏から郊外への転出が見られ、ドーナツ現象が起き始めています。いよいよ経営者はそれを受け止めて、判断を下すべき時です。

データと肌感覚の違いが判断を鈍らせる場合も

柴山氏、茶谷

茶谷:          最近、通勤で電車に乗ると、一時期に比べて乗車人数が増えているように感じます。しかし、以前の状態に戻ったわけではなく、ガラガラだった状態と比べて、という前提を忘れてしまいがちです。データと肌感覚には大きな乖離があるのは興味深いことですね。

柴山:          そうですね。実際にデータを見ると、先ほども触れた通り、人出はそれほど戻っていません。品川駅の状況がコロナ禍以前の石川県の政令指定都市の金沢駅と同じくらいの混み具合、といったことも起こっています。そもそも、東京の主要駅は異常なほど過密でしたが、コロナ禍でその状況が正された、と捉えられるでしょう。

肌感覚では増えているように感じるものの、本当は増えていない、というのはデータドリブン経営の重要性にも繋がることです。「肌感覚では以前の状態に戻っているけど、データでは戻っていない」ということを知ることが重要です。

コロナ禍によって多くのことが既に変わってしまっています。

流通小売業が打撃を被っているのか? 飲食業が苦境に立たされているのか? そして、飲食業の中でも個人経営の店舗とチェーン店ならどちらが影響が大きいか? といったことを詳しく分析していかないと、時代に乗り遅れてしまうでしょう。それは将来をも左右します。「来年度に入ってから考えよう」では、もう手遅れになってしまいます。
 

災害対策もデータをもとに組み立て直すタイミングに

茶谷:          商圏の劇的な変化についてお話しをうかがっていると、防災についても見直しが必要な気がしてきました。

日中と夜間の人流が変わっているので、地域の防災計画も変わってくるはずです。日中の住宅街に今までの想定以上に人がいるのだとしたら、災害時に利用する避難所が定員オーバーになってしまう、ということも考えられるのではないでしょうか?

柴山:          おっしゃる通りです。もともと防災計画は国勢調査情報をもとに立てられています。東日本大震災時も、国勢調査の結果を受けて「海側にはビジネスタイムには人が少ないだろう」との予想のもと、防災計画が立てられていました。しかし、実際には齟齬があり、被害も大きく異なる結果となってしまいました。

国勢調査のようなスタティックなデータでは、コロナ禍による人流の変化を踏まえた防災計画を立てることは難しいでしょう。特に、大都市圏でこれまでは仕事に出かけている人が多いと考えられて来た地域で、且つ、木造住宅が密集したエリアがあるとすれば、そこは「帰宅難民より火事を恐れた方がいい」というように防災計画の転換が必須です。

柴山氏、茶谷

このことについて、現在では、人流データを防災計画に生かされるようになり始めています。

早朝の朝食を作る時間に発生した阪神淡路大震災の時は火災と類焼が大きな問題になり、それがきっかけになって多くの安全基準が見直されましたが、その時のように全ての基準を変えていくべきでしょう。

それがまだできていないのは、リアルタイム人流データの価値をはじめ日本のデータの扱い方の課題点だと言えます。早急に変えていかなければならないことだと考えています。

<後編に続く>

対談者プロフィール

柴山氏

柴山 和久
代表取締役社長兼CEO
株式会社Agoop

2003年、ソフトバンクBB株式会社(当時)に入社。「地理情報システム(GIS)」を活用したデータ解析システムの企画開発に携わる。2009年4月、ソフトバンクのグループ会社として株式会社Agoopを設立、取締役に就任。

2012年、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)情報企画統括部 統括部長を兼務し、スマートフォンから位置情報ビッグデータを収集・ 解析し 、世界初となるビッグデータを活用したネットワーク品質改善システムを構築。ソフトバンクモバイル株式会社(当時)のネットワーク改善に貢献。2013年、株式会社Agoopの代表取締役に就任。2015年、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略本部 本部長就任。 2019年、株式会社Agoop 代表取締役社長 兼 CEOを本務とし、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略室 室長を兼務。データサイエンスのRPA化、AI化を推進している。